第396話 アンブロシア採取

「行ってらっしゃい。……気を付けてね」

「シュー」

 リニとハヌが、家の外でお見送りをしてくれる。何故かガルグイユ二体も並んでいた。本当にすぐに外へ出てしまうガルグイユだわ。

「ガガガ……留守ハオ任セ」

「ギギ……ぱっはーぬとかげト留守番」

 いや、留守番をするのは別の家だよ。ベリアルがため息をついて前髪を掻き上げた。


「さっさと持ち場に戻らぬか!」

「「ハイハイハイ」」

「なんだね、その態度は!?」

 叱られてもどこ吹く風、ガルグイユはしれっとしている。

「丁寧ニ、三回答エタ」

「三顧ノ礼。三回繰リ返スト丁寧」

 完全に誤解しているわね。誰が教えているのやら。


 ガルグイユを構っていたら、いつまで経っても出発できない。飛び立とうとすると、小さい光がふよふよ飛んできた。トンボのような羽、長い金色の髪の妖精。ジークハルトと契約している、シルフィーだ。

「イリヤ、またお出掛け?」

「足りない薬草を採りに行くから、今日中に戻ってくる予定よ」

「見つかるといいね」

 そう言って、私達の周囲をくるくると回る。光の粉が舞って朝日に反射し、そよ風に流れた。縁起がいい気がする、いいことありそう。

「ジークハルト様は一緒じゃないの?」

「ジーク、お仕事してる。私は朝のお散歩!」


「ガガガ、妖精、アリガタヤ」

「アリガタヤ」

 ガルグイユ二体がシルフィーに手を合わせている。妖精信仰? どういう設定をしたら、こうなっちゃうのかしら。シルフィーは飛びながら、ガルグイユを不思議そうに眺めていた。

「……ベリアル殿。ガルグイユ、だんだんおかしくなってませんか?」

「珍妙なモノに感化されておるのではないかね?」

 私を見るのはやめて頂きたい。教育をしているのはこの町に住む小悪魔だし、問題があったのは魔力を入れた悪魔では。


 シルフィー達と別れて、ヘーグステット家を目指した。

 エクヴァルはキュイに乗って、私とベリアル、セビリノは飛んで。

 ハルピュイアはすっかり身を潜め、イサシム村の畑では種のき直しが行われている。子爵家の兵士が数人手伝っているが、ここにライネリオの姿はない。

 へーグステット子爵の家は村より低い位置で、深い森の入り口近くにある。神聖な森の管理を任されているのだ。

 屋敷の訓練場では兵が集まっていた。キュイを見つけて、兵の一人が指をさす。

「ワイバーンだ! 誰か乗ってるぞ」

「あ~、エクヴァル殿だな! おーい」

 ライネリオも気付いて、手を振っている。笑顔で迎えるライネリオとは反対に、周囲はざわついて警戒心をあらわにしている。


「あのヤバイ人だ……」

「地獄の訓練の人か……」

 一度エクヴァルが稽古を付けたからか、随分と恐れられているわ。エグドアルムでも精鋭で、訓練が厳しいと評判の、皇太子殿下の親衛隊が恐れおののくエクヴァルの訓練だもんね。

「ライネリオ君も村にいるかと思って、回ってしまったよ」

 キュイからひょいと降りて、エクヴァルがライネリオに話し掛ける。ライネリオは苦笑いをして、誤魔化すように髪をガシガシと掻いた。

「あ~、畑仕事を手伝ってみようと思ったんだけどな。うっかり種を蒔いたところを歩いたり、苗と雑草の区別が付かなかったから、領地を守る仕事をした方がいいって、やんわりと追い出された」

「それは仕方ないね、相手には死活問題だからね」

 やる気はあったのね。粗暴だし、邪魔になるのは理解できる。


「ところで、エクヴァル殿は何しに来たんだ?」

「そうそ、アンブロシアが欲しいんだ。売ってもらえるかな?」

「お~、じゃあ森へ行くか。誰かイレーネを呼んでこい」

 ライネリオが命令すると、兵の一人がすぐに駆けて邸宅を目指した。イレーネは末っ子で妹さん。魔法に触れさせてもらえなかった三兄弟と違い、魔法の家庭教師が付いている。妹さんが管理に関わっているのかしら。

