第348話 ワステント共和国に寄り道

 音楽祭の帰り道に、天使ヘマンと行動を共にする音楽隊が、兵士崩れの賊に襲われた。賊は悪魔達が軽く撃退し、何故かルシフェルの配下になりたいと志願。そして賊は最終的に、音楽隊を護衛してその国で仕官すると決まった。

 話の流れが急展開すぎる。

 私とセビリノが回復魔法を使っている間に、何があったのかしら。まあ、上手く話がまとまったからいいか。


 いつになくやる気だったルシフェルは、歌を披露してくれた天使ヘマンへの返礼として、駆け付けたのだ。

「芸術は魂の発する言葉。励むといい」

 こう、音楽隊に告げていた。

 真面目に練習を重ねた音楽隊も、好印象だったみたいね。


「イリヤ嬢、他に寄るところはあるのかな?」

 エクヴァルがワイバーンの上から尋ねてきた。前にはリニが乗っている。

「せっかくだから、ワステントで塩を買って行こうかしら。アムリタには塩湖の塩がいいから」

「私も購入したいですな」

 買いものだけして、家に帰ろうっと。結構な寄り道をしてしまっている。

 山脈に沿って南へ進み、ワステント共和国に入った。周辺は森林が多く、塩湖は森を剥いだように木がない土地にある。

 目的地は塩湖の南にある町、コアレ。

 足を怪我して引退していた、リューベック将軍と出会った町だ。私があげたアムリタ軟膏で古傷が治り、軍部の顧問として後身の育成をしているとか。元気なご老人で、Sランク冒険者セレスタン・ル・ナンを育てた、剣の師匠。


 コアレは活気があり、道には所狭しと個人のお店がひしめいている。布を敷いて野菜や果物を売る女性が、大きな声で呼び込みをしていた。商品には痛んだものも混じっているから、しっかり確認して買わないといけない。

 雑貨や民芸品を取り扱うお店、テーブルに鞄を山積みにして販売しているお店。布屋さんでは、女性が柄物の生地きじを体に当てて試していた。

 瓶詰めの塩を売る、専門のお店もあった。食用はエグドアルムで買ってあるから、ここではお薬用だけを購入した。

 買いものをしている間にも、何人もの人が通りすぎる。とにかく人が多いわ。

「おや、薬のお嬢さん」

 声を掛けてきたのは、数人の若い兵士を連れた、髭を生やしたがっしりした体格の男性。

 

「リューベック将軍、お久しぶりです。お体の具合は如何ですか?」

「お陰さまで、元気過ぎるほどでな。儂の回復を見た軍の連中から、その薬をもっと仕入れるよう言われたぞ」

 はははと笑う将軍の後ろで、あの薬を作った方らしい、と若い兵がヒソヒソ噂している。将軍なら、国から良い薬を都合してもらえそうだけどなぁ。

「ワステント共和国では、アムリタは不足しているんですか?」

「ドラゴンの素材を使うと聞いた。中級以上のドラゴンはこの近辺にはあまり現れないから、ドラゴンの素材は常に不足気味だな」

 なるほど、他国から高く購入するしかないのか。

 チェンカスラー王国では、南に位置するフェン公国にドラゴンの生息地があって、そこからドラゴンがたまに流れてくる。だからほどほど素材が入手できるのよね。


「アムリタでしたらまた作れますから、こちらにもおろさせて頂きますね」

「そうしてもらえると、儂の顔も立つ! 納品はいつでもいいから、任せたよお嬢さん。二十くらい頼めるかな」

「はい、二十ですね」

 今回はドラゴンの素材が豊富に手に入ったからね、あと薬草が少し足りないくらい。納期が決まってないなら、待ってもらえれば作れるわね。

「……将軍、アムリタは四大回復アイテムの一つです。貴重な素材も使用する上、成功率が低いのですよ。そんなに気軽に注文するものではありません。もっと条件や報酬の相談をしっかりされないと……」

