第398話 鳥に追われる魔法使い

 イサシム村でエルフ指導のマンドラゴラの種蒔きを見学していたら、アウグスト公爵お抱えの魔導師ハンネスと、契約している地獄の侯爵キメジェスがやって来た。公爵はマンドラゴラ栽培を援助してくれるのだ。

 マンドラゴラの人工栽培に成功すれば、安定供給が可能になる。ここは是非、頑張って頂きたい。

 ハンネスとキメジェスは、まだここでマンドラゴラ栽培をするルーロフの家族と、エルフを交えてお話をする。ヘーグステッド子爵家が連絡役になるので、ライネリオ達も同席する。


「そうだ、魔法付与大会の後からイリヤさんに依頼が幾つもあるんだ。商業ギルドと相談して、いったん公爵様が預かることにしました。勝手に仕分けさせてもらっていいですか?」

 大会のあと勧誘は断ってもらっているけど、依頼なら受けてもいいよね。アウグスト公爵が間に入ってくれるなら、安心だわ。

「ええ……、そうですね。どんな依頼があるんですか?」

「今回のお題で見たからか、攻撃と火の魔法付与が多いですね。これはイリヤさんには回せない、というのが公爵様とギルドの見解です。公爵様が援助している職人に振り分けますね」

 攻撃と火の付与は回せないとは。

 なんだか最近、危険人物扱いされている気がする。ベリアルと契約しているのも、原因に違いない。


「私がやれる仕事はありませんか?」

「アーレンス様と一緒に、召喚術や魔法の講師をして欲しい、との依頼が入っていますね。ただ場所が南トランチネルで、遠いんです。依頼人はキースリング侯爵という、南の主要な人物です」 

 キースリング侯爵は職人や講師を増やしたい、と希望を語っていたものね。これならセビリノも受けたいんじゃないかな。

「前向きに検討します!」

「引き受けるなら、商業ギルドで説明や報酬を伺ってください。私も詳しくは知らないんで……。ただ、あちらはアーレンス様を主体に考えているようですよ」

「そういえば、セビリノの弟子だと思われていました」


 年齢的にも、勘違いされても仕方ないのよね。

「師匠。これは何としても引き受け、私が師匠の誉れある一番弟子であり、師匠は誰よりも素晴らしい我が師であると知らしめる必要があります!」

 セビリノのやる気が灯ってしまった! すぐにでも商業ギルドに乗り込む勢いだわ。乗り込んでも仕方ないんだけど。

「あの~……、あたしらはどうしたらいいんですかね?」

 ルーロフの家族とエルフは、会話中も静かに待っていてくれた。詳しい話は後にして、マンドラゴラ栽培における支援の話し合いをしてもらわねば。


「お待たせして申し訳ありません、もう帰りますので」

「悪かったね、お話し中に。色々とありがとう!」

「またぜひ来てくださいね」

 ご家族が手を振って、私も振り返した。

「イリヤさん、またレナントに遊びに行きますわ!」

「じゃあな、エクヴァル殿! いい女性がいたら紹介してくれ!」

「自分で探してくれたまえ」

 イレーネとライネリオが見送ってくれて、後ろでエルフが小さく頭を下げた。ライネリオはフラれても全く堪えないのね、いつも通りだわ。

 次はせっかくだし、イサシムメンバーの様子を軽く見てこよう。


 村の一番外れにあるルーロフの家から道に沿って歩くと、ポツポツと家が点在している。小高い場所なので、ここからも家の向こうに村のシンボルである大木の一部が目に入る。

 次の家までの間に畑が広がっていて、その一カ所に弓使いのラウレスと、三つ編みの治癒師レーニがいた。今日はレーニもズボンで、動きやすそうなシャツを着ている。

「あ、イリヤさ~ん! ルーロフの家、どうでした?」

 サボりサボり畑仕事をしていたラウレスが、まっさきに私に気付いて声を掛けてきた。一緒に作業していたレーニも、顔を上げる。

「ルーロフの家はアウグスト公爵が支援してくださることになりました。もう大丈夫ですよ」

「公爵様!??? ひゃ~、イリヤさんはやっぱスゴいっすね! イサシム村って薬草採取の冒険者や、薬を作る人しか普段は来ないんですよ。変な鳥が襲ってきたから、色んな人が来るって噂になってました」


