第206話 召喚施設にて(リニ視点)
「リニ、こっちは問題ないぞ」
「う、うん。私の方も、大丈夫……」
仲間の小悪魔、ロイが偵察を終えてやってきた。今は手分けして、第一皇子側の護衛騎士なんかの、家族とかの様子を見に行っている。数日後に大事な会議を控えているから、何かされるかも知れないんだって。もちろん関係する人たちにも、周囲に注意するようしっかりと周知してある。
「んじゃ、そろそろ……おい」
「どうしたの?」
第一皇子、アデルベルト側の諜報員と契約している小悪魔が今の相棒なんだけど、気になるものを見つけたみたい。私もそっちに顔を向けてみた。
あるのは、馬車だ。窓にカーテンが引いてあって、中が見えないよ。
「……あの馬車、怪しいな。木の陰に隠れて、大通りの死角になるようにしてるだろ。周りにいる奴らも、やたら辺りを確認してるし、護衛っぽくない」
「そうなの? 私、全然わからなかったよ……」
同じ小悪魔なのに、この子は凄く勘が鋭い。私、役に立たないなあ……。
「いいんだよ、慣れだよ。オレも契約者が諜報員だからさ、色々教わってんの。リニも覚えれば役に立つぞ」
「うん。がんばるね……っ」
エクヴァルと離れているのは寂しいけど、優しい子と一緒に仕事をするんで良かった。しっかりと教わって、もっとエクヴァルの役に立てるようになるんだ……!
二人で木の上から、こっそり馬車を見張ることにした。しばらく待っていたら女性を連れて来て、嫌がっているのに無理やり押し込んでしまった。扉が閉まるのと同時に御者が馬を鞭で打って、逃げるように出発する。
「あの女は、オレが確認した護衛騎士の恋人だ! オレはどこに行くのか、後を追う。リニはすぐにアジトへ戻って、知らせてくれ」
「わかった! 気をつけてね」
「任せろよ」
彼はすぐ犬の姿になり、道の脇の雑木林の中を馬車から少し離れて付いて行った。私は言われた通りに、帰ってこのことを知らせなきゃ。
アジトというのは、彼の契約者が持っている首都にある家。ここを連絡用にしているの。人に紛れる為に、住宅街の路地を入ったところにある。あまり大きくない普通の家で、ちょうどトビアス様達もいた。
「あの、あの。護衛騎士の人の恋人が攫われたって、今ロイが、追跡してます」
「……動いたか」
あの小悪魔の契約者が呟いた。予想はしていたみたい。見掛けた場所と、向かって言った方角を教えると、彼は立ち上がって家を出て行った。
「リニ、ご苦労様。早速だけど、ちょっと行ってもらいたい所があるんだ」
トビアス様が私を呼んだ。テーブルに広げられた地図の前へ座る。近くに立っているエクヴァルの同僚のジュレマイアが、チョコレートのお菓子をくれた。
「休憩してから行きなよ、リニちゃん」
「……ありがとう……」
ロイたちの応援に行かなくていいのかと思ったんだけど、助けるのは会議の日らしい。先に助けちゃうと、別の誰かを狙うかも知れないから。
「召喚術の実験を行っていると思わしき場所の候補が上がってね。確認に行ってもらえる?」
「……っはい!」
重要な仕事だ! 私に任せてくれるんだ……!