 先に森の入り口へ移動して、合流する。森は柵で囲まれていて、『管理地につき、立ち入り禁止』と書かれた看板が幾つも立っていた。


 到着して少ししてからひづめの音が聞こえ、兵がイレーネを連れて到着。彼女は横乗りで、兵の前に座っている。二騎が護衛をして左右についている。

「ライネリオ兄様、ご用ですの?」

 馬から下りるのに、ライネリオが手を貸す。絶対に気が利かないと思っていた。意外だわ。

「イレーネ、エクヴァル殿がアンブロシアが欲しいらしいんだ。頼めるか?」

「この時期なら、あるはずですわ。待っててくださいね、ヴァル~、聞こえる?」

 森に向かい、イレーネが呼び掛けた。声は木々の間を縫って、見えない森の奥に消える。


 しばらくして風が草を揺らす音が流れ、大木の後ろからあまり手入れのされていない長い髪の女性が姿を現した。森の守護者、ヴァルトガイステルだわ。以前よりも着ている服が綺麗。

「イレーネ、用?」

「アンブロシアが欲しいんですの。分けてもらえるかな?」

「いいよ。あの人間と怖い悪魔、覚えてる……」

 以前ここで、ライネリオが密採者と間違えてヴァルトガイステルを捕えていたのを、助けたことがあるわ。覚えていてくれたのね。


 森の守護者に案内されたからか、今回も魔物に遭わなかった。ベリアルは退屈そうにしている。イレーネは森の奥には入らず、兵と入り口で待っている。

「アンブロシアが咲いてる……!」

 赤い花を根っこを残して収穫。花や葉、茎を使う。咲き始めた時期らしく、所々に咲いていてつぼみもあった。取り過ぎないようにしないと。

 私とセビリノが採取している間、ライネリオとエクヴァルが会話をしていた。

「守護者のヴァルのお陰で、アンブロシアが増やせそうだ。ウチのいい儲けになるぜ」

「イレーネ嬢と仲がいいようだね」

「ああ、森を守ってくれてありがとうって、たまに差し入れとかしてるみたいでさ。俺が呼んでも無視するのに、イレーネだと聞こえたら必ず出てきてくれるんだ」

「君は最初の印象が悪すぎるでしょ」


 ヴァリトガイステルは元々、わりと警戒心が強い。問答無用で捕まえようとした人だから、簡単に姿を現すようにはならないんじゃないかな。

 アイテム作製に十分な分を確保し、終了する。帰り道で見掛けた薬草も採取。森を整備する約束を守っているようだ。太陽光が直接降り注がない深い森に咲くアンブロシアの付近は邪魔な草を減らし、人が入る区間は間伐をして混み合いすぎた木を減らしている。

 森の中でも守護者の許可を得なければ立ち入れない場所を、ハッキリと区分してあった。


「ここがお高い素材の採れる森か!」

「なんだ、お前らは!?!」

「イレーネ様をお守りしろ!!!」

 だいぶ戻ってきたところで、揉めている声が聞こえてきた。ライネリオは一番に駆け出し、エクヴァルが続く。私も走るものの、二人には追いつけない。ベリアルとセビリノも私と一緒にいる。

 そうだ、飛んじゃお。

 木を見下ろす高さまで飛び上がり、一気に森を抜ける。道で兵が戦っている。倒れている兵の前にはイレーネが立ち、プロテクションの壁を構築していた。彼女は回復や防御の魔法を中心に練習をしている。


 交戦している相手は五人ほどで、鎧に身を包み武器を持っている。一人は魔法使いのローブを着て、後ろに悪魔がいた。背が高く、革の手甲てっこうとズボンの上から脚絆きゃはんを着け、動きやすそうな恰好をしていた。爵位は男爵か子爵くらいかな。

