第399話 楽しい交換会
イサシム村からの帰り、空で鳥の魔物に襲われている魔法使いを助けた。彼は以前、悪い伯爵に騙されて私とベリアルを襲ったうちの一人だった。エピアルティオンを探しているというので、分けてあげることに。セビリノが採取に向かい、私達はそのまま帰路に就いた。
「僕の名前はトシュテンと言います。都市国家バレンやその周辺を中心に活動しています」
飛ながら自己紹介を受ける。
彼はSランクの冒険者で、特定メンバーでのパーティーは組んでおらず、ソロだったり、他のパーティーに合流して活動しているそうだ。強い魔法使いは需要があるので、ランクが上がれば断りきれないくらい誘いがあるんだとか。
レナントはすぐに近付き、私の家が見えた。町の中までキュイは入れないので、エクヴァルが先に降りて、私達はそのまま家へ向かう。
庭では座っているリニの横に、ハヌが寝ていた。
「……お帰りなさい!」
「ただいま、リニちゃん。エクヴァルもすぐに来るわよ」
リニが手を振る。今回はガルグイユはいないわね。
「あ、小悪魔と……、あれはパッハーヌトカゲだな。薬の材料ですか?」
トシュテンの言葉にリニが肩をビクッと震わせ、ハヌの首を抱いた。
「ハ、ハヌは家族なの……、薬にしない約束なの……。ね?」
不安に揺れる眼差しで私を見上げるリニ。やめて、罪悪感がすごいから。
「大丈夫よリニちゃん、彼の勘違いよ。魔法使いのお客様なの」
「スシュー! シュー!!!」
リニの不安を感じて、ハヌがトシュテンを威嚇した。パッハーヌトカゲはそんなに危険な魔物ではないので、ラウレスと違ってトシュテンは怖がったりしないわ。平然と眺めている。
「ならば魔法の実験台であるそなたの、仲間であるな」
ベリアルが意地の悪い笑みを浮かべる。実験台とは人聞きの悪い。魔法戦を繰り広げた仲ではないですか。少し元気を取り戻していたトシュテンが、ベリアルの言葉にまた落ち込む。あーもう。
とりあえず家の中へ入り、応接室に案内した。リニがお茶を用意してくれる。ハヌはキッチンで水を飲んでいる。
「あれから僕は普通に依頼を受けてたよ。最近は海の方へ行っていたんで、フェン公国のドラゴン退治には加われなくて。とんでもない危険なドラゴンが出たとか」
「アジ・ダハーカですね。もっと危険な悪魔がいたんで、たいした被害もなく倒せましたよ」
なんせベリアルだけではなく、バアル、ルシフェルと更に危険な地獄の王が揃ったところへ来てしまったのだ。災難だったのは、アジ・ダハーカの方だろう。地獄の最深部に攻めたのと同じだもの、人間の世界では滅多にない場面だわ。
「詳細は聞かないでおくね……」
遠い目をしているトシュテン。ベリアルが王だと知っているので、どのクラスの悪魔がいたのかは想像がつくだろう。
「今はエピアルティオン探しだけで、依頼は受けていないんですか?」
「途切れたから、休みにしたんだ。エピアルティオンを探すならマナの多い深い森に行くし、リフレッシュも必要だから」
「確かにそうですね」
魔力を安定させたり回復する為に、自然に触れたりマナの多い場所で気持ちを鎮めるのは、アイテム職人や魔法使いには有益だもの。休息を兼ねて、探していたみたいね。
「飛べるから一人でも何とかなるだろう、と油断してしまった……」
「愚かであるな」
ベリアルは気分が沈んでいる相手にもバッサリだ。トシュテンは再び
「えーと……、エピアルティオンはどんな方がご入り用なんですか? お分けする手前、気になるので!」
強引に話題をそらした。実のところ、別にどうでもいい。ネクタルや上級以上のマナポーションに使えるくらいで、重要なものの用途はあまりない薬草だもの。
「都市国家バレンの常備薬に使うみたいだよ。バレンは責任者の入れ替わりが激しくて、管理がずさんだから足りなくなるんだ……」
「国としてのまとまりが弱く、ニジェストニアの奴隷がりの標的にされやすいんでしたね」
「ニジェストニアは国内が荒れていて、現在はちょっかいを掛ける余裕がないみたいだな。バレンも大問題が起きてた。なんでも軍を
つい最近、覚えのある話だわ。バレンの軍の元魔導師テクラと、契約している小悪魔エッラ。彼女が私達に秘匿魔法を唱えたから、全文を書き出して身柄と一緒にバレンへ移送したわね。
「もしかして、黒豹に変身する小悪魔と契約している、女性魔導師では?」
「そう……、あー! そのテクラって女性魔導師が証言した、詠唱を書いた“危険な悪魔と契約している、チェンカスラーの女性魔導師”! 目の前にいたー!!!」
驚きのあまり、トシュテンは椅子ごと後ろに倒れそうになる。ちょうど戻ったエクヴァルが支えてあげた。
「気を付けてくれたまえ、壊したら弁償してもらうからね」
「え、はい……」
心配はしないようだ。エクヴァルはそのままテーブルを通り過ぎて、私の斜め後ろに立つ。護衛は必要ないような。
「テクラという女性の処分はどうなったか知ってる?」
「確か監視付きの強制労働。あと守秘義務についてガッツリ説教されたらしい」
エクヴァルの問いに、ええと、と少し考えてから答える。
お金大好きな女性だったから、強制労働は堪えるだろう。これに懲りてお金の為に悪党に荷担しなくなればいいな。
「ところで、秘匿魔法は誰にも話していないよね?」
トシュテンは私に向き直って質問した。私は大きく頷く。
