第395話 依頼です
飛行魔法の付与の続きは明日。衝撃の吸収をする詠唱の文言は、セビリノへの課題になった。部屋にこもって考えている。単純なものが意外に難しかったりするのだ。
ハヌは階段を上るのは大変そうなので、一階の客間で過ごしてもらう。リニも一緒にここで寝るんだって。
さて、私も楽しんでばかりではいられない。賢者の石の研究をせねば。
まずは装備する指輪を完成させたい。宝石をいくつか使いたいが、何がいいかな。宝石の組み合わせを考えるところから、始めよう。幸い買ってきた宝石や、サンパニルから送られた宝石などがあるわ。
まずは指輪に彫る予定の図や文字を紙に書き、その上に二つの宝石を並べる。そして魔力を通し、相性を確認するのだ。
文字は天を意味するEtu ha-
ちょっと指輪には文字数が多いかしら。
まあいいや、とりあえず進めよう。色々な組み合わせで宝石をおき、一つ一つ試していく。
トパーズと翡翠がいい感触があった。
セビリノもいい言葉が思い付いたかな。今日は寝てしっかり休もう。
次の日、朝食を食べ終わると、早速セビリノが私に相談があると言ってきた。
「師匠、“地よ、横たわるものよ、柔らかく受け止めよ”では如何でしょうか」
「セビリノは土属性が得意だし、いいと思うわ。ちゃんとモレラート女史に確認してね」
「はい!」
風の系統でくるかと思ったけど、色々考えたみたい。なるほど、セビリノの得意属性にしたわけね。
「飛行魔法って、基本的に風属性でしょ? 反対属性だと反発するけど、大丈夫?」
エクヴァルがいつになく心配そうにする。本人が飛行魔法を使えないので、ブーツの魔力が暴走したら、まっ逆さまに地面に落ちちゃう。
「大丈夫よ、セビリノなら反発も上手く利用できるから。危険だったらモレラート女史が止めてくれるわ」
「……ならいいけど、どうも不安だな」
「初の試みなので、とても楽しみです。エクヴァル殿も期待して頂きたい!」
「余計に不安なんだけどっっ!!!」
嫌そうな表情をするエクヴァルをよそに、セビリノはとても張り切っている。リニも心配して、スープを飲む手が止まった。ちなみにまだ食べているのは、リニだけ。小さく首を振って、食事を再開する。
きっと、“エクヴァルなら大丈夫だよね”とか、考えているんだろう。
「それで、そなたは部屋に籠って何をしておるのだね」
ベリアルが話題を逸らした。セビリノが喋り続けたら、微妙な空気になりそうだもんね。
「ギゲスの指輪に使う宝石を選んでいました。今のところ、トパーズと翡翠ですかね。もう少し色々と試してみます」
この指輪は、変容をもたらす効果があるものにしたい。現在作れる白色の賢者の石から色を変化させ、赤色にする。赤が完全な賢者の石と言われている。
「師匠がなんとも楽しそうな研究を……っ。私も早く飛行魔法の付与を終えねば……」
「いやいや、焦らないでじっくりやってくれない? 墜落したら本当にシャレにならないから」
気が散ったらいけないわね。こちらの研究を気にしないで済むよう、またセビリノの魔法付与に立ち会うか。
先日の続きで、地味な調整が続く。
滞空時間が前回の靴よりも長くなった。衝撃も大分緩和され、追加詠唱を付与したのは成功だったわ。もう少し使いこなせるようになったら、短時間なら空中で停止も出来そう。
何度かジャンプしてブーツの魔力が消耗すると、モレラート女史の監修の元、今度はエクヴァルが自分で魔力を補充をする。
「一気に入れ過ぎだよ、出力が安定しないね」
「はは、どうも魔法はあまり才能がないようで。最低限は使えるので、困りはしませんね」
「……まあ、この子らと一緒にいたら、使う場面なんてほとんどないさね」
モレラート女史が私とセビリノを見た。魔法なら得意よ!