 倒れている兵には矢が刺さっている。ヘーグステッド家の兵も弱いわけではなく、奇襲に対応できなかったんだろう。イレーネが防御に専念しているのに負傷兵にポーションを使わないのは、持っていないからに違いない。

「目的は森の奥だ、さっさと倒して進もう」

「兵を呼ばれると厄介だからな、居合わせた自分の運の悪さを恨め。こいつらには死んでもらう」


 悪魔がゆっくりと前へ進み、プロテクションの壁の前に立った。拳を繰り出すと、プロテクションの壁はあっけなく崩れた。

「きゃああ!」

「イレーネ!!! てめえら、ぶっ殺す!!!」

 ライネリオが叫んでいるが、先に到着したのはエクヴァル。一直線に悪魔に向かい、まだ離れた場所から踏み込んで、地面を滑るように一気に距離を詰める。

「はあっ!」

「うおっ、早いな!」

 悪魔は一歩下がって横に振られた剣を避け、返す刃を手甲で防いだ。魔力が籠めてあるんだろうか、エクヴァルのオリハルコンの剣で切れないなんて。


「痛って、痛てええぇ! これ、油断してたら切断されたぞ……。ヤバい剣を使う人間だな!」

 かなり痛かったようで、後ろに飛んで距離を空け、斬られた部分を擦っている。手甲が破れて血がにじんでいた。

 お互い睨み合う。

 ライネリオは兵と切り結んでいた盗賊に横から切りかかり、一度は防がれたものの、二度目で相手は剣を落とした。

「ライネリオ様……」

「無事か?」

「はい、突然襲われて不覚を取りました。申し訳ありません」

「気にすんな、よく守った!」


 二人目、三人目が攻撃を仕掛ける。ライネリオは剣を防いで切り付け、部下の兵は何度も剣をぶつけ合っていた。金属の音が響く。

「チイッ、さっさと片を付けないと応援が来たら面倒だ。早くやれ」

「へいへい、全く」

 契約している召喚師に命令口調で言われ、悪魔は面倒そうに手を伸ばした。両手で剣を持ち、警戒しているエクヴァル。

 次の瞬間、悪魔の腕が火に包まれた。

「うわっ、ひいいい!!!」

 慌てて手を振り、消火をする。

「どうにもつまらぬ。もっと数か質を揃えて来んか」

 ふわりと赤いマントがなびき、ベリアルが地面に降りる。つまらないと言いながら、口許はにやりと笑っている。


「ベ、ベ、ベリアル様……!! 失礼します、俺は単なる通りすがりの旅人でーす!」

 悪魔は逃げ出した。無関係だと叫びながら。

 残された盗賊がポカンと見送る。事情を把握するまで、五秒かかったわ。

「え……、おい、契約……」

「はっ、逃げろ! すぐに逃げるんだ!!!」

「今さらかな?」

 男爵を抑えていたエクヴァルの手が空いたので、盗賊の背後に回ってライネリオと挟み撃ちにしていた。即座に対応するのも、彼のすごいところ。


 焦って繰り出される雑な攻撃を難なく防ぎ、五人を全員捕縛。

 次は怪我人の治療だわ。敵を制圧して終えたものの、イレーネは下位とはいえ貴族悪魔に襲われかけた恐怖から、まだ青い顔で震えていた。

 アンブロシアが群生しているのを誰かから教わったのか、それとも以前に密採した人だったのかも。とはいえ、間の悪い盗賊達だったわね。

「師匠、これは一番弟子の出番ですな!」

「え、そうかな……?」

 幸い私達の到着が早かったのもあり死者はなく、大きな怪我を負ったのは一人だけ。回復魔法はセビリノが使い、私の出番は全然なかった。伏兵もいない。


 ベリアルも簡単過ぎてつまらなかったようだし、肩透かしな感じがしてしまった。あとはイサシム村に寄って帰ろう。

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