第376話 地獄の王子、再び

 賢者の石を制作するのに、四属性が得意な魔導師をそれぞれ揃える。勿論このやり方が正しいとは限らないが、一番可能性が高いのだ。

 私が水、セビリノが土、ヴァルデマルが火。必要なのはあとは風属性が得意な、国に所属していない、秘密の守れる魔導師。

 魔法付与大会の結果から、ティルザがいいのでは、という意見がセビリノから上がった。

 本人のやる気を確認しないといけない。が、賢者の石を研究中です、どの程度進んでます、などと簡単に教えられないのだ。どう尋ねたらいいのか、言葉が難しい。うーん。

 しかもティルザは冒険者だから、一カ所に住み続けるとは限らないのよね。しばらくはチェンカスラー王国に滞在するみたいだけど。


「邪魔するよ」

 ローザベッラ・モレラート女史がやって来た。空飛ぶ靴の相談かな?

 モレラート女史は現在、弟子である男装のカミーユ・ベロワイエが借りている家にお世話になっている。

「おはようございます」

「おはよう。空飛ぶ靴に必要な宝石を用意してもらおうと思ってね。天の宝石サファイアがいいね。入手したら連絡を寄越しな」

「はい、いいものを探しておきます!」

 サファイアね。チェンカスラーでは、あまり採掘されないのよね。どこに行ったらいい宝石が買えるかな。


「こっちも準備してるからね。それと、靴もそっちで用意して。基本になる靴は、しっかり自分の足に合ったものを選びな。空中で脱げたら墜落するからね」

 確かに。靴の力で飛ぶわけだから、脱げたら終わりだわ。エクヴァルは飛行魔法が使えないし、高さによっては落下の衝撃に耐えられない。

「どういう靴がいいかとか、ありますか?」

「脱げにくいブーツを選ぶ人が多いね。それと、底に多少の厚みがあるもの。着地の衝撃を緩和できるヤツさ」

「分かりました! 靴は本人に探してもらいます」

 これで私も作製にたずさわれたら楽しいのになぁ。宝石選びはセビリノと一緒にしようっと。


「それと、最後に。空を飛ぶ装備は繊細なものだから、使用者と何度も調整するんだよ。アンタら、あちこちフラフラしてるみたいだね。家を何日も空ける時は、私に先に言うんだよ。しばらくレナントの町に留まる予定だけど、あんまり時間が掛かると、帰国するかも知れないからね。お呼びが掛かったら、そう長く放置できないんだ」

 最後に釘を刺して、モレラート女史は帰っていった。

 彼女はバースフーク帝国の帝室技芸員なので、国で重要な仕事があるのだ。


 空飛ぶ靴の為のサファイア、それと平行して賢者の石を作る時の装備に使う、指輪用の宝石も探さねば。まずは商業ギルドで相談しよう。宝石に関することだし、ベリアルも呼んだ方がいいかしら。

 セビリノとエクヴァルにも話をして、商業ギルドにすぐ行くことになった。

 二人が行く準備をしている間に、私は裏にあるルシフェルの別邸を訪ね、ベリアルにも確認をする。昨日からベリアルが泊まっているのだ。

「ベリアルの契約者、ちょうどいい。セエレをんでもらおう」

「はい、すぐに」

 地面に軽く座標を描いて、召喚をする。大きな目標になる魔王が二人いるので、イヤでもここだと気付くし、拒否はされない。相手は地獄の王子とはいえ、気楽だわ。


「呼び声に応えたまえ。閉ざされたる異界の扉よ開け、虚空より現れ出でよ。至高の名において、姿を見せたまえ。悪魔セエレ!」


 座標がパアっと光り、紺の髪の美男子が現れた。翼の生えた白馬に乗っている時もあるが、今回は人物だけだ。

「ルシフェル様! 地獄の王子セエレ、お召しにより参上致しました!」

「今回も荷物持ちを頼むよ。それと、室内の土産を預かって欲しい。玄関ホールにある、入ればすぐに分かるからね」

「畏まりました」

 片手をお腹の前で九十度に曲げて、軽く頭を下げるまずセエレ。

 まずルシフェルの家の中にある、土産の品をセエレの空間に収納する。来る度に部下へ、高価な土産を大量買いしている。ベリアルは自分の宝石くらいしか買ってないんじゃないかなぁ。


『ガガ……侵入者ヲ探知』

「え? 侵入者って私のこと? 違う違う、ルシフェル様のご用なんだ」

 セエレが扉を開けると、両脇に飾られたガルグイユの両目が光った。一体は赤、もう一体は緑色。

『即刻立チ去レ』

「仕事なんだよ、気の荒いガルグイユだな」

 無視して足を踏み入れる。正面にはもう一体、高い場所に飾られていたガルグイユ。こちらは単なる置物のように、静かにたたずんでいる。今のところは。


『警告ヲ無視。滅殺!!!』

 攻撃が始まったわ。地獄の王二人は、普通に眺めていた。全く止めようとしない。

「はー、さっさと済ませちゃ……うおぅ!!???」

 ガルグイユから火のブレスが放たれる。セエレに当たり、姿がオレンジ色の炎に隠れた。炎が霧のように消えると、変わらない姿のセエレがいた。

『ググ……攻撃ヲ開始』

 今度はもう一体が口を開いた。口からブレスが……ではなく、中空に雷が発生する。バアルが魔力を注いだ方だわ。

「雷を使うガルグイユなんているのー!??」

 落ちてくる雷をクロスさせた両腕で防ぐ。バチバチと轟音が響き、ぶつかった瞬間に視界が真っ白になった。


 この攻撃でも、セエレはダメージを受けていない。

 すかさず赤い目のガルグイユが飛び掛かり、前足の爪で引っ掻こうとするが、サッとしゃがんで避けた。ガルグイユの前足は宙を切り、勢い余ってゆっくり通り過ぎる。

 今度は戦いを静観していた正面のガルグイユの両目が、白い光りを放つ。

「まだくるのか!??」

「そこまで」

 パンパンとルシフェルが軽く手を叩くと、三体の両目から輝きが消え、大人しくなった。

「さすがに王子だね、かすりもしない」

「まだ人間ならば一溜まりもない威力があるわ」


 地獄の王子を使った性能チェック! 一人で家の中に入るよう指示したのは、そういうこと……!

