第374話 リニ、勧誘される
大会参加者達とのお疲れ会で、レストランへ来ている。夕食には早い時間なので、デザートを食べるのだ。
私はパンケーキを注文した。疲れた時は甘いものに限るわよね。
「……優勝は師匠の筈だったというのに……何故だ」
落ち込んでいる自称一番弟子が一人。いや、優勝者にそれで悩まれると、私の立つ瀬が無いのですが。
「今回はコンセプトがありますから、アーレンス様の優勝はしっかりと検討された結果だと思います。イリヤさんのは……初心者向けとは言いにくい品でしたわ」
チェンカスラーの王宮魔導師エーディットがセビリノを慰めつつ、私を横目でチラリと見た。
セビリノの向かいに座っている自称天才カミーユも、盛大に落ち込んでいる。自信満々で入賞を逃しちゃったから、仕方がない。
「……得心がいった。素晴らし過ぎたのか……。時代が師匠に追い付いていない」
力強く頷いている。聞こえないふりをしておこう。
「好きな石を選んで付与できるの、楽しいね。皆はあの石、どうするの? 私は返却してもらうの」
二位のティルザが明るく問い掛ける。彼女は終始ご機嫌で、声まで弾んでいるわ。
「僕はオークションです」
「私もだよ。どの程度の値段が付くのか、気になるし」
男性職人とカミーユは販売。羨ましいなあ。
一ヶ月の展示期間の間に参加者を募り、商業ギルドの施設でオークションが開催される。
「私は祖国へ納めるのが、参加の条件だった」
セビリノはいつの間にか、そんな約束をしていたのね。私は特に参加の条件はなかったわ。
「私もオークションに出品したかったのですが、危険すぎると断わられてしまいました」
「「「当然でしょ」」」
皆の声が重なる! 誰もなんで、とか言ってくれない……。
「まあ当然だよね」
エクヴァルに顔を向けたら、おどけたように肩を
「そもそも、なんであんな危険物を? 切れ味が初心者向けじゃないだろう」
カミーユが不思議そうにしている。
「初心者は火属性の扱いが難しいと聞き及びましたので、それならば火属性を抑えて、攻撃を強くすればいいと考えまして」
「限度があるよね~」
ティルザがプリンを食べながら、カミーユと頷き合っている。このタイプの違う二人はすっかり意気投合して、仲良しになった。
攻撃まで抑えねばならないとは。
「いやいやイリヤ嬢、あの火も切れ味も、どちらも初心者向けじゃないからね。使い慣れずに味方に当たったら、大変な事態になるよ」
エクヴァルに注意されてしまった。切れやすければいいわけじゃないのね……。
確かに、誰もが人体を鎧ごと真っ二つにしたいわけではないだろう。
「ところで皆さんは、どこかと取り引きをされているの?」
話が途切れるのを見計らって、エーディットが尋ねる。これが彼女の本題だ。
「私は特別な取引相手がいるわけじゃないよ。冒険者も疲れたし、ちょっと休もうと思ってる。腰を落ち着けるいい町があったらいいな。それと、いい魔法付与の依頼!」
ティルザはしばらくチェンカスラー王国に留まるものの、国に仕えるとかは考えていない様子。
「私もしばらくこの町で修行をするよ。魔法付与なら宝石さえあれば何とかなるからね、難しい依頼でも受けて今以上に才能を開花させたい……!」
カミーユも留まる。彼女の先生のモレラート女史は、エクヴァルの飛ぶ魔法を付与した靴を作るから、その間かな。
「僕はテナータイトの工房へ帰るんだ。そこで魔法付与の依頼を、どんどん受けたいなあ。国からの依頼がありましたら、ぜひ僕に! 信用が上がるんで、大歓迎です」
「ぜひお願いしたいわ! 工房に視察に行くわね」
勧誘は出来なかったものの、請け負ってはもらえそう。エーディットにもそれなりの成果だったのではないかしら。工房の詳しい場所を教えてもらっていた。
「君はゾティエルに付いている見習いより、天使に向いていそうだね。天に来る気はない?」
話が盛り上がっている中、ラファエルが突然リニを勧誘し始めた。意外な行動をする天使だわ。でも確かに、リニは小悪魔というより天使っぽい。
リニは驚いてスプーンを持つ手を止め、固まってしまった。視線がリニに注がれる。窺うように全員の顔をチラッと見回した後、リニはいったんラファエルに視線を合わせた。
そして慌てて、大きく首を横に振る。
「あ、悪魔の友達と別れちゃうし……、私は飛べないし……」
「主がお認めになれば、翼を頂けるよ。堕天時には返却させられるけど」
どこかおどけたような表情で、どこまで本気か図りにくい。
ちなみにベリアルは堕天して、天使時代よりも戦闘が強くなったらしい。本人の性質に合う方を選べば、強化されるようだ。
「…………」
言葉に詰まり、無言でエクヴァルを見上げるリニ。
「……簡単に決断できることではありませんからね。この件はいったん保留で」
