第392話 リニとハヌ

 エクヴァルとリニと一緒に、冒険者パーティー『イサシムの大樹』の家へ向かっている。二人が依頼でイサシム村へ行った時の様子を伝えるのだ。どうやら、問題があったみたい。

 イサシムの家の庭には、リニが作ったパッハーヌトカゲのハヌの小屋がある。ハヌは外で元気に過ごしているよ。リニに気付くと、大きな体を揺らしてドドドッと勢いよく走ってくる。


「フシュー」

「ハヌ、元気だね」

 ちゃんとリニの前で止まり、頭を撫でてもらっていた。

「こんにちは、誰かいるかな?」

「うほーい」

 エクヴァルが声を掛けると、中から男性が返事をした。お調子者の弓使い、ラウレスだわ。すぐに扉を開ける。

「こ、こんにちは」

「いらっしゃい、エクヴァルさん、リニちゃん! イリヤさ……うわっ、ハヌ!」

「フー、クシュー!」

「ハヌ、ダメだよ!」

 ラウレスが驚いて後ろに下がると、ハヌが大きな声で威嚇する。リニがしゃがんで、ハヌの背を撫でて宥めていた。


「お~い皆、イリヤさん達だよーぅ!」

 呼びに行くていで、奥へ逃げるラウレス。相変わらずトカゲが苦手なのね。だから余計に、ハヌも反応している気がする。

「あらイリヤ、どうしたの?」

 奥から魔法使いのエスメが顔を出す。黒いシャツにスカートをはいている。

「ノルサーヌス帝国のお土産です。それと、エクヴァル達がイサシム村に依頼で行って……」

「ルーロフ君はいる? 彼がいてくれた方がいい」

「いるわよ、今日はいい仕事がなかったのよ。皆揃ってるわ」

 すぐにルーロフを呼んで、客間へ案内してくれた。丸い木のテーブルに椅子が五つ、壁際には二人掛けソファーが二つ置かれている。


「……どうも」

「じゃ、出掛けてくるから。またね、イリヤ」

 ルーロフとレオンがやってきた。治癒師のレーニはご飯の買い出しに、ハヌに脅えるラウレスを荷物持ちとして連れて出掛けた。

 エクヴァルとリニがソファーに座り、その横でハヌが床に寝そべっている。私はもう一つのソファーに腰掛けた。

「……ラウレス、ハヌが嫌いかな……。あの、ハヌを預けちゃって、迷惑じゃない……?」

 リニが不安そうに尋ねた。レオンもルーロフも、首を横に振って否定する。

「とんでもない! 爬虫類型の魔物もいるし、慣れてもらった方がいいよ」

「……ああ。あれで、少しずつ改善している」


「ハヌは大人しくてお利口さんだから、ラウレスもすぐに良さが分かるわよ」

 エスメが全員分の紅茶を淹れて、お盆に乗せて持ってきた。シュガーポットをテーブルの真ん中に置く。

 爬虫類が大好きな彼女は喜んでハヌの面倒を見ているよ。

「じゃ、本題に入ろうか」

 エクヴァルはイサシム村が幾度かハルピュイアの襲撃にあい、魔物は撃退できたものの、農作物や柵、民家に被害があったと伝えた。

「空飛ぶ魔物は厄介ですからね。守ってくれて、ありがとうございます」

「近いうちに、いったん帰ってみようかしら」

 レオンが頭を下げ、エスメは人差し指を頬にあて、考えるような仕草をした。エクヴァルの話には、まだ続きがある。


「村も損害を受けたけど、それ以上にルーロフ君のご家族のダメージが大きいらしくてね。畑が水はけが悪く、新たに開拓した畑も何故か植物が育ちにくいとか。ずいぶん疲弊されているよ」

「……生活を賄えるほど、仕送りできない」

 ボソッとルーロフが呟く。今季の収穫が見込まれないと、収入はゼロなのでは。蒔き直しをするにも、種を買わないといけない。

「今の生活を手助けするのもいいけど、新しい畑の不作の原因をつきとめて、長期的な改善計画が必要だね。専門家を呼べないのかな」

 つまり、外部の助けを借りた方がいいわけね。なるほど。リニがこくこくと頷き、ハヌも真似して頭を縦に振っている。


「うーん……、農業に詳しい方は知りませんね……」

「土の問題でしょ? そっちの専門家じゃないの?」

 彼らと親しくしているのは、冒険者や商人だ。畑の改善の助言なんて、誰からもらえばいいんだろう。確か山の中の村で、近くには深い森を抱える、ヘーグステッド子爵領がある。

 ……あ!

