三章 風属性の魔導師
第350話 天才アイテム職人と天災アイテム職人
色々あったからか、随分と久しぶりにレナントに帰る気がする。
南北を繋ぐ道では馬車の隊列が北へ向かい、人や獣人が荷物を背負って歩いていた。軍事国家トランチネルが地獄の王パイモンに荒らされて分断し、脅威がなくなってから、明らかにこの街道を使う人は増えた。
ようやく第二の故郷、レナントの町に到着。さすがにキュイは町ではなく、近くの森に棲んでいる。
エクヴァルとリニは適当な場所で降りて、門から町へ入る。途中で冒険者ギルドに寄ってくると言って別れた。
家の裏手に建てているルシフェルの別邸は、完成間近になっていた。羽の生えた小悪魔が、屋根で作業中。他にも庭に花を植えたり、道具を持って家の中へ入っていったり、複数の小悪魔が手伝いをしている。
小悪魔の力を借りて、通常よりかなり早く造れたようだわ。
ただ、外観が……。
「小さいお城が建ったね! 中にいれてもらえるかなぁ」
「どうかしらねえ」
親子がミニチュアのお城のような別邸を、細い路地から眺めている。やっぱり観光名所になってしまいそう。他にも観客がいるわ。
真っ白い壁の建物は四方に丸い塔がくっついたようになっていて、一つ一つに青い三角屋根が突き出ている。三階は半分以上がバルコニー。テーブルと椅子があり、ここで月見でもするのだろうか。
ベリアルが建てようとしていた建物とは、違うような……???
「……まるで城だね」
「……潔いほど田舎町の景観にそぐわぬわ」
ルシフェルの指示ではないみたい。よくこの狭い土地に、城っぽいものを建てようと思うわねえ。誰が設計したのかしら。
「嬢ちゃん!!! ドウェルグ族と知り合いなのかよ!!?」
見物人の中に、ドワーフのマイスター鍛冶職人である、ティモまでいた。お世話になっている商人、ビナールの友人だ。
「私ではなく、ベリアル殿が交渉されました」
「ああ、なるほどなあ……、ドウェルグは上位種族とかしか相手にしねえからなぁ」
神々の名工と謳われるドウェルグは、基本的に人間の依頼は引き受けない。地獄の貴族とか、神族とかの特別な魔法道具を作ったりする。彫刻も得意で、繊細な細工物を作ったりもする。
ドワーフの中にも、ドウェルグに憧憬の念を抱く人もいるくらいだ。
「なんてこと! 君が幻の種族、ドウェルグを召喚した人物かい? しかも地獄の貴族を二人も……! つまり君が噂の遭遇率が低いレアなアイテム職人、イリヤという女性だね!!?」
「イリヤは私ですが……、レア……?」
あちこち出掛けているから、そんな噂になってしまっているの……!??
それにしてもこの人は誰かしら。男装だけど、女性っぽい。男装好きなアスタロトのお仲間かしら。新らしいローブの下からは、刺繍入りのスラッとしたズボン。髪は黒い色をしている。
「私の名前はカミーユ・ベロワイエ、南の魔法大国、バースフーク帝国から来た天才アイテム職人さ! 先日からこの町に住むことにしたのだ。宜しく頼むよ!」
「私は北の魔法大国エグドアルムの宮廷魔導師、鬼才セビリノ・オーサ・アーレンス!」
セビリノが自ら鬼才と名乗った。魔法関係になると、急に対抗心を燃やし始めるなあ。
「北の魔法大国! 噂には聞いていた、まさか宮廷魔導師に会えるとは」
「そしてこちらが我が師匠であり、世界最高の魔導師イリヤ様でいらっしゃる!」
「世界最高……だとう……!!?」
簡単に信じないで頂きたい。子供の言い争いを見ている気分だわ。
「……くだらないことで騒ぐんじゃねぇ。作業の邪魔になる」
ルシフェルの別荘で作業をしていた、ドウェルグが姿を現した。子供くらいの背で身体は細く、外見年齢は五十歳前後。作業用の紺のエプロンを着けている。
「ご苦労だね。
「こりゃあ
後ろでやり取りを眺めていたルシフェルが進み出ると、ドウェルグが頭を下げて迎える。ドウェルグの背後から、別の悪魔がやって来た。シルバーの装身具を着け、緑を基調にした服で白い布を巻いた、背の高い悪魔。
地獄の王筆頭、バアルだ。別荘を城に変更したのは、彼の仕業に違いない。
「ルシフェル様、お久しぶりです!」
拳を握って胸に手を当て、ビシッと礼をする。一つに纏めた長い緑色の髪の束が、前に流れる。
「バアル、来ていたんだね」
「ルシフェル様の別荘が建てられると聞いて、飛んできました! ご不在でしたから、
城を建てられるような広さの土地は、レナントには余っていない。以前ベリアルも宮殿とか言っていたし、地獄の王の発想って同じなのかしら。
ベリアルを見上げたら、何とも嫌そうに眉を顰めていた。彼はバアルが苦手なのだ。
「この土地に城を建てようとはね……」
「当然でしょう、ルシフェル様のお住まいを粗雑なものにはできますまい! 今からでもどこぞを制圧してルシフェル様の
豪快に笑うバアル。さすが悪魔、土地がないなら奪えばいいという発想だ。
「この世界は中立地帯だからね。天を刺激する真似は控えるよう」
「心得ております、冗談ですよ。ささ、中をご確認ください」
魔王ジョーク、怖いな。肯定されたら実行すると思う。
バアルとドヴェルグに続いて、ルシフェルが家……城……別邸、なんと表現するのが正しいのか分からない建物に入っていった。ベリアルも付いていく。
「お前も来んのか、ベリアル」
バアルが丁寧に接するのは、ルシフェルだけ。
「我の契約者の土地でありますからな」
「人間どもに丸投げせず、
「……田舎町に、城など建てられてしまいますからな」
「……あァ? 文句でもあんのか、テメエ」
すごまれているけど、この場合はさすがにベリアルが正しいわね……!
