第373話 講評と特別賞の賞品
「じゃあ、表彰をしよう。一位、セビリノ・オーサ・アーレンス。エグドアルム王国の宮廷魔導師だね、さすがの実力だ」
段の上のモレラート女史の前に、セビリノが立った。背が高いので、同じくらいになってる。
「発動が早いし安定感もある。石の選び方もいいね。サンストーンは実力を引き出す石だから、初心者がチャレンジするのに向いているよ。使用者への心遣いも感じられるし、私から言うことはないね」
賞品は後で家まで運んでもらえるので、ここでは賞金のみ受け取る。金貨で五枚ほど。こういった大会としては、普通かな。裕福な貴族が個人的に開催する方が、賞金が多い傾向があるよ。
「ありがとうございます」
淡々と、いつもの真面目な表情で受け取るセビリノ。終わると私の横へ戻った。
「二位、Aランク冒険者のティルザ。これは西の技術を惜しみなく使ってくれたね。心身に影響を与えるアグニタイトなら、火属性が苦手な人間でもこの剣が使いやすいだろう。どちらが一位でもおかしくなかった逸品だよ」
「はいっ! いい結果で嬉しいです!」
ティルザはとても嬉しそうに、満面の笑みで賞金を受け取った。こちらは金貨三枚。賞品は宝石や薬草、そしてメロンだそうだ。
「特別賞、イリヤ。この町の上級職人で、前職は国の研究室勤め。宝石は勇気を与える、戦士の石カーネリアン。武器にはちょうどいいね。ただこれはねえ……審査員を困らせるんじゃないよ。初心者向けだって言ったろうに。特に、この火。炭をイメージした?」
「はい、そうですが」
なんか怒られる。変だなぁ。とはいえさすが第一人者、すぐに炭だと分かるのね。
前職についてはこう説明するように、エクヴァルと話し合ってあるんだろう。
「それにしても燃え方がすごいねえ。そのイメージなら普通は、温度が高くとも火はあんなに出ないんだけどねえ。カーネリアンにして、攻撃力に振り切ったわりに火がねえ……」
モレラート女史は何か考え込んでいる。分かりました、まだやり過ぎなんですね。
「ところで賞品なんだけどね」
「あ、はい」
唐突に顔を上げて、モレラート女史が話題を切り替えた。
何がもらえるのかな。チラシには一位と二位のメインの賞品だけで詳細は無く、特別賞については記載もなかった。
「実は参加者が五人だし、一位と二位しか考えて無かったんだよ。なんか欲しいものあるかい?」
まさかの未定。欲しいものかあ。欲しかった蛇の魔核はセビリノが手に入れたし、わざわざここで求めるものってあったかしら。
少し考えると、ここでは入手困難なアイテムを思い出した。
「……空飛ぶアイテムなどは無理でしょうか。魔法付与の指導だけでも、して頂けたら……」
そうそう、エクヴァルの靴!
魔法付与はモレラート女史のお得意だものね、細かい調整方法を教えてもらえるだけでもいいわ。
「いいよ、私が作ってあげよう。助手としてアンタの一番弟子のセビリノを貸してもらうよ」
「私ではいけないのでしょうか?」
頼んだ私ではなく、セビリノをご指名とは。一位を取られたことより、よっぽど悔しいぞ。
「アンタは使用者を大気圏外まで飛ばすだろ。死ぬよ」
モレラート女史は確信に満ちた声色で、そう告げた。
セビリノが口角を上げたまま、うんうんと頷いている。そこ、喜ぶところじゃないから! 死ぬほど飛ばしません!