「心当たりがあります! 解決するか分かりませんが、相談してみますね」

 思い立ったら吉日。私は紅茶を飲み干して、立ち上がった。

「助かります。俺達も皆で相談して、どういう援助が出来るか考えてみますね」

「ライネリオ君に余裕があれば復旧の手助けをするよう伝えてあるから、彼らに遠慮なく頼むといいよ」


 エクヴァルとリニもカップを置くと、ハヌがリニの足に頭を寄せて、甘えて帰る邪魔をする。

「ハヌ、またくるよ」

「フシュ、フシュ」

「リニちゃん、暇があればもう少しハヌといてあげられないかな?」

「そうよ、こんなにすぐに帰らなくていいじゃない」

 レオンとエスメも引き留める。ルーロフは無言で、小悪魔にじゃれる大きなトカゲを、微笑ましく見守っていた。

「私は先に帰って、連絡を取ってみるわ。二人は残ってハヌをよろしく」

「ありがとう、イリヤ。ハヌ、まだ遊べるよ」

「シュー、スー」

 リニが残って嬉しいのか、ハヌは部屋の中をペタペタと動き回った。


 イサシムの家から帰ると、私はすぐに出発の準備をした。

「ベリアル殿、出掛けます」

「帰るなり騒々しいわ。……で、どこへ行くのかね」

 ベリアルが赤い髪を掻き上げながら、奥にある自室からゆっくりと顔を出す。セビリノは地下の工房で、アイテムを作製している。

「エルフの森です。どうやら実りの悪い畑があるそうで、相談してみます」

「それで何故、エルフなのだね」

「羊人族の子が、森のことはエルフが一番だと言っていました。自給自足で暮らしていますし、森の畑にも詳しい筈です!」

 我ながら素晴らしいアイデアだ。しかしベリアルの反応は薄い。賛同すると思ったのにな。

「相変わらず突拍子もない小娘よ」

 まだアイテムを作製中のセビリノに留守を任せ、隣国バレンにあるエルフの森へと飛んだ。ベリアルの魔力に気付いた地獄の伯爵ボーティスと、契約者のユステュスが入り口で待っている。


 ボーティスはエルフの森が盗賊に襲撃された際、盗賊側の召喚師に召喚された悪魔だ。しかし対応に立腹して召喚師を殺害、その後はベリアルの命令でエルフの村の復興を手伝い、そのままいついている。村はすでに元通り以上になっている。手伝いって、いつまでなのかしら。

「ベリアル様、契約者様、お疲れ様です」

 すかさず頭を下げるボーティス。伯爵位の彼にとって、王であるベリアルは雲の上の存在……いや、地獄の底の存在なのだ。雲の上だと天使っぽいわね。

「本日は相談があって参りました。知り合いの畑の収穫が少なくて困っているのですが、畑や土壌の問題に詳しい方はいらっしゃいますか?」

「畑……ですか?」

 想定外の話題だったらしく、二人ともキョトンとしていた。


 特に専門家はいないので、魔法アイテム作製をしているエルフに同席してもらい、話を聞いてもらうことになった。

「ベリアル様、これを……」

「何だね、これは」

 本題に入る前に、ボーティスがノートを差し出す。表紙には『マンドラゴラ観察日記』と書かれていた。

 マンドラゴラの生育記録だ! ベリアルはつまらなそうに、片手で受け取った。パラッとめくっただけで閉じるので、私が見せてもらう。

 絵日記だわ。最初の方は“変化なし”ばかり。


「マンドラゴラの種を蒔いてから、今日までの記録です」

「ほとんど変化がないではないかね」

 胸を張るボーディスに、ベリアルの反応は冷たい。ハデ好きにはつまらないのだろう。追肥したとか、灰をいたとか、芽が出たと思ったら雑草だったとか。記述は少ないが、とても興味深い。

