第349話 防衛都市に寄り道
倒したバグベアーを、兵が運ぶ準備をしている。食べられるのだ。
「鮮やかな手並みだった」
常に微笑のルシフェルがどう感じたのか、イマイチ分からない。悪い印象ではなさそう。ベリアルは明らかに退屈している。
「若い者にもっと任せて育てろと言われるが、アイツらには十分な力がある。儂が見せられるのは、生き様だけだ」
リューベック将軍は笑顔で、他に脅威がないか周辺を確認する兵の仕事振りを眺めていた。
「空に魔物が!」
兵の一人が叫んだ。弓を引き絞って矢を放つが、軽く避けられる。
顔と前足はライオンで体と羽が鷲、アレは雷を起こす魔物、アンズー鳥だわ。
「師匠、お任せを」
「雷がくるわ、防ぐのが先よ!」
「ガウアァア!!!」
アンズー鳥が大きく鳴き、バチバチと帯電させて激しい光で森を黄色く照らす。こちらを睨みながら、光を集めたような雷撃を放った。
「光の点滅よ、拡散して花びらと散れ。雲を蹴散らす
雷を打ち消す魔法を使うと、稲妻は地上に落ちる前にスウッと消えた。
バチバチと轟いていた音も静かになる。
「ファイアーボール!」
収束するタイミングで、セビリノが攻撃魔法で炎を飛ばす。アンズー鳥の顔に的中し、大きく首を振り回した。
すかさずブーツに仕込んだ飛翔の魔法を使い、エクヴァルが飛び上がって肩から斬り付ける。アンズー鳥は落ちながらも腕を伸ばし、エクヴァルのブーツに爪を引っ掛けた。
「グオオォオン!」
「うわっ!」
ブーツが裂けて、空中で僅かに姿勢を崩すエクヴァル。落下しつつ体勢を整え、しっかりと着地をした。
ドスン。
アンズー鳥は血を流しながら地面に墜落。辛うじて生きているのを、下で待ち構えていた兵が囲んで、とどめをさした。
「うわぁ~……、やるんじゃなかった。使いやすいブーツだったのに……」
これはもう、飛翔の魔法は仕込めないわね。
魔法を付与したり魔力を補充するだけなら私にもできるけど、作り直すのは専門の職人じゃないと無理だわ。
「どうにかしたいが、我が国では作られていない装備アイテムだな……」
「飛行関係の装備アイテムは、特に調整が難しいですからね」
将軍と魔法使いが、エクヴァルのブーツを覗き込む。ちなみに魔法使いは先程の戦闘の時にプロテクションを唱えようとしていたが、私が魔法を使っていたのでやめたのだ。
「仕方ありませんな……、はぁ。せめてエグドアルムに戻る前だったらなあ……」
エクヴァルはため息をつきながら、アイテムボックスに入れてあった予備の靴に履き替えた。
討伐は済んだので、馬を預けた村へ戻る。アンズー鳥の核であるアレクトリアの石は、兵が残って確認している。あるとは限らない。
厩舎の前では村人が手綱を持って、リニを黒い馬に乗せてくれていた。エクヴァルと乗ってきた馬だ。馬はカッポカポと得意気に
「あ、皆が戻ってきた。馬に乗せてくれてありがとう……、楽しかった、です」
降ろしてもらうと、頭を下げてからこちらへ駆けてくる。
「またおいでね、お嬢ちゃん」
「うん」
馬は将軍に任せて、私達はここから飛び立つ。ワイバーンのキュイは、少し離れた広場で待っている。馬が興奮しちゃうといけないからね。
「馬に乗せてもらってたの?」
エクヴァルが尋ねると、リニは小さく頷いた。
「うん。あのね、馬をキレイにしていたら、乗るかいって聞いてくれたの」
「アレは引退した軍馬でな。早くは走れないが、小悪魔のお嬢ちゃんを乗せて、馬も楽しかったろう」
馬を厩舎に戻そうとする村人のところへ行き、
「あれ? エクヴァル、靴が違うよ」
「ああ……、魔物の爪が引っかかってね」
「け、怪我しなかった? 大丈夫?」
心配そうにリニが見上げる。エクヴァルはリニの頭を軽く撫でた。
「平気だよ」
「っ、そうだ。私がエクヴァルに、靴を買ってあげるよ……! 魔法の靴は無理だけど、普通の靴なら、私にも、買えると思う」
「リニが買ってくれるの?」
「任せて! エクヴァルに、素敵な靴をプレゼントするね」
力強く拳を握るリニに、落ち込み気味だったエクヴァルが笑顔で頷いた。
「じゃあレナントに帰ったら、一緒に靴屋へ行こう」
「あ、ごめんね。その前に防衛都市に寄るから」
二人の話はまとまったものの、私はアムリタに使うシーブ・イッサヒル・アメルを入手しないといけない。以前防衛都市のランヴァルトに手に入れてもらったから、相談してみるつもりだ。
「では気を付けて、アムリタを頼んだよ」
「はい、完成したらこちらにお届けに来ますね」
「連絡をもらえれば、取りに行くぞ。ギルド経由で伝えてくれ、連絡費用もまとめて払う」
広場で将軍と別れを告げて、次の目的地へ。アンズー鳥討伐の謝礼も、もらったよ。アンズーは放っておくと増えて、危険な魔物なのだ。
南へ下って、ついにチェンカスラー王国の領地に入った。チェンカスラーで最も北にあるのが防衛都市、ザドル・トシェ。堀と城壁に囲まれた、 頑丈な町だ。
都市に入る唯一の跳ね橋には、入る人が列を作っている。しかも荷車を曳いて家財道具を載せていたり、子供を連れて大きな鞄や布の袋を持っていたり、移住でもするような様子の人が多い。
列を見下ろしながら、ついに城壁に近付いた。
