第375話 お祭りの後の地獄の王二人(ベリアル視点)

 魔法付与の大会が終了した。

 跳ねっ返りの小娘は、特別賞を受賞しておった。全く、アレを初心者向けとして提出する神経が知れぬ。何故か神火に近い炎を出す剣を作りおったわ。どのように考えて、そんな剣を大会で披露するつもりになるのであるかな。


「やあベリアル。君の契約者は、相変わらずユニークだね」

「……周囲の見えぬ阿呆よ」

「へえ」

 なんであるかな、その反応は!

 ルシフェル殿は、我が素直ではないとでも言いたげな、微妙な眼差しを向けてきおる。相変わらず食えない男である。


 給仕させていた小悪魔を帰し、我はルシフェル殿の予定に付き合うことにした。放っておけば、何をしでかすか分からぬ故な。

 今回は侯爵キメジェスと、契約者ハンネスも同行する。ルシフェル殿のようなワガママ者には、見張りが必要というわけである。キメジェスはルシフェル殿と同行できるとあって、やたらと気合いを入れておるわ。むしろ失敗するのではないかね。

「どこへいらっしゃいますか? レストランの個室も抑えてあります、人数が増えても問題ありません!」

「う~ん、まずは皆に土産でも買おうかな。そろそろ帰るからね」

「了解致しました! 菓子などが宜しいでしょうか?」

「どう思う、ベリアル」


 我に振りおった。もっといい提案をせよ、という意味である。自分で考えれば良いものを!

「……そうであるな。カバンなど、どうかね。マシな店があるわ。宝飾品や衣服は、王都に敵わぬ」

「ではカバンにしよう」

 笑顔で頷いた。納得したようであるな。

「はっ!!!」

 キメジェスはまっすぐに立ち、腹の底から返事をする。なんとも騒がしいものよ。

「……耳障りである。いちいち大声を出さんで宜しい」

「はい……」

 叱ってやれば、肩を落として小さな声になった。

 あまり騒がしくされると、我よりルシフェル殿が不機嫌になる故、注意しておるのだよ!


 魔導師ハンネスの案内で、まずはカバンの専門店へ向かった。店内にあまり人は多くない。祭りではあるが、外に出された特売品にだけ人が群がっておったわ。

「いらっしゃいませ。本日はどのような品をお求めでしょうか?」

 老年の男性店員が、穏やかに声を掛けてくる。身なりも清潔感があり、ルシフェル殿には好印象であろう。

「土産が欲しくてね。使いやすいものがいいだろう」

「それでしたら、こちらが贈答用の需要が高くなっております」

 男性店員が示したのは、シンプルなデザインの、四角いカバンだった。柔らかそうな革で、かぶせの部分が緩くカーブをしている。色は黒と赤茶色。

「うん、悪くない。じゃあこれを十ずつ、あと一回り大きいものと財布も……」


 店内をサッと見回し即決で数を告げるルシフェル殿に、店員の表情が固まった。少しの間があり、ぎこちなく数回頷いた。

「か、畏まりました」

 想定と違いすぎて焦ったのに違いないわ。

 特定の人物への土産にすると考えたのであろう。それが複数個買い、さらに他のものまで多数求めたのである。驚くのも無理はない。

「ではそちらの彼に渡しておくよう。私は他のものを眺めているから」

「はい。受け取り次第、合流いたします」

 魔導師ハンネスにチラリと視線を送り、さっさと店を出てしまう。相変わらず人任せである。ハンネスのアイテムボックスを当てにしておるのだ。

 キメジェスがおればすぐに我らの居所は分かる故、キメジェスも置いていった。


「菓子は後で買うとして……革製品だけではなく、他に変わったものはないかい?」

「また無茶を言いおる」

「人間界の土産らしい、地獄では手に入らない品とか」

「おおよそ全てあるのではないかね」

 相変わらずの無茶振りよ。しかも気に入るものを紹介しろ、という強制である。地獄では手に入らないものの代表格は、神の名の入った護符ではないかね。

 他には花や、特有の植物であるかな。


 我は珍しい品であるならと、奥まった薄暗い路地へ案内した。ここでは盗品や、表に出せない商品が並ぶのである。道ばたに布を広げて売られているのは、怪しい葉やくたびれた中古の装飾品や雑貨など。見慣れぬ通行人に、分かりやすく視線が集まる。

 外観では店とも分からぬ、窓もなく小さな看板が一つだけ出された古い住宅は、後ろ暗い商品を販売しておる。このような店に、掘り出し物があるのである。我が扉を開くと、入口付近にいる男性が警戒心を隠しもせず、我らを爪先から頭のてっぺんまで無遠慮に眺める。