とにかく表彰も終わり、これで解散だ。
魔法付与した宝石は商業ギルドに一ヶ月間展示した後、返してもらうか、オークションにかけるか選べる。私はオークションにかけてもらおうかと思ったが、取り扱いの難しい危険物だから無理だ、と断わられてしまった。
展示期間の一ヶ月の間に、どうするか考えようっと。完成したとはいえ、石を変えれば改善の余地がある過程みたいなものだし、あんまり興味が湧かない。
昨日と同様にスカウトなどの人が来ているが、私とセビリノはエグドアルムの所属なので、全て断わってもらうよう伝えてある。バースフーク帝国の職人であるカミーユも、同じだろう。
「イリヤさん、アーレンス様!」
セビリノと二人で関係者が出入りする裏口から帰ろうとすると、関係者席にいたチェンカスラー王国の王宮魔導師、エーディット・ペイルマンに呼び止められた。彼女は審査に加わっていなかったわね。
「エーディット様、今日は見学ですか?」
「本当は昨日も来たかったけど、王都の行事があったのよ。王宮に勧誘できる方がいらっしゃるか確認に、仕事で来たのよ」
忖度しないように、評価には加わらなかったそうだ。
「一位はアーレンス様、特別賞はイリヤさんだから無理だものねえ。ティルザさんの意向を知りたいわ」
「確か、魔法付与のお仕事が欲しいとは言ってましたよ。どこかに所属したいかは微妙ですが……」
元が冒険者だから、自由がいいかも知れない。王宮に仕えるとなると、色々制約も出てくるもの。エーディットは顔に手を当てて、悩んでいる。
「それなら五人しかいなかったんだし、全員でお疲れ会をしようって誘ってみたらどうかな?」
私達が出てくるのを待っていたエクヴァルにも、話の内容が聞こえていたのね。
後ろからはリニが覗いている。
「いいわね、それなら聞き出しやすそう! こちらで全部持つわ、帰られる前に声を掛けましょう!」
「個別に声を掛けたら怒られませんか?」
「意向を確認するだけだし、事前に運営に知らせてあるわよ」
そうだわ、国の方針だから運営も
「すごいなあ。私も知らない人と、あんなにハキハキ喋れたらなあ……」
「リニはそのままで大丈夫だよ」
「で、でも、エクヴァルも、誰とでも上手に会話をするもの。私も、頑張らないと……!」
何にでもやる気を出すリニ。エクヴァルに近付きたいのかな。
「リニは話を聞くのが上手じゃない、だから会話していると楽しいよ。ね、イリヤ嬢」
「ええ。リニちゃんとお話するのは、とっても楽しいわよ」
エクヴァルに指名されたので、大きく頷いた。リニは
「本当……? 嬉しいな。そうだ、イリヤ、セビリノ、入賞おめでとう。どっちも、すごかった……よ」
「ありがとう。リニちゃんとエクヴァルも、護衛のお仕事お疲れ様」
リニは返事の代わりに、笑顔を深めた。
話をしている間に、エーディットは声を掛け終わっていた。他の三人も快く参加してくれた。それとラファエルまで一緒にいる。
「ローザベッラは関係者や審査員達と、打ち上げに行ったよ。私はこちらに参加させてもらうね」
エーディット、よく四大天使の一人を誘ったわね。階級は第一位階の、
先程まで彼と一緒にいたルシフェルは、ベリアルと飲み会をするそうだ。キメジェスも誘って。地獄の侯爵のキメジェスは、たまに失言をするのよね。かなり気を遣いそう。
大会に参加した五人とエクヴァルとリニ、エーディットと天使ラファエル。
参加者は全部で九人。今日はお祭りの最終日だから、お店が混んでいるかも。この人数で入れるお店があるかしら。
「どこがいいかしらね」
「探してみるよ。リニ、後で合流しよう」
「うん、皆と行くね」
契約しているリニなら、離れすぎなければエクヴァルの居場所が分かるからね。エクヴァルが一足先に人混みの中へ姿を消した。
