第207話 ついに首都へ!

 朝、宿の前には馬車が付いていた。

 六人乗りが一台と、荷馬車だ。横にはマチス商会の文字と、マークらしき模様。怪しくないよう、以前協力を申し出てくれた商会の馬車を借りて来たのね。

 三日後には重臣を集めた会議があるので、私達も首都に乗り込むことにした。あちらも準備に忙しいし、市中も少しは手薄になっている事だろう。


 馬車にはロゼッタ達三人と、私とベリアル、そしてマクシミリアン。

 荷馬車の方が逃げやすそうだから、彼はこちら。隣がベリアルだから、絶対に逃げようなんて思わないだろう。

「うう……姉御は僕よりヒドイ」

「酷い実験をした貴方に、言われたくないですよ」

 馬車に乗るだけで、大げさだな。ゾンビパウダーの人体実験までしていたくせに。

「その方、毒を調合されたんですわよね? 他にも何かなさっていたのかしら?」

 ロゼッタには皇帝陛下に使われた毒を作った張本人とだけ、知らされているみたい。あとの悪行は知らないのね。

「その毒を他国で実験して売ってお金儲けをしたり、命令で都市に広域攻撃魔法を唱えたり、私が知るだけでも色々していますね」

「……とんでもない方でしたのね」

「薬を売るのも実験も仕事だしさあ、命令で攻撃するのなんて、兵隊なんかみんなそうじゃん」

 呆れるようなロゼッタの声に、マクシミリアンはしれっと答える。


「……罪を免除するからって、都市を攻撃するよう持ちかけられたんじゃないですか。話が全然違います」

「やだなあ姉御、姉御が防いだじゃないですか。罪を重ねないで済んで、本当は感謝してるんですよお」

 楽しんで襲撃している様にしか映らなかったけどな。

 どうも都合のいいように話を持っていこうとするわね。なんて言葉を返そうかと考えていると、ベリアルの赤い瞳がマクシミリアンを冷たく見下ろした。

「……そなた、我の隣の席が嫌だと申したかね?」

 姉御はヒドイっていう発言に対してね。突っ込む時を待っていたのかしら。マクシミリアンはビクリと大きく肩を震わせ、無理やり笑顔を作る。

「いえいえ、そんなまさか! 光栄です、うっれしっいなあ~!」

 とても嬉しそうでも楽しそうでもないよね。ベルフェゴールまで苦笑いを浮かべていた。


 しばらくして馬車が止まり、草原でお昼休憩になった。馬車が止った途端に、エクヴァルが深刻な表情で扉を開く。

「……イリヤ嬢、ちょっといいかな」

「どうしたの?」

「リニが戻らないらしいんだ。確認できる方法は、ないだろうか……」

 リニとは通信が出来ないし、魔力の弱い子だから、かなり近くに行かないと居場所も特定できない。戻らないなんて、何があったのかしら。

「契約を強引に解除されれば、そなたにも気付く兆候があろう」

「特に、何も感じませんが……。魔法が得意でない私でも、気付くものでしょうか」

 ベリアルの助言に、エクヴァルがいつになく頼りない様子で答えた。

「そうですわね……」

 見かねたベルフェゴールが口を開く。

「鈍い人間でも解るはずです。懸念があれば、契約書を確認すれば宜しいでしょう。解除されたり小悪魔の身に万が一の事態が起こった場合は、破れたり燃えたり、字が消えていったりと、変化が現れます」

「なるほど」


 ベルフェゴールの言葉に、エクヴァルはすぐに契約書を出して確認する。契約書は契約した時のそのままで、目立った変化はない。

「うん、大丈夫みたいね。見つかりそうで隠れてるだけかもよ」

 励まそうと思ってそう言ったけど、やっぱり不安は拭えないよね。リニはルフォントス皇国とは関係ない、エクヴァルの使い魔だもん。もし敵に捕らえられたんでも、きっと悪いようにはされないよね。

「心配ないわ。全て終わってから探せば良い」

「ベリアル様、もしや何か御存知で?」

「はて? どうであろうな」

 ……ベリアルの言い方は私も引っかかるわ。ベルフェゴールは、追及はしないみたい。しても無駄だし。涼しい顔をしているけど、彼は何か企んでいるぞ。

「……エクヴァル。ベリアル殿が知ってそうだし、きっと問題ないよ」

「そうみたいだね」

 エクヴァルにも、ベリアルの動向は読めないみたい。リニが心配だけど、まずは気持ちを切り替えて、皇位継承問題をしっかり片付けよう。そうしたら第一皇子達の力も借りて、探せるよね。


 ご飯を食べて少し休憩してから再び出発し、夕方にはついに首都へ。首都の北よりに王城があって、会議が行われるのはここ。私達は北西側から入った。一泊してから、王城に近い宿へ移る。そこで会議の時を待つのだ。