「……やめな、客だよ。いつぞやのお貴族様、今日はお連れ様もご一緒に、どのようなご用件でしょう?」

 奥に座る老婆は、年に似つかわしくない厳しい眼差しを用心棒に向けたあと、我らにニコリと笑ってみせた。

 近くには男性が三人、女性が一人テーブルを囲んでお喋りに興じておった。男性はケンカを売られて返り討ちにしたが、相手が馬で逃げたから追い付けなくなった、という武勇伝を得意気に語っておる。

 店の左右の棚には欠けた食器だの、年季ものの古本だの、文房具が飾られていた。一見すると中古屋のようで、見る目のない客など用がないと言わんばかりである。無論、どれも値札など付いておらぬ。


「このアンティークが、珍しいものかな? 欠けたティーカップはかなり品のいい一級品だし、飾ってある絵も見事な芸術だ」

 店内は掃除が行き届いておらぬ故、ルシフェル殿は軽く眺めるだけ。触れようともせぬわ。

「お目が高い。ここでは貴族がやむ無く手放した家宝や、国の宝物庫から盗んだ品などがありましてねぇ。……今なら伯爵位も手に入りますよ」

「誰ぞ爵位を手放そうとしておるのかね? そのような下らぬものはいらぬ。この者が、土産に変わった品が欲しいと言いおるのだよ」


「お貴族様の考えは、どうも理解できませぬな。土産など、もっと相応しい場所で選べばよろしいでしょうに。……おい、お前ら。例の伯爵からカタとして受け取った壺だのを出してきな」

「はいよ」

 会話していた連中に告げると、男女が速やかに席を立った。 

「その伯爵は借金をして破綻したようだが、そのような者が所持していた品だろう?」

「……焦りなさんな、実物を目にしてからで遅くないでしょうよ。伯爵はエルフやドワーフの作る品にハマっちまってな、気付けば立派な屋敷の維持費も、貴族の品位を保つ金も失くなってたんだよ」


「なるほど」

「そして集めに集めたコレクションを、金を貸して焦げ付いたら堂々ともらっていくって寸法さ」

 よくある手口であるな。

 元々贅沢をしても税収だけで暮らせる貴族が、立場に胡座をかいているうちに狙われて、気が付けば全てを失っているのである。売り付けておったのも、こやつらに関わる連中であろう。

 ぞんざいに扱われている店内の商品と違い、箱に入り布に包まれたそれらは、とても精巧な細工がされていた。金細工のペン、飾る目的で作られている芸術品のような壺、漆塗りに蒔絵を施した豪勢な小箱。


「どれか、お眼鏡に敵いましたかね」

「悪くないね。全部もらおう」

「ぜんぶ?」

 何事にも動じぬようにどっしりと構えていた老婆が、思わず目を丸くした。さすがにすぐに決断して、全てを購入するとは考えもせぬ。

 再び布で丁寧に包んで入っていた箱に戻し、大きな袋にそれを入れいった。

「……お前達、何人かこの方々に付いて行きな」

 奥からも人が現れて梱包を始めると、老婆が顎を動かして指示を出す。

「護衛など必要ないわ」

 高価な買いものをした故、気を遣っているのであるかな。であれば不要である、絡まれたとて所詮相手は人間よ。


「お強いのは承知ですよ、便利に使ってくだされ。それに祭りの際は警備の目が他に向きますからねぇ、取り引きも増えますが揉めごとも起こりやすい。銀の髪の方は、気難しそうでいらっしゃいますし」

「え、優しそうじゃないッスか」

「見る目がないねえ、こういう方こそ怒らせたらいけないんだよ」

 数人の視線がルシフェル殿に集まるが、涼しい微笑のままで否定も肯定もせぬ。

 怒らせてはならぬのは確かである。


 商品を受け取って、店から出る。老婆の命令で三名ほどが付かず離れずの距離を取り、周囲を軽く見回しておる。塀の上に寝ておる白い猫は、小悪魔であるな。近辺の見張りであるかな。

 少し歩くと、様子を伺って角に隠れていた四人組が、我らの後ろに近付いてきた。

「金が余ってんだろう? 貸してくれよ」

「断る」

「……いいのかよ? 俺たちだけじゃないぜ、そっちは護衛四人じゃん」

 我は護衛ではないわ、数に入れるでない!