セビリノやエーディットが挨拶をされて相手をしている間に、私達も大会の関係者にお疲れ様でしたと声を掛けられ、少し会話をした。そうしてちょっと時間が経ってから、移動する。どこか空席のあるお店があったかな。
大通りはたくさんの人が行き交い、お店の外に用意されたテーブルでは立ち飲みをしていた。露店に来てくれた、兎人族と虎人族のコンビも居酒屋にいるわ。冒険者が集まっているし、これは賭けをした人達かしら。
メインの通りから離れると、喧噪も小さくなる。
「こっち……みたい、だけど……」
お店も少なくなってくるので、リニが不安そうになる。辺りを見回して町の様子を確かめながら、進んでいく。
カーブを曲がったら、細い路地の入り口でエクヴァルが手を振った。
「リニ、こっちだよ」
「エクヴァル、良かった」
エクヴァルの姿に安堵して、リニは小走りで近付いた。
「繁華街は混んでいたからね、こっちの方になっちゃったよ」
やっぱりなかなか、入れるお店が見つからなかったのね。
路地を覗き込むと、レストランの看板がある。見つけにくいお店だわ。
店内はお客が少なく、わりと静かだった。
「いらっしゃい。お祭りだとこっちの方まで人が来ないから、今日はむしろ空いてるんだよ。大部屋が空いてるから、使ってね」
笑顔の店主が用意してくれたのは、二十人くらい入れる部屋だった。小さいパーティーとかを開く部屋かな。扉の代わりにカーテンで区切られていて、長いテーブルが二つ並んでいる。
九人だから、片方のテーブルだけでいいわね。
適当に席に着いて、まずは飲みものを注文した。私は温かい紅茶。
隣はセビリノで、エクヴァルとリニは入り口近くに座った。
まずは飲みものが揃って乾杯だ。一口飲んでから、私の体面に座ったラファエルが質問をしてくる。
「君は龍神族の長、ロンワン陛下と面識はあるのかい?」
唐突な質問だけど、魔法付与と関係があるのかしら。不思議に思いながら答える。
「いいえ、ございませんが……」
ロンワン陛下は召喚に応じないんじゃないだろうか。同格である竜神族の長、ティアマトが召喚された時は周囲を壊滅させて、最大の召喚事故と呼ばれるようになった。そのくらいの覚悟が必要なのだ。
ちなみに地獄の王パイモンの被害の方が大きいので、最大の召喚事故の記録はこちらに書き替えられただろう。
「君の魔法付与で、切った対象物が後からもジワジワと燃えていたでしょう。あの後、半分以上焦げていてね。アレは呪いどころか
「そういう火もあるのですね」
着火して普通の火になって延焼するのではなく、魔力を帯びた火が、使用者の制御を離れても燃え続ける。あの状態なので、新たな魔力の供給などはしていないはずだ。
それが神火に近いものとは。うーん、魔法は奥が深い。
もしかして、これを伝えたくて参加したのかしら。
考えごとをしていて伏せていた目を上げた。
ラファエルと視線が合うと、急に口元を緩めて片手を口に当てる。
「呪いと勘違いされるだけでも面白いのに、ぷぷ、炭をイメージ……、炭……! あっはは!」
声を立てて笑うラファエル。そんなに笑うこと!?
職人ばかりが集まっているので、新しい知識に皆が真面目な表情で頷いている。笑い終わったラファエルが、更に続けた。
「……宝石を変えて改良すれば精度は上がるけど、人の身には過ぎたる技術だよ。これ以上は控えなさい。消せない火なんて、扱いを間違えれば
確かに、もし対象以外に火が付いたら取り返しが付かない。これは意思では止められないのだ。
「イリヤさんはそれよりも、空を飛ぶ魔法アイテムだったわね。そちらの完成を楽しみにしているわ!」
魔法アイテムを普及させたいエーディットは、モレラート女史が作るアイテムも見たいと楽しみにしている。作ったら見せた方が良さそうね。
料理が運ばれてくる頃には、部屋の中は今日の大会の話題で盛り上がっていた。
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