第378話 ルシフェル様、お帰りになりました

 ギルドの受付嬢が、息せき切らしてやって来た。

 なんと私達が向かう予定の鉱山で、襲撃事件が発生したというではないか! しかも一般市民には避難命令まで出されている。町にも入れないのかしら。

「鉱山の襲撃は、トランチネルの仕業ですか?」

 エクヴァルが尋ねた。戦争の危険があるか確認しているのかな。

「まだ分かりません。続報を待つしか……。ただ、トランチネルに所属していた召喚術師の存在を確認しています。現在も所属しているかは、不明です」

 未確認の部分も多い情報なので、言葉を選びつつ丁寧に説明してくれる。

 トランチネルでは今はなき元帥皇帝の独裁政治により、多くの魔導師や知識人が処刑されたので、亡命したり身を隠したりしていたのだ。国の命令で動いているとは限らない。


「トランチネル側にそんな体力はない筈だな。特に北は、まだ政治も安定していない……」

 考え込むエクヴァル。

 襲撃を知ったらベリアルはむしろ、すぐに出発したがるだろう。そろそろ暴れたい頃合いだわね。

「うーん……、関係なければいいんですが……」

「続報があったらお知らせしますね」

「いえ。宝石が買えればいいだけですし、とりあえず行ってみます。魔法会議があった町は魔法関係のお店も多かったので、そこで探してみるのもいいかなと」

 現地で様子を見てから考えればいいわね。もし延期してベリアル一人で乗り込まれたら、もっと大変な事態になりそうだわ。

 そもそも召喚術師が関わっている辺り、ろくでもない予感がするのよね……。

 受付嬢はいつでも相談に乗りますから、と言い残して戻っていった。


「……師匠。北トランチネルから仕掛けては、いないのでは。私の麒麟が王を選定しました、賢王を選んだはずです」

「確かにそうよね。麒麟は瑞獣ずいじゅうだしね」

 パイモンに元帥皇帝が殺されて最高指導者がいなくなった後、逃げおうせた元々の王家の血筋の中から、セビリノが麒麟で選んだのよね。あの時はルシフェルの命令でバアルが一緒に行動していたから、反対する人なんていなかったわ。

「ただ、王が国をまとめ切れていない可能性もあるからね」

 エクヴァルはまだ難しい顔をしている。


 考えても仕方ないか。まずは出発前に、依頼のアムリタを完成させよう。ダメだったらまた素材を探さないと。

 三人で地下の工房へ移動し、アイテム作製の準備を始める。

 アムリタは製作工程で必ず毒が出てしまう。前回の材料では毒が消し切れなかったので、今回はセビリノがもらった蛇の魔核も使います。これはとても楽しい作業です。

 賞品としてもらった材料の中にシーブ・イッサヒル・アメルも入っていたから、また幾つも作れるわ。

 らららんらん、魔核を粉にして~。


 はっ。

 うっかり楽しい気持ちが声に出てしまったかも。エクヴァルを振り返ると、やたらと暖かい眼差しで私を見守っていた。うわあ、また無意識に鼻歌を歌っていたわね……!

 平常心。平常心でアイテム作製を続けなければ。

 素材を加えて煮込み、毒がにじみ出すのを確認した。ついに毒消しの工程に入る。蛇の魔核の粉をひとつまみ、パラパラとかけるのを三回繰り返しながら、毒消しの呪文も唱える。


「毒よ、むしばむものよ。悪戯に人を苦しめる、苦き棘よ。天と地の力により、汝は駆逐されよ」


 ゆっくり混ぜていると、アムリタが淡い光を放った。

 大成功です!

「師匠、毒は完全に消えております」

「ええ、これなら将軍に安心して渡せるわね!」

「……そうですな!」

 セビリノの一瞬の間が気になるが、成功には違いない。きっとまたお値段がちょっとお高くなるのでは、という話ね。普通の値段でいいのに。


 続いて回復アイテムと中級のマナポーションを作り、注文の魔法付与をセビリノと手分けをして行う。アレシアから渡された注文票は、残り十一枚。

 ラウレスに回魔法を付与したものを渡したから、回復とプロテクションが多いわ。パーティーに回復魔法を使える人がいなかったり、戦闘中にポーションの瓶を割ってしまうことがあるので、壊れにくく複数回使えるというのも重宝される理由のようだ。


「潤いを与えし雨よ、降り頻り集まりて湖に憩え。一掬いの水を注がん」


 セビリノの分には、属性の付与もあったのね。水属性だわ。

 これとポーションをアレシアの露店に届け、ビナールのお店には中級以上のポーション、魔法治療院に中級マナポーション。それからワステントのリューベック将軍にアムリタを納品すれば、安心して出発できる。