「続きはこちらにあります」

 おお、一月一冊なのか。たくさん出てきたわ。ベリアルの反応が薄いので、ボーティスはラピスラズリ色の青い目を不安そうに揺らした。

「素晴らしいですね、ありがとうございます! マンドラゴラの研究が進みます」

 上手くいけば、私達にもマンドラゴラ栽培が出来るかも! 現在は採取に森に入るしか、入手手段がない。


 話が横道に逸れてしまったわ。気になるところだが、まずは当初の目的である、畑の相談をしなければ。三人は真剣に耳を傾ける。

 アイテム職人のエルフが小さく唸った。

「水はけが悪い土地はともかく、何をしても効果がない土地は、……中央山脈付近ですよね? マナが多すぎるんじゃないかな」

「野菜に影響があるんですか?」

「通常は、ほぼありません。我々エルフが住むようなマナに溢れる土地で、一カ所にマナが集約してしまう、限られた狭い範囲で起きる現象です。肥料や水、ましてや土の問題ではなく、そもそも畑に向かない土壌ですよ」

 もしそうなら、開拓した土地は畑としては絶望的……! 私がルーロフにどう伝えようか困っていると、ユステュスが気を遣って励まそうとしてくれる。


「あくまで可能性ですから! 一度、土地を確認した方がいいでしょう。実は中央山脈の、該当する村の付近にもエルフの集落があります。そちらから派遣してもらえば早いですよ。手紙を書きます、普段は結界で隠しているので、通れるようにアイテムを……」

 中央山脈のエルフの村。そういえば、隠蔽されたエルフの村がチェンカスラー王国にもあったわ……!


「存じております、訪問したこともありますよ」

「え? ではどうして、わざわざこちらまで来たんですか?」

 アイテム職人の男性が首をかしげる。

 もっともだ。もう一つのエルフの村、すっかり忘れていたわ。

「……意味もなく遠い方を選ぶとは、さすがにマヌケ娘であるな」

 ベリアルがニヤニヤしている。教えてくれなかったくせに。

 ユステュスにわざわざイサシム村まで来てもらうのは申し訳ないので、生育日記と今季の種まきで余った種などを分けてもらい、紹介状を書いてもらった。


 すぐに帰り、家で待っていたエクヴァルにエルフの見解を伝える。

「なるほど、開墾したのが野菜作りに適さない土地の可能性があるのか。確かに、一度見てもらった方がいいね。イサシムの連中もいったん里帰りをする、という結論になっていたよ」

 じゃあ向こうで会えるわね。イサシムの皆は明日の早朝、出発する。私達は昼過ぎでいいかな。

「私達も、また行っていい? 心配だから……」

 リニが不安そうに見上げてくる。出掛ける時に、お留守番してもらうことも多いからかな。

「そうね、リニちゃん。お友達のおうちが困っているんだもの、力になりたいわよね」

「うん」

「それにしても、まさかエルフを頼ったとは。相変わらず君は予想外ばかりだね」


「うむ。さすが師匠。常人にはない発想です」

 エクヴァルの言葉に、アイテム作製を終えて地下工房から戻ったセビリノが答える。話の内容、あんまり聞いてないわよね?

「じゃあ明日は、種や苗など植え直しに必要なものを買って、午後からイサシム村へ行こう」

 エクヴァルは特にツッコむでもなく、話を続ける。

「必ずや制圧してご覧にいれます」

「「そんな話、してないから!!!」」

「ふははは、良い考えではないかね!」


 セビリノの中ではどういう話になっていたのかしら。ベリアルがすっかり面白がっている。

 ベリアルのせいで、セビリノまで攻撃的になってきた……!

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