第347話 音楽祭の帰り道(音楽隊の隊員視点)

「出発するぞ~」

 音楽祭が終わり、僕達も国へ帰る。今年は早めに帰る傾向があって、もう半分も町に残っていない。せっかくの稼ぎ時に、盗賊騒ぎで客の引き上げが早い上、警備も増やさないといけないなんて、宿の人もガッカリしただろうな。


 僕達はとある国から来た音楽隊。この音楽祭に向けて、天の音楽隊のリーダー、天使ヘマン様を召喚して練習を重ねた。お陰で評判がとても良く、他の国からも招待したいとお誘いを頂いた。

 音楽に力を入れている国は少ない。重要視されていないんだろう。それでもいいものに触れたら、全ての人に音楽の良さは伝わるんだ!

 僕はまだほんの下っ端で、雑用係を兼ねて在籍してる。今回もヘマン様のお世話が主な仕事だった。ヘマン様は本当に声が綺麗で音域が広くて、空気を震わせるような魂の籠もった歌を歌われるんだ。

 近くにいられるのが羨ましいと、むしろ皆に憧れられたよ。


 音楽祭の途中でヘマン様のお知り合いの方も合流され、音楽祭を締めくくるヘマン様の特別公演を楽しまれていた。

 輝く銀の髪、水色の瞳、清潔な白いローブ、優雅な物腰に柔和な笑顔。

 これぞ高貴な天使、という方だった。お名前はルシフェル様。ヘマン様がうやうやしい態度をされるので、やはりとても尊い方に違いない。

 しかしその後、赤い髪で尊大な、貴族悪魔の風格を持つ男性と合流された。

 そして、ルシフェル様も悪魔だという衝撃の事実がもたらされた。先入観はいけない、教訓だなあ。


 ガタン。

 音楽祭での出来事を思い出していると、不意に馬車が止まった。

 しばらく動かず、何か相談しているようだ。

「倒木で道が通れないらしい。大きな魔物でも出たのかな、迂回だって」

 窓の外を覗いたら、軽装の人が馬車を脇道に誘導していた。地元の自警団とかかな。その先にも誘導係りがいて、分かりやすいように赤く塗られた棒を振っていた。

 これなら迷わずに進めるね。親切な人達だなあ。

 馬車の列は再びゆっくりと進み始める。

 これまでほど路面が整備されていないから、揺れが大きくなる。冒険者が入っていく細い道も所々に見受けられた。きっと薬草が採取できるんだろうな。


「やっぱり道が良くないな」

「ガタガタするから、休みたいね」

 同じ馬車の仲間とそんな会話をしていたら、また馬車が停止した。

 休憩かな? しかしすぐに叫び声がして、足音や草を掻き分ける音まで耳に届く。更にはカンカンと何かが馬車に当たる、金属音が続いた。

「これ、ヤバくないか!?」

「敵襲、敵襲だ! 楽隊は馬車の中に留まるように!!!」

 うわあ、と悲鳴が上がる。音楽隊の隊員が乗るのは、八人乗りの馬車が四台。この全部を護衛するのは、困難では。しかし僕らはほとんど戦えない。

「身を低くして、壁から少し離れてください。扉は俺が守ります」

 各馬車に一人ずつ乗っている兵士が、扉の近くに控えた。御者が必死に馬を宥めている。


 魔法が使えるヤツが、馬車を包むようにプロテクションを唱えた。貴族もいるから、各馬車に一人くらいは防御魔法を使えるのが乗っている。

 倒木じゃなくて、ここに誘導されたんだろうか!?

