第319話 竜宮城へご招待

「結局、大したことはしなかったわね」

「ベリアル殿を止めただけで、十分だと思うよ。全滅させられても困るし」

 キュイに乗るエクヴァルの髪が、潮風に揺れている。確かに、下手をすると全滅させるまで続けそう。

 あの島にいた海賊達は、改心したことだろう。


 海では護衛船が、逃げていたシーウルフの海賊船を拿捕して陸に戻っていた。戦闘を終えたノルドルンドの船団の一部が、代わりに島へ向かっている。

 赤髪のカーメラの海賊団も捕らえられ、エグドアルム海軍もいつの間にか逮捕劇に加わっていた。海軍は王妃の指示に従っている。海では女帝が絶対なのだ。

 ロゼッタは殿下の船から指示の内容に耳を傾け、王妃の振る舞いを学んでいた。


「ワイバーンだ」

 誰かがキュイを指す。

「エクヴァルが戻ったね。味方だから大丈夫、船に降りられる?」

 殿下がいうと、弓を構えようとしていた兵が矢を筒に戻した。敵と間違えられたら大変、エクヴァルだけなら対処できるだろうけど、リニも一緒なのだ。

「少し場所を空けて頂けますかね」

「皆、下がって」

 殿下が命令すると、すぐに降りるための場所ができた。

 キュイは船を掠めるようにゆっくり飛んだ。エクヴァルがリニを抱えて降りて、続いて私とベリアル殿も甲板に立った。


「魚は海に帰し、拠点も制圧できました。作戦完了です」

「うん、シーウルフの拠点はノルドルンドに任せよう。海賊が増えたのは驚いたね。カーメラも本格的に退治したいところだったし、一挙両得だった」

 エクヴァルの報告に殿下が答えていると、どこからともなく声がする。

「しっかり見届けましたよ、ご苦労様です。さて、ありがたいことに陛下が皆様を竜宮にご招待してくださいます。こんな幸運は、ほとんどありつけないものですよ。どなたが行かれますか? お連れ様は先にお見えになってます。ささ、お急ぎなさい」

