第205話 フセルニの護符(ヘイルト視点)

 エクヴァル殿から連絡がきた。壷は手に入りそうだから、皇帝陛下については任せておいて欲しい、と。いつの間にやら物凄い進展をしてるなあ!

 こちらは第二皇子側の使用人に紛れさせた間諜に探させていたんだけど、発見できなかったんだ。これは助かる。

 憂いは晴れたし、召喚実験をしている場所の特定と、アデルベルト皇子殿下の呪い対策に力を注ぎたい。私は早速、殿下の執務室を訪ねた。

「ヘイルト。エグドアルムの方々からの連絡は、どんな内容だった?」

 このとぼけた声の男性が、アデルベルト・アントン・デ・ゼーウ殿下。

「朗報ですよ」

 そう言いながら、聖獣が運んできた手紙を殿下に渡す。


「こちらが焦っている間に、ずいぶん話が進んでいるね。呪いの内容も解明してくれたのか!」

「そうなんですよ。こんな呪いなら掛かっても問題ないですね」

「……え? 防いでくれるんじゃないの?」

 手紙から目を離し、こちらを見た。やっぱり間の抜けた表情だなあ。

 執務机の上には、書類の山がある。

「手は尽くしますけど、命に関わらないみたいなんで。呪いって暗い感情がないと効果が弱くなるものなんですよ。いつも通りの頭空っぽでいて下さいね」

「私も色々、考えているのに……」

 また落ち込んでる。まあ勝手に元気になるからいいんだけどね。


 それに今は、こんな事には構っていられない。なんとあのドバカのシャーク皇子が、重臣を招集して皇位継承をどちらにするか決着をつけよう、と言い出したのだ。

 何か企んでいるな。あっちは皇帝陛下が余命いくばくも無いと考えているんだろう、事を急いでいるように思う。陛下に何かあれば一年は喪に服さないとならないからね、その間に事態がどう転ぶかは解らない。今が勝負時と思っている筈だ。

 ちなみにもしも後継者を決める前に皇帝陛下が亡くなったら、自動的に長子であるアデルベルト殿下が陛下の代理を務めることになるんだ。それを恐れてるんだよ。


 まだこちらが知らない計略があるのかも知れない。バカにそんな知恵があるのか疑問だし、お花畑な脳に特大の花が咲いた可能性も否定できない。

 まずは出来る対策から実行していかないとね。

「殿下、きちんと護符は付けていて下さいね。もし護符に異変があったら、必ずすぐに知らせて下さい」

「解ってるよ」

 とにかく殿下のドジなところが狙われるからね、ドジ封じをしなくては!

「毒見をしてないものは食べない!」

「しないってば」

「お菓子をあげると言われても、見知らぬ人について行っちゃだめですよ」

「私は子供じゃないんだけど……!?」


 そんな一目見れば判るようなことを、いちいち説明しなくていいのに。

 他に注意する事はあったかな?

 私のようにしっかりした立派な大人になって欲しかったんだけど、殿下にはちょっと高望み過ぎたね。だからこそ、こういう有能な側近が必要なんだ。ああ、自分の完璧さが憎い。

 侍女達には、部屋に見慣れない物があったら触らずに報告するようにと念を押して、警備をしっかり固める。決着の時は近そうだ。


「ところで、シャークが何か召喚しようとしているって話は、どうなってるの?」

 殿下が私に尋ねる。この件はエクヴァル殿とは別に入国している、エグドアルムの方々と共同で捜査を続けている。

「まだ場所が判明しておりません。タルレス公爵領でそれらしい施設を発見したんですが、そちらは既に放棄されておりまして。別の場所で続けているのか、既に諦めたのか……」

 正確には召喚した巨人が暴れて施設を破壊され、放棄したのかも。報告ではけっこうな破壊の痕跡があったらしい。

「諦めてくれてたらいいんだけど」

「希望的観測ですね」

「ヘイルトだって言ってたのに!」

 やだなあ、人のせいにしようとして。私は可能性を述べたまでで、自分の発言には責任を持って欲しいよね。


「あとは殿下の周囲の人物なんですよね。今、全員の家族を調査しています」

「……まだスパイがいそう?」

「それもありますが、身内を人質に取られて何かをさせられる、ということもありますから。その兆候があれば、どの人物が裏切るか特定できます」

 慎重にして、過ぎることはない。誰かの家族が犠牲になっても、寝覚めが悪いからなあ。

「なるほど。よろしく頼むね、ヘイルト。私は何をしたらいいのかな?」

「普段通りに政務をこなして下さい。気付いていない風を装っていれば、やっぱりアホだと思って敵が油断します。大丈夫ですよ」

「ヘイルトはいつも酷い!」

 本当の事だから仕方がないのに。

 護衛や女官も、堪えきれずにクスクスと笑っている。殿下といると、みんな緊張感に欠けちゃうんだよね。のんびりオーラでも出ているんだろうか。

 

「皇帝陛下が快癒されれば、一先ずは安心ですよね。やはり言葉の重みが違いますからねえ」

 我々がシャーク殿下の悪事を暴いたとして、向こうの派閥をどこまで抑えられるかは未知数なんだ。皇帝陛下のお言葉があれば、反論は出来ないだろう。

 要するに舐められてるんだよね、アデルベルト殿下って。

 まあトチ狂ってエグドアルム王国の皇太子殿下が乗ってる馬車を襲撃しちゃったんだから、それに関しては弁解のしようがないだろ。

「父上が健康を取り戻されたら嬉しいね。母上も、とても心配されていた」

 殿下の母上は、繊細な方だからなあ。誰にでも優しい、穏やかないい人だよ。落ち着いていて、間抜けじゃないのが殿下との最大の違いかな。


「ふっ、ふふふ。シャーク殿下め……、自分で開いた会議で、とどめを刺されるといい!」

 愉快なことになって来た。まさに決着の場が用意されているのだ、これは負けられない。そして長年不愉快だった、タルレス公爵の顏やシャーク殿下のクズな態度から、解放されるんだ!

