第318話 お魚誘拐事件、解決!

「のろしを上げるよ!」

 と、王妃が宣言した言葉の通り、お付きの二人の女性魔法剣士が飛んで、一つずつ魔法で船を焼いた。黒い煙が二筋、天に昇っていく。船に火が付き、火事になったよ。船員達が動揺して騒ぎ、甲板に集まってくる。


 焼いた船からはが出ていて、捕まった人達が漕がされている。彼らは足首を鎖で繋がれていて、逃げられないのだ。

「どうしましょう、燃えた船から逃げられない人が……」

「王妃様に任せておけば平気よ。すぐ救助が入るから」

 エンカルナは他の船の様子を見ている。旗艦から赤髪のカーメラが叱咤するが、混乱していて統制が取れない。

 王妃の船は燃える海賊船に横付けして、数人が乗り込んで素早く二手に分かれて船室へ向かった。逃げる海賊のうち、誰かを捕まえて腰にある鍵の束を奪っている。  

 船は勢いを増した火に包まれ、船縁が海水にボチャボチャと落ちていた。


 船員達は小船を用意することすら忘れて我先にと海に飛び込み、船から逃げていった。後から落とされた小船に群がるが、小船が先に転覆しそうよ。そこにノルドルンドの船が近付き、救助してそのまま捕らえるのだ。

 中からよろよろと船を漕がされていた人達が逃げてきた頃には、甲板にはほとんど人がいなくなり、燃える範囲は広がる一方だった。

 そこに王妃の船から小船が漕ぎ出し、捕まっていた人達を次々と乗せている。ちなみにこちらは、海賊が乗ろうとすると突き飛ばして再び海に落としていた。


「放っといて逃げるよ、さっさとなさい!!!」

 賞金首の女海賊は、仲間を見捨てて逃げようとしている。王妃の船が進路を妨害すると、それぞれが必死で矢や魔法で攻撃して追跡を防ごうとする。

「逃がしやしないよ!!!」

 ついにヒッポグリフのグーリに乗って、王妃が敵の旗艦に降臨。お付きの魔法剣士二人がしっかりと両脇を固める。

「お前達、女帝を止めなさい!!!」

 カーメラは船内に逃げ、甲板に集まった海賊が王妃達を囲んだ。王妃達は三人なのに対し、海賊はかなりの人数がいるのに、敵は最初から及び腰だ。

「暴れな、グーリ!」

「クギャアァァ!」


 ヒッポグリフが大きくクチバシを開き、勢いよく海賊に突っ込む。ひるんだ海賊が逃げた背中に噛みついた。近くにいた別の海賊が武器を振り上げれば、お付きの魔法剣士がその腕を斬る。

 王妃も剣を抜き、グーリの近くにいる海賊に攻撃する。斬られると思って構えた相手と、剣が合わさる。すかさず腹を蹴り飛ばし、倒れた腹に剣を突き立てた。

「さっさと片付けるよ!」

「「はい、王妃殿下!!!」」

 三人と一匹であっという間に切り崩し、船の上を逃げ惑う海賊を追い掛ける。

 どちらが襲撃者か分からない。


「イリヤ嬢、私達はシーウルフの根城へ行こうか。ベリアル殿と合流しよう」

 制圧した海賊の船から、エクヴァルが声を掛けてくる。

 赤髪のカーメラの船は全て漕ぎ手がいるので、無風でも進める。船を奪うのかと思ったら、海上を速い影がよぎった。

「キュイが来たのね」

「リニが飛んで、連れて来てくれたんだ」

 キュイにはリニが一人で乗っている。戦闘が始まる前にコウモリに変身して、呼びに行っていたらしい。

「ギャオ、ギュイイイン!!!」


「ワイバーンだ!!! 小悪魔が乗ってるぞ!??」

「ワイバーンに? ハイスペック小悪魔だ……!」

 海賊がワイバーンを指さす。キュイが海賊船の鼻先を掠めて飛ぶと、海面に波が起きる。甲板にいた海賊は尻もちをついたり、少しでも離れた場所に逃げたりしていた。

 そしてエクヴァルが待つ船のすぐ上を飛び越えた。

「カールスロア……」

 船内から足を引き摺った人達が出てきた。捕まって片足を鎖で繋がれ、櫓を漕いでいたんだろう。疲れた様子で、顔色が良くない。そのうちの一人が、エクヴァルの名前を呼んだ。