 将軍に耳打ちするにのは、魔法使いかしら。こちらを気にしている。

「アイテムのことは分からんから、交渉はそちらで進めてくれ」

「はい。では場所を改めて……。その前に、あちらの方々は……」

 彼のどこか怯えた視線は、ルシフェルとベリアルに向けられている。庶民的で雑然としたバザールを、珍しそうに眺めるルシフェル。以前も来たことがあるベリアルが、説明をしている。

 この場所に似合わない顔ぶれだわ。


「赤い髪のベリアル殿と、私が契約しています。もうお一方は誰とも契約されていませんが、ベリアル殿のお友達で観光に来ているだけですので、ご心配なく」

「そうですか、危険はないようで安心しました。地獄の高位貴族の方には滅多にお会いできないので、緊張します」

 私はベリアルと契約している関係もあって色々と会うから気にならないけど、通常は高位貴族だって、そんなに遭遇しないものよね。

 王だとは教えず、町外れにある将軍の家へ同行した。

 ルシフェルとベリアルはまだお店巡りを楽しんでいるので、私達だけで行く。

 家が途切れて閑散とした場所にある古い一軒家が、将軍の家だ。引退後に住み始めたこの家に、復帰してからも時間があれば帰っているとか。


 アムリタの商談はセビリノがしている。エグドアルム王国として引き受けることになった。個人の名前が出ると、耳にした貴族が買い付けに来ちゃうんだって。

「一カ月しても足りない素材が入手できなかった場合は、連絡しましょう」

「でしたら二週間後に薬草市がありますから、連絡を頂ければこちらで探してみます」

「ちわー。御用聞きです~」

 客間で商談に同席していたら、玄関の扉がノックされた。商人とかかしら。

「わざわざこんな辺鄙へんぴな場所まで、ご苦労だな」

 将軍が立ち上がって、玄関へ向かう。リニが訪問者を気にしつつ、そわそわと私とエクヴァルに視線を投げる。もしかして、人じゃないのかな。

 様子を見てみようと、廊下に顔を覗かせた。


「ご不便、ご不幸、悩み、はたまた世界の不具合はありますか。しゅに取り次ぎます~」

 ブルーグレーの髪の天使が、分厚い帳面を抱えて立っていた。悩みとかはともかく、世界の不具合って。

「……いや、特にないが……」

 思いもよらない質問に、将軍も答えに詰まる。天の御用聞きって、始めてだわ。色々な仕事をしている天使がいるのね。

「よーく考えて。一生に一度あるかないかの、造物主への直行便だよ。どうにもならない困りごとがあったら、言わなきゃ損」

「ならば力なき民や、他の者の意見を聞いてくれ。儂は生活に満足している」

「それはできないんだ。一定以上のランクに至った魂の持ち主から、抽選で選んでるから。本人以外無効だよ」

 事前に連絡でもあれば、準備しておけるのにな。 

 将軍は考えているものの、特に何も思い付かないみたい。しばらく二人が無言で向かい合っていると、天使の背後に人影が二つ、舞い降りた。


「おや、珍しい客人だね」

「ジェワ・ジェワ。人と造物主の間を取り次ぐ天使であるな」

「ぎゃああああ、悪魔!!! 僕はジェワ・ジェワの下っぱで、倒す価値がないぞ!」

 ベリアルとルシフェルを振り返り、天使が小さく跳ねた。逃げようとしたのか、玄関の壁に張り付く。

「どうでも良いわ。イリヤ、そろそろ終わるかね」

「いえ、まだセビリノが商談中でして」

「早過ぎたようであるな。終わり次第、出立する」

 ベリアルは天使を無視して話を進める。天使はむしろホッとしていた。


「うっわー、普通その辺にいるレベルの悪魔じゃないだろ……。もう移動するから、ここはこれで終わりにするよ。あ、南東の森にバグベアーが出たそうだから、退治ヨロヨロ」

「分かった。……が、儂らが退治をするのか?」

「主に言上するべきかは僕が判断するんだ。魔獣退治は人が解決するべき事案だから。じゃ!」

