第317話 海の女帝は健在です!
海賊船に囲まれてしまった。私達の商船や護衛船に、海賊が乗り込もうとしている。
もっと楽なのかと油断していたら、意外と大変な事態なのでは!?
「エクヴァル、ベリアル殿を呼ぼうか?」
「ん~、もうすぐノルドルンドの船団が来る筈だし、王妃殿下もそろそろ到着するでしょ。君は船内で回復だけしている?」
「大丈夫よ、魔法ならまだまだ使えるわ!」
先頭をいく護衛船に、海賊船がぶつかっている。
操舵室が破壊された海賊船から小舟に移った乗組員が、商船のへりにフック付きロープを引っ掛けて、乗り込もうとしている。操舵室を壊したのは私の魔法だ。
残り二隻は、甲板が壊れた船。一隻は私達の護衛船に向かっていて、もう一隻は商船へ仲間が入り込めるよう、矢や槍を投げて援護している。
そして背後と陸側から、別の海賊船が十隻以上押し寄せる。大きさは私達やシーウルフの船より、一回り小さい。
そちらに回せる戦力は、護衛船一隻しかない。
「後方の新手の船を抑えるように。シーウルフは私が行く、イリヤ嬢の警護に一班ついて。怪我をさせたら、一カ所につき一人ね」
「カールスロア司令。一カ所怪我をされる毎に、一人営倉送りですか?」
営倉って、罪を犯した軍人を閉じ込める施設だわ。私が怪我をしたら、親衛隊員が罰を受けるの? 相変わらず部下には厳しいのね、怪我しないようにしなきゃ。
「ははは、そんな軽いわけがない。一人の命で
「は……はい…………!?」
「死ぬ気で守り抜きたまえ!!!」
「気構えじゃなく、物理的に死にますよね!??」
親衛隊の叫びの中、エクヴァルは迫る海賊船に一人で飛び移った。ブーツに飛躍の魔法を仕込んであるので、簡単に届く。驚く海賊を容赦なく斬り伏せ、周囲にいる数人をあっという間に倒した。
「さあ、私を楽しませてくれたまえ!!!」
「うわああ、こいつヤベえ!」
「全員出て来い、船に入られた!!!!!」
甲板で矢を
エクヴァルが戦闘モードに移行しました。
お決まりの阿鼻叫喚が響き渡る。甲板にいる海賊を、逃げるのも攻撃してくるのも攻撃して、後方まで走り抜けた。後には
全員倒し終えると扉を蹴り壊して、船内に突入した。
悲鳴が充満する船に、親衛隊が更に乗り込む。ここはもうすぐ制圧できるね。
「……ええと、イリヤ様と
「はい、イリヤでございます……」
「怪我、しないでください」
「細心の注意を払います」
私の今日の一番の仕事は、怪我をしないことだわ……。
「ちゃあああ!!!」
商船では乗り込んできた海賊を、ロゼッタが元気に殴って海へ落としている。隣を殿下が守っていて、護衛も周囲を固めていた。
「背後からも船が来ている、前へ進め!」
船は東南東へ針路を取る。ノルドルンドの船と、陸が近付くように。
ノルドルンドの船は、見張り台からなら視認できる範囲に入っていた。
しかしシーウルフを相手しながら進む私達より、背後から迫る船団の動きの方ががかなり速い。新手の海賊の船には
「お宝を
女海賊だ。船団がくるものだから、波で船が大きく揺れる。
「わわっと」
「大丈夫ですか、掴まってください」
「平気です、ちょっと飛びますね」
「ちょっと」
揺れる船に足を付けているから、よろけるのだ。私は飛行魔法でこぶし一つ分くらい浮いた。
「……器用ですね」
「このくらいなら落ちても平気なんで、気が楽です」
もう一隻の護衛船は、新たに現れた海賊と商船の間で待ち構える。十隻が囲むように動いているので、商船にすぐ届いてしまいそう。
四隻いたシーウルフの船は、一隻を私が操縦不能にした。乗組員は小船に分乗して商船に移っていて、一隻はエクヴァルが制圧。
進行方向を塞いだ船は交戦中で、こちらが優勢。小船を援護していた最後の一隻は、新たな海賊の出現に慌てて沖へと逃げていた。
「追わなくて良いんですか!?」
「拠点に逃げ込むんでしょう。場所は判明していますし、悪魔が抑えていると聞いています。今は新たな海賊の対処が先決です」
「そうでした、ベリアル殿のところへ向かっちゃってるんですね……」
船は地獄への片道の航路へと船出した。
今は静かに見送ろう。
「商船を奪うんだよ! 他は沈めたっていいわ!」
新たな海賊は、矢を射掛けながら進んでくる。親衛隊員がプロテクションをかけたけど、ここまでは届かなかった。
「あれは赤髪のカーメラ。賞金首ですよ」
「有名な海賊なんですね」
カーメラの船との間にいる護衛船が、戦闘に入った。既に怪我人が出ているようで、指示が飛んでいる。向こうには倍以上の数の船があるのだ。
制圧を終えたエクヴァルが、カーメラの船の一隻に飛び移った。
弓を持った乗組員が振り向くよりも早く、何人も斬り伏せる。こちらから攻めては来ないと油断していた乗組員が慌てて集まるものの、簡単に倒して船内に突入。
相手が大勢なのを活かせないように、狭い場所での戦闘にもっていくつもりね。
返り血を浴びて赤黒く濡れた男性が単身で船に乗り込む様は、海賊からもちょっと異様なようだ。遠巻きに眺めて、近寄れない人もいるよ。
他の船は目的を果たすべく、私達に近付いてくる。
魔法で撃退しようかと考えていたところ、ノルドルンド家の船から女性が飛んできた。エンカルナが到着したよ。
「なになに、海賊が違うじゃない! 規模も全然違う……!」
