第391話 お仕事小悪魔(エクヴァル視点)
ワイバーンのキュイの背から、地上を見下ろす。
広大な平野が続き若草色に煙るノルサーヌス帝国の北にあるのは、高度な自治性を保つ町の集合である、都市国家バレン。バレンはティスティー川を挟んでチェンカスラー王国の西に位置し、川沿いには両側にエルフの森が広がっている。ほとんどはバレンの領地側だね。
チェンカスラーの東は中央山脈が南北へと走り、大陸を分断している。チェンカスラーの南にある小国、フェン公国の山中の開けた部分で、ガオケレナが生産されているとか。
マナが豊富な土地でしか育たない魔法植物は、フェン公国の周辺国ではほぼ収穫できない。特別な場所なんだろう。イリヤ嬢は『
さて、レナントの町でイリヤ嬢とベリアル殿、セビリノ君と別れた。
私とリニはノルサーヌスで依頼を受け、イサシム村へ向かっている。中央山脈の中腹にある小さな村で、ジークハルト君の実家、へーグステット子爵領にほど近い。
中央山脈に平行して敷かれた大道は、北から南へと国を越えて続く流通の要だ。商人はもとより、冒険者や旅人も多く歩いている。現在はフェン公国で止まっているが、トランチネルが復興して友好的になれば、さらに南へと道を広げられるだろうな。
村から離れた場所に降りて、キュイを待たせておく。
木の柵で囲まれた村の中では、大人達が畑を前に浮かない表情で話をしていた。子供の姿はないものの、はしゃいだ笑い声が耳に届く。どこかの家に集まっているのかな。出入りは規制されていないので、そのまま村へ入った。
「こんにちは。ギルドの依頼で、ノルサーヌス帝国からお届けにきました」
「ずいぶん遠くからだな! 悪いね、わざわざこんな山の村まで。届け先はどこの家だ?」
宛先を告げると、一人の男性が案内をすると言って仲間に軽く手を振った。
彼らの前に広がる畑は荒れていて、食い散らかされ、キャベツなんて根っこごと引き抜かれて転がっている。普通の獣害ではなく、もてあそばれたような有り様だ。
「……魔物の被害でもあるのでしょうか?」
「ああ、ちょっと厄介でねぇ。近くの子爵様に相談しているんだ。子爵様が助けてくださらなかったら、領主様と相談して冒険者に依頼するかな……」
依頼があるか探っていると思われたか。純粋に気になっただけなんだよね。
土の柔らかい場所に、鳥の足跡が時々残っている。魔物らしい足跡はそれだけだ。飛行する魔物で、しかも広範囲への被害から察するに、群れでやってきている。
低ランク冒険者はお呼びでないわけだ。子供は危険だから、建物内にいるんだな。
届けものが終わって、サインをもらう。これで依頼は終了。
リニが私を見上げた。
「……エクヴァル。村の人達、大丈夫かな……」
「……うーん。飛行する魔物だと、私一人で対処は難しいね」
敵を確かめてから、対策を練るのが普通かな。何があっても即時対処をするイリヤ嬢、本当に逞しいよね。
「きた……、また来たぞ! 十体以上いるっ!!!」
男性の叫びが響き、皆が慌ただしく動き始めた。女性は洗濯ものを仕舞い、戦えない人が室内に逃げ込む。武器を持った連中は、見晴らしのいい場所で空中を睨み付けた。
ギーギー、ギャアギャアと女性の悲鳴のような、甲高い鳴き声。
鳥の体に女性の顔のある魔物、ハルピュイアだな。
強くはないが、空を飛び群れで襲ってくる厄介な魔物だ。畑を荒らしたりひどいいたずらをしたり、とても困る害獣だね。
村人が矢を放つが、ハルピュイアは軽く避ける。万全の状態のアレに当てるのは、かなり難しいだろう。畑に槍を持って待ち構えている人や、斧やクワなどの農具で応戦しようとする人もいる。
せめて魔法付与のある靴だったらなあ……!