 取り次ぎの天使ジェワ・ジェワは、退治を将軍に任せて逃げるように去っていった。


「てっきりまたルシフェル様にご挨拶を、と始まるかと思ったんですが、違いましたね」

「系統が違うからね」

 天使にも色々あるのね。ルシフェルとしては、面倒がなくて良かっただろう。

 ちょうど話が終わり、セビリノ達が出てきた。私達は帰宅、将軍はすぐに熊退治に向かう。大剣をたずさえて、お付きの兵士に指示をしている。

 バグベアーは、真っ赤な目と長い爪を持つ、毛むくじゃらの熊の魔獣。森に生息し、攻撃力が強く素早い突進をする。単体で行動するから、冒険者ならDランクでも倒せるんじゃないかな。


「退治を私も見よう」

 意外と物見高いルシフェルが、ただの熊退治に付いて行くという。ベリアルは面倒そうにしていた。

「つまらぬではないかね、大した獲物ではない」

「将軍とやらの実力に興味がある。君の契約者や周囲はイレギュラーで、この世界の人間が測れない」

 こういう時のルシフェルの目線は、高い位置からなのよね。まさに上位種族というような。そうか、ベリアルの周りはイレギュラー……、ん???


「しかし、必ず討伐対象と遭えるとも限らんぞ」

「将軍、バグベアーは縄張り意識が強く、目撃された地点の付近から離れないと思います。天使が誰から頼まれたか教えてくれれば良かったんですがね……。南東に小さな村が三つあるので、一番近い村から当たりましょう。どこも冒険者ギルドがないから、訪れた天使に願ったんでしょう」

 兵士の一人が村の出身で、バグベアーを退治した経験があった。

 村では農業や養蜂、猟などで生計を立てている人が多い。バグベアーは野菜を食べるし蜂の巣箱を壊すし、猟師も危険に晒される、かなり迷惑な魔獣なのだ。


 村まではあまり離れていなかったが、将軍達は馬に乗って移動した。エクヴァルも馬を借りて、前にリニを座らせている。私達は飛べるので、飛行する。

 聞き込みをして、バグベアーの目撃情報から出没地点を絞り、森に入った。馬は村に繋いできたよ。

「木の幹に、新しい爪痕があります。この辺りにいそうですね」

 バグベアー探しは将軍の部下の兵士が中心に行い、案内役として村に滞在していた兵も協力していた。と、いっても配置されているのは数人だけ。その内の二人が来ている。


 木や地面の状態を確認しながら、慎重に進む。

 そんなに時間もかからず、バグベアーを発見できた。すぐに兵の一人が弓矢を用意し、バグベアーから見えないよう、木に隠れながら音を立てないように近付く。斜め右側に進んで、狙いやすそうな場所に落ち着くと軽く手を上げた。

 それを合図に、将軍が自らズンズンと進んで、バグベアーにその辺に落ちていた木の実を投げる。

「こっちだ、熊!」

「グァ……」

 熊は二本足で立ち上がり、将軍を赤い瞳で捉えた。直後に走り出す。

 大剣を構えた将軍は微動だにせず、あと少しの位置まで来たところで矢がバグベアーの肩に刺さった。


「ギャオウ!!!」

 動きを止めて、腕に刺さった矢を確認するバグベアー。

 将軍は一気に距離を詰め、大剣を振り上げて地面を蹴った。ジャンプして頭から斬り付け、着地と同時に腹に一閃を浴びせる。

 腕を振ろうとしたバグベアーだったが、そのまま地面に倒れた。

 残りの兵が駆け付けて倒れた茶色い熊を囲み、動かないことを確認。あっという間に退治は終了ね。



★★★★★★★★★★★★★★★★★★


ジェワ・ジェワ

マレーシアの精霊。天使と同じく、天での任務は人間のために創造者との間を取り次ぐこと。……と、しか書かれていない。

「世界の妖精・妖怪辞典」に載っていた。

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