第316話 晴れのち海賊

 海賊の下働きの小悪魔が来たので、色々質問したいと皆が張り切っている。

「海賊の根城は一つかい? 孤島にあるんだろ」

「この近辺には一つですね。東から来たんで、あっちにはまた別の拠点がありますよ。仲違いして、一部がこちらに移ってきた感じです」

 王妃の問いに、素直に答える。

 ふむ、それで近年進出してきたと。仲が悪いから、援軍も救助も来ないだろうと言う小悪魔。


「船は四せきと聞いている」

 殿下の言葉に、小悪魔はああ~と考えながら顔を少し上げた。

「契約で話せない内容なら、答えなくていいんですよ」

「じゃなくて、大きいのは四隻でも、小舟はもっとあるんです。数は知らないなあ。秘密を洩らさないとか、条件に入れてないんですよアイツら」

 条件の設定を忘れているの……! こちらには好都合だけど、いいのかな。

 やはりこの近辺の町の様子を探っているので、船乗りが多く寄る酒場での噂話などは、筒抜けのようだ。よく情報を得ている店の名前を聞いて、そちらでも情報を流すよう殿下が指示する。


「で、こちらからです。ベリアル様からの伝言です。魚は見つけた、計画通り船が出航して、手薄になったら奪還する。その際人質に取られないよう、契約に基づく承諾をしておくように、とのことです」

 承諾とは、人を殺すことの承諾だ。

 魚にも見張りがいるなら、万が一に備えてだろう。魚が殺されたら、嵐は長期間収まらなくなる。

「分かりました、作戦開始時に承諾をしておきます」

「お願いします~。忘れられたら僕の責任になるかね、やると約束したら絶対ですよ。では怪しまれないよう、僕は帰ります」

「お疲れ様でした」


 きっと心変わりされないよう、小悪魔を送って来たんだわ。彼のせいにされるんじゃ、後からやめたなんてできないもの。

「……イリヤ嬢。承諾って、大体分かってるけどアレだよね」

 エクヴァルが言葉を濁しつつ尋ねてくる。私は静かに頷いた。

「想像している通りよ。やっぱり魚の身が危険だものね」

「……う~ん。君の勘違いを上手く使われているよ」

「え?」

 困ったような、それでいて楽しそうな笑顔をするエクヴァル。彼は私の反応を確かめてから、説明を始めた。


「通常は魚に人質の価値があると考えないし、拠点を攻めてまで魚一匹を奪回しようとしてるとは思いもしない。むしろ海賊だから、集めた財宝を狙っているか、自分達の身柄を確保しに来たと考えるだろう」

「ええと、つまり……」

「拠点には最小限の人数しか残らないだろうし、ベリアル殿が宝物庫でも行くフリをすれば魚から離れるから、むしろ安全だよ」

「ああああああ!!!!!!」

 やられた……! 魚を人質にされるのは、魚が怪我をさせてもいけないくらいに大事だと、知っている前提なんだ……!

 つまりベリアルは、エクヴァルが教えて計画がとん挫することを警戒して、小悪魔を寄越したんだ。何をする気なのよ、もう!


「……なんかよく分かんないけどさ、海賊の身が危険になるってだけだろ? いちいち気にすんじゃないよ。ヤツらがちょっかい掛けてこなきゃ、何も起こらなかったんだ。拠点で暴れられるのが問題なら、こっちはもっと暴れてやればいいんだよ!」

 わあ、これが海賊流の解決策だあ!

 地獄の王より暴れるって、何をすればいいんだろう。

「いいかい、一隻も残さず捕まえるよ! 逃げるヤツは海に突き落としてやりな、そうすりゃあっちから救助を求めてくるからね」

「さすがお義母様、素晴らしい心意気ですわ……! 私も頑張ります! 船を移る練習をしてきますわ!」


 海の上で海賊は、狙った船へ横付けにして移ったり、小舟で近付いてフック付きロープを投げ、入り込んだりするらしい。船ごと奪われると、乗組員は小舟に乗せられ海洋に流されることもある。

 ロゼッタは別荘の壁を使い、ロープを素早く上る訓練を始めたよ。運動神経がいいから、壁を走るようにタタタッと二階に到着していた。

 ただ実際の船は湾曲しているので、こんなにすんなりとは進めないだろう。そもそも海賊に襲撃される側なので、この訓練は必要ないのでは。


 主に親衛隊が準備に奔走して、ついに三日目の朝。

 約束通り海はとても静かになり、前日までの荒波が嘘のように収まった。

 三日以内に魚を帰す、ミッションの始まりよ。ちなみにベリアルは一度も戻って来なかった。


 港にはオールソン伯爵家の商船が接岸し、積み荷の箱を大量に積み込んでいる。真珠を運ぶと広めたが、勿論真珠は入っていない。代わりに石が詰められている。積み荷が軽いと船体の喫水線が海面より高くなって、軽いんだと分かってしまうそうだ。手間がかかるが、載せているフリをしなければならないのだ。