不吉な鳴き声に怯えた子供が、泣いている。室内にいても不気味だろうな。
私は畑の近くの木からハルピュイアの動きを確認し、降下したところに駆けつけて羽を切り落とした。
「ギキャアアアッ……」
飛べなくなったハルピュイアは、畑に落ちてじたばたと暴れる。身を起こして逃げようとするのを、切り捨てた。
仲間を殺した私に、何体かのハルピュイアが標的を定めた。意外と仲間意識があるのかな。上空を旋回して、次々に急降下を始める。
「危ない、冒険者さん!!!」
矢で応戦していた男性が、こちらに向かって矢を射った。今度はハルピュイアに当たり、喚きながら地面に転がる。
「エ、エクヴァル頑張って……!」
木の影から応援するリニ。ピイイと竹笛を吹いて、キュイを呼ぶ。
一番手が鋭い爪で攻撃を仕掛ける瞬間に避けながら剣を振り上げ、ハルピュイアが肩より下ったところで切り捨てる。二体目、三体目と
全部襲ってきてくれれば楽なのに、そこまで知能は低くないのか。
仲間を数体失って退却でも考えているのか、全員が上空に戻った。
サッと大きな影が畑を横切り、ハルピュイアの群れに突っ込む。
「ギュイイイイ!!!」
「ワイバーンだ! うわああぁ!」
「キュイ! キュイ強い!」
村人が恐れて騒ぎ、リニは喜んで手を振った。
キュイはハルピュイアを二体同時に噛み殺し、森へ投げ捨てた。ハルピュイアは天敵の登場に驚き、バタバタと羽を動かしている。しかしまだ半分以上残しているんだよね。二度と来ないようにするには、もっと個体数を減らしたいなあ。
「ちょっと貸してね」
ワイバーンに驚いて右往左往する男性から、弓矢を借りる。
素早く狙いを定めて、ハルピュイアを落とした。キュイも私が攻撃をしたのを見ると、口を開けて次々に噛んでいく。ハルピュイアはたまらず逃走、知能があるんだし懲りてここには来ないだろう。
「キュイ、もういいよ。ありがとう!」
「キュイイ、キュイン」
リニが深追いしないよう止めると、キュイは追うのをやめて大人しく元いた場所へ戻った。
「ありがとう、返すよ」
男性はボーッとしながら弓を受け取り、少しして興奮気味に語り始めた。
「す……すっげえ! 強いですね、それに小悪魔ちゃんがワイバーンを操って……」
「……あの、あのね、エクヴァルはすごいんだよ。キュイもかっこよかったよね」
満面の笑みで木の影から小走りで出てきて、私の後ろにリニがひっついた。
「キュイを呼んでくれてありがとう。いい判断だったよ」
頭の角の間を撫でると、リニは嬉しそうに目を閉じる。
「少しは役に立てて、嬉しい」
「助かりました。何かお礼をしないと……」
男性が言い掛けたところで、村の人が集まってきた。家の中に潜んでいた女性や子供も、外に出てくる。
「立派な冒険者さんだね!」
「ねえ、もう外で遊んでいいの?」
「変な顔の鳥、たくさん落ちてる。気持ちわりぃー!」
「片付けるから、子供達は終わるまで中にいて。終わったら外で遊んでいいからね」
気持ち悪いと言いつつ、ハルピュイアを指して笑う男の子。子供はまたいったん室内へ強引に戻された。
「穴を掘って埋めよう、放っておくと森から食人種がやってきちまう」
討伐した証拠に足を何本かもらい、残りは村人が埋める。
ほとんど被害もなくハルピュイアを撃退出来たので、村は大喜びだよ。三回目の襲撃だったとか。
私達は村の宿に集まり、食事をご馳走になった。個人宅を改装した小さな宿で、一階は食堂。村にある店はここと雑貨屋、研ぎもする金物屋だけ。全て個人宅で営業している。薬草採りなどで山に入る冒険者が宿を使うらしい。
「たいした報酬も出せないが、村の金から後でいくらか渡すよ」
「お気遣いなく。大したことはしていませんし、それにレオン君達イサシムの冒険者メンバーには、いつもお世話になっていますから。こちらの出身でしょう?」
「レオン達の知り合いか! そりゃ助かる、ありがとう!」
「おい、だからといって手ぶらで帰すわけにはいかないだろ」
話がついたと思ったけど、年配の男性がさすがにそれでは悪い、と渋い表情をする。