 ギルドに頼もうか、直接渡しに行こうか考えていると、何やら一階から声が聞こえる。来客かな。

「ベリアル様、契約者様!」

 地獄の王子セエレだわ。会う度に態度が卑屈になっている気がする。気が弱い地獄の王子よね。

 地下室からの階段を上りきる前に、ベリアルが奥にある部屋から出てきて、玄関の扉を開ける。


「ルシフェル殿、帰るのかね?」

「今回は長居してしまったからね」

「本当に随分と居続けたものよ」

「君が言うのかな?」

 面倒くさそうにするベリアルは、まだ帰る予定もないのだ。生活も落ち着いたし、帰っていいよ! ……って言ったら、とても不機嫌になりそう。

「ええと、ではお送りします。セエレ様はセビリノに任せますので」

 セビリノは完成したアムリタを入れた大きな箱を両手で持って、ゆっくりと姿を現した。


「あれは?」

 箱に気付いたセエレが尋ねる。

「注文を受けた薬です」

「私が届けようか?」

「隣国の方からの注文でして……」

 さすが趣味が運送。新しい玩具でも発見したように、瞳が輝いているわ。届けてもらえれば、確かに助かるわね。

「隣国か、いいじゃないか。任せなさい!」

「……注文があったのは北にあるワステント共和国の将軍からで、私達はこれから南西にあるノルサーヌス帝国へ向かってしまうんですが……」

 帰りはどうするんだろう。ベリアルがいれば、魔力を辿って追い付けるのかしら。捜されたら魔力を消して隠れるタイプだけど。


「注文主が将軍なら、私を送還できる腕の術者くらい知ってるだろう。問題ない、問題ない」

「セエレ、ルシフェル殿の荷物を預かっているのではないかね」

「あ」

 ベリアルに指摘されて、ポカンと口を開けたセエレ。

 あ、じゃないわ。そうだった、荷物持ちをしていたんだわ。一番大事なことを忘れている!

「多少遅くなるだけだろう? 私は構わない、仕事を優先しなさい」

「有り難いお言葉っっ!」

 感激しているセエレだが、仕事ではなく趣味です。


「ベリアル、羽目を外しすぎないようにね」

「無用の心配よ」

 ルシフェルはベリアルに一言残して、地獄へ帰った。送還したのはルシフェルだけで、セエレにはアムリタを預けた。

 将軍の家がある町を教え、セエレへの報酬は将軍から受け取ってもらう。アムリタの代金は地獄でベリアルの配下に渡してもらう、という話でまとまった。急いで欲しいお金でもなし。

 セエレはとても上機嫌に飛び立った。移動速度は地獄一だと言われるだけあって、とても早い。


 魔法治療院にはセビリノ、ビナールのお店はエクヴァルが持っていき、帰りにリニと合流する。アレシアの露店はお休みで届けられないので、私が掃除をしておく。瓶の数や素材の残りも確認。

 ちょっとくらい手に入れても、すぐに在庫が減っちゃうのよね。

「おーい。嬢ちゃん、いるのかい?」

「はーい、すぐ行きます」

 またもや来客だわ。今度は中年男性の声。

 扉の向こうで待っていたのは、ドワーフのティモだった。視線を落とすと、ニカッと笑って小さな布袋を差し出してきた。

「これよ、ドラゴンの鱗の代金だ。ギルドから配分をもらったぜ」

「わざわざご足労頂きまして有り難うございます」 


 フェン公国の岩場でドラゴン退治をした時に、鱗の配分があったらティモに送ってもらうようお願いしておいたのよね。無事に届いて良かった。ギルドの人に代金を渡しておいてもいいのに、わざわざ持ってきてくれるなんて。依頼でもあるのかしら。

「また上級ドラゴンの鱗でも手に入ったら、譲ってくれよな」

「はい、その時は鱗を持ち込みさせてもらいますね!」

 足りなかったのかな。皆で分けるし、途中でアジ・ダハーカ退治になっちゃったものね。後半に巻き添えで倒されたドラゴンは、鱗が使える状況ではなかっただろう。ボロボロもボロボロだ。


「しっかし今回はとんでもなかったらしいな。ヤベェのが出て、最小限の討伐隊だけ残しといて、全員避難したって聞いぜ」

 討伐に参加した冒険者でも話したのかな?

 ドラゴンもたくさんいたけど、それ以上に危険な討伐に変わって退却だったものね。私達は討伐隊って説明されてたんだ。

「あ~、確かにそうでした。ただ、ベリアル殿のお友達に加えて、上位の天使まで合流してしまって。最終戦争ハルマゲドン勃発ぼっぱつしないかの方が心配でした」

「ヤバイの段階が上がってんだが」


 ドラゴンは国が滅ぶ可能性があるだけなのに、天使と悪魔の戦争が始まったら、世界が滅ぶかもに規模が拡大されてしまう。

「ドラゴンが逃げ惑う始末でした」

「逃げ惑ったの人間じゃねえんだ」

 思い返しながら説明する私に、ティモは無表情で感想を呟いた。

「軍の統率が取れていましたし、冒険者も方々のさすがにランクの高い方々だったので、行動が速やかでした」

「あのよ、マトモに会話を出来るヤツは家にいねえの?」

 ええ!?? 普通に会話してたよね?

 ティモの意図を理解しがたい。私はちゃんと受け答えしてたわよ。

 どういう流れだかさっぱり分からんとぼやきながら、ティモは帰っていった。


「……そなたは相手が何を尋ねているか、どう言って欲しいかを考えぬから会話がおかしくなるのである」

 いつの間にか後ろにいたベリアルが、ニヤニヤと笑いながら私を見下ろしている。相変わらず性格が悪い。

「何をおっしゃいます、ちゃんと説明しましたよ」

「しておらぬわ。“逃げ惑ったのは人間じゃないのか”の質問に、整然とした行動だったと答えたではないかね。何故、人ではなくドラゴンが逃げ惑う事態になったのか、説明を求めておったのに」

「えええ!? それなら普通に質問してくれたらいいのに」

 なんだか難しいわね。人とドワーフの感性の違いかしら。

 エクヴァルかリニがいたら、きちんと補足してくれるのになあ。


 今度の行き先ではドラゴンは出ないだろうけど、武器や防具に使えそうなものがあったら持って帰ろうと思うのだった。

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