「反撃のみにするよう命令した、と聞いたけど?」

 ルシフェルの問いに、一呼吸空けてガルグイユが答える。

『……攻撃サレナシ。反撃ニ、ナラナカッタ』

 家に入られるまでは我慢したが、攻撃されなかったので結局こちらから仕掛けた、と。好戦的な人達の魔力がそうさせるのか。魔力が性格に与える影響を調査したい。


「ブレスの使用が早くないかね」

『ぶれすハろまん』

 何かおかしなことを言い始めた。ブレスが好きなようだわ。この状態でルシフェルが地獄へ帰っちゃって、大丈夫かしら。

「どうでもいいけど、本当にどうでもいいんですけど、誰も私の心配はしてくれないんですね~……」

 セエレの背中が小さく見えた。

 玄関ホールに詰まれていた荷物はフッと消えて、セエレの空間に収納された。大理石のホールは広く、邸宅の一階は二、三割くらい玄関では。柱やガルグイユの台も、ドヴェルグが意匠を施したこだわりの逸品です。


 ぼやきさえ無視されていたセエレが無事な姿で戻ってくると、ベリアルが私を振り向いた。

「ところでそなた、我に用でもあるのかね?」

「そうでした。空飛ぶ装備にサファイアが必要なんです。商業ギルドに宝石について尋ねに行くんですが、ベリアル殿はどうするのかと思いまして」

「ふむ、我も行くかね! ルシフェル殿はセエレに任せるとしよう」

 宝石の話とあって、ベリアルはすぐに乗り気になった。誘って正解ね。

「……私を任せるという言い方は少々納得いかないが、別行動でいいだろう」

 ルシフェルが微笑のままで冷たい視線を向けるものの、ベリアルは素知らぬ顔をしていた。


 ルシフェルとセエレは繁華街の食料品店へ、私とベリアル、セビリノ、それからエクヴァルで商業ギルドへ。リニはアレシア達の露店へ遊びに行った。

 道には冒険者も多く歩いている。お祭りで集まってきた人達が、ついでにお仕事も探しているんだって。今日の冒険者ギルドは大繁盛ね。ベリアルがいるから、冒険者なんかは基本的にしっかりと避けてくれる。依頼者になる貴族だと思っているのか、危険だと本能で回避しているのかは、微妙。

 商業ギルドの方も、お祭りで儲けた商人が物や情報の交換をしたりして、いつもより人が多い。サロンが人だかりになっているよ。


 受付には新しく会員登録をしている人が一人いるだけで、いつもの水色髪の受付嬢のところは空いていた。私に気付くと、軽く手を振ってくれる。

「イリヤ様、特別賞おめでとうございます! セビリノ様も、優勝おめでとうございます。賞品の件でしたら、本日中にもお届けできますよ」

「違うんです、今日は宝石の相談できました」

 良質なサファイアが欲しいと伝えると、うーんと少し唸って地図を取り出す。

「ルビーやサファイアでしたら、ノルサーヌス帝国と北トランチネルの境の小高い岩場で採掘されていますよ。ここは長年この両国が取り合っていて、少し前までトランチネル領だったんです。今回の地獄の王騒動が解決してトランチネルがまだ混乱しているの間に、ノルサーヌス帝国が奪い返したので、現在はノルサーヌス帝国領ですね」


「ありがとうございます、行ってみます」

 意外な場所にあるものね。ベリアルとエクヴァルも地図を覗き込んでいて、セビリノは後ろで直立して控えている。

「……そういう複雑な場所なので、ノルサーヌス帝国に伝手つてがないと、町に入るのに時間が掛かるかも知れません。それに、しっかり統治されて平和だとも言いがたいんですよね」

 受付嬢が困った表情をしている理由は、正確な情報がないからかしら。

 常に睨み合っているとしても、現在の北トランチネルに土地が欲しいからといって戦争する余力があるかといえば、難しいだろうな。


「お気遣い有り難うございます。ノルサーヌス帝国には魔法会議に参加した時の知り合いもおりますし、採掘現場まで行かなくても、良い品を売っている場所を尋ねてみます」

「それなら良かったです。行く際には、お気をつけてくださいね」

 久々にクローセル先生に会えるわね。契約しているクリスティンは元気にしているかしら。

「なかなか期待が出来そうではないかね」

「イリヤ嬢、揉めごとには首を突っ込まないようにね」

 機嫌がいいベリアルとは反対に、エクヴァルは冷静にたしなめてくる。黙っていたセビリノが、唐突に手をポンと打った。


「……ひらめきました。いい採掘場でしたら、制圧して師匠の領地にすれば、全て手に入ります」

「セビリノがどんどんおかしくなる」

 いいこと思い付いた! って顔をするの、やめてくれないかな。テロリスト認定されるのでは。

「ふはははは! ならば我の領地にすれば良い!」

「ルシフェル様に言い付けますよ」

「ぐぬっ……、あやつは冗談が通じぬ面倒な性格をしておるからな……」

 いやいや、半分本気だったでしょう。ルシフェルの威光は効果絶大で、すぐに諦めたようだわ。

 セビリノも、ベリアルの前でおかしな発言をしないで欲しいわね。

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