第397話 マンドラゴラの種蒔き

 盗人は全員捕縛して、子爵家の牢へ連行する。密採者は毎年、必ずいるそうな。森を完全に囲ってあるわけではないので、たまに道なき道から紛れ込んでしまう人もいるんだとか。今回はさすがに、それはないわね。

 逃げ出した悪魔は契約で協力していただけなので、追わずにそのままにした。しかし契約者を残して簡単に逃げるのは如何いかがなものか。


「エクヴァル殿達はもう帰るのか?」

 盗人の移送をしながら、ライネリオがエクヴァルの肩を叩いた。

 盗人達は大人しく付き従っている。頼みの綱であった地獄の貴族が、ベリアルの顔を見ただけで遁走とんそうしたのだ。怖いのは顔だけの悪魔でないと、気付いているだろう。ベリアルと視線が合うと、大きく震えて肩を縮ませた。

「いや、イサシム村へ寄る予定だよ」

「じゃあ行くか!」

 何故か仕切るライネリオ。訓練場に到着して盗人を兵に引き渡すと、自分の馬を用意するように命令している。

「ライネリオ兄様も行くんですの? 私も行きたいです!」

 イレーネまで興味を持った。


「畑や村の修繕の様子を見るだけだよ?」

「何言ってんだよエクヴァル殿、ご近所さんじゃないか。ブルーノも手伝ってんだし、俺も行くぜ!」

 一日で追い出されてのに、懲りないなぁ。

 間もなく馬が到着。ライネリオの馬は本人に似た気性の荒い、黒い大きな軍馬だった。

「ライネリオ兄様、その馬は私にはちょっと……」

「じゃあイレーネ嬢、一緒にキュイに乗る?」

「キュイですの? 可愛い名前のお馬さんですのね」

「いや、キュイは馬じゃなくてね」


 せっかくなので、口で説明するよりも直接目で見て確認してもらう。

 広い場所で待っているキュイの元まで行く。大人しく休んでいたキュイは、私達が来るのに気付いて顔を上げた。

「キュイイイン!」

 待ってましたとばかりに大きく鳴いて、翼を動かすキュイ。

「まあ、ワイバーンですわ! 私も乗れますの……!?」

 イレーネは興奮を抑えてゆっくりと近付いた。瞳は嬉しそうに輝いている。怖がられなくて良かったわ。

「キュイキュウ?」

 見慣れない人がエクヴァルと一緒に側まで来て、キュイはどこか不思議そうに首をかしげる。


 キュイはさすがに人に慣れているので、エクヴァルとイレーネが乗る間、大人しくしていた。

 私達が飛ぶと、キュイも翼を動かしてゆっくり舞い上がる。

「飛びましたわ! すごい、すごいです!!!」

 イレーネは大興奮で喜んでいる。落ちないよう、エクヴァルが気を遣っていた。

「いいなあイレーネ……、俺もワイバーンに乗ってみてぇ。どっかで手に入らないかな」

 飛ぶ私達の影を踏みながら馬で地上を進むライネリオが、羨ましそうに見上げている。三人はさすがに無理よね。


「キュイは怪我を治してあげたら、懐いたんです。エグドアルムの谷ではワイバーンが豊富ですから」

「豊富という表現はおかしくないかね」

 ベリアルにツッコまれた。分かりやすくていいのに。

「あー、フェン公国の岩場にドラゴンが溜まる関係か、ドラゴンやワイバーンはこっちにはあまり出ないんだよな」

 ライネリオは残念そうにしていた。そもそもワイバーンが多くいるエグドアルムでも、他に乗っている人は知らない。懐けば従順で可愛いが、さすがに竜種だけあって人に従わせるのは難しい。


 障害物がない空を移動するので、イサシム村がすぐに視界に入る。柵や屋根の修繕は進み、村外れにあるルーロフの家の畑には、エルフと家人が集まっていた。興味があるのか、ライネリオの副官ブルーノと、数人の兵の姿もある。

 キュイが驚かせないよう、二人は少し離れた場所に降りる。私達は先にルーロフの家族と合流し、ライネリオは村の門から入って馬をそこら辺に繋いでおく。

「これは皆さん! ちょうど種をくところです」

 エルフの男性が、マンドラゴラの成長記録を手にしている。ルーロフの家族に渡したものだ。確認してもらっているんだろう。


 畑には乾燥した草木を焼いた灰を撒き、牛にすきを牽引させて耕してある。 

 ついに種蒔きだ。

 麻ヒモの両側に細い棒をくくりつけ、まず一本を畑の端に刺し、真っ直ぐに伸ばす。畑の反対側までヒモを渡し、余った分はもう一本の棒に巻き付けて、ピンと張って刺す。このヒモに沿って種を蒔けば、キレイな列が出来るわけだ。