 警備の船は三隻。これは普段通り。

 エクヴァルと親衛隊が乗る船に、私も乗船する。いつものクセで飛んで乗ろうとしたら、エクヴァルに「飛べる護衛がいるって教えることになるからね」と、やんわりと止められた。

 リニも私達の船に乗っている。コウモリに変身して飛べるので、何かの時の連絡係として隠れていてもらう。戦いに巻き込まれないよう、ネコの姿になって甲板を珍しそうに眺めながら歩いているよ。

 殿下とロゼッタは、クレーメンスと商船へ。王妃は自分の船がある港へと移動した。


 船は東に向かい、東の半島にあるノルドルンドの軍港付近を目指す。ここでさらに積み荷を載せ、軍の船を護衛にして他国へとかじを取る、という噂を広めてもらった。

 そうすれば必ず、軍港より手前で襲ってくる。

 王妃の船が停泊する港の付近も航路に入っているので、商船が通った後に追い掛けてくる。海賊の拠点の場所は確かめてあるが、待ち伏せするのか後ろから襲い掛かってくるのかは分からない。


 晴れた空に水平線が横たわる。海は静かにさざ波に揺れて、久しぶりの快晴の空を海鳥が謳歌おうかする。そしてそれをワイバーンが捕食して森に帰る、普段の風景を取り戻していた。

 近くを飛んでいたカモメは、上手く逃げて沖へ姿を消したよ。

「イリヤ嬢、ベリアル殿から連絡は無いのかな? もう出航だけど、いいの?」

「海賊の拠点が壊滅してもいいみたいだし、いいわよ。同意をすれば、あちらにも分かるもの。それを合図にするつもりだと思う」

「にゃにゃあ」

 エクヴァルの足元にいる、猫のリニが鳴いているよ。リニはすぐに少女の姿になった。

「どうしたの、リニ?」

「ふひゃっ、喋るの失敗した。あのね、さっき飛んできたカモメ、この前の小悪魔だったの。海賊は船を襲うつもりで準備をしていますって、教えに来てくれたよ」

「ありがとう、律儀な子だね」

 リニは頷いて、また黒猫になった。


 久々の出航を、多くの人が見守っている。

 帆が風で膨らみ、船は陸からゆっくり離れていく。私達より先に出港した漁船が水平線の背を越えて、遙か沖を目指して小さくなっていった。

 ゆらゆらと揺れる船の甲板かんぱんから眺める海は、どこまでも続いているかのように広い。潮風に髪が流れる。ちょっと肌寒いくらいだ。

 しばらく進んだら、陸の方に船が停泊しているのが見えた。乗り降りできるような場所でもないし、嵐で座礁してそのままなのかな。

 私達が通り過ぎてしばらくすると、船からフクロウが飛んでいく。


「小悪魔ね。静かになったから、どこかと連絡を取るのかしら」

「……イレギュラーが発生した。リニ、他の船に注意を促して」

「にゃあ。まずは、殿下の船、行く」

 猫だと話しにくいらしく、カタコトでリニが答えた。それからエクヴァルの腕に乗ってコウモリに変身し、甲板から飛び立つ。

「……あの船、何かあるの?」

「うーん。ハッキリとは言えないけど、どうもタイミングが良すぎるから。こういう時は、注意して損はないよ。君達、周囲の見張りを増やしたまえ」

「なるほど」

 エクヴァルが顔を向けて命令すると、近くで警備をしていた部下は返事をして、他の隊員達にも伝えた。乗組員が緊張したのが分かる。


「……そろそろ王妃殿下が予測した、襲撃の地点に近付く。君もしっかり気を引き締めて」

「ええ、怪我しないようにするね」

「それだけ気を付けてくれれば良いから」

 ベリアルが怒ると大変だからね。

 ちなみに王妃殿下にこの地点を選んだ理由を尋ねたら、「私ならこの辺りで襲うからさ。深い計略もないような連中だよ、裏なんて読んだら読み過ぎて負けるよ」と、心強い返事があった。