ルシフェルがそのくらいで、と取りなしたので、バアルはすぐに静かになった。
「ここは王子様のおうちになるんだ!」
「観光のお城じゃなかったのね。残念ね、入れないわ」
「お母さん、また見に来ようね。今度は王子様に手を振るんだ」
ずっとお城を眺めて親子が、並んで去って行く。
惜しい、王子様じゃなくて王様でした。ルシフェルは、そんな頻繁には滞在しないんじゃないかしら。
一方の、自称バースフーク帝国の天才アイテム職人カミーユ・ベロワイエとセビリノは。
もう仲良くなって、握手をしている。
「私の工房に遊びに来てくれ、西門の近くに借りたのだ」
「うむ、お邪魔させてもらおう」
「ビナールという商人と取引をする約束をしてね」
「ビナール殿ならば、我が師匠も懇意にされている。どちらのアイテムが優れているかは、
うーん、笑顔で対抗しているわ。ヴァルデマルみたいに、イリヤ様崇敬会とかは言い出さなそうね。
「では私はこれから頼まれた上級ポーションを作るので、失礼」
「ふっ。師匠はアムリタの注文を頂いている」
だから、そんなおかしな競争をしてどうするのかしら。軽く手を挙げて去ろうとしたカミーユが、バッと勢いよく振り返った。
「アムリタだって!?? ドラゴンの素材はどうするんだい!? この町で手に入るのか? どこで買える!!?」
いくら天才でも、素材が足りなければアイテムは作れない。興奮した表情で、セビリノに詰め寄っている。
「旅の途中で入手している」
「ドラゴンの素材が欲しいのでしたら、すぐ南のフェン公国に“ドラゴンの岩場”と呼ばれる生息地があります。採りに行かれるといいですよ。腕自慢の冒険者も入りますし、冒険者ギルドに依頼を出しても入手可能です」
そうそう、知らない場所だと情報が大事なのよね。私はドラゴンの出現場所を説明した。
エピアルティオンの咲いている洞窟は教えませんが。アレは私とセビリノの、秘密の採取場所なのだ。
「え……普通、魔導師やアイテム職人が、ドラゴンを気軽に狩りに行くかい……?」
「そこが師匠の尋常ならざるところ!」
引き気味なカミーユに、セビリノが胸を張る。褒めてない!!!
「ドラゴンを倒しに行くんなら、鱗を採ってきてくれよ」
私達の話を聞いていたティモが、横に来て会話に加わった。
「鱗ですか? 注文が入ったんですか?」
「そーなんだよ。以前、嬢ちゃん達が二チームに分れて、ドラゴンの鱗を幾つも都合してくれただろ? アレで俺の工房でドラゴンの鱗の防具が作れると、噂になってな。今でも注文が入るんだが、もう在庫が底を突いちまった。冒険者ギルドに頼んでるんだが、なかなか受け手がいなくてよ」
お手上げだ、と肩の下の高さで両方の手のひらを上に向ける。
確かにやったわ、そんな楽しい競争。ドラゴン退治でベリアルもご機嫌だったわね。
気付けばカミーユが、懐疑的な眼差しを私達に向けている。
「……本職は冒険者なのかい?」
「いいえ、魔法アイテム職人です」
「俺も嬢ちゃんのソレは、一番
ティモはビナールと友達だから、お店にポーションとかを卸していると知っているのに!
……最近、出掛けてばかりだからかも知れない。ここはしっかり本腰を入れてアイテムを作り、職人としての本分を果たさねば。
「師匠、ドラゴン退治には行かれるので?」
「うーん……、先に頼まれたアムリタを作ってから考えましょうか」
今のところ、必要な分は足りているしね。
それに今は地獄の王が三人も揃っているから、ドラゴン退治なんて言い出したら何人付いてきて、何が起こるか分からない。お帰りになるまで待ちたいわ。
「行く時があったら、是非私も誘ってくれ! 攻撃魔法は得意ではないが、飛行魔法も使える。足手まといにはならないつもりだ!」
ドラゴンの素材が欲しいカミーユが、必死に訴える。
「分かりました、予定が決まったら連絡致します」
「じゃあ頼んだぜ! こっちはいつでもいいからよ」
ティモとカミーユは、それぞれ別の方向へ帰っていった。
私とセビリノも、久しぶりにルシフェルの別荘の隣にある家へ入った。今日はゆっくりして、明日から動き始めよう。
「師匠、お茶を入れましょう。窓を開けて換気をした方が宜しいでしょうか? お疲れでしょう、アイテムは作製されますか?」
……なんでセビリノは、あんなに元気なのかしら。最後の質問、おかしくない?
「アイテムは明日、作りましょうね。今はお茶を……」
「了解しました! しかと準備致します!」
すぐに地下室へ向かっている。
お茶を入れて欲しいんですが~!!!
※ちなみにタイトルの天災アイテム職人は、イリヤのことです
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