「久しぶりだね。まさか海賊船の漕ぎ手にされているとは」

「ウチの商船が襲われたんだ。運悪く、俺も乗っててな……」

 喉が渇いているのか、声が掠れている。エクヴァルは彼を軽く一瞥いちべつしただけで、海賊に注意を払っていた。

「悪いね、私はもう行くから」

「……お前、士官学校では平凡なフリをしていたのか」

 エクヴァルは実力をひけらかしたりしないから、勘違いしていたのね。船内で戦うのを目の当たりにして、強くて怖くて驚いただろうな。

「ああ、既に殿下の側近として活動していたしね。士官学校を出た人間が、必ず味方とは限らないでしょ? 出世を目指していたわけではないし、実力を見せる意味がない。それに」


「それに?」

「実力がピンキリだったからねえ、君達のレベルを探るのに有意義だったよ。私は中央値をとれていたかな?」

「……取れていたさ、騙された。……アレだ、助けてくれて……ありがとう」

「礼はいいよ、仕事の成り行きだ」

 片手を軽く振って、エクヴァルは振り返らずに船縁ふなべりまで歩いた。

 海面すれすれを飛行して、エクヴァルが乗る船の前をゆっくり飛ぶキュイの背に、飛び乗った。


「ありがとう、リニ。あとで食べたいものを考えておいてね」

「うん! エグドアルムのパエリア、食べたいなあ。具がいっぱい、載ってるの」

「了解」

 私もキュイの隣に移動して、一緒に飛ぶ。

 目指すのは海賊の根城よ。海上を船が一隻、先に北へ舵を切っていた。親衛隊の船ね。

 王妃の船からは海賊船にどんどん移って、あちこちで白兵戦が繰り広げられている。ロゼッタ達は逃げようとしている海賊のしんがりの船と、交戦中。クレーメンスはロゼッタが怪我しないよう、補佐をしていた。


 赤髪のカーメラは船内に逃げたまま。

 甲板にいた海賊は全て倒し終わり、動いているのは王妃達三人とヒッポグリフのグーリだけになっていた。

「一人残らずぶん殴るよ!」

「もちろんです!!!」

 一堂は船内へ乗り込んだ。カーメラが捕まるのも時間の問題だわね。


 私達は洋上を飛んで、海賊の根城を目指した。黒い煙が立っている、あの場所だろうな。

 親衛隊の船を軽く追い越すと、先をノルドルンドの船が走っていた。櫓がある、これも漕ぎ手がいる船だから早いのね。今は風が強くないし。

 ノルドルンドの船は、逃走したシーウルフの船も追い越して進む。私達と同様に、海賊の根城を目指しているのね。

「我が国が所有しているのは、基本的に帆船はんせんなんだ。あれはノルドルンドの船で、漕ぎ手は軍人だよ。海賊じゃないからね、捕虜ではなくれっきとした戦闘員だ」

 漕ぎ手はかなりの重労働で、長時間漕ぎ続けることになる。担い手が少ないんだって。


 沖には誰も乗っていない小船が波に揺られて一そう、二艘。何艘もあって、船尾から太い綱を垂らしていた。

「無人の船……どうしたのかしら」

「あー、船を陸に繋ぎとめる、艫綱ともづなが切られているね。ベリアル殿の仕業じゃないかな? 船で逃げられないよう、流しちゃったんだよ」

「うわあ……それは楽しい遊びね……」

 ボン、と火の柱が立った。まだ声が聞こえる距離じゃないのに、笑い声の空耳までするわ。あそこが目指す根城のある孤島だろう。到着する頃には、建物が跡形もないかも知れない。

 太い黒い煙が天まで延びて、遮るもののない海で目印のようになっていた。

 

 島は岩壁に囲まれ、船が停泊できる場所は一カ所しかない。岩礁があり、接岸できない場所も多いので、攻めにくそうだ。

 ただし逆に攻め込まれたら、逃げ場がない。

 建物はあらかた燃え尽き、離れた場所に立つ小さな小屋が二つほど燃え残っている。周囲には倒れている人、隠れている人、よろよろと何かから逃げている人。全員海賊の一味なのよね。