「はい、話してませんよ」
「安心したよ。バレンでも広がってしまうのを危惧してるんだ。バレンの秘匿魔法を覚えたのは誰にも言わないでください、聞き出そうとする人間が必ず出るから」
「勿論です。バレンのものも、ルフォントス皇国のものも、エグドアルムのものも、誰にも教えません!」
ここは研究所じゃないから、気軽に話したりしちゃいけないのよね。覚えたわよ。
「へえ……。うん、これ以上は聞かないね」
おかしいわね、変な顔をしているわ。エクヴァルも苦笑いしている。
「イリヤ嬢、詠唱だけじゃなくて、知っている事実を知られちゃいけないんだよ……。なんで並列して語るかな」
エクヴァルが小さく呟いた。どうやら私の決意表明が余計だったようだ。
バタン、と扉が開く音がする。
「師匠、豊作です!」
話をしていたら、エピアルティオン採取をしたセビリノも帰ってきた。どうやら誰にも生息地を知られなかったみたいね。
トシュテンは立ち上がってセビリノを迎える。
「アーレンス様、お疲れ様です! 僕はトシュテン、冒険者の魔法使いです!」
「うむ、私はセビリノ・オーサ・アーレンス。イリヤ様の一番弟子をしている」
「いやそこは“エグドアルムの宮廷魔導師”って名乗ろうよ」
二人は握手を交わし、エクヴァルのツッコミはスルーされた。
「ところで……弟子ですか? 師匠でなく? 弟子の側? あ、何かの隠語ですかね???」
トシュテンはセビリノの言葉が飲み込めず、不思議そうに繰り返す。セビリノは相変わらず、堂々と一番弟子だと名乗っている。
「うむ! 我が師イリヤ様は素晴らしいお方! エピアルティオンの生息地も、イリヤ様が発見されたのだ!」
相変わらず大げさな。
テーブルには採取したてのエピアルティオンが並べられる。たくさんあるわ、トシュテンに分けてもまだ多いわね。
「……アーレンス様の師匠……。それなら僕が負けても仕方ないですね! ああ、少し気が楽になりました」
ホッとした笑顔のトシュテン。そういうものなのだろうか、私には分からない。
「それで、どの程度必要ですか?」
「このくらいかな。こちらも希少素材があるよ。じゃーん、傷を癒すガルーダの羽根です!」
トシュテンが見せてくれたのは、鷲の羽根に似て、それよりも大きく真紅の羽根。思わず手を合わせてしまう。交換してもらえるの!?
「初めて見ました! エグドアルムには生息していないので」
ガルーダの羽根で撫でるだけで、ちょっとした切り傷なら治るといわれている。
昔は山奥に行くとガルーダに遭遇しやすかったが、羽根の特性から乱獲されて、個体数をかなり減らしてしまったらしい。なんせ人だけでなく、獣人やエルフも好んで使うのだ。ガルーダ自体は強い方の魔物なんだけどね。
「私はスチューンもありますよ」
「北にしか生えない薬草では!? 葉や茎を、毒消しや軟膏にするんだっけ。え~と、ならこれは持ってるかな」
トシュテンは得意気に小振りなリンゴを三つ、テーブルに置いた。皮は金色で、光に反射して白く輝く。
「黄金のリンゴ! 帰省の時に入手出来なくて諦めていたんです! そうそう、フェン公国からガオケレナをたくさん頂いていて。また頂けそうですし、余分にありますよ」
「師匠、ドラゴンの素材も多くなりましたな。交換出来るものがあれば……」
「すごい、希少素材がこんなに! 僕は……、あ、希少ではないけど、ヤイならいくらあってもいいんでは? 売ろうと思ってついでに集めてたんだ」
どんどんものが増える机の上に、瑞々しいヤイが並べられる。鮮度はいいし、キレイに下処理もされていた。
「新鮮なヤイがこんなに! これは助かります!」
「さーらーに~、シーブ・イッサヒル・アメルと、退治したユニコーンの角も!」
「まさに自然の恵みですな!」
セビリノが満面の笑みで私に話し掛ける。テンションが上がるわ、思わず拍手をしてしまう。
この素材の山を前にしたら、誰でも笑顔になっちゃうわね。
「ダメだ、この盛り上がりにはついていかれない……」
エクヴァルはため息をついている。ベリアルはいつの間にか部屋に戻ってしまって、いなくなっていた。
その後も素材の話などで盛り上がっていたら、リニが夕食を用意してくれた。トシュテンはうちに泊まり、皆で食卓を囲む。素材の交換会って楽しいなあ。
次の日はBランク冒険者リエトとルチアから注文があった、エリクサー作り。トシュテンはセビリノの魔導書にサインをもらって、喜んでいた。セビリノが私にまでサインさせようとしたのには、困ったわ……。
トシュテンはバレンへ帰る前に、海の町へ行った時の話をしてくれた。
なんでもあちらに移住して魔法を指導しているバラハの先生が、生徒に色々な魔法技術に触れてもらう為に、各分野で得意を披露してくれる人を探しているのだとか。先生は元々ギルドの要請で講師として招かれ、今では大人に教える
海には賢者の石に使う塩を買いに行く用事があるし、寄ってみようかな。私だったら召喚術かしら。他では簡単に見られない、地獄の王を披露できるわ!
※テクラ&エッラ……262話「バレンの軍の元魔導師」でイリヤ達に捕らえられた、盗賊に広域攻撃魔法とかを教えちゃうヤバい人と、契約している悪魔
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