 リニがコウモリの姿で飛んで、船を移る。全部の船を回り終えた時だった。

「船影を発見、確認します!」

 見張り台から声が降ってくる。甲板から目を凝らしても、まだ何も見えない。

「旗印は?」

「シーウルフ……、シーウルフの船が三隻、こちらに向かっています!」

 ついに登場だ。

 戦えない乗組員は船内に走り、反対に親衛隊員は甲板に集結した。

「前方からも一隻、現れました!」

 別の船から叫んでいる。四隻揃ったよ。

 どこかの港に停泊していたのかな、前を塞ぐように航路を取る船は、他の船と反対の陸側から現れた。一番に接近して、オールソン伯爵家の護衛が乗る船と対峙している。


「商船を逃すなよ、お宝をたんまり積んでるからな!」

「伯爵家の名にかけて、必ず守りきれっ!!!」

 海戦だ! 伯爵家の魔法使いが魔法で攻撃すると、相手は防御魔法で防いだ。あっちにも魔法使いがいるのね。どっちもあんまり強くなさそう。

「そうだエクヴァル、三隻の船には竜巻を当てるのはどう?」

「うん、かなり波が荒れそうだね。我々も転覆てんぷくする危険があるから、やめてくれるかな? 部下達だけなら生きたければ泳げっていうんだけどね」

 笑顔で却下された。敵が多いから強い魔法一発がいいかと提案したものの、海の状況も考えないといけないわね。

「射程が長い魔法は……」

「エンカルナのノルドルンド船団がくるから、しのぐだけでいいんだよ」


「海を凍らせたら動けなくなるわよね!?」

「そうだね、我々もね。これは砕氷船じゃないからね」

 一網打尽にしようとするからいけないのか。コツコツ倒すべきね。

「なあ、あの女性……。さすがカールスロア司令と親しいだけあって、かなり発想がヤバイな」

「魔法の巻き添えにならないよう、味方にも注意しろよ」

 親衛隊員がコソコソ噂している。

 エクヴァルと親しいだけあってヤバイって、どういう意味だろう。相変わらずエクヴァルと部下の人達は、仲がいいのか悪いのか解らない。


「適当にスタラクティット・ド・グラスにしようっと」

「その魔法が適当に入るところが恐ろしいね」

 却下はされないので、使っていいようだ。

「知ってる魔法か?」

「さあ……」

 この魔法はエグドアルムでは知名度が低い。国や地域によって、使用される魔法の傾向が違うのよね。知らない魔法だと対処が難しいから、こちらが有利になるよ。


「じゃあ私が合図したら、魔法を使ってもらえるかな?」

「分かったわ」

 親衛隊員の後ろに控えて、魔法を使う時を待った。まずは海賊船からアイスランサーが飛んできて、それを親衛隊の魔法が使える人が防ぐ。エクヴァルの隊には魔法専門の人はいないので、一班に一人は防御魔法を覚えることになっていた。

 続いてこちらから敵船に矢を射かける。届かせるのは難しい距離で、慎重に狙ってギリギリまで弓を引き絞っていた。まだ無理だとあなどっていた海賊の船に、半分以上が届いている。


「イリヤ嬢、ここからで当てられる?」

「ちょっと効果が弱くなるわね」

「それでちょうどいいよ」

 向こうが対処している間に、魔法攻撃をする作戦だ。私は詠唱を始めた。三隻なら、全部にそれなりの威力で落とせる。


「原初の闇より育まれし冷たき刃よ。闇の中の蒼、氷雪の虚空に連なる凍てつきしもの。煌めいて落ちよ、流星の如く! スタラクティット・ド・グラス!」


 空から太い氷柱が現れ、海賊船を目掛けて落ちていく。

 三本ともしっかりそれぞれの船に命中し、二本は甲板に、一本は操舵室そうだしつつらぬいた。

「ぎゃあ、操縦不能だ……っ」

「小舟に移れ! 俺達は護衛船に突っ込むぞ!!!」

「やれやれ、ひゅ~!」

 なんだかんだで楽しそうなので、まだ海賊達は余裕みたいね。小舟に移った人達は、商船に進路を向けている。

 

 本格的に戦いになる、という時にまたもや見張り台の人が叫んだ。

「陸側と背後から船が何隻も現れたぞ……、ノルドルンド家の船じゃない! 新手の海賊船だ……!!!」

「あ~、酒場で噂を流した時に他にも聞いていた海賊がいて、狙われてたんだ。そういうこともあるか」

 甲板の先で、エクヴァルが明るくつぶやく。

 今度現れた船の方が多いわよ! もしかして、さっきの座礁していた船が海賊の仲間だったのかしら……!??

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