第407話 一件落着!
接待されていた町長は捕まり、金貸しの仲間も捕縛された。
「で、この男はどうして転がっているんだ?」
金貸し本人は胸を押さえて床で呻いている。領主が不思議そうに尋ね、兵がそのまま捕まえるのは酷だと背中を擦った。
「あ~、ゲッシュの儀をしてしまったんですよ。彼女の身を危険に晒したのが、違反と捉えられましたね」
彼の仲間が女の子を人質にしたことで、ペナルティーが発動しちゃったみたい。心筋梗塞のような痛みがあるよ。
「ゲッシュ……? よく分からないが、病ではなく一時的な症状だな? よし、収まったら連行しろ。町長、あとで詳しく話を聞くからな。警備増強の追加予算も、仕事をなくした民の為の公共事業の助成金も、どうも正しく使われていないようだな……?」
「そ、それは……っ!」
町長は言い訳も思いつかなかったようで、項垂れて連行された。
どうやら領主は町長の訴えで資金を捻出して、対策を任せていたみたい。訴えの内容自体も、正しく伝えているかは謎だわね。
女の子は怪我がないか確認をしてから、兵が家まで連れて帰る。組織事態がなくなったので、ゲッシュは解消された。町の人達が示した金貸しの仲間のところにも、同時に兵が突入しているよ。
奪われてまだ倉庫などに残っているものは返却、酷い条件で無理矢理に働かされていた人も解放されるわね。めでたしめでたしだ。
「君達が領民の背中を押してくれたとか。ありがとう、俺も少々おかしいと疑っていたところだったんだ。天使様もありがとうございます。お陰で悪魔の脅威に備える必要もなく、迅速に行動できました」
「人間が自ら勝ち取った成果だ。私の出番はあまりなかったな」
領主が窓の向こうの私達と、窓辺に立つショフティエルにお礼を述べる。
下位貴族の悪魔は、連行される契約者に大人しく付いていった。むしろ早くこの部屋から出たがっていたわ。
領主は今度はリニに微笑んでから、エクヴァルを見据えた。
「小悪魔ちゃんが一番の功労者だな。君は冒険者か? 今回の功績をギルドに伝えよう」
「いやいや、それには及びません。その分、リニにお菓子でも頂ければ。それに愚かな小悪党でした、契約に安心して大事な接待の日を自ら口にするんですからね」
確かに、契約の条件を詰める必要もあったから、余計な情報を話しちゃってたわね。お陰で狙いを定められたわけで。即座に兵を出したし、領主の行動が迅速だったのも良かった。
「契約を使って情報を引き出そうとは、君は見かけによらず豪快だな!」
エクヴァルを気に入ったようで、領主は明るく笑った。
捕りものはこれで終了。食事の途中だったので、隣の部屋へ戻った。ショフティエルは契約者のアルーン先生と合流する。先生は領主の船で港へ来て、戦力は十分だからそのまま塾へ戻ったそうだ。
「ベリアル殿はどこで遊んでいるのかしら」
「そだね、資金源を潰しに行くんじゃない?」
何やらまた物騒な話題がエクヴァルから出たわね。
「資金源?」
「そ。金貸しが貸す金って、元手がいるよね」
なるほど。最初から金持ちだったわけでもなければ、誰かの協力が必要よね。でも、昨日今日来た私達に分かるのかしら。
私がまだ考えていたら、エクヴァルが説明を続けた。
「契約していた悪魔なら、知ってるでしょ。今回の接待の護衛に連れてくるくらいだし。急速に力を付けているってことは、それまで蓄えてたか、誰かが助力したかだよ。蓄えるような胆力のある連中だと思う?」
うーん。私は首を横に振った。もっと行き当たりばったりに見えるわ。リニも気になったようで、エクヴァルを見上げた。
「悪い人に協力した、悪い人がいるの?」
「町長を抱き込める権力のある人物じゃないかな」
それをベリアルが夕べのうちに向こうの悪魔から聞いていて、遊びに行っているわけだ。殺せる訳じゃないからいいか。
ベリアルは私達が宿へ戻った時にはまだいなかったけれど、夜中にいつの間にか部屋へ帰っていた。
次の日の朝、領主の代行で税金を集めたり政治をする代官の屋敷の一部が火事で焼失し、鎮火と証拠の持ち出しに兵が奔走したという話を聞いた。しかも代官は何かを恐れて自ら罪を告白、牢でいいから守ってほしいと懇願したそうだ。
きっと恐ろしいものを見たんだろう、と噂になっていた。
□□□□□□□□□□(ベリアル視点、一日前の夕方から)
イリヤとおかしな一番弟子の子守りをして、町を散策した。
既に幾つかの店舗が金貸しに取られ、怪しげな人物が入っているようである。借金の形と言って、商売道具等を奪う輩にも遭遇した。強引な客引きもおるし、小娘が騙されるのではないかね。面倒は根っこから断つに限るわ。
夕食後、我は金貸しの手下の召喚師と契約している、下位貴族の悪魔を訪ねた。魔力で居る場所は分かる。田舎の港町にしては、なかなかの建物である。金貸しの事務所であるかな?