「絶対に無茶はしてくれるなよ。地獄との通信があったらしい、下手すると爵位のある悪魔が出てくる」
ジュレマイアが真剣な表情で忠告しながら、ココアを淹れてくれた。
「本当はロイと一緒に行ってもらおうと考えていたんだけど、この状況じゃ仕方がないね。会議の開催まで、時間も迫っている。向こうも焦っている筈だ。それらしい施設を見つけたら、中に入らないで戻って来るようにね」
トビアス様に幾つか注意点を聞かされて、場所を教えてもらった。
示された場所は国の東の森で、今まで探していた公爵の領地じゃない。私はココアを飲んでから、すぐにそこへ向かった。さすがに今日中には着かない。夜は猫の姿のままで、木の上で寝た。一人で宿に泊まるよりは気楽でいいよ。
途中で魔物と冒険者が戦っているところをすり抜け、薬草摘みの人達を横目に通り過ぎる。平らな道が続くから、予定より早く目的地に近づけそう。
ようやく草原の向こうに、大きく広がる森が見えた。地下実験施設とかだと解りにくいなあ。
まずは馬車が通る整備された道を進む。杉の木が多いから、林業の村でもあるのかしら。森で生活している人達がいるらしいの。そこで情報を集めようと思う。
森に入ってわりとすぐに、小さな集落を発見。黒猫の姿のままで人の間を通りながら、噂話なんかを聞いてみた。普段通りな感じで、強い魔物が出たとかそういう危機感はない。
共同の井戸では、水汲みに来た人が桶を持って談笑している。
「立ち入り禁止の塔、最近は出入りがあるみたいね」
「へえ。もう使ってないとばかり」
「魔導師が飛んで行くのを見たわよ」
……塔! それかも知れない。私は急いで塔へと向かうことにした。森の奥の、中央付近に建っている。
誰かが藪の中へ踏み入った痕跡があり、蹄が土に跡を残している。そこを辿ってずっと進んで行った。すると塀で囲われた場所に出て、そこには使われている様子のない平屋の施設と、壊れた納屋があった。
その向こうに堂々とそびえ立つ、円筒形の塔。灰色っぽい白で、三階部分くらいから、外側にぐるりと丸い柱が並んでいる。
鉄で出来た重そうな入口の扉の前には、乾いた土や、藪でついたであろう草が黄色く変色して落ちていた。
誰か出入りしているかも。
裏の方から馬の鳴き声が聞こえた。これは、やっぱりいるよね! まだ魔力を感じないから、実験をしているわけじゃなさそう。
とはいえ、中の様子が全く解らない。私はコウモリに変身して、最上階まで外から見て来ることにした。大した魔力はないけど、コウモリと黒猫、二つに変身できるの。
羽根を動かして、塔の半分くらいの高さまで飛びあがる。そこで、魔力が行使される気配を感じ取った。
異界の扉が開かれる。それも大きく。
何を召喚したの……? 地獄の気配がする。きっと悪魔を喚んだんだ。私は息を飲んで、ゆっくりと塔に近づいた。柱の奥の壁には大きな窓があるけれど、あんまり近づくと気付かれるかも知れない。柱をすり抜けて壁にくっついてみると、なにやら声が聞こえてくる。話している内容は全然解らない。この窓から覗いたら、相手に見つかるかしら。
これ以上近寄るのは危険かも……。もう撤退しよう、戻ろうと少し離れた時。
「……入らないの?」
「ひっ……!?」
不意に後ろから声がした。振り向くと、大きなコウモリの羽根を生やした青年がいる。デビルだ。私より上の階級だし、逃げられない……!
召喚術に気を取られ過ぎちゃったんだ。思わず変身が解けそうになり、開かれている窓から塔の中へと飛びこむ。ヒトの姿だと、私は飛べないの。落ちちゃう……!
元の角と尻尾がある人間みたいな姿に、戻ってしまった。入った部屋は灰色で、壁に沿うように螺旋階段があった。中央付近で、召喚術が行われている。
魔法円には二人の召喚術師、そして向かい合う様に立つこちらに背を向けた悪魔。
騎士のような大きな男性で、絶対に貴族だ。それも高位の!
「実験は成功ですね。ご立派な方がいらっしゃいました」
私の後ろからついて来たデビルが、召喚した男性に話しかける。
「まだ契約をしていないのだが……、その小悪魔は?」
「敵の偵察でしょう。我々が把握していた者の中にはいませんが、この塔に来る理由は他にありませんからね。運の悪い」
召喚師とデビルが話をしている。貴族の悪魔は、契約はまだらしいけど静かだ。相手を殺すとか、そういう感じはしない。きっとうまくいっているのね。
『この仕事で一番大事なことは、何だと思う?』
以前のエクヴァルの質問が、耳の奥に木霊する。
私はいっぱい情報を持って帰ることだと答えたの。
「小悪魔どもか」
貴族の悪魔の低い声。
「おっと! 男の方は私が契約している。危害を加えんでくれ」
「そんなもん、イジメて楽しむ趣味はない」
「とにかく契約を。あの間諜は私が契約している小悪魔が抑えられる、気にする必要はないでしょう」
召喚術師は魔法円の中に入ったまま、会話を続ける。どうやら実際に喚ぶ前に幻影を召喚して、しっかりと話を進めてあったのね。特に揉めたり交渉したりすることもなく、これから契約を結ぶみたい。
『違うよ。生きて帰ることだ』
あの時彼はそう言ったのに、そんな簡単な事なのって思ったのに。
どうしてその意味を、もっと深く考えなかったんだろう。
羽の生えたデビルは、後ろで様子を見守っていた。
「こんな高貴な方に、間近でお目にかかれるなんて……、緊張します」
高位の貴族に小悪魔が会う機会なんて、地獄ではほとんどないから。
漆黒の鎧を身にまとった、背の高い悪魔がゆっくりと振り返る。
圧倒的な魔力の差に、体が震える。
せっかく私に任された大事なお仕事なのに、失敗しちゃった……。
ごめんね、エクヴァル……。
……エクヴァルに会いたい。
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