第394話 飛行魔法の付与

 ルーロフの家の畑の問題は、とりあえず解決。マンドラゴラの人工栽培に成功したら、私にも利があるわ。満開のマンドラゴラ畑を想像していたら、玄関から呼び掛ける声が。あ、花は咲くのかしら。

「イリヤさーん、先生から伝言だよ」

 バースフーク帝国の自称天才、カミーユ・ベロワイエだわ。

 先生から! つまり、ローザベッラ・モレラート女史ね。いい知らせに違いない。


「こんにちは、わざわざありがとうございます」

「魔法付与は明後日の午後だって、セビリノさんに宜しくね。あと、ティルザも見学する予定なんだ。平気だよね?」

「勿論です、研鑽あるのみですよ」

 やった、ついに飛行魔法の付与だ! 私じゃなくて、セビリノだけが実行するのが、まだちょっと寂しい。見学はさせてもらえるのだ。

 ちなみにセビリノは今、マンドラゴラ栽培に挑戦する話を、この国で私を庇護してくれているアウグスト公爵に知らせに行っている。公爵の耳に入れておけば、何かの時に助けてもらえるし。

「さっすが。……、うん? なんか楽しいことでもあった? 機嫌が良さそうだね」

 おっと、顔に出てたかしら。軽い説明ならしてもいいよね。


「実は、とある村でマンドラゴラの人工栽培する予定なんです。今から結果が楽しみでして」

「そりゃすごい! 成功したら得だけど、種をいても芽さえ出てこないよ」

「実は不作の畑があって、エルフの方に相談したんです。そうしたら、魔法植物が生育しそうだと助言を頂いて」

「……どこからエルフに行き着いたのか分からないけど、確かにエルフ族はマンドラゴラの栽培に成功してる! これは期待が持てるね! 是非、成果を教えて欲しい!」

 カミーユのテンションもどんどん上がる。マンドラゴラ栽培は南の魔法大国、バースーク帝国でも挑戦しているに違いない。

 栽培記録を他国の職人に見せたら怒られそうなので、黙っておかねば。喋りたいけど!


「まだこれから種蒔きなので、まずは芽が出せるかですね」

「楽しみだね。それじゃ、明後日! ……ところで、イリヤさんの家の日常風景って、独特だね……」

 帰り際に振り向いたカミーユの視線の先には、散歩をするリニが。

「ハヌ、ハヌ、庭を一周しようね」

「フシュー、フシュー」

 リニの後ろを、大きなトカゲのハヌが体を揺らしながらペタペタと歩く。

 イサシムの大樹のメンバーは里帰りをして、修繕や畑の手伝いを数日ほど続ける予定。私達は村に泊まらないので、ハヌを預からせてもらったのだ。

 さらに後ろをガルグイユが二体、四本足で追っている。 

「ガガ、ガガ……ぱっはーぬとかげ」

「ギギギ……仲間」


 何故かハヌを仲間だと思い込んでいるのよね。どうもおかしな不具合のあるガルグイユだわ。とはいえ、リニが引率している姿はとても可愛い。付いて歩いているのが魔物のトカゲと石像でも。

 エクヴァルは庭の木の椅子に座って眺めている。

 ただ、さすがにこれは非日常風景だと思う。

「あの、エクヴァル。お外に行ってもいい?」

「うーん、ガルグイユも一緒だからね。家の周囲だけなら」

 少し考えて、エクヴァルが頷く。まだガルグイユを人の多いところへは連れて行かれない。そもそも屋敷の守りだし。

「分かった、出掛けてくるね」


 リニが元気に返事をすると、ハヌとガルグイユ達も喜んで体を揺らした。

「シュー」

「巡回!」

「巡回!!!」

「目は光らせちゃダメ……だよ」

「「ガッカリ」」

 先に注意したので、目を光らせずに道へ出たわ。リニの命令は、ちゃんと聞けるようだ。


 約束の日の午後、ベリアルを除いたメンバーでカミーユが家主不在の間だけ借りている工房を訪問した。家主はまだ当分戻れないと、連絡があったそうだ。

 家にはティルザも来ていて、カミーユと楽しそうにしている。

「揃ったね。じゃあ始めよう」

 ローザベッラ・モレラート女史が、自身が彫った台座にこちらが渡したサファイアをはめて、用意してくれた。これに魔法付与して靴に付け、試して調整してを繰り返す。

 他の魔法付与と違って使用者が危険な目に遭う可能性が高いので、慎重を期すのだ。

 