エクヴァルが補充した後に、モレラート女史が調整している。セビリノもじっと眺めていた。
「しばらくは自分で補充したら、確認してもらった方がいいね。今までは自分でやってたんだろ? こっちの靴の方が繊細みたいだね、油断しないように」
「心得ました、お心遣い痛み入る」
「予想より早く形になったね。これで使ってみとくれ、またここにいる間はいつでも相談に乗るから」
飛行魔法のブーツは完成した。これから実際に使って不具合がないか、確かめるのだ。
モレラート女史の宣言にリニが拍手をすると、同席していたティルザとカミーユも手を叩き、私達もそれに合わせた。
「お疲れさまでした!」
「師匠、我ながらなかなかの出来映えです。モレラート女史はさすがですな!」
「素敵な靴になったわね、セビリノ。私もいつかやりたいな。エクヴァル、それが壊れたら次は私がやるから!」
「……いや、うん。大丈夫、壊れないようにするから」
エクヴァルは気まずそうに目を逸らした。なんか拒絶されているような。
「だよね、気持ち分かる~!!!」
ティルザが声を上げて笑い始めた。カミーユも同調して笑い、モレラート女史まで笑っている。
「師匠が作られた靴ならば、この一番弟子が使いたく!」
「セビリノは飛べるし、自分で作れるでしょ」
「飛行魔法が使える人間なら、不測の事態に対処できていいんじゃないかい」
モレラート女史の言葉に、全員が頷く。
何故じゃ! 私は魔法付与も得意なのに、暴走するのが前提なの!??
なんだか納得できないまま靴を受け取り、家に帰った。
昼食を食べて休憩したら、昨日の続きをする。セビリノも文字を書いた紙と宝石を持ち寄り、地下の工房で宝石に魔法を通す作業をした。
うん、トパーズとエメラルドがいいわ。翡翠は他の時に使おう。
セビリノは透き通る空色のセレスタイトを使いたいようだが、あまり相応しいと思う組み合わせが見つかっていない。
地道な作業が続く中、玄関の扉をドンドンと叩く音がした。
「こんにちは、イリヤいる!?? 私よ、ルチア!」
この町を拠点としているBランク冒険者、茶色い髪の魔法使いルチアだわ。イサシムの魔法使いエスメが憧れる、オシャレな女性。
「あの、あの、イリヤはお仕事、してます。お急ぎですか?」
リニが対応している。私はいったん作業を中断して、宝石を紙の上からどかした。
「エリクサーがどこで買えるか、知らない? どうしても必要なのよ!」
「ルチア、落ち着いて。この子に詰め寄っても困らせるだけだよ」
いつになく慌てるルチアを、相棒のリエトが宥めている。槍を使う冒険者だ。リエトに必要なわけじゃないのね、誰か大怪我をしたのかしら。
「ええと、……聞いてきます」
「ソレって今から作っても間に合うかな?」
今度はエクヴァルの声。階段を上りながら、聞き耳を立てる。
「作るって……、簡単じゃないでしょ? 材料が集まらないし、普通の職人じゃ作り方すら知らないって聞いたわ」
「どう? イリヤ嬢」
エクヴァルが振り向いた。私はちょうど、階段を上り終えたところ。
「材料さえ揃えば作れますよ。ドラゴンティアスは十分あります。足りないのはアンブロシアと鉄の草ですね。アンブロシアはヘーグステット子爵家の森に生息していたわね、分けてもらえるかしら……」
「ドラゴンティアスがそんなにあるの……?」
リエトがおかしな表情をしている。色々退治したので、ドラゴンの素材はちょうどたくさんあるのだ。
「それで、どういう状況?」
エクヴァルが尋ねた。リニはエクヴァルの後ろで状況を見守っている。
「Aランク冒険者になるのに、特殊な場合を除いて推薦が必要なのは知ってるよね? 僕達を支持してくれる人が現れたんだ。ただ、その貴族は視察で魔物に襲われて、酷い怪我をしてしまって。支持する条件として、エリクサーを入手するように言われた」
ふむほむ、なるほど。言わばエリクサーを入手する試験ね。二人とも真剣な眼差しをしている。
「数日かかりますが、お受けします」
「ええと……お願いね、イリヤ」
二人はどこかぼんやりとしている。気を取り直すように、リエトが咳払いをした。
「……あんまり話が簡単すぎて、拍子抜けしちゃったよ。僕らで手伝えることがあったら、いくらでも手を貸すから」
「はい、では完成したら冒険者ギルドにお知らせすればいいですか?」
「そうね、それで宜しく!」
笑顔で立ち去る二人を見送ってから、これからの計画を立てる。
ハヌは一日二日なら一匹でも大丈夫だけど、預かって放置するわけにはいかないわね。ただ、ヘーグステット家だとエクヴァルがいた方がいいのよね。長男のライネリオの友達だし。
「リニはハヌを見ていてくれる?」
「うん、エクヴァル。ハヌとお留守番してる」
「シシュー、フシュー」
私の考えが分かったのか、エクヴァルがリニにお留守番をお願いしてくれた。
ではまたリニを除いたメンバーで出掛けるのね。
今からだと到着する時には暗くなってしまうので、明朝の出発になった。うまくアンブロシアを分けてもらえるといいな。
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