「ベリアル殿はこっちね」

「森だね、キュイから降りた方が良いかな」

「まだいいわよ、とりあえず上空から探ってみましょう」

「魔力が流れてる……、怖い」

 リニが震えた。地獄の王の魔力だから、小悪魔にはちょっとした恐怖かも。

 木々の間から赤い光が見え隠れした。火を使っているね。


「ふはははは、どうしたのだね! 逃げるだけかね? この島の中で、どこへ逃げられるのだね!??」

「ひいい、助けてください……、もう海賊は辞めます。俺は元々、船を失った漁師だったんです……!」

 船は全部もうないもんね、この島から逃げられない……。体格の良い大人が、泣きながら許しを請う。

「それが遺言であるか」

「ひい、たす、あわぁ……っ!」

 ベリアルの手に赤く燃え盛る炎がくゆる。相手は歯の根が合わなくなり、ガタガタ震えて言葉にならない声が漏れている。


「ベリアル殿、そのくらいで宜しいのでは」

 私はベリアルの隣に降りて、やんわりと止めた。

「そなた、もう来たのかね。全く、船で遊んでいれば良いものを」

「魚は海に帰したんですか?」

「龍神族の不評を買っても面倒になるだけであるからな。一番に奪い返したわ」

 遊んでいるだけではなく、目的は果たしてくれていた。

 さすがにベリアルも、龍神族が関わっている事案でいい加減なことはしない。

「ベリアル殿、早ければ一時間ほどで我が国の船が着きます。到着をタイムリミットにして浜辺に集まってもらい、投降しない者は獲物にされるのでは如何いかがでしょうか」

 キュイの上からエクヴァルが提案した。

 ベリアルは少し考えて、頷く。


「確かに全員を探すのも面倒なものよ。その案に乗ろうではないかね」

「では、私が周知して参ります!」

 キュイを旋回させ、エクヴァルが低空飛行で島を回りつつ、投降するよう呼び掛けた。投降しなければ地獄の貴族の狩りの獲物のなる、そう脅すので、どこからともなく手を上げて戦闘の意思がないと示しながら、人が恐る恐る姿を現した。

 怪我人に手を貸したりして、浜辺の近くに集まっていく。


「お宝はどうしたんですか?」

「めぼしいものを先に小悪魔に運び出させ、残りは燃やしたわ。見張り小屋に隠してある、後で回収しておけ」

 海賊と契約している小悪魔にやらせたんだ。小悪魔は船に乗っていないみたいだったし、ずっとここにいるんだろうな。

「ベリアル殿のお眼鏡に適う宝は、少なそうですね」

「それなりであるな。一番に宝物庫を燃やした故な、全員が慌てふためいて消火にに集まりおった! 出火の原因を押し付け合ったりしおって、愉快であったわ!!!」

 真っ黒い煙が流れ続けているわけだ。宝物庫に人を集めてから魚を救出し、アジトも燃やしたのね。小さな小屋くらいしか、焼け残っていなかった。

 

 一時間と少し経って、ノルドルンドの船が到着。

 助けてくれ、と島に残っていた海賊が押し寄せた。メンバーを把握している小悪魔が確認したが、ベリアルの獲物は残っていなかった。

 よほど怖かったんだろう、自分達を捕らえに来た船にすがるなんて。

「根性のないやからよ」

 不満を露わにしたベリアル。でもこれで、青い魚の誘拐事件は完全に解決だわ。

「海賊の身柄をどうするか、北海龍王のアオシュン様のご意向を尋ねないとなりませんね」

「人の法で裁くよう言っておったわ」

 やっぱり、待ってる間に竜宮城で遊んでたんだ。

 帰って来ないと心配して損した。

「では報告をしなければなりませんね。殿下にどんな罰になるか教えて頂いて、竜宮城へご挨拶に参りましょう」

 後のことはノルドルンドの家来に任せて、私達はいったん戻ることにした。

 ここでやったことはベリアルを止めることと、宝ものの回収。宝は小悪魔が笑顔で差し出してくれた。

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