 宝石を挟んで上下にsabaothとHaShemの文字、四隅には五芒星、五芒星を繋ぐように記号や模様が、細かく丁寧に彫られている。

「どうだい、これで。文字が崩れたりしていないだろ、やだねえ目が見えにくくなって」

「とんでもない、とても素晴らしいです!」

 さすがバースフーク帝国の帝室技芸員。近くで見せてもらってから、セビリノに渡した。


「まず質問だ。飛行魔法を付与するに際し、特に気を付けるべき事柄は何だと思う? カミーユは答えるんじゃないよ、私が前に言ったからね」

「はーい」

 答えを知っているカミーユは、余裕の表情で口を結んだ。

「そうですな、安定性でしょうか。出力が一定でないと、飛び方が不安定になります」

「私はね~、操作性と思う。目標から逸れると、わりと悲惨だよ」

 セビリノとティルザが答える。どちらも大事そうだし、実際に危険な場面を目撃しているんだろう。

 威力とかより、安全に関することかな。

「速さでしょうか? 速すぎても、制御しにくいかと」

 私達の回答にモレラート女史は頷き、カミーユに視線を投げた。


「ふむ、どれも大切だ。……カミーユ、答えられるね」

「はい、先生! 一番は安全な着地です。着地の時が、死亡事故が最も多いからです」

「なるほど……!」

 普通に飛んで降りられるから、特別に意識をしていなかったわ。言われてみれば、自分で飛べない人を相手に同じ意識で魔法付与してしまえば、着地時の衝撃が吸収しきれないかも知れない。

 飛行魔法を付与するんだから飛ぶのは当然、後はどれだけ安全に地面に降りられるかね。


「安全に気を付けてもらえるなら、安心だね。エクヴァル」

「やっぱり貫禄があるね、モレラート女史は」

 離れて眺めているエクヴァルとリニが、こそこそと会話をしている。エクヴァルはリニに合わせて、少し屈んで話を聞いていた。

「詠唱は私が使うのにしてもらうよ。教えるから、サクッと覚えて。カミーユ、ほら」

 またもやカミーユに任された。カミーユは咳払いをし、演説でも始めるような大袈裟な動作で唱え始める。発動しないように魔力を籠めないで。


「舞うは羽根、風に乗りて高きへと。鳥雲の一片となりて、星の明かりを纏い、さえぎるものなき宙を進め。七色の虹を越えよ、飛翔」

 

 私達が使う飛行魔法は、『雲の如く空に浮け、枝の如く水に浮け。我に鳳の翼を与えたまえ。空の道よ開け。翔け上がれ、飛翔』という詠唱。人によって多少アレンジを加えられる。