「マンドラゴラは地面からマナをたくさん吸収します。大根よりも間を空けて、種は一ヵ所に三、四粒。発芽率は良くないんです」

 芽が出なくて隙間ばかりにならないように多めに蒔き、余分な分は芽が出てから間引く。この辺は大根なんかと同じ。


「珍しい植物だったから身構えてたけどさ、やっぱりやることはあまり変わらないんだな」

 最初は緊張した面持ちだったルーロフのお父さんが、表情を緩めて作業を始めた。中腰でどんどん進んでいく。

 一列終わったので、次の列に移動。目安にしていたヒモの、両端の棒の長さが次の列との間隔に合わせてあり、一本分を寝せて測って刺し直す。

 ルーロフの家族には慣れた作業なので、すぐに終わったわ。

 あまり広い畑ではないのに、三列しかなかった。まだ場所は余っている。


「他にここで作れそうなものがないか、相談中です。来季はアンブロシアの種を分けてもらいましょう。こちらは現在が咲き始めで、今は蒔く時期ではありません」

「ほー、頼もしいですな」

 エクヴァルは自国でも生産が可能か考えているんだろう。エグドアルムは食料や薬草を輸入に頼る部分も多いから、自給率を高めたいところ。

「やっぱ地味だった」

「ライネリオ兄様には、根気のいる農作業は無理だと思いますわ」

「落ち着きを身に付けるべく、挑戦しては如何ですか? 子爵邸の敷地を開墾して。仕事をされている方の邪魔はいけません」

 ろくでもない感想を言うから、妹のイレーネと副官ブルーノに呆れられているわ。ライネリオはゲッと嫌そうな表情をした。


「質問だ。マナが必要と言ったが、魔力を与えるのではいけないのか?」

 黙って眺めていたセビリノが質問する。

「不足していたら流す必要はあるが、あくまで自然のマナが好ましい。ただ、下手に魔力を供給し過ぎると腐ったり、成長が早くなり過ぎて、いい状態になる前に枯れてしまう。状態を見極めるのが大事なんだ。分からなかったら自然に頼った方がマシ。最初の収穫までは、僕がこまめに確認に来るよ」

「良かったよ、魔力を与えるなんてあたしらには出来ないからさ」

 二年目のものがいいとされるマンドラゴラだが、肥料などを増やして成長を早めればいい、というわけでもないみたい。職人側としては、数も欲しいけど品質が大事。

 ルーロフのご家族は、頷きながらエルフの説明を聞いていた。


「水もそんなにいらない。この記録を付けた方は、気にして水をあげすぎていると思うよ」

「マンドラゴラ初心者の悪魔なので、その辺は仕方ないですね」

「マンドラゴラ初心者の悪魔」

 エルフが繰り返す。そう、お仲間のエルフではなく、地獄の伯爵が付けた記録を編集したものなのです。ユステュスも止めにくかったのかな。

 今のところ問題が無いようなので、これで本日のマンドラゴラ畑での農作業は終了。


「しっかしエルフって美人だな~!」

 ライネリオも美人が好きなのかな。エルフに目尻を下げている。今回は男性と女性のエルフが、一人ずつ来ているよ。農業指導をしているのは男性。

「そういえばライネリオ君は子爵家を継ぐ長子なのに、まだ結婚していなくていいのかな?」

 エクヴァルが何気なく問い掛けると、ライネリオは軽く首をひねって、考えながら喋った。

「いるんだよ、婚約者は。年下の男爵令嬢。何年も前に家のしきたりに慣れるためって、二ヶ月くらいうちに住んでたぜ。ただ、体調が悪くなったって実家へ帰ってさ。それから定期的に会ってるけど、なんかこう……歓迎されないし、結婚って雰囲気でもないんだよな~」


「……それ、爵位が下で言い出せないから、君から婚約の解消をするのを待ってるんじゃないかな。そこまで逃げてる相手だし、開放してあげた方がいいよ」

「えっ、マジで!?? エクヴァル殿、俺はフラれてんの??」

「ライネリオ兄様、どうして気付かなかったんですの……? 私、兄様は彼女が好きで、嫌われたのに諦めきれないだけだと思っていましたわ」 

 妹のイレーネから見ても、完璧にフラれているみたい。最近はマシになったらしいけど、元々すぐに怒鳴る短気な性格だったから、大人しいお嬢さんだったら怖くて一緒に暮らせないのでは。