 その為にも、皇帝陛下が回復してくれないと。

 ……とはいえ、どうもあのピュッテン伯爵だけは勝てる気がしないなあ。不安と言えばあの人くらいだ。感情が読めないんだよね、気持ち悪い。若く才気あふれる私に嫉妬している……、って感じでもないしなあ。


「あ、そうだ。折角なので護符を新しくしましょう。命に関わる呪いを想定していたんで、ちょっと仕様が違うんですよ」

「そうなの?」

 アデルベルト殿下は素直に、この前渡したミスリルで作った護符を出した。簡単に騙されそうだよね、この人……。本当に平気なのかな。疑われても面倒だけど。

「ではこれから作ります」

 テーブルの上に、アイテムボックスから資料を出した。


 真っ白くて、手の半分近くの大きさの紙を用意する。まずは紙の四隅に、四つの証の目と言われる、目を模した図を、中央とを繋ぐように対角線上に書く。そして真ん中に赤色で、円で囲んだユグドラシルをシンボル化した簡素なマークを描いた。

 これが『フセルニの護符』と呼ばれる、悪霊や邪気を遮る護符。


「フセルニ・アルタス・ロニス・ダミシュ。天と地を繋ぐものよ、我を助け給え。仄暗い闇の輪郭を捉えたまえ」


 魔力を注ぎ込むと護符がぼんやりと光り、赤色で描かれたマークに艶が出る。

 うん、これで完成。

「持っているだけじゃなくて、たまにはこの呪文を唱えて下さいね」

「解ったけど、紙に書いたりしてくれないの?」

「仕方ないですね。写していいですよ」

 私は資料を殿下に示した。殿下はちょっとぼやいたけど、自分でちゃんと書き写している。書いた方が覚えるからいいんだよ。私の優しさだって、理解できないかなあ。

「この護符に異変があったら、本当にすぐ仰って下さい。絶対ですよ」

「解ってるよ。それはさっきも聞いたし」

「……殿下。ご自身を、一度話を聞けば理解できるほど有能だとは、思わないで下さい。酷い勘違いです」

「そんなに難しい話はしていないじゃない!」

 毒見する前の物を食べるなも、難しい話じゃなかったと思う。あの毒を盛られた一件が無かったら、もう少し信じられたんだけど。


「殿下は本当に口答えが多いですねえ……」

「それ、ヘイルトが言う!?」

 身の程を知らないとシャーク殿下みたいになるから、心を鬼にして注意してるのになあ。殿下は不満そうだ。

「主に進言して窘めるのも、部下の役目です」

 同意を求めて侍従長に視線を送ったんだけど、知らない振りをされた。どういうことだ。

「何か違うと思うんだよね」


「こんちわ、相変わらず漫才してるな」

 諜報のヤツが契約している小悪魔、ロイだ。羽根があるから窓からやって来た。すぐに近くに居る兵が、窓を開けてくれる。

「お疲れさま。首尾はどうかな」

 殿下が尋ねる。小悪魔ロイはソファの横を通って、トコトコと部屋の真ん中まで歩いた。

「うん、今度こそ見つけられるかも知れない。地獄と通信してるのを感じ取った奴がいる」

「地獄と……! 巨人を手懐けられなかったから、悪魔と契約をする気だな! 自分達に価値もないくせに、上手くいくと思うのか!」

 とんでもない奴らだ。本当にいい加減にして欲しい。山脈の向こうの国で、王を召喚して国を滅ぼし損ねたって、聞いてないのか! 国ぐるみでやるようなトンチキは、一度滅亡してみるのもいいんじゃないかな。


「……場所を突き止めても、絶対に近寄らないようにね」

 いつになく真面目な声の殿下。やろうと思えば、ちゃんとそれらしくも出来るんだよね。張りぼてはすぐに崩されるのが、世の常だけど。

「おう。リニは特に戦えないからな、とにかく安全第一だな」

「エクヴァル殿の使い魔、可愛いよねえ。私も契約しておけば良かったな、可愛い小悪魔って癒される」

「いやいや、小悪魔は気が強いのが多いぞ。あの娘はわりと変わり種だ」

 そうなのか、残念だな。いい娘を当てたな、エクヴァル殿。


「私はそのエクヴァル殿に、まだ会った事がないんだよね。ヘイルトの友達だし、挨拶したいな」

 殿下はそう言うんだけどなあ……。

「その時は特に、失言には注意して下さいね。殿下だと、気が付いたら我が国に不利な条約を結ばされていそうですよ」

「そういう危ない人なの? さすがヘイルトの友達だね……」

「危ないのは殿下です。一国の皇子が、ウスラドジのままじゃいけません」

 そろそろ交渉事も、もっと真剣にやってもらわないと。皇帝にならないと困るんだからね、私まで処刑される。国の為にも私の為にも、ここで失敗するわけにはいかない。

 世界で一番大事な、私の為にも!

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