 これは待ち伏せだ。前の馬車にいるヘマン様は大丈夫かな、噂の賊なら悪魔もいるはず。

 外では魔法や武器、矢を使っての戦いが起こっていて、戦闘音が絶え間なく響いている。敵の数は多そうだ。


「火矢は使うな! 音楽隊の連中は人質にする、なるべく怪我をさせないようにしろ!」

 賊の頭目だろうか、野太い声で指示を飛ばす。

 人質にして、身代金を要求するつもりなのかな。それなら命は助かりそうだ……。

「うわあ!」

 一緒に食事をした護衛兵の叫びが聞こえた。

 助けてあげたいけど、どうにもできない。自分の身すら守れない僕らが外に出てしまえば、足手まといになる。

 お宝も大金も積んでいないから、狙われるわけないと油断していた。もっと護衛を増やしてもらっていたら……、いや、無理だったろうな……。


 外の様子が分からないから、不安ばかりが募る。前方では金属音がひっきりなしに響いているので、敵味方が入り乱れての接近戦になっているに違いない。

 横から出てきた敵は、護衛に雇った冒険者が辛うじて防いでいる。前後はともかく横は特に数が少ないので、早くしないと、突破されるのは時間の問題だ。


「ブリザード!」

 後方では魔法兵が、中範囲の攻撃魔法を唱えている。賊は防御魔法で防いだが、被害があったみたいだ。回復しろと騒いでいる。

「これ、絶対に不利だよな……」

「ああ……、他の参加者が通り掛からないかな」

「そうならないように、違う道に誘導されたんだろ……」

 馬車の中の面々は暗く、頭を抱えたり小刻みに震えていたり、絶望の表情をしていた。

 どう考えても、拘束されて連れ去られる未来しか見えない……。


「魔法使いは抑えたぜ!」

「やったな、一気に畳み込め!!!」

 ブリザードを使った魔法使いが、敵の手に落ちた。ドドドと複数の足音が迫り、戦闘の騒音は更に近くになった。

 バリバリン。

 ついに馬車のプロテクションが崩され、馬車に敵が迫る。

 扉が開かれると同時に護衛は外へ飛び出し、目の前の相手に剣で斬り付ける。

「ここは通さない!」

「護衛か、投降すれば命は保証するぞ!」

 敵はなんなく受け止め、余裕で相手をしていた。すぐそばでは戦闘が続けられていて、皆が手一杯だ。助けは来ない。


「……馬車から出よう。護衛兵にも投降を呼び掛けて、これ以上の怪我人を出さないようにした方がいい。勝ち目のない戦いを続けるのは、無意味だ」

 この馬車で最年長の班長が、低い声でぼそりと呟いた。

「だけど、それこそ殺されるかも……。命の保証をするなんて、信じられるのか?」

「戦っても犠牲が増えるだけだ」

「女性がどう扱われるかも分からないよっ……」

 兵士崩れの賊は、暴行も略奪もしないという。しかし今回もそうとは限らないし、噂の賊だと思い込んでいるだけで、もっと危険な奴らかも知れない。

 話し合っている間にも、馬車の入り口を守る兵が怪我をした。開いたままの扉から、飛び散る血の赤が目に焼き付く。


 不意に視界が遮られ、馬車の入り口に人影が立った。

「全員降りな」

 鎧姿の女性が、顎で出ろと示す。彼女の鎧には無数の刀傷が付いていた。

 班長が一番に立ち上がり、降参の意思を示して両手を頭の高さに挙げる。僕らもそれに従い、後ろに続いた。

 外に出ると、日差しが戦闘風景を照らし出す。

 剣や槍やハンマーを使って交戦し、敵のアイスランサーの魔法が飛んでいく。兵が避けきれず腕で受け、肘から手首を保護する前腕の鎧、バンブレースが凍り付いた。地面に倒れている人もいる。

