第393話 ルーロフ君のおうちの畑

 夜のうちにマンドラゴラ生育絵日記をセビリノと一緒にまとめて、資料として使いやすいようにした。エグドアルムにも報告しないとね。

 次の日は野菜の種と建物の修繕に使う釘や縄などを買い、まずはエルフの村へ向かう。イサシムの大樹のメンバーは一足先に出発しているものの、イサシム村へは私達が先に到着するだろう。


 中央山脈の森にあるエルフの村は、以前、竜神族のキングゥと出掛けて、迷子になった時に見つけた。

 方向音痴のキングゥが、道も知らないのにズカズカ歩いて偶然辿り着いたのだ。どこかの意地の悪い地獄の王が揶揄からかいそうな案件ではあるが、キングゥは竜神族の長である黒竜ティアマトの息子なので、さすがのベリアルも迂闊な発言は出来ない。

 このエルフの村は特殊な結界で隠匿いんとくされていて、近くに住む人も存在を知らないだろう。

 村の近辺にモーリュという薬草が生えているので、ついでに採取しよう。白い花に黒い根っこで、比較的見つけやすい。セビリノと採取をしてから、エルフの村へ行った。


 ユステュスからもらった、オークの木で作った通行証を手にして村の入り口を探す。しばらく歩くと森が続いた景色がすうっと変化し、道が現れた。

「それはエルフの通行証……、あ、以前この村にいらした方ですよね?」

 木の上から降ってくる声の出所に顔を向けると、声の主は枝から飛び降りて、私達の前に立った。背の高い男性だ。

「お久しぶりです、イリヤです。本日はモンティアンのユステュス様から、紹介状を預かって参りました」

 モンティアンとは、エルフ達の間で使われている、都市国家バレンにあるエルフの村の名前だ。

「覚えております。今度はまた、どうして紹介状を?」

「実はお願いがございまして。ユステュス様に相談してあちらで話し合った結果が書かれています、お収めください」 

 紹介状を受け取ると、エルフの男性は軽く目を通して、きびすを返した。

「なるほど、お力になれると思います。まずは村へどうぞ」

「ありがとうございます」


 男性は村にある一軒の家の扉を叩き、植物に詳しい女性に事情を説明して、イサシム村への同行に同意を得た。道すがら、実際に見たエクヴァルから話を聞いている。

「水はけの悪い土地は、暗きょをして排水を良くし、さらに土を柔らかくするよう落ち葉などを入れた方がいいでしょう。土も悪いんです、土壌から改善しないと」

「家族では手が回らなかったんでしょうな。暗きょはライネリオ君に手伝わせよう、囚人を集めてもらってもいいんですが」

「囚人に穴掘りをさせるのですか?」

 エルフが聞き返すと、エクヴァルは笑みを深めた。これは不穏な話題が飛び出す合図だわ。

「国によっては捕虜や囚人に、募集しても人手が集まらない重労働をさせますよ。そうそう、我が国の拷問の一つに、穴を掘って埋めるというのがありましてね」

「穴を掘る拷問ですか」

「ええ。穴を掘って埋める、この単純な作業をひたすら繰り返すだけです。無意味な重労働は、心身に多大な負担を強いるんですよ」


 たしかに辛いわ。いや、なんで今この話をしたの? 掘るで思い出した、思い出話なの? どうせなら明るい話題はないんだろうか。

 違う村に辿り着いたりしつつ、三度目にイサシム村へ到着。意外と近かったわ。エルフの村の方が標高が高い場所にあったので、ちょうど畑がある村外れに出た。早速、問題の畑の確認に入る。

