第209話 後継者会議(前編)
まず第一皇子アデルベルト殿下が、側近のヘイルトと侍従を二人、そして護衛を伴って現れた。しばらくしてから第二皇子シャーク殿下がモルノ王国の第五王女、エルネスタ・ダマートや護衛達を連れて姿を現した。
時間は解らないけど、絶対にけっこう遅刻していると思う。
「よし、シャークも来たね。皆……」
「皆! 良く集まってくれた。これより、時期皇帝を決めようと思う!」
アデルベルト殿下の言葉を遮って、第二皇子シャークが大声で開会を宣言する。
第一皇子はヘイルトになじられているだけあって、気が弱いみたいね。そのまま会議は開催された。
「シャーク皇子殿下。皇帝陛下のご容態は如何でしょうか」
配下が質問するよう、あらかじめ決めてあったんだろう。シャーク皇子はゴホンと咳払いをして、説明を始める。
「
本当はもう歩けるくらいに回復してるんだよね。
そうだその通りだと、何も知らない第二皇子陣営が大げさに頷く。解りやすい仕込みだね! シャーク皇子が頷いて手を前に出して制すると、皆すぐに静かになる。
「元々父である皇帝陛下は、私の婚約者、サンパニルのロゼッタ・バルバート侯爵令嬢との結婚後に私を皇帝に据えると仰って下さっていた。婚約はなくなり、後継者指名もいったん白紙に戻ってしまったのだが……。しかし復縁して私が皇帝を継ぐことを恐れた兄である第一皇子アデルベルトは、こともあろうかロゼッタの殺害を企て、刺客を送ったのだ!」
予想通り始まったよ!
ちなみに呪い除けの護符は、今朝の内に真っ二つに裂けていたそうだ。防げていないね。
「そうであろう、兄上!!」
「何を言う、シャーク! 私は……」
見えない何が、反論しようとしたアデルベルト皇子にまとわりつくように感じた。呪いが発動されている。アデルベルト皇子は一瞬目を大きく開いて、片手を口の前に持ってく。
「私は……、……彼女を、殺そうと……刺客を送った」
場内が大きくざわつく。発動元は壁際に控える魔導師の誰かだろう。さすがにすぐには、術者個人までは特定できない。
「証人もおりますぞ!」
タルレス公爵が手で、アデルベルト第一皇子の護衛がいる方を示した。その内の一人が青ざめた顔をして、躊躇いがちに前へと一歩進む。
「命令をされて……、私が……」
絞り出すような声で、強制されているんだと思う。それでも証人としては十分だ。
「どうだ、本人に続き実行した人物も証言している。聞いたろう! やはり皇帝に相応しいのは第二皇子であるシャーク殿下を置いて、他にはいない!」
大げさな身振りでタルレス公爵が言い放つと、シャーク皇子は得意気な表情を浮かべる。第二皇子側の重臣たちは口々にシャーク皇子を褒め称えて、第一皇子アデルベルト殿下の陣営は狼狽していた。
「想定通りの筋書きだなあ。これ、呪いで言わされてますから。ハイハイ、まずは呪いを解きます」
ヘイルトがアデルベルト殿下の前へと進み、菩提樹の杖を掲げて呪文を唱える。
「バルベ・ナムト・サリク、バルベ・ナムト・サリク、バルベ・ナムト・サリク。大気よ立ち止まることなく通り過ぎよ。澱みの泥をすくい去れ、清涼なる衣を纏わせ給え」
杖からうっすらと白い光が生じ、アデルベルト皇子の足元からも同じように発光して、淡く辺りを照らす。見た目に変化はないけど、空気が変わった気がする。
皇子を包んだ暗い何かは立ちどころに消えて、菩提樹の秘術で呪いは全て解かれた。これでもう意志に反する発言をさせることはできない。
「……先程の発言は、私の意志じゃない。呪いによるものだったと、これで理解したろう!」
強い口調のアデルベルト皇子を、弟であるシャーク皇子は、憎悪を感じさせる強い眼差しで睨んだ。
「兄上……っ、今更になって発言を翻すか! もし呪いだというのなら、掛けた者をここに引っ立てて来るべきだ!」
「そうです、シャーク殿下の仰る通り。さあ、呪われたと主張なさるのなら、呪った術者がいる筈でしょう」
シャーク皇子に同調してタルレス公爵が捲し立てる。
呪いが誰から発せられたか、すぐに見抜けというのは難しい話だ。大体どこからかは探れたんだけど、ここで発信源にいる全員を調べようとしたら止められるんだろう。解っちゃうもんね。
せめてもう一回呪いを発動させてくれるか、解かずにいてくれたら良かったな……。ヘイルトも急ぎ過ぎたと、苦い顔をしている。
