第377話 ティルザと交渉

 商業ギルドにティルザの姿はなかった。宿にでもいるんだろうか。実験施設を借りているか確認したけれど、他の人が使っていたわ。

 次の目的地はノルサーヌス帝国に決まり。それまでにアレシアを通して頼まれた魔法付与の依頼を終わらせて、回復アイテムを作って納品しなきゃ。

 帰りにアレシアとキアラの露店を覗くと、お休みしていた。リニとお食事にでも出掛けたのかな。

 お祭りは終わったけど、まだ人通りは普段より多い。武器屋には武器を新調する天使の姿が……、あれはエクヴァルが武器を壊しちゃった見習い天使だわ。契約者がお説教しながら、新しい武器を買ってあげている。

 ベリアルに気付くと、天使は隠れるように店の奥へと進んだ。


「あら、イリヤ。もう~、負けちゃったわよ。どうしてあんなヤバいの出したの?」

 オシャレなBランク冒険者のルチアが、笑いながら片手を軽く上げた。

 負けたとは、冒険者達がこっそりやると言っていた、魔法付与大会の賭けのことね。私に賭けるって教えてくれたもの。

「アレなら優勝だと思ったんですが……」

「ないでしょ。魔法付与した武器を使ってる冒険者仲間が、“あの火はおかしい”ってしきりに呟いていたわよ」

 バッサリ切り捨てられた。なかなか面白い効果が付いたと思ったんだけどな。ルチアの後ろから、水色の髪が覗き込む。相棒のリエトだわ。


「使った感想としては、やっぱり優勝したアーレンス様の武器が一番使いやすかったよ。イリヤさんのは……不穏だね」

 審査員として、全員の分を使用していたものね。セビリノの魔法付与した武器は、エグドアルムでも人気が高い。褒められているのに、本人は渋い表情をしている。私は負けたからといって、別にどうしようとも思わないのにな。

 しかし不穏とは。


 家に帰ると、ティルザが家の前を行ったり来たりして、覗き込んでいた。捜してもいないと思ったら、まさか私の家に来ていたなんて!

「こんにちは。どうしました?」

「ああ~、イリヤさん! 実はさ、空飛ぶ装備の作製を見学せてほしくって! モレラート先生に頼んだら、依頼者の許可をもらってきなって言われたの」

 それでティルザは待っていたのね。先生がいいなら、私は問題ないわ。

「こちらは大丈夫です。これからノルサーヌス帝国まで宝石を探しに行くので、まだ作製は始められませんよ」

「あぁりがとう!!! 靴が完成するまでは、レナントから離れないよ! 空を飛ぶ装備は憧れだもん」


「飛行魔法は使えないんですか?」

 立派な職人で冒険者だし、使えると思ってたわ。何気ない問い掛けに、ティルザはなんとも呆れた表情をした。

「使えないよ。あのね~、そんなに皆が空を飛べたら、見上げる度に空に誰かしらいるんじゃないかな?」

「言われてみれば、そうですね。空を飛ぶ人はかなり少なく感じます」

 今も遠くの山を越える人が、ギリギリ視界に入るくらい。低空を飛ぶ人が建物の影に隠れてしまっているだけかも知れないけど。


「とにかくそういうわけだから、帰って来たら教えてね。しばらくは魔法付与の依頼を受けてる」

 大会効果で、依頼には困らないわね。受けてくれる人がいた方が、問い合わせを受けるギルド側も助かるだろうな。

 ティルザは安心して、くるりと後ろを向き早くも歩き始める。

「待ってください! こちらも用事があって、捜していたんです」

 用を済ませて帰ろうとするティルザを、慌てて引き留めた。立ち止まって振り返る。

「なになにー?」

「大事なお話ですので、中へ入ってください」


 鍵を出そうとしたら、入り口の前で立ち話をしている間に、セビリノが既に開けてくれていた。

 応接間に通して、お茶とお菓子を用意してもらう。エクヴァルは窓から周囲に人がいないことを確認し、セビリノは紅茶を淹れてから私のソファーの後ろに立った。ここが一番弟子の場所です、と言わんばかりの満足げな笑顔で。