きっぱりと断れないリニの代わりに、エクヴァルがやんわりと辞退を告げた。ラファエルは僅かに目を細めるだけで、残念そうな素振りも見えない。
「気が変わったら、いつでも誰か天使に声を掛けてね。中級三隊は軽くいきそうだ」
結局、どこまで本気だったのかしら。
諦めてはくれたので、リニはホッとしていた。
「スリだ、捕まえてくれ!」
大通りの方からかな、大声で叫ぶ声が奥まったこの店まで届く。
「……お祭りなどでは、犯罪も増えやすいのよ。少し席を外すわね、私が……」
エーディットが立ち上がろうとすると、すかさずラファエルが制する。
「もう退席するつもりだったし、私が行くよ。これを片付けてローザベッラのところへ戻ろう」
グラスに注がれた白ワインを飲み干し、ラファエルは静かに部屋を出た。
「ねえイリヤさん、天への勧誘って普通にあること?」
思いがけない展開に静かになったからか、王宮魔導師のエーディットが小声になった。
召喚術や召喚される種族に関して、私はかなり詳しいと思う。別に聞いてもいないことまで、ベリアルが得意気に喋ってくれるからだ。
「天使と悪魔は大昔に大規模な衝突をして、戦場になった世界を一つ滅ぼしているのはご存知ですよね。他にも小競り合いなどもありまして、現在はお互い衝突を避けてはいるものの、冷戦状態です」
同席している全員が頷く。ここまでは大体、皆が知っている。
人間に説明しているのに、リニも一緒に頷いているよ。
「ただ、いずれ
「有力な種族って、竜神族とかだよね?」
ティルザの確認に、大げさにセビリノが肯定する。
「うむ。他に火と、そして霜の巨神族、龍神族がいる」
そのまま続けてくれてもいいのに、“ですよね? 師匠!”みたいな眼差しでこちらを注目するのは、やめて頂きたい。
「えー、そんなわけで自分達の陣営を強固にしたり、外交したりしています。ただ、直接的な勧誘はあまりないですね」
よし、ようやく質問の答えまで辿り着いたぞ。
ちゃんと回答が出たのに、エーディットはまだ腑に落ちないという表情をしていた。
「ならどうして、リニちゃんを勧誘したのかしら?」
さすがにその意図までは、私には分からないわ。リニの才能を感じ取って、とか?
「う、うーんと……???」
リニに視線が集まるが、彼女も困ったように首を
「リニはベリアル殿と行動することも多いからね。そういうところも踏まえて、勧誘しているんだよ。優しそうだったけど、かなり計算高いね、彼」
代わりに答えるのは、やはりエクヴァルだ。政治や策謀の話になったら、私にはサッパリ分からない。
「え、でも、私、会っているのは、ちょっとしか見られてないよ……?」
「ドラゴン退治の時に、私とイリヤ嬢が一緒にいるのを目撃しているからね。契約者同士が行動を共にしていれば、自然と契約相手も同行するでしょ」
なるほど。偶然一緒にいる場面を見ただけじゃなく、ちゃんと観察してたんだ……! 偉い人が小悪魔の動向まで、さり気なくチェックしていたりするのね。
「イリヤさんといると、不思議な体験ができるね」
「貴女は、カミーユさんだったわね。イリヤさんがいてくれるから、アーレンス様もいてくださるし……、本当に不思議な縁だわ」
エーディットは懐かしそうに魔法会議に参加した話を始めて、皆が聞いていた。
暗くなる前に解散して、帰路に就く。
まだ出店はたくさんあるし、入り口付近に机を出して、持ち帰れる食べものを売っている店もある。夕食を買って帰っちゃおう。
真ん中で縦半分にして、お肉や野菜をたくさん詰めたパンと、砂糖をまぶした一口大の小さな揚げパンを購入。道は混んでいて、冒険者や獣人族も歩いていた。
アレシア達の露店に寄ったが、商品を置く台が布で覆ってあり、誰もいなかった。早めに閉めて、二人でお祭りを満喫しているのかしら。
家に入ると、セビリノが何か思いついたように声を掛けてくる。彼はトウモロコシの粉を生地にして、野菜や挽き肉を包んだものを夕飯に選んでいた。
「……師匠。賢者の石を作る際の、風属性の魔導師ですが。大会の結果を
ティルザをメンバーに。
彼女は国に所属していないし、優勝はセビリノとどちらでもおかしくなかった、と評されていたわ。実力は悪くない。
「協力してくれるかしら。あと、秘密も守ってもらわないといけないわね」
「彼女、Aランク冒険者だったよね。秘密保持の大事さは学んでいる筈だし、意向を確認してみてもいいんじゃないかな」
エクヴァルも賛成している。わりとすんなりお許しが出たぞ。もっと身辺調査をしたり、手間を掛けるとばっかり思っていたわ、
それなら、近いうちに相談してみようかしら。
承諾してもらえれば、四属性の魔導師が揃う。
気合いが入るわね、興味を持ってもらえたらいいな。
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