ベリアルを見たら、薄ら笑いを浮かべていた。完全に特定しているな。教えてくれない意地悪なパターンだ。もう。どうも最近、静かで気持ち悪いな。絶対何か企んでいる感じがするぞ。
敵はここぞとばかりに、アデルベルト皇子に詰め寄る。
どうしたものかと悩んでいると、入口の扉が突然バンと開いた。近くにいる衛兵達が身構え、皆の視線が集まる。
堂々と姿を現した、白一色の服装の男性。もとい女性。
槍を突き出した兵達には、まっすぐに中へと進む歩みを止められない。ただ茫然と見守っていた。
「誰だ!? 止めろ、おいお前ら! 仕事をしろ!」
彼らにしては一番言われたくないであろう、第二皇子が叱責している。
「ふふ。呪いを発したのは、その男だよ」
地獄の大公アスタロトは冷気のような冷たく近寄りがたい魔力を纏い、蠱惑的な笑みを浮かべて一人の若い男を指した。
男はビクリと肩を震わせ、ただ首を振る。
衛兵が数人でその男の元へ足早に向かい、取り囲んだ。
「やめろ、来るな……っ」
「失礼」
紛れていた鎧姿のセビリノも同行し、前に立って服を捲りあげる。なんかうまく混ざってるね。
男の腹には、青いインクで描かれた山羊の顏の絵が。
「ふむ、呪いの術者が描く模様がある。この男が掛けたことは明白」
証拠があがったので、男性はその場でガッと両腕を掴まれ、もはや言い逃れも逃げることも無理だろう。
この呪いは術者が腹部にこの絵を描くから、見られると一発でバレるんだよね。しかも効果範囲が広くないから、近くにいるしかないのだ。
それにしてもアスタロトは絶対、ベリアルから来るように言われたんだろうな。なんでわざわざ、大公である彼女を呼び付けるのかしら。相変わらず迷惑だなあ。そのお陰で簡単に犯人が特定されたのは、助かったけど。
捕り物を横目に、アスタロトは衛兵と同じ鎧姿のベリアルへ、挨拶をしている。
拘束された男は連行される前に、タルレス公爵から命令されたとハッキリ明言した。
「うしし。いい感じだね。そうだった、そこの偽証の、君。恋人はもう私達がシャーク殿下の手の者から救出したから、奴らの言うことを聞く必要はないよ」
ヘイルトが杖で示す。こっちも解決なのね。
「こんなバカな……、これは罠だ! 私は知らない……っ」
今度はシャーク皇子が狼狽える番だ。疑惑の目は彼に向けられている。
潮目は完全に変わった。動向を見守っていたエルネスタ王女が、皇子や重臣、護衛達に視線を巡らせ、決心したように大きく息を吸った。
「皆様、ロゼッタ・バルバート侯爵令嬢を殺そうとしたのは、シャーク殿下その人です! 第一皇子アデルベルト殿下の殺害を企てた事も、皇帝陛下に毒を盛ったことも、全て私に話しております!」
「……エルネスタッ!? 何を言い出すんだ!」
突然自分を裏切ったエルネスタ王女に、シャーク皇子は相当焦っている。驚いて彼女の肩を掴んだ。
「全て事実です」
「バカか……ッ、これで私が皇位に就けなければ、君の身も危ないんだぞ!」
正面から怒鳴りつける相手を怯むことなく見据え、エルネスタ王女は勢いよく彼の手を振り払った。
「ええ……、覚悟していますとも。私の国を蹂躙して、叔父様を殺した貴方に復讐する為に、私はここにいるのです!」
「私が……幸せにしてやると言っているのに……、この私を裏切るのかエルネスタ!」
怒りのあまり、シャーク皇子の指先は震えている。護衛の兵達は対応に戸惑い、二人のやりとりを注視しているだけ。
「思い上がらないで! 私の幸せを奪った貴方が、私に苦痛以外の何を与えられると言うんですか!?」
ざわざわしていた周囲は、今はしんと静まり返っていた。小声で誰かが話しているのが聞こえるけど、内容までは聞き取れない。
目を見開いて怒りを露わにするシャーク皇子は、今にもエルネスタ王女に殴りかかりそうな勢いだ。
張り詰めている二人の間に、一人の女官がカツカツと進んだ。
「シャーク皇子殿下」
女官が呼ぶと、彼はそちらに顔を向ける。場の雰囲気に似合わない、にこやかな表情の女官。シャーク皇子の訝し気な視線を受けて。
そして。
バンっと無防備な皇子の顎に、彼女が振り上げた掌底がヒットした。
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