「ラウレス! 話をしてもいいけど、あんまりサボろうとしないでよね。自分の家の畑でしょ!」

 ラウレスは説明をするていで仕事をさぼろうとして、レーニに見抜かれていた。今はハルピュイアにメチャクチャにされた畑を、片付けているところ。苗を引っこ抜かれたり、そこらへんのゴミや木の枝をまき散らしたりされている。

「へ~い。アイツら集団でイタズラするから、目を付けられるとあっという間に被害が酷くなるんだ」

「他のご家族は……」

「別の畑と、家の修理」

 ラウレスが指した家の屋根に誰か上がって、しゃがみ込んでいた。トントンと軽快な金づちの音が響いている。


「レーニはお手伝いをしていて大丈夫なの?」

「うちは職人で畑はないし、家も被害がなかったの」 

「他の皆は?」

「レオンとエスメは自分の家の畑に、ルーロフは家のことは任せられそうだからって、村の修理を手伝ってるわ」

 イサシムの皆は、まだ数日故郷にいるそうだ。その間はハヌを預かっていられるから、リニが喜ぶわね。

 レオンは家族と賑やかに仕事をしていて、エスメはお友達とお話しをしていた。レオンのところは弟や妹がいて、四人兄弟だった。ルーロフは子爵家の兵と村の手伝いをしていた。


 空を飛べば、レナントはあっという間。上空からは王都も、国境のティスティー川も視界に入る。キュイが北に顔を向けた。

「ギュイイイ!」

 誰かが振り返りながら飛んでくるわ。後ろからは火に包まれた鳥が追い掛けている。魔物に追われているのね。鳥が吐いた火の玉を、枯れ葉色のローブを着た男性は上昇してかわした。

 火の玉がこっちにくる! だんだん小さくなるものの、ぶつかりそう。

「フェニックスの仲間、セヴィエンダではないかね。我に手間を掛けさせるでないわ」

 ベリアルも対抗して火の玉を発する。倍はある大きさで、セヴィエンダを目指して飛んでいった。小さくなりつつあった火の玉は掻き消され、勢いを落とさないままに進んでいく。