 魔力を感じられぬ鈍い人間には、ルシフェル殿は裕福で弱そうなカモに映る。男達の後ろから、様子を見ていた護衛連中が肩に手をかけて振り向かせた。


「お前ら、うち店の客人に迷惑を掛けられちゃ困るんだよ」

「随分とでけえ面してるじゃねえか、死に損ないのババァの舎弟が」

 どうやら対立組織であったかな、ケンカを始めおったわ。

 放っておいても良いかね、つまらぬ。お互いに傷を負い、ようやく武器に手をかけおった。遅くないかね、仕掛けておいて抗争になるのを恐れておるのかね。

 エクヴァルであったら問答無用で切り捨てておるわ。


「おい、一気にやんぞ!!!」

 襲ってきた男の一人が手を挙げて合図を送るが、誰も出て来ぬ。

「あ……あれ?」

「怪しい動きがあったので、とりあえず倒しておきました」

 代わりに現れたのは、キメジェスであった。隠れておったのはそういう理由かね。契約者のハンネスはすぐ後ろにおり、背後には複数の人間が折り重なるように倒れておる。

 三人組が口元を引きつらせて反対側の路地を見るが、そちらにも男達が地面に寝そべっておるだけだった。

「ご苦労だったね」

「あ……有り難き幸せ!!!」

 勢いよく踵を合わせ背筋を伸ばすキメジェス。


 店からは護衛に囲まれ、あの老婆が顔を出した。護衛はすぐに戦えるよう、武器を抜き身で用意しておる。

「……悪かったね、お客人。こいつらはしっかり、面倒を見ておくよ」

 近くの家からも人が出てきて、全員を捕まえに入る。後はこやつらのルールで裁かせるが良かろう。

 一件落着、さあ食事でもするかね。

 移動しようとしたところ、キメジェスに倒されていたうちの一人が起き上がり、老婆の舎弟を斬って道に躍り出た。


「このままで帰れるか……っ!!!」

 手にしていたナイフを投げる。よりにもよって、狙いはルシフェル殿だ。我が……と思ったが、ルシフェル殿に止められる。

 ルシフェル殿が我を制した手をナイフに翳すと、手のひらの直前でピタリと止まった。空中で静止したナイフの柄を持ち、投げてきた男に切っ先を向ける。光の輪が出現しさ、男が逃げる間もなく捕えた。


「う、わあ、ぎぎゃあぁああ!!!」

 輪はどんどんと狭まり、男が抜け出そうと暴れておる。苦悶の表情で叫ぶのを、無表情で眺めるルシフェル殿。

「助けて、助け……」

 最後の言葉を発する前に男の腕は千切れて地面に落ち、断末魔の叫びと共に体が真っ二つに分かれた。輪は小さくなって消えている。

「……おや、加減を間違えたようだ。もろい身体だね」

 何事もなかったように微笑を浮かべるから、皆が一瞬言葉を呑んだわ。


 奴らの証言によると、我がたまに老婆の店に出入りしていた姿を目にして、新たな組織か貴族との繋がりを持ったと勘違いし、買いもの直後に襲うことで付き合うなと警告をするつもりだったようである。

 守備隊が町の警備で手一杯になる祭りの日が、決行にちょうど良かったのであるな。タイミングの悪いやからである。近いうちにこのような者達の組織など、狡猾な老婆の牙に食いちぎられるであろう。


 菓子は帰る当日が良いから、我らはキメジェスが予約した店へ移動した。

「わりと物騒なんだね。君の契約者は平気かい?」

「護衛もおる、問題なかろう。小娘もまだ家に帰らず、繁華街の外れにずっとおるわ」

 あまり離れておらぬので、居所はすぐに探知できる。

 我の返答に、ルシフェル殿は笑みを深めた。

「……へえ。即答するなんて、随分と気に掛けているんだね」

「知らぬわっ!!!」

 ぐぬぬっ。小娘のせいで、我がルシフェル殿にからかわれたではないかね! キメジェスとハンネスは苦笑いを浮かべておる。


 微妙な空気が流れる室内に、ノックの音が響いた。

「お客様。申し訳ありませんが、お客様にご挨拶だけでもさせて頂きたい、という方がお見えです」

 どうやら悪魔や天使が、ルシフェル殿に目通りを願っておるようだ。

 ルシフェル殿は少し考えて、頷いた。

「席が空いている人数だけ、通して構わない。どうせだからね、たまにはバアルを見習って無礼講にしよう」

「畏まりました」

 珍しく挨拶を受けるだけではなく、招き入れるとは。

 しかし無礼講など、多少の失態も気に留めぬバアル閣下だからこそではないかね。そなたが宣言すると、何かの罠のようであるわ。


 案内された悪魔の男爵は、緊張の面持ちで入室した。その後も天使や悪魔が来訪し、さすがに天使は挨拶だけで帰っていった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る