 声は、船の下から聞こえる。船縁ふなべりから海を覗き込むと、青い魚が海面に顔を出して口をパクパクさせていた。


「……お連れ様?」

 殿下が呟く。今いないメンバーといえば。

「ルシフェル殿達よ。海岸におらぬと思ったら、ちゃっかり竜宮で歓待されておったわ」

「ベリアル殿も、待っている間にちゃっかり歓待されていたんですね」

「我は中間報告をしておったのだわ! なんであるかな、その目はっ!?」

「いつも通りです。さて、竜宮には誰か行かれますか? 王妃様はどうされますか?」

 まだぐぬぬとうなっているけど、話を進めないとね。


 王妃は別の船で、指示を出している。海賊の船は軍の人が操縦して、近く町へ寄港する。海賊達を下ろしてから、軍港に運ばれるよ。

 縛り上げた海賊は、逃げられないよう船倉に閉じ込めた。

「ああ~、私はいいよ。海の上に生きるモンには、海の底はロマンのままでいいのさ。トビアス、ロゼッタ。アンタらが行きな」

「私はあまり役に立てませんでしたが、いいんでしょうか? お義母様」

「後で土産話でも聞かせてよ」 

 王妃が軽く手を振る。まずベリアルが海に入り、私も続いた。


 龍王陛下からのご招待なので、不思議な球体に包まれて濡れることもなく、深い方へと沈んでいく。殿下がロゼッタの手を取り、二人一緒に船から飛んだ。

「海ってスゴイですわ! 濡れずに入れるんですのね」

「今回は特別だからね、いきなり海に飛び込まないでね」

 感動するロゼッタに、殿下がそっと注意する。さすがにロゼッタはそこまで迂闊ではない……と、思う。

 エクヴァルもリニと一緒に、最後に船から飛び降りる。

「わ、わあ、不思議。お魚が隣を泳いでいくよ。細いお魚だ。エクヴァル、あれは何かな」

「ん~、サヨリかな」


「トビアス様、ここで襲われたらどう戦えば良いんですの??」

「……襲われないんじゃないかな。我々には戦えないよ」

 はしゃぐリニとロゼッタの、方向性の違いが面白い。笑っていたら、ベリアルの視線を感じるぞ。

「そなたは何か、疑問はないのかね」

「疑問ですか。……この壁の強度の確認がしたい、くらいでしょうか」

「アオシュン殿に失礼ではないかね」

 ベリアルってたまに、よく分からない対抗意識を燃やすのよね。仕方が無い、質問を考えましょう。


「では、あの大きなお魚は何でしょう」

「魚であるな」

「あの尻尾の細長い魚は……」

「魚であるな」

「結局、知らないじゃないですか」

「魚は所詮しょせん、魚である」

 話にならずに終わった。無駄な努力をした気がする。

 海が暗く光が差さなくなり、淡い光を放つ奇妙な形の生きものが泳いでいる。オレンジ色のクラゲ、頭が突き出して口の大きいサメ、やたらと長い魚。

 深海の生きものは、光る方が多い。


 底から青白い明かりがぼんやりと届き、ついに竜宮城に到着した。

 水晶と真珠で作られた、美しい宮殿だ。

「開門、開門」

 私達の先を泳いでいた青い魚が到着を知らせると、すぐに扉が開かれた。カニの衛兵がどうやって扉を開けているのかは、謎だ。

 竜宮の敷地に入ると丸い球体は消えたが、地上と同じように呼吸ができる。空中を魚が泳いでいた。

「あらあら、人間と悪魔」

「来客が多いのねえ、陛下が喜ばれるわ」

 タイがお喋りしているよ。


「青いお魚さん以外も、言葉を話せるんですね」

「私達はここにいる間だけ」

「龍王様のお力で、喋れるのよ」

 龍王陛下が竜宮内に及ぼす力は大きいらしい。海の魚を見慣れていないロゼッタが、楽しそうに周囲を見回していた。平たいヒラメや、イカもスイスイ飛んでいる。白っぽい光をぶら下げて列になって進むのは、チョウチンアンコウね。

 透き通る水晶の柱、花の代わりに植えられた珊瑚、バラの形の彫刻が施された真珠が並ぶ壁。珍しくて美しいものがたくさん。


 案内されたのは広い宴会場で、既に宴会は始まっていた。

 中央の大きな丸い水鏡を囲んで、皆が車座で水鏡に映る海を眺めている。今は海賊の拠点から船が出発し、一隻だけが残って島内の確認をしている映像が流れていた。

「遊びすぎだね、ベリアル」

 正面にいるのはルシフェルだ。銀の髪がさらりと揺れる。

 隣には真っ青な髪を上の方で結んだ、四海龍王アオシュンが座っている。

「逃げ惑う海賊どもが、愉快でしたぞ」

 陛下は水鏡を通して、支配する海での出来事をここから見られる。水鏡で海上の私達の動きを眺めながら、お酒を飲んでいたんだろう。

 余興になった気分。


「ロゼッタ! 貴女はまた、王妃になるというのに海賊退治に出掛けるなど、言語道断です!!!」

 ベルフェゴールがロゼッタを叱りつける。ルシフェル関係以外は冷静な女性なのに、こんなに声を荒らげるのも珍しいのでは。眼鏡がずれるよ。

「まあペオル、私はお義母様みたいになりたいんですわ! 王妃たる者、海賊船の一つや二つ、こぶしで沈められないと!」

「あの方はかなり実戦慣れしているんです。貴女はまだまだです。見ましたわ、周囲に助けられて何とか敵を倒す様を。船上で戦闘するのなら、それなりの技術を身に付けなさい」

