第257話 お留守番小悪魔(リニ視点)

 エクヴァルがお仕事で出掛けて、イリヤ達も南トランチネルへ向かってしまった。

 私はリニ。エクヴァルと契約しているんだけど、今日は一人でイリヤの家のお留守番をしている。

 お仕事を任されたわけじゃないし、どうしたらいいかしら。とりあえず二階にある部屋で、いつも猫の姿で寝ているクッションをベランダに干した。この部屋には小さなベランダが付いている。

 廊下の先には広いバルコニーがあって、そこは薬草を乾燥させたりするところ。

 エクヴァルのお布団も干そうかな。でも、まだ帰らないよね。あ、それより色々訪ねてくるかも知れないんだ。二階にいたら、気付かないかしら。


 私は自分のクッションだけ干して、一階で過ごすことにした。客間の掃除をしようかな? 箒を用意していると、早速玄関でこんにちはと声がする。

「はあい」

「ちわーッス。商業ギルドから、魔石の引き取りに伺いました」

 お客さんだよ。深呼吸して……。

「あ、あの。ここに、あります。もう終わっているんで、持って行ってください」

 うん! 上手に喋れたと思う。

「ありがとうございます、受け取りにサインをお願いします」

「わ、私で大丈夫……??」

「もちろんですよ、確認してここに名前を書いてね」


 渡された紙には、内容:魔石、作業:属性入れ(火)、個数:二箱とか、今回のお仕事について書かれていた。箱を荷車に運んでいる間に、サインをする。

「その、お疲れ様です」

「ありがとうございました! イリヤさんによろしくね、リニちゃん」

 言いながらギルドの職員が元気に差し出すのは、控えの紙だった。これを持ってギルドに行くと、報酬がもらえるらしい。あとでちゃんと、イリヤに渡そう。


 まずは成功だよね。お掃除をしていると、またお客さんが訪ねてきた。

「イリヤさん、いないのかい?」

 この声は、お店をやっているビナールって人だ。エクヴァルに仕事をお願いしたのが、この人。

「あの、あの。イリヤは、いません。私が留守番を、しています」

「確かリニちゃん、だったかな? 偉いね、お留守番ができるんだ」

 子供扱いされている。私、子供じゃないもん。お仕事、ちゃんとできるよ!

「イリヤは、南トランチネルに行き、ました。数日で戻ります」

 気負いすぎて、変なところで区切っちゃった……!

 ニコニコ笑っているから、気付かれなかったみたい。

「そうか、じゃあまだ大丈夫か。フェン公国で注文したアイテムなんだけどね、用意できないものがありそうで、後からになるそうだよ。明日、先に揃えられたものだけ届くから。明日の午後、家にいる?」


