第305話 庭園は戦闘日和・前編

 襲撃してきているのは誰だろう?

 まずはそこを把握しないといけない。いつもなら隣にエクヴァルがいるから聞けばいいけど、この状況でのんきに質問に行くのも申し訳ない。エグドアルムの事情に明るくないベリアルにも、すぐには分からないよね。

 周囲を見回した。地上での白兵戦だけでなく、攻撃魔法に対し宮廷魔導師が、防御魔法を展開していた。


 宮殿の西棟のバルコニーから、リニが不安そうに眺めている。

 最後尾を飾っていたエクヴァルの部隊は、門の外に取り残されてしまった。召喚した獣のお披露目で外に出ていた宮廷魔導師も同じく取り残されたが、彼らは飛べる。飛べない獣を近くにいた兵に託し、上空へと移動していた。


「……門の錠を下ろされては、外からは開けられないね。我々は市民の安全を最優先させる。同胞が必ず殿下を守り抜く、心配はいらない。王都の正門へ向かう、人が押し寄せて混乱している筈だ」

「は、カールスロア司令!」

 こちらは警備兵などに任せて、エクヴァルと部下達は王都の門へと向かった。外まで逃げようとする人も多いだろうから、事情を知らない門番はパニックになっているかも。もう伝令は届いたのかな?


 城の門を抑えている人数は少ないので、その気になれば短時間で開放できそうだわ。

 閉じられた門の柵を握って、男性が叫んでいた。アレは、町で見かけた人だ。

「バカな真似はやめろ、キヴェラ! これじゃ謀反だ……、お前だけの命で済まなくなるんだぞっっ!!!」

 元宮廷魔導師だった、キヴェラ男爵と一緒に歩いていた男性だ。キヴェラ男爵は靴磨きの子に絡んだりして、エクヴァルに連行された。

「黙れ黙れ黙れ……、私が罷免ひめんされたのに、あの庶民の女が宮廷外部顧問だと!? アレは国がどうしても手放したくない人物に就ける役職じゃないか! 皇太子の不当人事に、納得できるか!!!」

 これは、皇太子殿下への逆恨みからパレードを狙ったんだわ。

 場内の兵も手駒に一部入れ替えて、終了間近に行動を開始したのね。

 キヴェラ男爵の近くにいる、他の魔導師もじっと眺めた。フードで顔は隠れているものの、見覚えがある。罷免された宮廷魔導師に違いない。


 第一騎士団は各国の国王などの賓客の警備と避難誘導に当たり、宮廷魔導師や庭園の観覧席にいたエグドアルムの貴族も協力している。他国の王族に怪我でも負わせたら、大変な問題になる。混乱する賓客の安全な退避も急務だ。

