第258話 コケコッコ!
たっぷり二十四時間が経過した。
セビリノのエリクサーは十一個仕込んで、成功は五個。
「……口惜しい。師の名を汚す結果になってしまいました……」
「そんなことないわよ、素材が良くなかったもの。これだけ作れれば大成功よ!」
励ましたものの、やたら悔しがっている。
「作れただけでも十分スゲエぜ、兄ちゃん」
キケがセビリノの背中を叩いた。
「とにかくこれで終了ね。確認してもらいましょ。ベルタ・アリアス様を呼んで来てもらえるかな」
「オッケー、やっと終わる~! ついにキケは解き放たれた……!」
お手伝いの小悪魔キケが、いそいそと縄梯子を登る。
ベリアルはまた出掛けているようで、家の中に魔力を感じない。さすがに丸一日は飽きちゃって待てないよね。ベリアルだもの。
キケから連絡を受けたベルタが、笑顔でいそいそとやって来た。
「お疲れ様です~! では早速、確認させて頂きますね」
作ったアイテムは机の上に並べておいた。たくさんあるよ。
どどんと整列している瓶に、ベルタは一瞬たじろぐ。
「どうでしょう!」
「こ、この量を一日で? エリクサーとアムリタ、両方あるじゃないですか。もしかして、……お二人で?」
驚いたように、私達の顔とアイテムを交互に見ている。
「はい」
「アーレンス様は監督をされていたんじゃないんですか? 密採したのは、彼女だけですよ!?」
そうだった、セビリノは作る必要がなかった……! 普通に役割を決めて作業してしまった。背の高いセビリノを振り返る。
「私は師のお供をするまで」
堂々とした態度だ。彼は解ってやっている。エクヴァルがいたら、教えてくれたのに。
「……まあ、こちらとしては嬉しい限りです。すごいわ、エリクサーが五個も!」
「やはり少々、素材が良くないようだ。成功率が低い」
「まさか、素晴らしい成果です! 我が国では最高の素材を使用して、やっとこのくらいの成功率だと思います」
セビリノはアイテム作製も得意だからね。自慢したい気分。
「アムリタ、上級のポーション、中級のマナポーション……、こちらは」
「あ、それは風邪薬です。発熱、腹痛に効果があります」
「この短時間でこんなに……素晴らしい……、ありがとうございます」
ベルタがとても喜んでいる。これで私の失態は取り消しになったことだろう。
「師匠の罪については問わぬ、ということで良いな?」
「もちろんです、約束通りお礼も差し上げます! まずは密採した品をお渡ししますね、必要で採取していたんですよね?」
「もらえるんですか!?」
生えているなら売ってるだろうし、これから探して買おうと思っていたら!
「明日、宿にお持ちします。御料林官と連絡を取って、問題なければ採取の続きもして頂けますよ」
諦めていた採取の続きまで、許可が降りるかも知れないなんて。期待が持てるね、これでバラハからの依頼がこなせるといいな。
意気揚々と宿へ戻った。さて寝よう。さすがに長い移動に続いての徹夜は、かなり辛い。ゆっくり休んで、採取と買い物に備えなければ。
何か忘れている気がするなあ……。
「戻ってそのまま知らぬ振りとは、どのような
ベッドで寝ていると、私を見捨てた悪魔がドンドンと扉を叩く。
そうだ、失念していたのはベリアルの存在だ。
「ふあ~、眠いんで後ほど~。静かにしていてくださいね」
眠気が強い、あくびが出るわ。
「我を無視しようとは、相変わらずの無礼者よ!」
「あと一時間……」
「阿呆かね!!!」
何か怒鳴っているな。どうでもいいや、寝よう。日中で宿の部屋にいる人も少ないだろうけど、迷惑になるから廊下で騒がないで頂きたい。
「じゃあ二時間……」
「倍になっておるではないか!」
「……正解です、おやすみなさい~」
まだ文句を言っておられる。とはいえ眠りに引き込まれたので、喋っている言葉は耳に入らなかった。
目が覚めた時には、既に夕方だった。
お腹が空いた。身支度を整えてセビリノがいる、隣の部屋の扉をノックした。
「セビリノ、起きてる? ご飯を食べに行かない?」
「……師匠、そうですね……。支度を整えますので、少々お待ちを」
どうやら彼も起きたばかりのようだ。次に角部屋のベリアルに声を掛ける。
「ベリアル殿、そろそろ食事に参りませんか」
「……全く自由な小娘よ」
「さっきは何かご用でしたでしょうか?」
「そなたに用などないわっ!」
怒りっぽいな。ベリアルもお腹が空いているのかも知れない。不機嫌な顔で姿を現した。
「お待たせ致しました、師匠」
セビリノも準備完了ね。皆で町に繰り出した。
南トランチネルの中では大きい方の町で、人が多く活気がある。冒険者や旅人はあまりいない。そして宝石店や高級な店が並ぶ一等地は、庶民が立ち入り禁止になっている。旧トランチネル時代からの慣習で、撤廃するところらしい。
ベリアルの後について、止められないかと戸惑いつつも一等地の繁華街を歩く。
見回りをするのは紐をあしらった太い
そしてこのエリアは客引きや呼び込みが一切ない。店員が外に出るのは、お客様の送迎だ。
ついに高級なレストランへ足を踏み入れた。
「師匠、何を召し上がりますか」
「せっかくだし、変わった料理でもないかしらねえ」
メニューを確認していると、ベリアルが店員にワインの説明を求めていた。
次の日。