「……じゃあ、じゃあ、あの。キュイ……ワイバーンも、頑張ってくれたから、お肉とか、ワイバーンのご飯をもらえ、ないかな……?」
「いいね、キュイが一番敵を倒したからね」
「それでしたら、鳥を差し上げます」
さすがリニ、私の使い魔。話が決まり、乾杯をして明るい表情で飲み始めた。暗いのって苦手なんだよね、こうでなきゃ。
しかし少し酔いが回ると、数人が表情を曇らせ、小声で呟き始めた。
「畑もかなり、やられたなぁ……。あとが大変だ」
「種の蒔き直しもせんとな。まあ、こっちまだいい方だ……」
あー、被害が大きそうだったね。こればかりはどうしようもない。こっちはまだいいって、深刻なところがあるのかな? 考えていると、酒を片手に
肩を叩かれる。こぼれそうだからやめてくれないかな。
「レオンと友達なら知ってるだろ、ルーロフ。アイツの家の畑は、水がたまる悪い場所でなぁ。開墾して新しく整えた畑も、何故か野菜が枯れたり、収穫が上がらないんだよ。なんとか育った野菜もダメにされ、家のやつら、大分参ってるみたいでなあ……」
不憫でならねぇ、と半泣きで訴えてくる。私に言われても。
「大変……! エクヴァル、どうにか出来ないかなあ……」
「うーん……、私も農業は専門外だからねえ……」
プロが失敗しているのに、打開策なんて見つかるかな。
いや、だいたい地域によって育てる作物の傾向はあるからな。ルーロフ君の家の畑に合う野菜を探せばいいのか? 誰が詳しいかな。
とりあえず本人に伝えるか。
「おい、ここにハルピュイアを倒した冒険者がいるんだって!?」
ドカドカと移動してくる、無遠慮な靴音。聞き覚えのある怒鳴るような喋り方。バンッと乱暴に扉が開かれ、リニが肩をすくませる。
「ライネリオ君、それでは村人が怯えるよ。子爵令息ではなく、盗賊の子弟みたいだ」
「……エクヴァル殿! なんだよ水くさいな、俺の家に来ればいいじゃないか」
相変わらず柄が悪い。子爵家の教育はどうなってるんだ? 本当に彼、ジークハルト君や、あのランヴァルト君の兄なのかな。これでも不思議と兵士からは好かれてるんだよねえ。
ライネリオ君は呼んでもいないのに入り込み、村人を押し退けて私の横へやって来た。そして勝手に椅子に座る。
知り合いなのか、と周囲がざわついているよ。
「子爵家に助けを求めた、と言っていたね。それで君が来たわけ?」
「そうそう、ウチは近隣から求められたら出兵するぜ! 依頼を出すにも、冒険者ギルドは小さな村にはないしな。戦闘訓練にもなるし、ちょうどいいだろ」
「その姿勢は評価できるんだけどねえ……」
大事になって国に助けを求める場合も、村からよりも子爵家からの要請の方が通りがいい。ただ、もう少し紳士的に行動出来ないのかな。
「だろ? あれ、今日は一人か?」
「冒険者として依頼を受けて、偶然居合わせたんだよ」
リニがそっと顔を出して、小さく頭を下げる。
「あ、エクヴァル殿の小悪魔だ! ハルピュイアの様子はどうだった?」
「個体数を減らしたし、最終的にワイバーンのキュイが追い払ったから、もう戻ってこないんじゃないかな」
「それなら問題ないな。ま、しばらく警備に何人か残すか」
「いいね、ついでに復旧を手伝ったら? 畑を荒らされたり、柵や家を壊されたりしているから」
意外と考えているんだな。せっかくなら数人と言わず部隊を残したらどうかな。
「確かに! じゃあそれなりの人員を残そう、アイツら屋根とか壊すんだったな。早く解決して良かったぜ!」
なんかお酒を注文して、乾杯させられた。
その日はヘーグステット子爵の訓練施設の宿舎に泊まり、兵士とライネリオ君の稽古をつけた。おかしな懐かれ方をしたな。ここの人達はリニを可愛がってお菓子をくれたりするから、滞在するには悪くないね。
彼の副官のブルーノ殿は着いた早々に村の被害状況を調べ、村人の話を聞いていて、今も村に残っている。
ライネリオ君も見習えばいいのに。
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