 馬車で移動している間に街の人達の声が聞こえて来た。首都では陛下が病に伏し、ついに今度こそ本当の後継者を決める会議が行われるとの噂が行き交い、人々はどこか浮足立っていた。

「首都では噂が広まっていますのね」

「誰かが意図的に撒いたのであろうな」

 窓から通りを行く人々を眺めるロゼッタに、馬車の壁に肘をついたベリアルが答える。

 お店には早くも祝賀パーティー用の衣装の販売や、宴会の予約を促す紙が貼られている。後継者のお披露目は、国を挙げての祝賀行事になるのね。


 ようやく今日の宿に着くと、誰かが立ってお出迎えしてくれている。

「長旅お疲れ様です。この首都にある、支店を任されている者です」

 マチス商会の人なのね。荷馬車から軽快に降りたエクヴァルが、笑顔で握手を交わしている。悩み事があるなんて思えないわ。さすが。

「ありがとうございます。助かります」

「いえ、会頭からしっかり協力するようにと連絡を頂いておりますから。明日はエルネスタ王女に謁見する日です、間に合って良かった」

「では私も同行させて頂けますね」

 謁見の手配まで済んでるの? エクヴァルって、いつの間にこんなに仕事をしているのかしら。実は分身できるんじゃない?

 商会の人は明日の打ち合わせを軽くして、すぐに戻って行った。謁見が明日じゃ、向こうも準備が忙しいだろうな。


 ここでは小さめの宿を貸し切り。とにかく他に人の出入りがないように。

 お食事はみんなで宴会場に集まる。ロゼッタはあと少しだと、高揚した雰囲気だ。会議の最中に重臣達の前で、第二皇子を殴りつけるつもりなんじゃないだろうか。下手をすると無礼打ちか、そのまま牢屋行きだよ。ベルフェゴールもいるから、そんなことにはならないだろうけど。

 マクシミリアンはお酒を飲んでご機嫌になって話を始めたけど、ほとんど犯罪歴の暴露だった。


「絞首刑にされた罪人の死体から手首を切り取ってさあ、血を抜いて処理して、二週間ほど壷の中で混合液に漬け込むんだ。栄光の手の作り方はこんなカンジ。それを燭台にすると、家人が寝るとかマヒするとか言われてんの」

 はい、この時点で犯罪です。罪人の遺体の手首を、役人から不正に入手したものと思われます。通常は家族に引き取ってもらうか、専用の墓地に埋葬します。よっぽど混乱している国でもない限り、この世界にこれが合法な国はありません。遺体を放置したりすると魔物が寄ってくるから、好きにしていいわけないよ。

 こういう行為をする危険な魔導師は、たまに存在します。そのたまにが、目の前にいます。

「で、使おうと思ってテキトーな家に行ってみたワケ。でも火が点かなくて、ダメだったんだ。魔力に耐性の強い人間がいると、火が点かないって言うじゃん。原因はコレなのかと思って魔導師の家でも試してみようと入ったら、バレて捕まっちゃってさあ~。参ったよ」

「ふむ。耐性が強いと発動しない。興味深い」

 頷くセビリノの反応に気を良くしたのか、マクシミリアンは更に上機嫌で語り続ける。


 彼は当たり前のように、不法侵入してるね! 実験の為なら許されると思っているのかしら。やっぱりとんでもないわ。

 それで色々と今までの犯罪も判明して、裁判にかけるかわりに軍に協力しろと言われたのね。家宅捜索で人体実験の記録を押収されたと、嘆くマクシミリアン。毒薬やゾンビパウダーの処方に関しては、全部処分して自分の頭の中にだけ入れてると自慢している。

 良かった。肝心の作り方が解らないんじゃ、悪用されないで済みそうだね。

 それにしても、セビリノがこの話を真剣に聞いているのが心配だわ。確かに魔法薬に関する話だけど、こんな不道徳なことは聞き流してもらいたい。

 真面目なセビリノに、おかしなことを吹き込まないでほしいな!


「いつまで続くのかしら」

 別の自白も始めるマクシミリアンに、ロゼッタがため息をついた。食事を終えてスプーンを置いたベリアルが、ククッと喉の奥で笑う。

「好きなだけ演説させてやるべきであるな。どうせ死罪になるのであろう、最後の晩餐を心置きなく堪能させてやるが良い」

「聞こえてますよー! こんなに親しくなった僕を、助けようって気はないんですかねえ~!?」

「ない」

「ございませんわね」

 悪魔組は即答。

「親しくないでしょ」

「他国の事情には口を挟めん」

 エクヴァルとセビリノも助ける気はない。マクシミリアンは必死にこちらに視線を送ってきた。


「姉御! 姉御は慈悲深くいらっしゃいますよねえ」

「……慈悲深い人は、犯罪を見逃さないと思うんです。償うのが正しいですよ」

「一度や二度分の命乞いが認められても、まだ足りないんじゃないかしら」

 ロゼッタもどうでもいいみたいな。

 こうしてマクシミリアンの独り舞台だった夕食は終わった。

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