約束の素材とともに、採取の続きをしてもいいという朗報が届けられた。
あまり時間もないので、すぐに御料林へ向かう。私が聴取を受けた館にいる管理人の案内で、許可を得られるものだけを採取をするのだ。何があるかな。
「こんにちはー!」
声を掛けると、すぐに管理人が応対してくれた。あちらも私の顔を知っているから、名前を確認されることもない。
「御料林官様とベルタ・アリアス様から、お話は伺っております。ポーション類の素材ですよね」
「はい、よろしくお願いします」
「必ずこちらの指示に従ってくださいね。枝一本でも、勝手に折ってはいけないんですから」
「もちろんです!」
薬草じゃなくても、勝手に採ったらいけないんだよね。もう失敗しないぞ。
「それから、魔物が現れたら兵が戦います。皆様は戦いに加わらなくても問題ありません。怪我をなさりませんよう」
ベリアルが私に怪我をさせるなと脅したから、気にしているのかな。
彼の後ろには、杖を持った魔法使いを含めた数人の兵が控えている。
「魔物は多いんですか?」
「定期討伐がありますが、たまに現れますね。コカトリスが姿を見せることがあります。アレは刺激しなければ襲ってくることは少ないので、遭遇しても落ち着いて行動をしてください。後で討伐隊を編成して討伐しますので、ご安心を」
やはりどんなに討伐しても、どこからともなく湧いて出るようだ。ただしドラゴンは、この森には生息していないとのこと。ベリアルの表情は変わらないけれど、内心は残念なんだろう。
「コカトリスは薬にならない魔物ですから、戦わないで済むならその方が楽ですね」
「全くですな、師匠」
「そういう問題でしたっけ……。素材にしか見てないんですか?」
「石化が厄介なことは存じております、周囲に関係ない人がいると困りますよね」
一度エグドアルムで討伐をしたことがある。あの時はしっかり人払いをして、騎士団と一緒に慎重に戦ったのよね。
ゆっくり採取したいし、魔物に遭いませんように。
管理人に案内された場所は、薬草がまだ豊富に生えていた。今年は地獄の王パイモン事件もあり、あまり採取されなかったそうだ。
採取はもともと、国からの命令を受けた御料林官の指示でされていた。管理人でも自己判断で勝手には採取できないのだ。
細い煙が伸びている。近くに民家があるらしい。御料林に指定される前から村があり、指定後も整備を
目の前にはヤイもある、リブワートもある。種類ごとに、どれだけ採取していいか伺わなくてはならない。わりと面倒だけど、新鮮なものが手に入るのはありがたい。
セビリノと採取を続けていると、何やら騒がしくなったような。
立ち上がって、辺りを見回した。
「ゴゲェゴッコゴ~~~~~~!!!」
遠くからこだまする、この野太いニワトリみたいな鳴き声は!
「コカトリスだ、助けてくれ~!」
年配の男性が一人、森の奥から叫びながら逃げてくる。兵や役人っぽくはない、住民かな。
器用に木の隙間を走って追い掛けてくるのは、人間の倍以上も背丈のあるニワトリに似た魔物、コカトリス。トサカが揺れ、尖った黄色いクチバシが開かれて、灰色をした石化のブレスが放たれる。
「襲い来る砂塵の熱より、連れ去る氷河の冷たきより、あらゆる災禍より、我らを守り給え。大気よ、柔らかき膜、不可視の壁を与えたまえ。スーフル・ディフェンス!」
兵がブレスの防御魔法を唱えた。石化もドラゴンのブレスと同じ防御魔法で防げます。
全員が防御の壁に守られ、難を逃れた。いったん石化されると、解除が厄介なのだ。長時間に及べば命の危険があるし、後遺症が残る場合もある。
逃げきた男性を庇うように、兵達が前に出てコカトリスと対峙する。暴れ出したら、被害が最小限になるよう一刻も早く倒すしかない。
槍の兵が二人で突き、剣を構えた兵が広げた羽を斬りつける。再びのブレスに備え、後ろに控えて防御魔法を使うタイミングを計っている魔法使い。
コカトリスは足を上げて、槍の兵に狙いを定めた。ウコッケイみたいに、指が五本あるタイプだ。エグドアルムにいたのは四本だったわ。
踏みつけてくる足を、兵が後ろに下がって躱した。バサバサと羽を動かし、コカトリスが天に向かって大きく鳴く。
「セビリノッ!」
「は! 私が防御魔法を唱えます」
「我々にお任せください、退避してくださっても……」
管理人が私達に逃げるよう促す。
最初に戦わなくていいと説明は受けていたからね。ただ、苦戦しそうな印象なんだよねえ……。本によれば、五本指の方が強いコカトリスらしいのだ。
「黙らぬか。先ほどの防御では、次のブレスは防げぬ」
ベリアルがバサリとマントを
「管理官殿、このコカトリスは上位種です……! 防ぎつつ、館まで退却をすべきです! 応援を呼びましょう」
兵達はコカトリスの動向をつぶさに確認している。やはりこのコカトリスは上位種なんだ!
彼らはこのコカトリスとは戦えないと判断していた。
「まさか、こんな時に……!」
「クエー、グゴッコックァ!!!」
ブレスがくる!
逃げて来た男性が木の根につまずき、地面に膝をついた。兵の一人が、すぐさま手を差し出す。
セビリノが防御魔法を唱えている間に、私もやることをしなきゃね!
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