「え、人……うわああぁ!」

 男性が巻き込まれそうになり、今度は急降下して必死に避ける。飛び慣たスムーズな動きだ。

 火は男性を通り過ぎ、セヴィエンダに当たった。鳥を包む火が、数倍に膨れ上がる。

「ピィエエエァァ!!!」

 流石に痛かったのか、悲鳴にも似た鳴き声を上げた。

 進みを止めて、バサバサと翼を激しく動かす。火が幾つも生まれ、小さな流星のように私達を目掛けて連続で飛んだ。


「ひゃあ、わあ!!!」

 間に挟まれた男性は防御魔法を唱える余裕もなく、必死で範囲の外へ逃げている。

 私達も各々で思う方向へ避けた。幾つもの火が尾を引きながら流れる。

 ベリアルとキュイは、そのままセヴィエンダに向かう。

「あ、あの人達は……」

 男性はそう呟いて、ベリアルとキュイを見送っている。ベリアルの顔を見て驚いていたし、知り合いかしら。あの時の強盗に似てる、とかかも知れないわね。


「アイスランサー!」


 つい眺めていたら、セビリノが氷の槍の魔法を唱えた。

「ピルルルルル!!!」

 再び鳥が鳴き、前に火の玉を作る。セビリノのアイスランサーと火の玉がぶつかり、両方とも弾けるように消えた。

 直後にキュイが鳥の下を通り、エクヴァルが軽く飛んで翼を切り付ける。青い髪がセヴィエンダの火に明るく染まる。そしてしっかりキュイに着地、そのまま座った。


 続いて片翼をなくして暴れながら落下する鳥に、ベリアルが上から襲いかかる。いつの間にか出した剣を振り下ろす。

「ピイイィ……」

 セヴィエンダの中心に当たり、そのまま力なく墜落した。下には平原が広がり、人影はない。

「助かった……。ありがとうございます、イリヤさん、ベリアル様」

 落ちていくセヴィエンダを見届けた後、男性が私に向き直って礼を告げる。誰かしら? ローブの隙間から、Sランクのランク章がチラチラと覗く。


「そなた、以前の冒険者であるな。何故襲われておった、一人かね?」

「ベリアル殿、お知り合いですか?」

 私が尋ねると、二人は同じようなおかしな表情をした。

「……そなた、自分を襲った相手を忘れたのかね」

「いや、アレは騙されてですね……」

 ベリアルの言葉を、男性が慌てて訂正する。

 うーん、うーん。必死に思い出そうとする。エクヴァルとセビリノは分かっていないみたいだから、ベリアルと二人の時かしら。と、なると……。

「もしかして、セレスタン様とご一緒でしたか?」

「……それです。その節は大変失礼しました」

 神妙だわ。悪い伯爵に騙されてベリアルが危険な悪魔だと思い込み、冒険者七人で退治に来ちゃったメンバーの一人だわ。

 エクヴァルとセビリノに軽く説明すると、気の毒に思いつつも呆れる視線が彼へ注がれた。


 Sランク冒険者セレスタンと光魔法が得意な魔法使いのパーヴァリは、あの出来事でコンビを組んで、その後も何度か会った。それ以外のメンバーに接触するのは初めてだわ。近辺で冒険者を続けているわけだもんね、再会しても不思議はない。

「実は懇意にしている人から、エピアルティオンが手に入らないかと相談されて。見つけられるか分からないから、正式に依頼として受注はしていないんだけどね。僕は飛べるし、次の依頼までの繋ぎの気分で、一人で探していたんだ」

 なるほど、エピアルティオンは日の当たらない洞窟などに生える、探しにくい薬草だ。気軽には引き受けられないだろう。


 探している最中にセヴィエンダの巣に近付いてしまい、攻撃されたそうだ。

 子育ての時期だったのかな。執念深い鳥でもないけど、気が立っていたんだろう。

 詠唱する余裕もなく、逃げるので手一杯だったとか。魔法使いが単独だと、こういう時はどうしようもない。

「それは不運でしたね。エピアルティオンは私どもが生息場所を知っていますが……」

 一カ所しか知らないから、教えられないわよね。考えていると、セビリノが力強く頷いた。

「師匠、それでしたら私が採取して参りましょう。先にお帰りください。多少分けても、問題ありますまい」

「そうね、セビリノお願い」

「はっ! 一番弟子にお任せあれ!」

 そろそろ育った頃かなと考えていたから、ちょうどいいわね。場所を教えておいて良かったわ。

 セビリノは胸の前に手を当てて元気に返事をして、飛んでいった。行動が素早い。


「ありがとうございます、立派なお弟子さんですね。しかも速い……」

 飛ぶ速度は他の魔導師よりも速いと思う。セビリノは山の方へ消え、私達はレナントへ移動する。

「なんだか、毒気が抜けた感じですね。以前より穏やかというか」

「……いえあの……雷の魔法、フェール・トンベ・ラ・フードルを僕と打ち合ったのを、覚えている?」

「ええ、それならバッチリ! 有意義な体験でしたから」

 顔は忘れたけど、魔法は覚えているわ! さすがSランク、彼の魔法もそれなりの威力があったわね。

 マクシミリアンと同等か、もう少し強そうな感じ。マクシミリアンは性格はどうしようもないけど、魔法やアイテム作りの腕は一流なのだ。彼の場合は、むしろそれが厄介なのよね。


「……ゆういぎ……。その歯牙にも掛けない感じ……。僕は魔法が得意だったんです。後から唱えて合わせられ、打ち負けた……。プライドなんて場外ですよ! そして完敗の後の説教……。あ、思い出して涙が出そう。……泣いていいですか」

 わあ、落ち込んでいたと思ったら叫び、今度は更に元気を無くしてしまったわ。なんて声を掛けたらいいんだろう。ベリアルは楽しそうに笑い、エクヴァルも笑顔で見守っている。


 この空気、本当にどうしたらいいのかしら! とりあえず場所を変えよう!

「ひとまず、私の家へ行きましょう!」

「連行される気分です……」

「私の家は収容所じゃありません」

 やたら項垂うなだれている。今回は説教をするわけでもないし、気負わなくていいのにな。

「それにしてもセビリノ……、アーレンス様と同じお名前ですね。知ってますか? 魔導書を書いている、北の国の宮廷魔導師様で」

「その彼ですよ」

「えええっ、本当に!?? 僕、ファンなんですよ! わあぁ、しっかり挨拶すれば良かった!」

 セビリノの話題で途端に元気になったわ。

 感情が忙しい人だなあ。



※「第65話 こちらが探されていました」で、最初に声を掛けてきた人だよ~!

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