飛んで城壁を越えようとすると、城壁の上から呼び止められる。案の定、見張りがこちらを指差している。
「事前に認可を受けていない方は、飛行での入場はできません。地上の列に並んでください」
「待て、あの女性はイリヤ様、筆頭魔導師バラハ様が先生と慕っていらっしゃる方だ。そして輝く方は総指揮官ランヴァルト・ヘーグステット様に剣の稽古を付けてくださった、高貴な悪魔にしてさすらいの天才剣士様だ」
私はともかく、一度観光に来ただけのルシフェルも覚えられていた。さすらいの天才剣士として。剣術道場で、ランヴァルトやエクヴァルを倒すところに居合わせた人かな。
王だと名乗っていたけど、さすがにそれは口にしない。
他にも私が魔法を披露したのを見学していた人や、襲撃された時に防衛に協力したのを覚えていた人などがいて、軍の関係者だと勘違いされて通してもらえた。
既にバラハの補佐である、イグナーツ・ウィンパーを呼びに行っていたようで、慌てて駆け付けてくる。
「お待たせしました、どうぞお入りください。現在バラハ様は出掛けていまして、ご用でしたら私が代わりに
「実はシーブ・イッサヒル・アメルが必要でして。以前こちらで入手させて頂いたので、また相談させて頂きたくて」
「な、なるほど……。確か、在庫はしっかりとある筈です。お分けしていいか指揮官様に確認をしてみます」
イグナーツに案内されて、城壁を降りる。ランヴァルトは町の中にいるらしい。
「素材が欲しくて寄ったらしいぞ……」
「防衛都市に……?」
「回復アイテムを集めているくらいなのにな……」
兵や魔法使いがボソボソと会話している。そういえば回復アイテムを集めていたわ……! いや、素材を分けてもらいたいのじゃなくて、依頼した時の条件なんかを教えてもらって、今度から自分で依頼に出せるようにしたいのよ!
ランヴァルトは、冒険者を相手に回復アイテムや保存食を売るお店を視察していた。今日は町の中も荷物をたくさん持った人が多く、兵が話を聞いたりしている。
「では協力を頼んだ」
ちょうど店主との話が終わり、店から出てくる。
イグナーツが声を掛けると、ランヴァルトの緑の瞳が振り向いた。レナントの守備隊長、ジークハルトの兄だけあって、似ている。
「イリヤさん、ようこそ。今日はルシフェル様もご一緒ですね。その節はお世話になりました」
「お久しぶりです。今日ここに寄らせて頂いたのは、シーブ・イッサヒル・アメルの入手方法を教えて頂きたく……」
「それだったら、以前ギルドで依頼した時の冒険者が、国の為になるからと採取地を教えてくれたんだ。お陰で在庫がある、イリヤさんにもお分けするよ」
依頼を受けて届けてくれたのは、Aランク冒険者のノルディンとレンダールだったわ。Sランクに昇格するには実績や有力者の推薦が必要だから、心証を良くしておきたいのね。
「ところで、ニジェストニアからの移住が多いね」
町に着いたばかりという人の様子を眺めながら、エクヴァルがランヴァルトに言葉を投げた。
「……分かりますか? あちらでは奴隷解放運動による衝突から、一般市民が避難を進める地域もありまして。その方々を受け入れています」
「ああ、やっぱりニジェストニアからか。勧誘に成功したんだね。今、難民が出るのはあそこか北トランチネルだけど、トランチネルなら逃げるのは貧民だから、もっと荷物が少ないだろう。」
ニジェストニア人か、カマを掛けたのね。ランヴァルトが苦笑いしている。
しかし勧誘とはなんぞや。二人はこれ以上話さないようなので、ベリアルを見上げた。
「……潜ませた工作員に、危険地域に住む有益な人物を、安全なチェンカスラーへ避難しようと誘わせたのであろうよ」
つまり商売や仕事がしにくくなった地域から、職人や知識人をこちらに連れてきたわけだ。アイテム職人もいるようで、道にいる兵が、軍が回復アイテムを買い取るし、場合によっては素材も安く都合すると説明していた。
ニジェストニアのアイテム職人を引き抜いて、ニジェストニアの奴隷解放運動にアイテムを分けて後押しするのかぁ……。
防衛都市は一般市民はあまり住まないので、他の町への移住も勧めているとか。
シーブ・イッサヒル・アメルをもらい、依頼に出した条件なども教えてもらった。期限は特に区切らず、指定した期間内であれば報酬を上乗せする、とすれば受けてもらいやすいとか。
とはいえ、レナント付近ではあまり期待できそうにない。あとは都市国家バレンの、エルフの森も採れるはず。あそこは薬草が豊富だし、また採取に行きたいな。
用事が済んだので、すぐに防衛都市を後にした。ルシフェルも特に気になるものはないみたい。
「君達といて何事も起こらないのも、珍しいね」
「小娘はすぐにトラブルに巻き込まれる故、仕方がないわ」
地獄の王二人がおかしな発言をしてますよ。
空は快晴で、他に飛んでいるのは鳥くらいだ。
「ベリアル殿のせいじゃないですかね、トラブルを楽しむじゃないですか」
「そなたは自覚がないから、面倒ごとを避けられぬのだよ」
「あ~、確かに」
エクヴァルが納得している! ここは“そんなことない”って、反論してくれてもいいのに!
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