「確かに、船は揺れて戦いにくかったですわ……! 今までの訓練では、足りないものがありますのね……!」

 ベルフェゴールのお叱りは、予想と違うものだった。むしろ推奨していないかな。

 ロゼッタに火が点いてしまった。


「ほどほどにね……」

「トビアス様、修行にほどほどなんて無いんですのよ」

 決意を新たに、両手で握りこぶしを作っている。ここに侍女のロイネがいたら、またロゼッタの親である侯爵ご夫妻への懺悔が始まっていたわね。

「ふふ……、君の契約者は勇ましいね」 

 立ち上がっているベルフェゴールの隣には、地獄の大公アスタロトが。月のような淡い金の髪に、真っ白な衣装。今日も男装で長い髪を三つ編みしている。

「気合いだけで、未熟で困ります」

 透き通る赤いカクテルを傾けるアスタロトに答えながら、ベルフェゴールは再び座った。彼女が飲んでいるのは、濃紺から透明になる、サファイアのようなカクテル。


「皆さん、どうぞお座りください」

 龍神族のケイガが席を勧めてくれた。

 水鏡に沿って丸く並んだクッションに座ると、膳が運ばれてくる。竜宮の宴会はテーブルがなく、一人一人の前にお膳が置かれるのだ。料理は海の幸がメイン。

「お招きに預かり、感謝致します。ロゼッタ・バルバートと申します。椅子ではなく床に座るんですのね、サンパニルの南西にもこのような文化の国がありましたわ」

 綺麗なカーテシーをするロゼッタ。

 彼女はただの武闘派ではなく、きちんとした貴族としての教育を受けている淑女でもあるのだ。この辺りが、王妃と違って海賊になりきれない所以ゆえんかな。いや、王妃も海賊ではないのだけれど。

 ロゼッタがバルバートと名乗るのも、あと少しだわ。


 殿下達も挨拶をして、魚がお酒を運んでくる。

「人族を招待したのは久方ひさかたぶりだ。ゆるりと過ごされるよう」

「ありがとうございます、美しい荘厳な宮殿ですね。人の世では見られぬ景色です」

 殿下が感想を告げると、そうだろうと龍王陛下は誇らしげにしていた。

「君は、隣の女性と婚約をしたんだったね?」

「つい先日、婚約披露を行いました。婚姻の儀の準備をしています」

 龍王アオシュンの問いに、殿下がロゼッタと目を合わせた。


「祝賀行事を見物に、地獄の方々が集まられたと聞いてな。おかげで私も、思いがけず楽しい時間を過ごせた。せっかくだ、祝いを授けよう」

 陛下の合図で、龍神族の女性がクッションに載せた透明な珠を持ってきた。光に当たると虹色に輝く、不思議な珠だ。大きさは片手で持つには、ちょっと大きすぎるくらいかな。

 殿下が両手で受け取る。

「ありがたく頂戴します。水晶でもムーンストーンでもないですね」

「これは水晶に私の魔力を注いだもの。独特の色で輝くだろう? 一度だけ、海を鎮める効果を持つ」

 初めて聞いたわ、海を鎮めるアイテム!

 これは人には作れない貴重な品、いわゆる龍珠だ。龍神族が長い年月をかけて、ゆっくりと魔力を注ぎ込むもの。

 作れない。

 いや、本当に作れないのだろうか。一度使って欲しい。使用効果を確かめて、効果が弱いものでも作れないか研究したい。


「……イリヤ嬢。これは国宝として保管されるから、簡単には使わないよ」

 エクヴァルに釘をさされた。口に出していない筈なのに、見抜かれている。

 リニはエクヴァルの隣で、食事を楽しんでいた。ぶつ切りのタコをじーっと眺めている。吸盤がちょっと不気味よね。

 意を決したように口に運び、ゆっくりと咀嚼する。だんだん笑顔になったので、口に合ったらしい。


得難えがたい宝玉の管理は、厳重にしたまえ。そしてベルフェゴール殿の契約者を、しっかり守りなさい」

 大公アスタロトが、トビアス殿下に忠言した。彼女はベルフェゴールと仲が良く、ベルフェゴールの契約者であるロゼッタを気に掛けてくれている。

「もちろんです、気を引き締めて……」

「まあ、アスタロト様! お言葉ですが、殿下は国王になられるお方ですわ。むしろ私が、殿下をお守り致しますっ。見ていてくださいな、修行を積んでお義母様のようになりますわ!」

「ゴメンね、それは勘弁して……」

 珍しい殿下の情けない声色に、思わず笑ってしまう。

 楽しい宴会は、明け方まで続いた。


 タイやヒラメの舞い踊りに、龍王アオシュン陛下が話される、竜宮へ迷い込んだ昔の人の話。

 溺れたところを助ける形になるから、夢の出来事のように記憶されるようだ。エグドアルムにも海の下の宮殿に行ったという人の記録があるし、すり合せをしても面白そう。

 確かに夢のような時間だったわ。

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