 賊の人数は、明らかに兵より多い。離れた場所にいる見張りは、余裕でお喋りしている。こちらの魔法使いは、小悪魔に拘束されていた。


「よーし、素直じゃん。手首を縛るけど、怪我はさせないから安心しな」

「お願いします。前の馬車だけは、そのまま行かせてください。……女性と、客人がいるんです」

 班長は素直に両手を差し出しながら、必死の訴えた。賊の女性は少しだけ困ったように苦笑いを浮かべる。

「悪いけど、決めるのは私じゃなくてボスだから。前の馬車、それで防御が硬いんだね。あっちは全然壊せてないよ」

 そんな実力者もいないから、同乗するヘマン様が手伝ってくれたのかな。

 馬車に視線を移すと、視界を横切るものがあった。


 スイッと地面に降り、銀の光を放つ。

「非戦闘員を狙うなど、武人にあるまじき振るまい。……来なさい」

 あの方は、ヘマン様の友人で悪魔、ルシフェル様!

 あのうるわしい芸術のような方が、戦うのだろうか。ルシフェル様が片手でローブの袖を押さえながら手を開くと、そこに光る棒が現れた。

 片腕ほどの長さで、あまり太くない。彼はそのまま賊に向かって歩みを進めた。サンダルで。

 敵の攻撃を逸らして左右に僅かにズレながら進み、流れるように棒を振る。その度に敵がどんどんと倒れていった。二人が同時に襲い掛かってきても、武器を交えることすらなく、難なく地面に沈める。

 僕にはほとんど何が起きているか、目で捉えられない。ゆったりした歩みでいて、動く時には素早く無駄がない。


「強い、強すぎる……。どこのお方だ?」

「あの魔力は、地獄の方では……」

 味方も驚きのあまり、呆然としてしまった。一人で戦況をひっくり返してしまうんだ、当然だよね。

 前方は安心。で、後方は。

「うわぁ!!!」

 ボン、と小悪魔と魔法使いの横で炎が弾けた。木の上まで届くほど、一瞬にして燃え上がる。詠唱はどこからも聞こえなかった。

 驚いた小悪魔の手が緩み、魔法使いと距離が空く。そこに赤い髪と黒い軍服の、ルシフェル様と親しい友人、同じく悪魔であるベリアル様がマントを翻して舞い降りた。


「……さて、我と戦うかね?」

「め、滅相もございません……!!!」

 小悪魔は首を思いっきり左右に振り、魔法使いを完全に解放した。貴族悪魔に刃向かう小悪魔なんていないからね、契約者も気付いて呆然としている。解放された魔法使いは、震えて動けないでいた。

 後方の賊は思わぬ加勢に戸惑い、いったん引いて指示を待つ。

 不意に影がよぎった。

 頭上を木よりも低くワイバーンが通り過ぎ、風が起こる。そして誰かが、ワイバーン背から飛び降りた。

「こちらも解放してもらおうか」

 紺色の髪の男性が、剣を鞘から抜き放つ。えーと、人間。今度は人間だね。

 周囲にいた賊は驚きで一瞬動きを止めたものの、すぐに構え直して男性と対峙する。戦況が悪くなったので、即座に排除しようとはしない。


「動くな、こちらには人質がいる!」

 賊の女性が、班長を自分の前に引っ張り、剣を首に突き付けた。

「ひっ……」

 顔に剣の光が反射し、班長が声を詰まらせる。

「いやいや、私としては一人減っても問題は無いんだけどね」

 あ、あれ? 味方じゃなかったのかな? 男性は何故か困ったような笑顔を見せた。全く動揺していない。

「た、助けて」

 殺される恐怖に駆られて、震える声で助けを求める班長。視線は喉元の剣に落とされている。


 男性は唐突に、無言で走り始めた。最初から早い速度で、姿勢を低くして人質を取った女性に真っ直ぐ飛び込む。

「来るな、来るんじゃな……」

 さすがの女性も慌てるが、迷っている時間もない。人質にした班長を突き放し、急いで剣を構えた。班長がよろけて二歩目を踏み出す時には、男性はもう賊の女性の目の前にいる。

