第208話 王女エルネスタとの謁見
一夜明けて離宮へ行く日。マチス商会で参内する時などに使う、豪華な馬車が迎えに来てくれた。
謁見にはエクヴァルと私と、ベルフェゴールが行く。ベリアルはお留守番。お店の人には見えないし、護衛らしくもない。
セビリノも来たがったんだけど、どこで彼の顔を見知った人がいるか解らないから、残ってもらう。こういう時には有名なのも良くないね。マクシミリアンは勿論、ロゼッタとロイネも一緒には来ない。
不参加の皆はこの宿へ来る時に使った商会の馬車で、先に本日の宿まで移動。私達は謁見が済んだら直接、そちらへ行く。
さて私達が向かうのは、現在エルネスタ王女が住んでいる、シャーク皇子の離宮。献上するフルーツなんかを運ぶの。エルネスタ王女が、モルノ王国のチーズを食べたがっているからと、それも一緒に持って。
離宮へは専用の門があり、そこから入る。少し離れた所にある一際大きな城が、存在感を放っていた。尖った青い三角屋根が、三つ並んでる。あそこで会議が行われるのね。
「……どうでしょうか?」
エクヴァルがこっそりと、ベルフェゴールに尋ねる。
「何も感じませんわね。リニはこの敷地内にはおりません」
「召喚や魔法が使われている感じもしないわね、さすがに」
私達も一緒に来たのは、魔力を感じるか確認する為なの。リニはここには、現時点で連れて来られていない。召喚術の実践をしている場所を探していたはずだから、やっぱりまだそこにいるのかしら。小悪魔を人質に、なんてことはしない筈だしなあ。
大抵の人間は、小悪魔に人質の価値があるとは思っていないしね。特に貴族なんて、そう。
離宮は入口から広くて、高価な調度品が並んでいる。派手であまり上品とも言えないような。エルネスタ王女のお部屋は四階。階段が面倒だわ、飛んで行きたい。でも飛べる商人なんていないしなあ。
建物内の中では護衛の人が前と後ろにずっと付いて居て、案内される場所以外は行かれない。監視もされているようだ。女官が通りがかり、足を止めて頭を下げたまま私達が過ぎるのを待っている。
「こちらです」
ドアの両側にしっかりと武装した護衛が立っている部屋。
「王女殿下、マチス商会の者が参りました」
扉がゆっくりと開かれて、若い女性が窓辺の椅子に座って外を眺めているのが目に入った。彼女がエルネスタ王女かな。
萌黄色の明るい髪は背中の中ほどまであり、濃いグリーンの瞳が優しげだ。フリルの多いオレンジ色の可愛いドレスを着て、瞬きをする。
「まあ、遠いところをお疲れさまです」
「勿体ないお言葉です。御用命頂きまして、ありがとうございます」
さっきは少し寂しそうに映ったけど、にっこりと笑顔で迎えてくれた。
商会の人達は、深く頭を下げてから、持って来たフルーツや王女がお望みのチーズを献上する。
梨、柿、キウイフルーツ、そしてメークインのジャガイモみたいな形で、緑色をした謎のフルーツ。これは一体……!?
「ポポーまで! これも甘くて美味しいんですよね」
「モルノ王国で広く愛されている果実でございますから、お喜び頂けると思っておりました」
ポポー。未知のフルーツだわ。皮が少し黒っぽくなっているのもあるけど、いいのかしら。モルノに売っているのかな。
ちなみに運んできたのは一部で、残りは貯蔵庫へ入れてもらった。
エルネスタ王女は喜んで、商会の人とフルーツについての話を始めた。
「梨は瑞々しくて美味しいですよね。雨は降っていますか?」
「例年よりは少ないですね。収穫に影響はありません、むしろ甘さが増しておりますよ。復興にもいいでしょう」
「キウイは木に生るのでしたかしら」
「その通りにございます。折れた木は戻りませんが、戦禍を免れた土地も多くございます」
時折話にまぜて、モルノの現状について触れられている。このくらいなら見張りの人も、目くじらを立てないみたい。話が途切れた時を見計らって、エクヴァルが一歩前に進み出た。
「王女殿下、ご健勝そうで何よりでございます。お父上が病床から回復致しましたことを、ご報告に上がりに参りました」
左手の指先を揃えて右の肩につけ、恭しく礼をする。エグドアルムでは見た事のない仕草だわ。モルノ式かしら。
「お父様が?」
王女が不思議そうにエクヴァルに注視したところで、彼は皇帝陛下が静養している宮殿へ視線だけ送る。
結婚したら父になるから、そういう意味らしい。暗号とかを決めていないので、気付くかどうかの苦肉の策だ。彼女は一瞬ハッと目を見開いた。
「……わざわざお知らせに来て下さって、どうもありがとう。皆が気を使って、私にお父様の病状については伏せていたのでしょうね。二日後はついに後継者を決める会議の日で、私も参加致します。父が回復されたなら、良い報告ができるでしょう」
エルネスタ王女は、終始笑顔を絶やさない。結局私はついて来ただけで、何も喋らずに終わってしまった。
マチス商会の人達は離宮を出て、宿まで送ってくれた。こちらの馬車の方が椅子が柔らかいから、乗り心地がいいよ。
「……聡明そうな姫君だったね。皇帝陛下にいくらでも証言すると言っていた」
「そうなの?」
「それにしても謎ですわね」
ベルフェゴールが、メガネを直しながら考え込んでいる。
「不審な点がありましたか?」
すかさずエクヴァルが聞いた。
「ええ。……あのポポーなる果実、私は初めて拝見いたしました。とても興味がございます」
「私もです! 甘くて美味しいと仰っていましたものね。どんな味なのかしら」
「……君達。もう少し真面目に、緊張感を持ってくれる……?」
そうは言われても、気になるんだもの。モルノ王国にもまた行かなくちゃね!