「ノルドルンド、待ってました! シーウルフはだいたい終わったよ、赤髪のカーメラだってさ」
「また厄介なのが出てきたわね。まあいいわ、倒せばいいのよ!」
エンカルナはそう言って剣を抜き、素早く詠唱を始めた。
「風よ集え、嵐の戦車となりて我が身を包め。傍若無人なる七つの悪風を従えよ! 立ち塞がる山を突き破れ。雲よ、竜の鱗の如くあれ! シャール・タンペート!」
風を
エンカルナは敵船の甲板に集まる乗組員を目掛けて一瞬で飛び込み、周囲にいた人達を吹き飛ばした。数人が海に落ちる。目の前にいる男に風を集めてぶつければ、男は遠くまで吹き飛んで海に投げ出された。
相手があっけに取られているうちに、近くにいる数人に素早く斬り付け、囲まれないよう再び空へ退避した。エクヴァルみたいに一人で奥へは進まないのね。
「じゃあ僕も行くかな」
「燃え盛る
クレーメンスが胸の前で手をバチンと合わせると、二つの船に一本と二本、計三本の炎の柱が立ち上がった。
ごうごうと燃え、近くにいた人がその場を急いで離れる。海賊のハチマキが外れてひらりと舞い、炎の柱に触れて溶けるように燃えた。熱で近くにいられないくらい温度が上昇し、船員が後ろに集まったので、船の後ろ側がわずかに沈む。
焦りすぎて数人が海に落ちた。
「熱い熱い、水……っ」
火の柱にぶつかってしまった人は、酷い火傷を負っている。海には水がたくさんあるけど、海水は染みて痛そう。
船には黒い焦げ跡が丸く残っていた。
「こちらの海賊はノルドルンド船団に任せる。我々はシーウルフの根城へ行こう」
殿下が命令し、船の隊列を整える。
下手に動くとぶつかりかりかねないので、移動はノルドルンドの船団が通り過ぎてから。海賊船に移っていたエクヴァルや部下が、船に戻る準備をしている。
「お頭、東に軍の船らしき船団がいます! どうしますか!??」
「チイ、こんな早く来るわけないわ。やばい魔法使いもいるし、何かの罠だったか……。さっさとずらかるよ!」
私達に気を取られていたのか、海賊はノルドルンド家の船団を発見するのが遅れていた。赤髪のカーメラは迷いなく撤退を即決し、船は速やかに指示に従う。
「追いかけられないようにしなっ」
「任せてください、報酬分は働きますよ」
どうやらあちらには、切り札があるらしい。船団の最後尾の船に乗った男性が、杖をかざして魔法を唱える。カーメラの船は、彼を置いて逃げる準備だ。
「海よ、大いなる太古の水よ、世界を覆う命の源よ。全てを呑み込む、大いなる力よ! 牙をむく大波を、我が守りとさせよ! 引き寄せよ、金波銀波。エメラルドの輝きにて、救いをもたらしたまえ! ブクリエ・ヴァーグ!」
海水が持ち上がり、厚くて広い壁になった。人や
「乗り越えていくしかないわね」
「やめときなって。飛べるのがいたら、乗り越えるの前提で対処を考えてるから」
今にも行きそうなエンカルナを、クレーメンスが止めた。
「でも海だから、火の魔法だと弱くなるわ。風が水の上位とはいえ、水を切っても魔力が続く限り、すぐ壁に戻るわよ」
「その間にも敵は進んじゃうね~」
真面目に考えているエンカルナに、軽い返事をするクレーメンス。その辺がルシフェルに好かれない理由ではないかな。
「では私が雷の魔法を使用してみます!」
空中で相談している二人の隣に行き、魔法を使う。魔法剣士のエンカルナがいるし、安全だよね。
「イリヤさん、頼むわね! クレーメンスもしっかり援護して。イリヤさんに何かあったら、ベリアル様に顔向けできないわよっ!」
「そうだ、ベリアル様の契約者だっけ! 届け僕の想い!!!」
急にやる気に満ちるクレーメンス。その想いはいらないです。
「光よ激しく明滅して存在を示せ。
最大限の魔力を籠める。クレーメンスも魔力を供給してくれていた。
手から雷が発生し、海水の壁の中央に大きく穴を
雷は水の壁を破って進み、何かに当たって光が弾けた。
形を失った水が元の海と一体になったので、魔法使いに命中したのかも。
近くにいた人も痺れちゃったのね。倒れているのは普通の乗組員で、痺れて動けない中に魔法使いもいた。杖が転がって、他の人にぶつかって止まる。いくつも小さく輝いているのは、壊れた護符の破片かな。
「やったね、邪魔なのが戦闘不能だ」
「さっすがイリヤさん。じゃあ赤髪のカーメラはウチに任せて、シーウルフをよろしくねっ!」
カーメラの船は、この間にも逃げている。クレーメンスは殿下の指示を仰ぐべく、商船に戻った。
不意に海賊船がざわめき始める。海賊船が逃げようとする方向から、大きな船が一隻、悠々と登場したのだ。
「女帝だ……女帝が出たぞー!!!!!」
「女帝!? 引退したんじゃなかったの?」
「しばらく息を潜めていただけでしたか……」
たった一隻の王妃の船に気付いた海賊が、慌てふためいている。賞金首の海賊すら恐れる、エグドアルム王妃。
「相手は予定と違うけど、海賊狩りには変わらないね! 全員ぶっとばしてやんな、派手にのろしを上げるよ!」
「はい、王妃殿下!!!」
うおおぉっと船から歓声が上がる。かなり士気が高いぞ。
ついに女帝が動き出す!
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