第408話 特別授業、再び


 夜の間、領兵は慌ただしく町を走った。幾つかの場所で一斉に捕りものがあり、町の収容所へどんどん連行された。

 朝にはその話題で持ちきりだ。酷い金貸しがついに捕まった、町長までもが仲間だった、赤鬼が出た、など。最後のは鬼ではなく悪魔では。

 とにかく、これで解決した。領主様も後始末が大変ね。


 私は朝食を食べてから、トム・ティット・トットの召喚をした職人の工房へ向かった。機械はもうすぐ手元に帰ってくるだろう。妖精をどうするのか、うまく付き合えたのか確かめなければ。

 職人の女性が、背の高いセビリノの姿を見つけて手を振る。

「妖精を召喚してくださった、魔導師様! 先日はありがとうございました。トムの糸紡ぎが早くて、納期より先に仕上がりそうです。ずっといて欲しいくらいです」

「うむ、それは良かった。契約は今回の納品分だけだ。継続するならば、終了後に新たな契約を結び直すように」

「はい、必ず!」

 トムの働きっぷりに、他の職人のも感心しているとか。


「この機会に、塾で召喚術を学ばれたら如何でしょうか? 実際に異界の門を開けなくても、契約についての知識だけは持っていた方がよいのではないでしょうか」

 妖精との付き合い方は独特のルールがあったりする。せっかく先生の塾があるんだし、教えてもらった方がいいよね。

「確かにそうですね。先生に相談してみます!」

 工房ではトムが楽しそうに糸紡ぎをしている。妖精は好きな仕事を人の何倍も早く、しかも的確に続けられて、それが苦痛じゃないのだ。


 こちらは心配ないわね。あとは塾でアルーン先生に挨拶してから帰ろう。

 教室から声がするので窓越しに覗いたら、子供達が席についていて、早くも授業が再開されていた。

「先生、じゃあゾティエル様と悪魔は戦わなかったんですか?」

「そうじゃ。ゾティエル様は天の尊いお方、下位貴族悪魔では敵わぬと戦いにもならなかった。偉大な存在と契約をするというのは、それだけで抑止力になるのだ」

「え~、ゾティエル様の活躍見たかったなぁ! 超強そう!」

 男の子がガッカリしている。

 まずは今回の顛末てんまつを話しているのね。ベリアルはゾティエルが褒められて、つまらなそうにしていた。

 私達に気付くと先生が手招きしてくれたので、玄関へ向かった。


「私は助力は惜しまんし、悪人に罰を与えるのは当然だと思う。だが、人の問題は人が解決するべく努力はすべきだ」

「ゾティエル様の仰るとおりじゃ。私はこの国の者ではないし、下手に首を突っ込んで揉める元になってはならないと思っておった。しかし、皆で協力して悪に立ち向かうことこそ大事だったのだ。やるべきことに気付いたなら、初心に立ち返って己の立ち位置を見直すのじゃ。過ちてはすなわち改むるにはばかることなかれ」

「そうだ。正しい道を進む時に迷う必要はない」

 ゾティエルも共感している。なんだかいい授業な感じに話がまとまったわ。生徒達が拍手するが、小さい子には難しいのでは。


 話が途切れたところで、邪魔にならないように後ろ側の入り口の扉をそっと開いた。生徒の視線はしっかりこちらに集まる。先生は教卓に、ゾティエルはその隣にいて、私達にも前に来るよう促した。

「猫の小悪魔ちゃんだ」

 最後にエクヴァルとリニが入ると、近くの席の子が手を伸ばして手のひらだけを振った。窓を拭く仕草に似ていて可愛らしい。

 リニがはにかんで頷くように小さくお辞儀をしたら、教室にきゃあっと歓声が走る。ビクッと驚いたリニは、恥ずかしがってエクヴァルの後ろに慌てて隠れてしまった。二人はこのまま後ろに立っていることにした。


 先生が授業を続けると宣言すると、後ろを見ていた生徒も椅子に座り直し、全員前に向かった。

「はい! 質問です! そっちの赤い悪魔さんとゾティエル様では、どちらが強いんですか?」

 さっきゾティエルが戦わなかったとガッカリしていた子供が、手を上げて元気に質問をした。揉めそうな質問ね。

「我に決まっておる」

「普通に戦えばベリアルだろう」

 これには意外にも、ゾティエルもあっさりと敗北を認める。生徒が歓声を上げると、ベリアルがにやりと笑う。嬉しそう。


「私は裁判や罰を司る知的労働者。戦闘しか脳がないベリアルとはわけが違う」

「よく言うわ、そなたらの裁判などせいぜい天秤で量る程度ではないかね!」

 天使の裁判は、罪の重さを量るだけだものね……。

 質問した男の子が、へえとどこか不思議そうに二人のやり取りを眺めている。

「天使と悪魔って、もっと仲が悪いのかと思ってた」

「この世界は中立地帯だから、無闇に戦ったりしないのよ」

 男の子に、年上の女の子が説明する。召喚術の授業も教わっているのね。雑談が始まりそうになり、先生がパンパンと手を二回叩いた。大きな音に、生徒の注目が集まる。

「せっかくの機会じゃ、今日の授業は天使と悪魔について学ぼう。天使は主なる神様に仕える種族。そして悪魔は、地獄に生まれた者の他に、天に生まれ堕天した堕天使もいる。だから悪魔の、特に貴族の中には、天使と知り合いの者も少なくない」