「何を企んでいる、ベリアル」
「暇なのかね、そなたは。契約者は良いのかね?」
懲罰の天使ショフティエルが我を追ってきおったわ。契約者と共に、領主の屋敷へ乗り込んたのではないのかね。
「領主は高潔な魂の持ち主であった。契約者に危険はない。貴様が余計な動きをせんか、監視に来たまで」
領主が黒幕でないのなら、簡単に片が付く。予定通りに乗り込んで終わり。つまらぬ結末よ。
「ベリアル様、……その天使もご一緒で……?」
下位貴族の男が出てきおった。訝しげな表情をしておる。
「構うでないわ。この地獄の王、ベリアルに敵対する気概すらない小物よ」
「それで煽っているつもりか? 私は人間の裁判を行い、罰を与える天使だ。悪魔と戦うのは基本的に他の連中の仕事だぞ、最終戦争でもない限り無駄に戦う意味がないだろ」
相変わらずの縦割り行政である。勝手に悪魔と争う天使はいるものの、基本的には神に与えられた役割を
「放っておいて、本題に入る。金貸しに資金を与えた者はおるかね?」
「……はい、おります。国の仕事で忙しい領主に代わって、領地運営を行っている代官です。確か、徴税の際にあの金貸し達を雇ったのが付き合いの始まりらしいですよ。どうも、規定の税率よりも高く徴収しているようです」
「不正を通じての付き合いであるか」
「そのうちに徴収人と、払えない相手に貸し付ける金貸し業に分かれ、利息から代官に取り分を渡して、目こぼしをされていたんです。土地を奪ったり、家財道具を奪って中古屋で安く売り始めたのはわりと最近でございます」
だんだんと肥大化している途中であるな。
叩くのが少し早すぎたわ。
「その者の
「詳しくは知りません。少し北へ行った町で会っておりました」
……やはり接待する相手以外にも、権力者に繋がりがあるわ。接待をする為に相手を呼び出すわけはない。今回の相手はこの町の権力者、そして代官は黒幕といったところか。
「……今回の接待の相手が、その代官だというのか?」
「違うであろうな。もっと小物ではないかね」
「どういう根拠で?」
ショフティエルめ、分からぬのなら黙っておれば良いものを! 面倒な天使である。
「塾に通う娘などを同席させよ、と指名しておる。この町に根差す詳しい者である」
「
「同業者ではないわ!!!」
懲罰の天使など罪の重さだけで裁判をするせいか、思考能力が足りぬのではないかね。こやつに構っておったら、それこそ機を逃すわ!
「では私はこれで……」
下位貴族の悪魔が戻ってから、我は不本意ながらショフティエルと領主の館へ行き、代官の屋敷の場所を確認した。領主は塾長のアルーンの訴えを全面的に信じ、証言に基づいて明日行動を起こすと決めておった。邸宅内はバタバタと
これほど迅速であるなら、元から不正を疑っておったのであろう。
我はいったん戻り、金貸しが動くのを待った。夕方近くになり、小悪魔リニの魔力が移動を始める。
「……移動しておる」
イリヤに知らせ、連れて行く。魔力の薄い小悪魔とはいえ、契約しておるのに近付かんと分からぬとは、エクヴァルもまだまだであるな。
ここにはショフティエルのヤツもやってくる。はねっ返りの間抜け娘に羽目を外さぬように忠告して、代官の屋敷へと向かった。あちらは兵力も備えておろう、一番の戦闘になるのではないかね!