「わ、私が責任を持って、受け取ります……っ!」

「うんうん、偉いなあ! じゃあ明日運ばせるね」

 ビナールは去って行った。良かった、ちゃんと受け答えできたよ。

 胸を撫で下ろし、掃除を済ませた。それから昼食を食べて、洗い物を済ませたら外に干した洗濯を取り込む。

 部屋のベランダに干したクッションも仕舞って、ちょっと休憩。


「こんにちは。誰かいるよね」

 今度は女の子の声。聞き覚えがあるよ。慌てて玄関へ行き、扉を開ける。

「あの、イリヤはお留守です」

「って……、リニ! リニじゃない! どうしてここにいるの、ここは王様と契約者様が住んでるんでしょ!?」

 地獄のお友達だ! 黄緑の髪で角が生え、褐色の肌に明るい緑色をした瞳。

「ニナ!! ニナこそどうしたの、イリヤにご用?」

「私はサバトの招待状を届けに来たのよ。皆、ここへは怖がって、来たがらないからね」

「サバト……。とりあえず、上がって」

 招待状をイリヤの代わりに受け取り、客間へ招いた。

 紅茶を淹れて、私がここにいる理由を説明する。


「へえ~。アンタの契約者が、王様の契約者の護衛してんの」

「普通に見守ったり、してる感じ……、かなあ」

 ニナはソファーであぐらをかいている。イリヤに分けてもらった、アレシア達が焼いたクッキーを出したら、喜んで食べてくれているよ。

「大丈夫、意地悪されてない?」

「うん。エクヴァルはすごく優しいのっ……! 私ね、お仕事もちゃんとできてるよ。褒められるんだよ」

「やるじゃん、リニ! もしイジメられたら相談してよね、私がやっつけてあげるからさ!」

「ふふ、いつもありがとう」

「あ、王様は無理だからね」

 ニナはいつも私を庇ってくれる。それに森の中にある私の家へ、お菓子を持って遊びに来てくれていたの。ニナが人間と契約して会えなくなって寂しかったけど、まさかこっちの世界で再会できるなんて。

 

「あ、あのね、パッハーヌトカゲって魔物、知ってる……?」

「知らなーい。討伐依頼?」

 ニナは指先でクッキーを摘まみ、放るように口の中へ投げる。

「違うの。薬の材料になるんだって。近いうちに届くみたいなの。でも、トカゲって、どうしたらいいのかな……?」

 思い切って相談すると、ニナはクッキーを噛み砕いて指を舐めた。

「ん~、トカゲ用のカゴとか小屋とか、あるの?」

「なんにもない……」

 イリヤは冒険者の人から飼い方を教わるように言ってたけど、それだと遅いんじゃないかしら。ケージかカゴに入れて持ってくるだろうから、それでいいと思っているみたい。

 すぐ使うならともかく、いつ必要になるか解らないんだよね……。


「エサは? 昆虫とか食べるんだっけ? タイプによって肉食だったり、草食だったりするよね」

「知らない……」

「ダメじゃん」

 やっぱり。ニナは冷めた紅茶を一気に飲み干して、テーブルにカップを勢いよく置いた。

「じゃあ、トカゲ小屋を作っておこう! 庭があるんだし、外でいっか。あれ、トカゲって外で飼っていいんだっけ?」

「小屋……」

 そっか、トカゲのおうちがないなら、作ればいいんだ! でも、お留守番してるんだよね。お客さんが来ちゃったら……。


「とりあえず、作っちゃおうよ」

「私、お留守番中で出掛けられないし……。それに薬にするんだから、必要ないかもよ……?」

「いらなくなったら頂戴よ。契約者がペットを飼いたがってるし」

 ちゃっかりしてるなあ。

 とはいえ使ってもらえるなら、作ってももったいなくないね。

「うん、いらなかったら引き取ってね」 

「任せて! じゃあ材料を買ってくる。釘や金づちはある?」

「……それが、解らないの……」

 家のことを、もっとイリヤから聞いておけば良かった。家主がいない間に勝手に探すのは、いけないよね。


「じゃあ全部、揃えるわ。一緒に作ろう」

「うん……っ!」

 私は森の家でずっと一人暮らししているし、ちょっとした補修とかならできるよ。あんまり上手じゃないけど、ニナが手伝ってくれるなら上手くいくよね!