 バースフーク帝国で使われているものの方が、飛び方が柔らかそうだわ。

 セビリノが口の中で繰り返し、魔力の放出具合を考える。

「今まで同じような装備を使ってたんだから、相手は慣れてるだろう。あんまり気負わなくていいよ」

「そうですね。私自身は魔法は不得手なのですが、飛行魔法の付与されたブーツは使い慣れています」

 自信満々のエクヴァル。彼はかなりしっかり使いこなしていたものね。


 さて、ついに魔法付与を開始する。部屋をサンダルウッドのお香で浄化し、紙に書いた小さな魔法円を二つ用意。そこに宝石をつけたプレートを乗せ、魔法付与する。

 セビリノが宝石の前で、大きく数回深呼吸した。

「両方に同じように魔法を籠めるんだよ」

 モレラー女史の言葉を聞きながら、ゆっくりと詠唱を始める。


「…………七色の虹を越えよ、飛翔」


 詠唱途中からぼんやりとサファイアが青い輝きを放ち、部屋が青に満たされた。光はサファイアに引き込まれるように消えていき、サファイアの色が濃くなる。成功だわ。

「さすが宮廷魔導師だね、なかなか上手いじゃないか」

 モレラート女史から合格がもらえた。カミーユとティルザも、賞賛している。

「初めて飛行魔法の付与をしてこれか……。天才の私も、うかうかしていられない」

「モレラート様が直々に指導してくださるだけあって、さすがの実力ね!」

 しかし話題の中心であるセビリノの視点は、私に固定されている。

「さすがセビリノ、素晴らしいわ!」

「光栄です」

 喜んでる喜んでる。このやり取り、何度目かなぁ。


「……イリヤさんが関わらなきゃマトモなのに、彼は残念だねえ。さ、続けるよ。これからが始まりだ」

 モレラート女史は両方のサファイアをじっと見比べ、左にある方に魔力をもう少し流すよう指示した。セビリノが慎重に魔力を流し、整ったら一応完成。

 これをリニがエクヴァルに買ってあげたブーツに付けて、細かい調整をする。自称リニのお兄ちゃんな地獄の公爵に知られたら、わずらわしいくらい羨ましがるだろうから、内緒にしないとね。

 モレラート女史が工房で作業するのを待って、再開する。

 早速、使ってみるのだ。飛ぶから室内では無理なので、庭へ出る。エクヴァルがブーツを履くのを、リニは紫の瞳をキラキラと輝かせて注視していた。


「私のあげた靴で、飛べるようになるなんて、すごいね……!」

「リニがくれたブーツ、とても動きやすいよ。しっかりと活躍できるように、頑張らないとね」

「わ、私も何か、力になれたらいいんだけどなあ……」

 ブーツを履く間も、とても楽しそうな二人。セビリノは無表情で待っている。普段は寡黙かもくで堂々としているのだ。

「いいなあ……私も冒険のお供に、可愛い小悪魔と契約したい」

 ティルザが羨ましそうに様子を眺める。

 リニは戦えないから、冒険者として契約したいなら向かないと思う。アイテム職人の助手は板に付いてきたよ。


「でもねえ、小悪魔ってあんな感じだっけ……?」

「やっぱり違うよねぇ。……私が知ってるのは、もっと生意気な子ばっかり」

「カミーユ、ティルザ。気が散るなら他に行っていいんだよ」

「「すみませんっ!」」

 モレラート女史に怒られて、二人は肩をすくめた。道を通り過ぎる人が、チラチラとこちらに視線を送りながら歩いていく。大勢集まっているから、気になるんだろう。

「じゃあまず軽く飛んでみて。着地位置はここ、印を付けたからね」

 棒を手にして、モレラート女史は地面に大きく○印を書いた。この中に入ったら成功。実際の戦闘では地面に何があるか分からないので、着地位置を選ぶのは大事だ。


「では。飛翔!」

 軽く膝を曲げ、エクヴァルが飛び上がる。簡単に屋根よりも高く舞い上がった。ズシン、と大きな音を立てて着地する。場所は片足がギリギリ円周の上に掛かる程度で、成功とは言いがたい。

「着地の衝撃が大きいね、これだとドラゴン退治で骨折するよ。場所も大分ズレた。体が全部ここに入るようにしないといけないね」

 これからモレラート女史の指摘に基づいて、改善を重ねるのだ。

「ふむ……、まだ左右のバランスが整わないのですな。着地も課題」

 セビリノはエクヴァルが履いたままの靴の前に、しゃがみ込む。

「いや待ってセビリノ君、椅子と足を置く台が用意してあるから。さすがに足を地面に着けた状態で、ブーツの宝石の魔法を調整するのは、ちょっと……!」


 周囲からしたら、ひざまづいているような絵面えづらだもんねえ。エクヴァルが困っている。

 思ったよりも時間がかかりそう。エグドアルムでは魔法研究所の職員が飛行魔法の付与をして、宮廷魔導師にその仕事が回ってこない理由が分かったわ。拘束時間が長いのね。

 

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