「こちらへ、宮殿内へ入ってください」

 エクヴァルのお兄さんも、積極的に誘導している。普段はちょっと情けない感じがしてたけど、こういう時は頼りになりそう。


 悪魔好きのクレーメンスも、しっかり仕事をしている。

「君達は国賓に魔法が及ばないよう、あちらについて。回復が得意な人は、治療に専念して」

 部隊が分かれて、任務に取り掛かる。

 突然敵になったのは、観覧席付近の兵の一部だ。かなり焦っただろうな。エンカルナの部隊は、そちらの戦いに加わっている。


「参ったわ、同じ鎧だものね。国賓の守護に専念するのよ。近づく警備兵は全て切り捨てなさい! 警備兵は間違えられたくなかったら、私達に近付かないでね!」

 敵が警備兵と同じ武装を用意してまぎれていたので、瞬時に敵味方の区別はできない。護衛の対象に接近した時点で攻撃対象にしてしまうようだ。大雑把だけど確実だわ。

 彼女の部下は避難する国賓と、それに付いている第一騎士団を逃すべく、同じ鎧同士で戦う警備兵と彼らの間に布陣した。

 庭園の観覧席から宮殿までの道のりが、やたらと長く感じられる。見物客の中には天使連れもいて、ベリアルとルシフェルを振り返りつつ無言で移動していた。


「広域攻撃魔法がくる!!!」

 上空で警備の魔法使いが叫ぶ。

「アーレンス君、今度は君が防御魔法の指揮を執ってくれ」

「承知致しました」

 宮廷魔導師長に任じられて、セビリノが防御魔法を唱える為に協力者を選ぼうとした。

「セビリノ、俺が協力しよう!」

「ヴァルデマル殿、心強い!」

 エリー達の救出作戦に協力してくれたヴァルデマルだ。エグドアルムへはパレードの見物に来ていたのよね。王都に戻るのが間に合ったようだ。


「そちらの方は?」

 魔導師長が尋ねる。ヴァルデマルはセビリノの横に並んだ。

「元ルフォントス皇国の魔導師、ヴァルデマル殿です。彼と協調すれば、二人で十分でしょう」

「そう、俺達は……」

 二人が顔を合わせて頷いた。なんだか無性に悪い予感がする。

「「こころざしを同じくする、イリヤ様崇敬会の同志!」」


 決めゼリフのつもりだろうか。ドヤ顔で、二人して何かのたまってますが。短いセリフなのに、最初と最後の内容が一緒。

 何を発足ほっそくさせているの、あの人達は。

 魔導師長は表情を変えずに頷いて、魔法を使うよう促した。さすが組織の長、素晴らしいスルースキルをお持ちだ。

 ベリアルは笑っている。隣でルシフェルもクスクスと小さく笑っている。もう笑うしかない。

「崇敬会……? 知ってるか?」

「さあ……、イリヤ様?」

「アーレンス様に師匠がいらっしゃるとは噂で聞いたな。その関連かな?」

 魔導師の皆さん、真面目に取り合わないでください。架空の団体です。

 唱えられたのは吹雪の軍勢の魔法、グロス・トゥルビヨン・ドゥ・ネージュ。防御魔法はさすがに国の最高峰の二人の魔導師が唱えただけあって、しっかりと広域攻撃魔法を防いでいた。はいはい、楽勝楽勝。


 罷免された魔導師は、二人の魔法剣士の護衛をともなっている。

 魔法を使う者は、詠唱をする際に身を守る者が必要なのだ。宮廷魔導師側には、飛べる騎士が三人付いている。

 広域攻撃魔法を防いだすぐ後に、騎士の一人が飛び込んで敵の魔法剣士に斬りかかった。騎士は魔法剣士の少し手前で速度を緩め、まっすぐに振り下ろされると構えた魔法剣士の剣を掠って半身で突き出し、肩に剣を突き立てた。

「しまっ……!」

 赤い血が飛び散る。

 もう一人の魔法剣士が援護に近寄ろうとするところにアイスランサーの氷の矢が飛び、慌てて避ける。

 その間に二人は距離を取りった。


 魔法剣士の怪我は、魔導師が即座に回復させた。さすがに腐っても元宮廷魔導師だわ。

 最初こそ後手に回ったものの、正式な宮廷魔導師の側が優勢だ。当然かな、相手は実力不足で罷免された人達だもの。だからこそ、何か隠した手段があるのかも。

 真っ赤なスザクが翼を広げて跳び、敵は防御魔法などで防いでいる。

 下で宮廷魔導師長のアルスヴィズという馬の体が光っていた。魔力を高める効果があるのだ。

 敵の魔導師の詠唱が聞こえた。広域攻撃魔法を特に警戒していた宮廷魔導師は、反応が遅れる。


「暗き地の底より、声もなく慟哭する者。奥津城おくつきに眠るあおき妄執の火を我に委ねたまえ。情炎ようねれ、蛇のごとく。絡みついて引き摺り込め、死のふちまで沈みゆけ。包みてぜよ、バーン・ヘル・サーパンタイン!」


 青白い炎が空中に浮かぶ術者を取り巻き、突き出した杖の前に集まって大きな塊となった。

 勢いを増して燃え盛り、蛇行して殿下を狙う。不吉な感じのする火は、宮廷魔導師のプロテクションをいとも簡単に破って更に進む。敵はかなり性能の良い杖と、魔力増強のタリスマンを装備しているようだ。