 これから作ると、きっと時間がかかる。台所で二人分の食事の下拵したごしらえをしておくことにした。お礼に夕飯を食べてもらおう。

 私は手際が悪いから、早めに支度にかからないと遅くなっちゃう。皮を剥いていたら、ジャガイモがまな板から床にコロンと転がった。


「重い~! 来たよリニ、出ておいで~」

「う、うん」

 だいだい準備はできたし、すぐに外へ出た。布袋に大工の道具を入れて肩に掛け、大きな板を三枚と金網を持ったニナが、庭に立っていた。

「これね、直角の定規。鉛筆で線を引いて、ノコギリで切ればいいんだっけ」

 買って来てくれた、材料や道具を確認する。後でもらうつもりだから、お金はいらないんだって。

「あ、金具がない……。これだと開けられないよ」

「わっすれてた、蝶番ちょうつがいね。作業してて、また行ってくるわ」

「あとでいいよ、悪いよ……」

 止める間もなく、ニナはすぐにまた行ってしまった。相変わらず気が早いんだから。


 私は小屋の大きさを決めて、板に線を引いた。丸太の椅子を使って、木の板をノコギリで切る。

 金網は最初から四角い木枠があって、そのまま使えるようになっていた。張るのが苦手だけど、これなら私でも簡単に使える。

「今度こそお待たせ!」

 ニナが戻った時には、切る作業は終わっていたよ。

 釘を打って、四角を作る。屋根は三角。中が見えるよう金網の枠を打ち付けて、横に扉も付けた。

 それとは別に、屋根にも小さな窓を作る。ここからエサを入れれば怖くないね!

「できたよ」

「さすがリニ、上手じゃん」

 完成した小屋を、家の脇に置いた。夕方になったし、木クズを軽く片付けて終わりにした。お掃除は明日しよう。


「じゃあねえ」

「ま、待って。ご飯、食べて」

 すぐ帰ろうとするから、慌てて引き止めた。忙しいな。

「お? やったね、作るの手伝おうか?」

「大丈夫だよ。下準備してあるの」

 ニナは軽く飛び跳ねて、私と一緒に家へ入った。客間で待ってもらって、急いで料理をする。

 今日はパンと、具だくさんのシチュー。それからキャベツと豚肉に、ネギとショウガを使ったサッパリしたタレをかけたもの。

「いっただきまーす!」

 お腹が空いていたのかしら、ニナはすごい勢いで食事を始めた。ただでさえ食べるのが早いのに。私は遅いから、いつもいっぱい待たせちゃう。

 

「どうかな……?」

「美味しいに決まってるじゃない! そうだ、今日はここに泊まるわ」

「え? 泊まるの……? 二階のお部屋なら、使っていいかな?」

 お友達がお泊まりって楽しいけど、勝手に泊めていいのかな。イリヤのおうちだよ。エクヴァルと私の部屋か、お弟子さんやお客さんが泊まるお部屋なら、使っても怒られないかしら。

「このソファーで寝るから平気よ」

 ニナはポンポンと柔らかいソファーを叩いた。  

「じゃ、じゃあ、一晩中お喋り……しよう」

「賛成! せっかくだしプリンを作って、食べ放題しようよ」

「うん! ニナが教えてくれた土鍋プリン、皆がすごく喜んでくれたの」

「アレ最高よね」

 ご飯を食べたばかりなのに、二人で台所に立ってプリン作りをする。

 甘い匂いをかいでいると、お腹いっぱいだったはずなのに、また食べられそう。


「リニの契約者って、どんな人?」

「エクヴァルはね、騎士なの。いっぱい部下がいるの。部下の皆も、私に優しくしてくれるよ。最初はずっと北の国にいたんだ」

 土鍋を火にかけて掻き混ぜながら、答えた。よし、もう蓋をしよ。

「私はねえ、この国の森の中に住んでるのよ。契約者はちょっと変わったヤツでね、人嫌いなんだ。細工物とかずっと作ってる」

「職人さんだね……」

 加熱してから火を止めて、あとは蒸らすの。完成が楽しみ。

「リニはサバトに参加するわけ?」

「ニナがいるなら、行きたい……。でも、決めるのはイリヤだよ」

「ふーん。私はいつも準備を手伝うだけなんだ。面倒だし。今回はリニに会えるなら、行こうかな」

 王様が参加するサバトは、意地悪されなかったから怖くないよ。ニナと一緒なら、もっと楽しい。

「な、なるべく行かれるように、お願いしてみる」

「そうそう、サバトで会おっ!」


 プリンの完成を待つ間も、ずっとお喋りしてた。

 次の日に届いた素材をニナも一緒に受け取ってくれて、まだ誰も帰ってこないから、もう一泊してくれた。心細かったから、嬉しい。

 ニナはこれから、王都のキメジェス様にも招待状を渡しに行くんだって。

 二日も泊まっちゃって、大丈夫だったのかしら……?

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