 畑には小さいまま育っていない苗が何列も並んでいた。外側の葉っぱは食い荒らされたようで、ほとんど無くなっている。

 エルフの女性はしゃがんで苗のぞき込み、次に土を触った。ひとつまみして、何故か舐める。

「畑の位置や状況から見ても、これは明らかに魔力過多ですね。普通の野菜は育ちませんよ」

「食べて判断するんですか?」

「あっはは、それはエルフでも私だけ。なんかこう……舌に乗った感じが違うんです。ひんやりして、広がるというか」

「なるほど」


 違うのだろうか。私も土を舐めてみようとしたが、黒い袖が伸びてきて、ベリアルに手首を捕まれた。

「阿呆! そなたまでおかしな真似をするでないわ!!!」

「せっかくなので違いを確かめようかと」

 私が怒られている間に、セビリノは舐めてみたようだ。彼は誰も止めないのは何故じゃ。ひいきだ。

「……食べちゃった」

 リニはエクヴァルの後ろで大きな目をしばたたかせた。

「ふむ、帰ったら家の庭の土と比べてみます」

「頼んだわね」

 一カ所だけ口にしても、違いは分からない。これで比較が出来るわね。安心して相談を続けられるわ。


「迷わず食べる人も珍しいですね。この畑は、野菜には向きません。ただし、アンブロシアやエピアルティオンなど、条件さえ合えば特殊な魔法植物が育ちますよ」

「本当ですか!??」

 わざわざ探したり、森の奥や洞窟などの行き来が難しい生育地を管理したりしなくても、畑で採れるならば有り難い。成功すれば、野菜よりも稼げるのでは……!??

「あくまで可能性です。マナ以外にも要素があるようですが、条件が完全に解明されている訳ではありませんから」

「……もしや、マンドラゴラも育つ可能性があるのでは?」

「種をもらって来てるわ」

 セビリノが呟いた。生育記録を纏めたばかりだわ。参考にして、ぜひ育てて頂きたい! ただし収穫は二年後なのよね。


「いいね。栽培に協力してもらえるなら、エグドアルムから援助を引っ張れるよ」

 エクヴァルも乗り気だ。他国で勝手にしていいのかはともかく、お金が援助してもらえれば、収穫までの間を乗り切れるかも。

 確認を終えたので、畑の持ち主と話さなければ。

 村ではハルピュイアに壊された屋根や柵の修繕をしている。子爵家の兵士の姿もあり、畑では子供達がダメになった苗を拾ったりして手伝っていてた。空いている畑は牛にすきを曳かせて、耕している。

 近くの人に話し掛けようとしたところ、ちょうど反対側から現れた一団に視線がいってしまった。


「お前達、帰ってきたのか!」

「友達から、村が被害を受けたって教わったんだ。途中で種や、ナスの苗木を買ってきたよ」

 レオン達が、アレシアの荷馬車でやって来た。借りたんだ、それならたくさん荷物を持って来られわね。アレシアはすっかりレナントから出なくなったので、荷馬車を手放すか悩んでいるそうだ。

「イリヤ、やっぱり早いわね!」

 治癒師のレーニが私に気付いて、手を振る。私も小さく振りかえした。リニは見知った顔に安心して、尻尾も一緒に振っていた。無意識なのかな。


「ルーロフ君のご家族はどちらかな? 開拓した畑の活用法が、見つかりそうだよ」

 エクヴァルが声を掛けると、ルーロフは目礼をして歩きだした。

「……ありがとう、家へ案内する」

「おお、じゃあ俺もお話に~」

「あんたは手伝い!」

 ついでに逃げようとする弓使いのラウレスを、レーニが怖い顔をして襟首を掴んで止めた。

「何しに来たと思ってるのよ。さ、畑を手伝うわよ」

 おかっぱ頭の魔法使い、エスメが冷たく言い放つ。ラウルスは観念して畑に、リーダーのレオンは柵を直す手伝いに向かった。


 ルーロフのご家族を交えて、彼の家で転作を勧める。上手くいけばマンドラゴラの安定供給が見込まれる。しっかり説得したい。

 ご家族は両親、祖父母、それから兄。全員諦めモードで、雰囲気が暗い。ただ、同席するエルフの女性を、不思議そうに眺めていた。

「えー、見ての通り私はエルフです。この近くに住んでいまして、畑の相談を受けて参りました。結論からして、育てる植物を変えればいいと思います」

「色々試しはしたんだが……」

 お父さんが小さく首を横に振った。どうせ無駄だ、と言いたげだわ。

「野菜は無理ですね。マンドラゴラの種があるそうなので、まずマンドラゴラから試してみましょう」

「マ、マンドラゴラ? って、なんどらごら?」

 初めて聞く名前に、おじいさんが聞き返した。なんどらごら……?