「だから言ったではありませんか、他の女性を探した方がいいと」

 ライネリオの副官であるブルーノも冷たく言い放つ。

「マジか……っ! 嫌われることをした覚えはないのにっ!」

「それを言う人は、だいたい好かれる努力もロクにしていないか、見当違いな努力をしているね」

 両手で頭を抱えるライネリオに、にべもないエクヴァル。ベリアルはこういう話題になると、ニヤニヤと楽しそうに眺める。あまりいい趣味ではない。

 ルーロフの家族は、エルフと今後について相談していた。


「皆が俺に冷たい……。あっ、イリヤさんだっけ? 今フリー?」

「……ライネリオ君? 彼女は我が国の魔導師でもあるからね、勝手に口説かないでもらえるかな……?」

「痛い痛いエクヴァル殿!!!」

 エクヴァルは笑顔のままで、ライネリオの肩を指が食い込むほど掴んでいる。そんなに怒ることなのかな。

「ライネリオ様は本当に鈍いですね……」

 ブルーノがため息をついていた。

 ライネリオ達は、この後ルーロフの家のもう一カ所の畑を視察する。水が溜まる方だ。子爵家の兵が、暗きょをしてくれるんだとか。


 見学も終わって帰ろうとしていると、セビリノに呼び止められた。

「師匠、誰か参ります」

 レナントより少し北側の空を指さす。二人の人影が小さく見えた。

「キメジェスとハンネスであるな」

 私を庇護してくれている、アウグスト公爵に仕える魔導師ハンネスと、彼と契約している侯爵級悪魔キメジェス。ベリアルはキメジェスの魔力から、姿がハッキリと見える前に分かったんだろう。

 彼らはこの村へ向かってきた。

「あれ、イリヤさん達だ」

「お久しぶりです。そちらも視察ですか? 種蒔きは終わってしまいましたよ」

「ちょっと出遅れましたね。こちらの村でマンドラゴラの栽培をすると教えて頂いたので、支援がどの程度必要か調査に来ました」


 公爵家の魔法使いだと簡単に説明すると、ルーロフの家族は緊張から固まってしまった。

「と、遠いところを、ありがとうございます。で、その……支援ってのは、何をして頂けるんでしょう……?」

 お父さんが尋ねると、ハンネスは怖がらせないように優しい表情で頷いた。

「必要な農具や消耗品の提供、足りなければ人材も派遣します。他にも相談に乗りますよ。代わりに、マンドラゴラが無事に収穫されたら、優先的に公爵家へ販売して頂きます。勿論、十分な代金はお支払いします」

「はあはあ、なるほど……?」

 ご家族は何度も頷いているが、あまりよく理解されていない様子。

 ちなみにキメジェスはベリアルに挨拶をしている。失言しないといいね。


「そちらの倉庫を拝見させてください、足りない道具や古いものは、この際に買い換えましょう」

「そこまでしてもらわんでも……なくても?」

 お父さんが敬語に言い直そうとしている。慣れなくて言いにくいみたい。

「買ってすぐに使わなくても、余分にあれば壊れた時に助かりますよ」

 問題が起きたら、ヘーグステット子爵家を通じて公爵に知らせる手はずになった。

 ハンネスはエルフも公爵家へ招いている。公爵様は人を呼ぶのが好きよね。

 ルーロフの家族との話し合いはまだ続くが、私達はもう帰る。ハンネスは帰る前にと、私に話し掛けてきた。


「イリヤさんは、今はどんなことをされているんですか?」

「エリクサーの注文が入りましたので、まずは材料集めをしております」

 私の答えに、何故か少しおかしな表情をするハンネス。

「……イリヤさん。わざわざ集めなくても、公爵様にお願いすれば、だいたいのものは揃いますよ。いつでも頼ってください」

「そうです……ね?」

 自分で受けた依頼だし、自分で揃えられるんだけどな。

 セビリノを見るといつもの真面目な表情で立っていて、エクヴァルは温かい眼差しで見守っていた。

 自分で採取するのが楽しいから、いいんだけどね!




※マンドラゴラの種蒔き……

普通に大根の種蒔きです。やったことあるよ!間引くのメンドイけど、殺虫剤とかをかけてなければ、間引いたのを食べられる(大根の葉っぱですからね)

あとから「わざわざこれを書く意味は?」と思ったんですが、せっかくなのでこのままで。

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