領主の館と同じ町にある代官の屋敷は、既に兵に包囲されて戦闘が開始されておった。チッ、出遅れたわ!
包囲しておるのが領主の正規兵なので、下働きや使用人は大人しく降伏して扉を開け、一部の兵だけが交戦中だ。
「ご領主様の命令だ、抵抗しなければ危害は加えない。代官を捕らえろ!」
多少の抵抗も物ともせず、兵は屋敷内に雪崩れ込む。バタンバタンと、扉を乱暴に一つずつ開けて、室内を捜索する音が響いていた。どうやら代官とやらは、既に逃げおおせておるようだ。屋敷に隠し通路でもあるのかも知れぬな。
これは愉快!
我と兵どもと、どちらが先に代官を捕まえられるか、競争であるわ!
逃げるにしても兵や側近の一人二人、連れているであろう。上空から付近にそれらしい動きがないか探る。
海を望む小高い丘の上に
海は領主の船が出港した後、兵が港を閉鎖しておる。町の入り口も検問を敷き、万が一にも逃さぬように厳重であるな。町は警備兵が常に巡回し、物々しい雰囲気に通行人が振り返る。
さて、ついに予想通り林を抜ける人影を発見。
五人は周囲を警戒しつつ、海へと足を進めた。大きな港ではなく、もっと北である。こちらは警備が薄い。
巡回兵が行き過ぎて見えなくなるのを待って道を渡り、夜陰に乗じて浜辺まで駆け抜ける。地元の人間が訝しそうに眺めるのも構わず、先を急いでおるわ。
「もうすぐ、あそこです!」
護衛が指を差す。桟橋に小舟が揺れていた。
「はあ、はぁ……。くそ、なんだって急に……」
「とにかく身を隠しましょう」
浜に降りてもうすぐ海、というところで小舟を燃やした。盛大な炎が五人を照らし、赤い光に人数分の影が延びる。全員が目を丸くして、間抜けな表情で凝視しておるわ!
我は空から、背後に降りた。
護衛が剣に手を掛けて、弾かれたように振り返る。一気に緊張が走った。
「何者だ!」
「追い掛けっこはもう終わりかね?」
風が通り抜けマントを揺らす。護衛は僅かな逡巡を経て、剣を鞘から引き抜いた。
「うおおお!」
一人が剣を振り上げ、一人は構えて、もう一人は代官とお付きの使用人を守っている。
しかし雑な攻撃であるな。
我も剣を出して簡単に防ぎ、腕を斬った。腕を押さえて
「ひ、ひいいぃ……!」
半分になった剣を顔の前に立てて、震えておる。使用人は代官に身を寄せておったので、足元へと火を放った。
「うわ、うわわぁ!」
半泣きで大袈裟に足踏みを繰り返し、その場から離れる。小娘の幼少時の踊りもどきよりも間抜けな動きである。
お粗末な護衛よ!
「ふはははは、もう良いのかね?」
我がゆっくりと近付くと、たまりかねて代官は単身北へ駆け出した。
海を諦め浜辺から道へ移動、力の限り急いでおるわ。
「なんだアイツは……、あんなのはこの領地にはいなかった筈だ!」
先には三人組の巡回兵がおるが、代官は構わずひた走った。
「おい、あれは……」
「止まれ!!!」
巡回兵も異変を察して、
「た、助けてくれ……、もう牢でもどこでもいい! アイツが来る、あの赤い男が……!!!」
「……は?」
何とも根性のない男よ! すがり付くように兵の前に両ひざを突いて、荒い呼吸を繰り返す。すぐには喋れぬ有り様である。
興が削がれたわ。上空には海風が強く吹く。
これ以上眺める気にもならず、帰り際に代官の屋敷の適当な場所に火を放って、我は宿へ戻った。このくらいせねば気が収まらぬわ。
イリヤの方も、もう終了しておる。あっけない幕切れであったな。
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