 ベリアルは興味が無いようで、奥にある自室へ戻ってしまった。


「……内容についてはまだ詳しくお話できないんですが、現在とあるアイテムを研究中でして。宜しければ、ご助力頂けたらと……」

「あー、国で研究するようなアイテムよね? アイテム作りとか魔法付与は好きだけど、研究そのものは興味ないんだ」

 ティルザは軽く手を振って、紅茶のカップを口に付ける。

 珍しいやり方をしていたし、かなり勤勉な様子だけど、研究は好きじゃないのかぁ。

「えーと……」

「ふむ。それでしたら、準備はこちらで全て行い、魔力を注ぐ協力だけをして頂くのは如何でしょう」

 私がどうしようか悩んでいたら、セビリノが改めて提案をした。風属性の魔力を注いでもらえれば、それで十分なのだ。


「……二人が揃っても作りきれないアイテムかぁ、興味はあるよ! 魔力の供給だけならオッケー。ただ、条件があるのよね」

「どういった条件でしょう?」

 今度はあっさり承諾してくれたわ。条件なら可能な限り呑むわよ!

「まず、冒険者ギルドで依頼として出すこと。今は商業ギルドからの依頼を受けてるけど、冒険者もAランクだから活動しないわけにいかないんだよね」

 賢者の石の作製を協力してもらうのに、ギルドに依頼する。

 これは……アリなのかしら。私はエクヴァルに視線を向けた。冒険者ギルドの会員である彼の方が、詳しいだろう。


「いいんじゃない? 高ランク冒険者なら守秘義務は心得ているし、むしろ依頼として受けてもらえば、問題を起こすと罰則がある。簡単に反故ほごにされないだろうから、こちらの心配も減るよ」

「そうそう、お互い安心よ。研究中なんだから、すぐに魔力が必要じゃないんでしょ? 指名依頼ならこの町を離れても連絡がくるし、連絡がくるのが分かっていればギルドに頻繁に顔を出すしね」

 確かにこれから空飛ぶ靴を作り、研究はその後また続けるのだ。他の依頼もこなしながらになりそうだし、連絡手段があれば無駄に待たせないで済むわね。


「ではお礼はお金ですか?」

 その時になって条件が合わないと断られないよう、詳しく話し合っておかなければ。特に報酬は大事。

「うん。国の研究でしょ? 高額になるよね。そこら辺で買えないような魔導書も貰えると嬉しいな~」

「魔法にもよるが、いいだろう。許可さえ降りれば、魔法を正しく使用できるよう私が指導する」

 魔導書関係は、セビリノが請け負ってくれたわ。安心ね。

 指導するのは魔法だけ、としっかり彼に言い聞かせておかねば。私の話を始められたら、相手もたまらない。


「考えておくね。メンバーはどのくらい?」

「全部で四人です。もうお一方は、元はルフォントス皇国の皇室に仕えていた魔導師、ヴァルデマル様です」

 彼もそろそろ、ルフォントス皇国へ戻っただろうか。パレードを見に、エグドアルムを訪問していたのよね。結局色々巻き込まれたりしていたけど、

「知ってる知ってる! 前にパーティーを組んだ人が、一時期弟子として仕えてた魔導師様だ! 厳しすぎて逃げ出したって、遠い目をしていたっけ」


 セビリノだとファンです、というパターンが多かったけど、違ったわ。

 明るく手を叩いたティルザだったが、急に口をつぐんだ。もしかして、もう一人が怖いメンバーで、不安になったとか?