念を入れて遠回りをしたものの、後を付けられたりはしなかった。大した時間もかからず、本日の宿へ到着。あとは会議までこの宿に潜んでいて、当日は他の人に紛れて会議が行われる謁見の間へと入り込む。しっかり手順を確認しておかないとね。宿にはあらかじめ、ヘイルトから手紙や荷物が届いていた。
皆が揃ってからにしようと、まだ開封されていない。
「僕は行かなくていいよねえ?」
「マクシミリアン君、逃げようとしても無駄だよ」
エクヴァルが釘を刺す。そもそも彼は毒を売った証言をするんじゃないの?
「まあ、ルフォントス皇国の女官の服ですわ。これなら不審に思われませんわね」
メイドのロイネが荷物を開け、ロゼッタが中身を確認して衣装を取り出す。護衛の服や官吏のも入っていた。当日着て行くワケね。みんないったん身に着けてみて、サイズを確認する。色々なサイズで用意してくれているから、ちょうどいいのを選んでおかないと。
「……我もこのような仮装を、せねばならぬのかね」
「ベリアル殿は目立ちますから、そのままというわけにはいきませんよ」
不満そうな表情のベリアル。一番目立つ人がいつもの格好では良くないでしょう。彼は官吏ではなく、護衛のフリをする。嫌なら来なくていいのに、どうも参加したいみたい。パーティーと間違えてないかな。
「……セビリノ君、君も護衛にしよう。官吏の服はおかしい」
「そうでしょうか」
背の高いセビリノが官吏の格好だと、余計に目立ちそう。
不謹慎だって怒られそうだから言わないけど、なんだか楽しいな。
打ち合わせをしっかり重ねて、ついに会議の当日。私達は女官に紛れる為、ヘイルトの推薦状を持って先にお城へ向かう。ロゼッタは髪が出ないように、編み込んで帽子の中にしまうことにした。それだけでも印象が変わる。あとはやっぱりメガネかな。
彼女はお城にも出入りをしていて顔が知られているから、特に注意しないと。俯いていて、喋らないでもらう。
ベルフェゴールはそのままでも、第一皇子と一緒に行っちゃえばお付きの人だで済んじゃいそう。
ベリアルとセビリノは第一皇子側のぺラルタ伯爵の護衛として、一緒に入ってくる。エリクサーを使った時の、あの土地の領主だ。
エクヴァルとマクシミリアンは、官吏のフリをしてヘイルトの配下の人と一緒に登城する。バラバラに入って、中で合流するよ。マクシミリアンは隙を見て逃走を企てていたみたいだけど、エクヴァルが、
「マクシミリアン君。君が逃げるなら、あの日できなかった斬首の続きをしようか」
と、笑顔で
最初に防衛都市で捕まった時に、エクヴァルってば首を斬るって言ってたんだよね。わりと本気だったのかな……。
さて、もうすぐ会議が始まる。
今回は人が多い為、貴族の護衛は謁見室まで入れないから、ベリアルとセビリノは第一皇子の控室を借りて衛兵の鎧に着替える。それで警備のフリをして、中に入るのね。エクヴァル達は記録係の官吏と一緒。
私達は入り口付近にそっと立って控えている。何かの時の為に、女官も数人控えるらしい。それをヘイルトが知り合いに上手いこと話をつけて、交代してもらった。
厨房や他の所でも忙しくしているみたいで、人手が足りないとか。会議以外にも行事があるのかしら。
皇帝陛下は回復してきているみたいだし、いい兆しかも!?
謁見の間には続々と重臣達が集まってくる。玉座の近くまで進むのが、公爵なんかの身分が高い人だろう。
白い壁にレリーフが施され、天井には模様が描かれている。部屋の奥は一段高くなっていて、荘厳な玉座が据えられている。玉座に近い壁の両側に中央が赤く塗られた扉があって、玉座の後ろ側の壁も同じように四角く塗られていた。
壁の上下に金でラインが施されていて、広くて洗練された部屋だ。
「第一皇子、アデルベルト・アントン・デ・ゼーウ殿下のお成りです」
廊下にいる兵が声を掛けて、扉が大きく開かれた。
ヘイルト達が入って来て、人々がいる真ん中を進み、奥の一段高くなっている場所で止まってこちらを向く。そして玉座の斜め前に立った。ヘイルトの隣にいるのが、第一皇子なのね。
皆に緊張感が走る。
第二皇子が到着したら、会議が開催される。
…………。
来ないんだけど。皆はいつも通りだな、という感じだ。第二皇子は遅刻の常習犯らしい。
それにしても、まだ?
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