 火と同時に闇の属性を持つ火ということも、光属性のプロテクションを破壊しやすかったんだろう。


 魔法はセビリノ達と合流しようとした私から遠くない場所を通るので、ベリアルがスイッと進んでそれを浴びた。

 炎はまたたく間にベリアルを包んで燃え上がり、意思を持つかのように、不気味にゆらゆらと燃え続ける。

「身をもって皇太子を守ったか。だが息もできぬだろう! この火は呪いを含んだ火だ、命が助かったとしても苦しむことになる」

 術者が得意気に解説する。その余裕も長くは続かなかった。

 青かった火が、衣を脱いだようにするりと赤に変化したのだ。

「我に呪いなど通じぬ。ふはははははは!!!」

 火はベリアルの笑い声に呼応して倍にも膨れ上がり、激しい猛火となって術者へと返っていく。

「うわ、うわああああぁぁ!!!」

 魔法が返されるとは考えもしないので、防御魔法も間に合わない。


 ベリアルとの契約には、私の同意なく命を奪わないという条項がある。

 この場合はどうなるのかと観察した結果、塗り替えたとはいえ元は相手の魔力だから適用外だと結果が出た。魔導師は炎に巻かれて墜落した。

「おい、どういうことだ……? こんな悪魔はいなかっただろう……!?」

 仲間の最期を目の当たりにした魔導師が、他の魔導師と顔を見合わせた。

「庶民の女、貴様は何を連れてきたんだ……!?」

 キヴェラ男爵が私に問い掛ける。ものを尋ねる態度じゃないわ。

「男爵も戦ってみたら解るのでは?」

「ふざけるな! 戦えるような悪魔じゃないだろう!」

 ベリアルがニヤリと口元に笑みを浮かべて男爵と視線を合わせると、相手は震えてそれ以上喋らなかった。


 ちなみにルシフェルはというと、誰もいなくなった観覧席にいつの間にか座っている。手を出すつもりは本当に一切ないらしい。

 そしてそこへ、先程まで部隊の指揮を執っていた悪魔好きのクレーメンスが、トレイに飲みものと軽いおつまみを載せて満面の笑みで現れた。

「どうぞ、地獄からの来訪者様」

「……頂こう」

 にこやかに受け取るルシフェル。

 しかし彼はベリアルと違って、ちやほやされるのが大好きなわけではない。むしろ真面目な性格だ。きっと笑顔の裏で、クレーメンスにはマイナス評価を下しているよ。


「ベリアル殿、どうしましょう。あの魔導師達が敵だとは分かるんですが、なんだか敵の実態が掴めません」

 彼らを押さえればいいのかしら。まだ何か、見逃しているような。

「……皇太子の改革への恨みによる、クーデターであるな。ならば最も恨みが深い者が、現れるであろうな」

「最も恨みが深い者……?」

 誰を指しているんだろう。魔導師の最高峰に上り詰めて罷免された、宮廷魔導師の人達の憎しみが強そうに思う。

 

「周囲を警戒しろ、皇太子殿下のお命を狙ってくる可能性が高い! ヴェイセル・アンスガル・ラルセンは必ず姿を現す!!!」 

 ジュレマイアが殿下周辺の警備をしながら叫ぶ。

 彼らが一番警戒しているのは、ヴェイセルによる皇太子殿下の暗殺なんだ。

 ベリアルが言う「最も恨みが深い者」も、彼のことなんだ……! 犯罪が暴かれただけだよ、ものすごい逆恨みじゃない。


 不意にジュレマイアが動き、近くにいる兵が膝を折った。

「警戒しろと言ってんだろうが!」

 ジュレマイアの剣が目に映らないほど早く振られ、飛んできた細い物体を叩き落とす。

 矢だ、矢が飛んできている!

 膝を折った兵は足に矢が突き刺さっていた。他にも、鎧を貫通して脇腹に刺さった人もいる。

「あっちだ、取り押さえろ!」

 観覧席の裏手に隠れていた数人の弓兵が、再び矢を放って逃げ出した。

 警備兵と親衛隊のジュレマイアの部下の一部が、それを追い掛ける。宮廷魔導師見習いが一人加わり、土の壁を作る魔法で逃走を阻止。迫る兵に、弓では反撃も心許こころもとない。全員あっけなく投降した。

 怪我人は出たものの、弓兵はしっかり倒せたよ。

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