「ヴァルデマル様は自分にも他人に対しても厳しい方ですが、サッパリした性格でいらっしゃいますよ。理不尽に怒られたりはしません」

「……いやさ、それよりそのメンバーに、本当に私が加わるワケ?」

「はい。ティルザ様の実力なら、魔力操作は申し分ないと。ただ、出力が少し低いですよね」

「初めて言われたタイプのダメ出し」

 Aランク冒険者として活躍していたティルザは、冒険者の中では魔法が達者な方に違いない。そういえば最初に会った時も、自信満々だったな。


「属性も少々揺らいでおりました」

「どちらかに絞った護符で補強した方がいいわね」

 なんというか、悪くないけどあと一歩……いや、半歩足りない感じがあるのよね。でもこれを求めるのは、依頼には盛り込めないわよねえ……。

「泣いて逃げた助手の気持ちが共感できるようになる予感」

 しまった、早くも警戒されているわ。

 ティルザが及び腰になっている。


「強い魔法を多く唱えると、出力が上がります。広域攻撃魔法を使える施設を知ってるんですよ、どうです!?」

 魔法の実践で、楽しみながら実力を強化しよう!

 喜ぶ筈が、顔を歪ませて拒否しているわ。エクヴァルが堪えきれずに吹き出して、笑っている。笑うような内容だったかしら。

「嫌だよ。一つだけ知ってるけどさ、切り札だし普段から唱えるものでもないじゃん! それに魔法付与するんだってば、魔力を使い切っちゃう!」


「イリヤ嬢。残念ながら、これが普通の反応だよ」

「一番効率的で楽しいのに」

 多くの魔力を消費しながら、範囲の決定や術に合った魔力の使用をして威力や正確性を高める。ゲーム感覚で遊べるよ。

「飛行魔法はどうかな? 空飛ぶ靴の作業現場を見たいくらいだし、興味あるでしょ」

「めっちゃある!!! 飛行魔法を教えてもらえるなら、いくらでも協力するわ!」


 そうだった、飛行魔法も簡単には学べない魔法だったわ。

 ティルザは高ランク冒険者だから、使用していなくても知識はあると思い込んでいたけど、知らなかったみたい。エクヴァルの提案に勢いよく食いついた。

「魔法の訓練に、飛行魔法も相応ふさわしいでしょ? これを先に教えて練習しておいてもらえば、いい修行にもなるよ」

「やるやる。移動が早くなるし、馬車とかの手配もいらなくなるもん!」

 かなり乗り気だわ。風属性の魔導師の件は、これで解決ね。四属性のメンバーが揃ったので、装備アイテム作りを進めよう。

 話はいったん終わりかな。賢者の石の作業だと明かすのは、本格的に作る段階に入ってから。


「……そうだ。ところで、研究の段階で行き詰まっちゃったり、他にちょうどいい魔導師とかが出てきたらどうするの?」

「その時はキャンセルさせてもらえるかな? 飛行魔法はどっちにしても教えるから、損はさせないよ」

 エクヴァルの答えに、ティルザが元気に頷く。

「オッケー。飛行魔法が教えてもらるなら、異存はないよ。町を離れる時は伝えるわ、時々進捗しんちょくを聞かせてよね」

 お互いの用事が済んだので、ティルザが二杯目の紅茶を飲み干して席を立つ。お茶請けのクッキーを気に入り、何枚かハンカチに包んで持って帰っていった。


 地下の作業場に移動しようと立ち上がると、玄関をノックする音が聞こえた。

「イリヤ様、ご在宅ですか? 商業ギルドの者です!」

「はい、今開けます」

 いつも対応してくれる、水色髪の商業ギルドの受付嬢だわ。家まで来るなんて珍しいな。しかもかなり急いでいる様子。

「イリヤ様、ノルサーヌス帝国の鉱山へいらっしゃるんですよね!?」

「その予定ですが」

「鉱山が襲撃されたとの急報が入りました! 避難命令が出ています、一般人は入れません。解決するまで待った方がいいですよ」

「襲撃ですか!??」


 それで走って連絡に来てくれたの!

 まさかの襲撃。でも確かに、情勢が不安定だとは言ってたわ。

 誰よ、地獄の王にサプライズイベントを開く人は!

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