 ガンガキン。

 届くと同時に剣の音が二回、響く。あまりの早さに、女性は何とか防ぎつつ後ずさった。

 勢いで落としそうになる剣を持ち直す暇も与えず、男性がヒュッと剣を上げて垂直に打ち下ろした。女性は反射的に柄を握り締めて、剣を離さずに耐えた。

 しかし、なんと剣が割れて、剣先が地面に落ちて転がった。


「私の剣が……! ひぃ……、レベルが違う」

「さすがに人質より、自分の命が優先だよねえ」

 男性は何事もなかったように、普通に笑みを浮かべる。怖い。

 賊の女性は戦意を失い、壊れた剣を両手で持ったまま立ち尽くした。

 解放された班長はというと、その場で膝を付いてしまい、四つん這いで必死に逃げている。僕は班長のところへ行き、立つように手を貸した。

「……降参する! 皆、もう抵抗するな!!!」

 賊のボスかな、体格のいい男性が剣を地面に投げた。

 他の連中もそれに従って、武器を手放す。


 完全に終わったのかな。前の馬車のプロテクションも切れて、中にいたヤツらが恐る恐る周囲を確認しながら出てきた。

「怪我をされた方は治療を致します」

 空からベリアル様の契約者の女性が、弟子を連れてやってくる。名前は確か、イリヤ様とセビリノ様。二人は飛べる優秀な魔法使いだったんだ!

 魔法使いと協力し、敵味方を問わず治療を開始した。

 投降した賊はというと、ボスの後ろに集まって地面に座っている。反省しているのか、項垂れていた。


 こちらの関係者や天使ヘマン様に加え、悪魔二人も見守る中、賊の聴取が行われている。

 彼らはやはり噂の兵士崩れの賊で、国に送金するお金を集めていたらしい。それと、祖国の復権も目的として。

「俺達の国を制圧した国から、主権を取り戻したい。しかし上の連中は当てにならない。だから独自でゲリラ活動をしようと、資金を貯めていたんだ」

「浅はかな思い付きだね」

 ルシフェル様がバッサリと切る。まず周辺各国に協力をあおぐとか、支援者をつのるとか、やり方がありそうなもんだ。

「隣国で面会を断られて、自分達の力でやるしかないと思い込んでしまい……。全ては俺が責任を持つ、部下達は俺に従っただけだ」

「ボス、私達は一蓮托生ですよ!」

「そうだぜ、牢に入るのだってお供しますぜ」

「お前達……」


 深く頭を下げるボスに、仲間が声を掛ける。涙目になるボス。何を見せられているんだろうっ気持ちになるなぁ。

「仲間っていいな……」

 これで感動しているヤツもいるぞ、お手軽だ。

「裁きは人の手にゆだねる」

「待ってくれ!」

 ルシフェル様が解決したとばかりにその場を離れようとすると、ボスが大きな声引き留めた。

「貴方の強さや高潔さに深く感じ入った! 俺達を配下に加えてもらえないだろうか!??」

「必要ない」

 バッサリ。簡潔に断られた。


「そなたら、ルシフェル殿は地獄のどの軍団でも動かせる影響力を持っておる。人間の小さな部隊など、ものの数にも入らぬわ」

 ベリアル様がため息をつく。ルシフェル様はかなりの大物なんだ……!

 ガックリと肩を落とすボス達。確かにこの人達には、司令官が必要な気がする……。

「へマン。彼らを預かり、主になれる人物を探すよう」

「はい、ルシフェル様。私がいる国は軍の規模が小さいので、こころよく受け入れられるでしょう」

 結局彼らはこのまま僕達の護衛をして、国まで同行して処遇を決めることになった。怪我人の治療も終わり、各自馬車にまた戻る。


「ルシフェル様、お元気で~!」

「必ず立派な軍人になります!」

「さようなら」

 賊が両手を振って、先に空に浮かんだルシフェル様に別れを告げている。

「何があったのかしら???」

 治療をしていて一部始終を知らないイリヤ様が、首をかしげた。

 流れを見ていた僕も理解し切れないよ、仕方ないよね。

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