「マナが溜まりやすい、そういう地に育つ魔法植物です」

「ようするに、希少価値の高い薬草です。栽培に成功すれば、これまでの損失も取り戻せますよ。国からの支援も受けられます」

 エルフに続いて、エクヴァルがわざとらしい程の笑顔で説明する。どの国からの支援なのかを濁しているのがミソだわ。人間がマンドラゴラの人工栽培に成功した話は聞かないので、一枚噛んでおきたいのだろう。

「でもねぇ、珍しいものなんでしょ? 知らない薬草を作って、買う人がいるかしら」

 お母さんが心配を口にする。私は欲しいが、畑一面分を買うかと問われたら、ノーだわ。


「アウグスト公爵様なら多く買い取ってくれるでしょうが、ここまで買いに来てくれるかですね」

「買い付けは誰か来られるでしょ、ハンネス君の友人の商人とか」

 エクヴァルがほら、とウィンクする。

 公爵お抱えの魔導師ハンネス。彼と同じ塾で召喚術を学んだ友人のレグロが確か、公爵家にも出入りしている商人だったわ。ちょうど薬草なんかがメインの取り扱い商品で、本店はこの村の近く、テナータイトに構えていた筈。

「公爵様は魔法使いやアイテム職人を援助しているし、買い叩いたりもしないわね」

 上手く必要な人に行き渡りそう。

 ただ、販路を確保しても、実物がないと意味がないわけで。


「親身になって頂いて悪いけどな、作物を完全に変えるんじゃ、モノになるのが作れるかどうか……」

 ルーロフのお父さんは今までの苦労を思い出し、苦い表情をしていた。

「ならばこれを! 相談したエルフの村で、ちょうどマンドラゴラの成長記録を頂き、見やすくまとめました」

 早くもチャンス到来。ワクワクが止まらない! まとめた資料を受けとり、お父さんがパラパラとめくった。

「……文字は名前くらいしか読めないから、もらってもなあ……」

 しまった、盲点だったわ。私の村では私が数人のお友達に文字を教え、そこから近くの村にまで広まって、識字率が上がっていた。

 普通の、特に山奥の農村では、まだまだ識字率が低い。薬の注意事項やお店のメニューも、読めない人の為に絵や記号が描かれている。


「他の希少植物も含めた実験栽培に付き合ってもらえるなら、私がたまに指導に来ます」

 エルフの女性が申し出ると、男性陣は照れた笑顔になった。エルフは美形が多いですからね……!

「こんな美人さんにわざわざ山奥まで来てもらうのも、申し訳ねえなぁ」

「私どもの集落は、さらに山の上ですよ」

「おじいさん、せっかくだからやってみんかね? どうせ何を作ってもロクに育たない土地だよ。文字なら、冒険者をしてた人が読めるでしょうよ」

「そうだね、ばあちゃんの言う通りよ。あの畑は諦めようかとも相談してたんだし、最後だと思って挑戦してみましょうよ」

 女性陣は賛成だわ。せっかく開拓した畑だもんね。


 家族の話し合いの結果、マンドラゴラを育てることに決定した。エルフの女性が週に一回、指導に来る。マンドラゴラ以外も育ててみたいと、エルフの方が張り切っていた。

 私はアウグスト公爵に相談しておこうっと。興味を持ってくれるに違いない。

 こちらの畑の育成記録も取ろうかと思ったら、エクヴァルがヘーグステット家の長男、ライネリオに頼んでくれて、兵士が見回りついでに記録してくれることになった。

 イサシムのメンバーを残して、夕方には帰った。そろそろモレラート女史が飛行魔法の付与をする準備が終わったかな。


 レナントでは緑と赤の細い光線が私の家の裏手から放たれて、空を貫いていた。ガルグイユだわ……。

 ベリアルがスッと先に降りて、庭の中央付近をウロウロとしているガルグイユを目指す。

「何だね、この光線は!」

「オ帰リ安全」

「灯台ゴッコ」

「やめんか!!!」

 うーん、おかしな機能だけはあるのね。なかなか手強い石像だわ……。



★★★★★★★★★★★★★★


すみません、前々回の感想の返事で飛ばしちゃったのがありまして(メール通知を確認して気付きました)!

特に何か思うところがあったわけではなく、ウッカリしただけです。申し訳ない。他の作業と並行してやっていると、たまにやります…。把握しているだけでも3,4回目かな。気付いていないのもありそう(°°;)

慌ててるな~と、生暖かい目で見守って頂けると幸いです。

もしくは近況ノートや、他のページの感想で教えて頂けると(^◇^;)追記しても通知がありませんので、感想の追記は気付かないと思います。


一気読みで複数話の感想を同日に頂くと、返信が間に合わない場合もありますので、そちらもご了承ください。

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