「へえ~!」

 既に知っている子も何人かいるようで、数人は静かに頷いていた。

 高位の天使と悪魔、両方を同時に目にする機会は少ないだろう。どちらの話も聞けるわね。

「ここにいるベリアルも堕天使組だ」

「あっはは! 天使だったって、見えね~!!!」

 ゾティエルの素っ気ない紹介に、指を差して笑う男の子。そんな本当のことを。

「これ、失礼だぞ!」

 先生にたしなめられても、にこにこ笑顔のまま。ベリアルは目付きを厳しくしただけで、何も言わない。

 今度は女の子が手を上げた。


「元は仲間だった相手と戦うのは、嫌じゃないんですか?」

「私は構わん。戦いになろうと主のご命令に従うのみ」

「我も何も思わぬ。再び理解し合えると下らぬ夢想を描く者も、おるようではあるがね」

 ベリアルと和解しようとする天使は記憶にないので、きっと“夢想を描く者”が指すのは、ルシフェルを慕う天使のことね。私から見ても、ルシフェルは天に戻るつもりはないと思う。

 そういう天使を嘲笑しているんじゃないかしら、ベリアルは。


「小悪魔は出稼ぎに来ているそうですが、貴族の悪魔はそんな必要がないのでは? 人と契約する理由を教えてください」

 次は一番年が上の生徒だ。悪魔と契約したいのかも知れないわね。

「下位貴族は小悪魔から徴収した税が足りねば、補填ほてんしなければならぬ。小悪魔より切実に稼ぎに参る場合もあるわ」

「なるほど……」

 神妙に頷く男の子。ベリアルは満足げな表情で、目を細めた。

「我のような高貴な身分の者は、ほんの暇潰しであったり、相手を気に入れば契約をする。人の世界では契約を結ばねば力を出せぬ、というのも関係しておるな」

 片手を胸に当て、無駄に威張った態度で続ける。赤い爪がやけに目立つ。

 チラリと私に視線を投げたのは、“どうだ有り難いであろう! 我に感謝せよ!”という意味だと思う。


 質問に答えていたら、バタバタと慌ただしく誰かがやって来た。

「こんにちは! 先生、何やら大変だったと聞いて……。あ、失礼します!」

「相変わらず落ち着きのない。それでマナー講習を受けているのか?」

 先生の元生徒の二人組は、私達がいるのに気付くと、気まずそうに片手を頭の後ろにしてお辞儀をした。

 剣士と魔法使いの組み合わせだわ。Bランクのランク章をベルトから下げている。冒険者はランクが上がれば貴族や富裕層からの依頼が舞い込むので、Bランクからマナー講習が必須になるとか。

「受けてますのよ、ホホホ~。それより先生、ほらお客様に椅子を勧めないといけませんですわよ!」

「そうじゃな、座ってもらおう。椅子を用意して。しかし無理に使った敬語が下手すぎる……」

 魔法使いの女性のどこかおかしな言葉使いは、無理に丁寧に喋ろうとした反動なのね。失敗したというように、こっそり舌を出していた。


 しかし挨拶をして帰るつもりだったのに、椅子まで用意されたら途中で抜け出しにくいわね。

 先生は元生徒に、私達をザッと紹介してくれた。

「へええ、先生のお弟子さんの先生」

「ていうか、防衛都市の筆頭魔導師様が先生と崇める方ですよね……。ものすごい魔導師様では?」

 ひたすら明るい男性の横で、女性は小声で秘密を探るように尋ねた。

「エリクサーを作れて、貴族悪魔と契約していて、魔法も立派な腕前じゃろうな」

「万能の人ですか」

しかり」

「セビリノ、こういう話題だと本当に反応が早いわね」

 先生と元生徒の女性の会話にすかさずセビリノが返事をするから、思わず声に出してしまったわ。


「セビリノっていうんですか? 背が高くてこの髪色、噂に聞くエグドアルムの宮廷魔導師様みたいですね」

「いかにも私は宮廷魔導師だが」

 あはは、と笑った女性が固まった。エグドアルムはかなり遠いし、違うと思ったのね。そうなんです、まさかの正解です。

「エグドアルム出身とは聞いたが、宮廷魔導師? そんな有名な方なのか?」

「有名も有名、魔導書の著者として黒本堂一押しの作者、アーレンス様ですよ! むしろ知らなかったんですか、先生ってば!??」

 いきなり興奮して声を荒らげる。先生は勢いに押されて、半歩下がった。

「私は何年も新しい魔導書は買っておらんから、全く知らんかった……」

 そうか、セビリノが魔導書の著者として有名になったのは、ここ数年のお話だったわ。フェン公国みたいにセビリノの魔導書を仕入れていなかったわけではなく、先生が買わないから知らなかったんだ!


「おいベリアル、貴様の契約者の弟子はそんなに有名なのか?」

「エグドアルムの鬼才と呼ばれておったわ」

 ゾティエルまで気になったみたい。勿論、生徒も興味津々だ。女の子が拍手しながら尋ねる。

「すごいです、宮廷魔導師様! どうやったらなれるんですか?」

「ほぼ魔法養成所からで、まずは見習いに抜擢される。たまに推薦もある。我が師の場合は」

「広域攻撃魔法とか、使えるんですか!?」

 矢継ぎ早に次の質問がされる。セビリノはいったん言葉を止めた。

「……そのくらいなら宮廷魔導師なら一つは使えるだろう。師匠に至っては」

「じゃあ兄ちゃんもエリクサー作れる!?」

「作れる。四大回復アイテムは全て作れるし、師匠も」


「すごい! 給料高そう! どんなものを買いますか?」

「私はほぼ仕送りに回す。師匠は」

「はいはーい! 次は僕!!!」

 現役宮廷魔導師と判明し、生徒は話が聞きたくてたまらないようだ。どんどんと質問が続く。

 何度さえぎられても毎回私の話に繋げようとする、セビリノの無駄な根性もすごいわ。

 結局、私の話にはならずに終わった。おかしな演説が始まらなくて良かった。

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