第165話 町は誘惑がいっぱい
殿下やその護衛と一緒に、町を歩いている。ロゼッタ達も一緒。
これは……、目立つ。いいのかなあと思うんだけど、エクヴァルの上司だもんね。何か思惑があるはず!
殿下のすぐ脇には黒髪の女性、アナベルという側近が付き従っている。エンカルナとベルフェゴールはロゼッタの近く。私の隣にはベリアルが居て、エクヴァルとセビリノももちろんいるよ。でもリニはお留守番。うちを探るような人が居ないか、見てもらうために。
殿下がロゼッタに何か贈り物をしようかと、アクセサリーのお店に彼女を誘って入って行った。
私はエクヴァルを見た。
「……何、イリヤ嬢。何か言いたそうだね」
「殿下と似てるなあって」
「トビアス様って呼ぶようにね」
「あ、そうだったわね」
皇太子殿下というのは隠していたんだ。うっかり呼ばないようにしないと、聞かれたら大騒ぎになっちゃう。
「あれ、イリヤさん。今日はまた大勢で」
商業ギルドのギルド長だ。ベルフェゴールも一緒に居るのを目にして、何故か身なりを整えている。結婚してるのにな、ギルド長。
エクヴァルがクスッと笑いながら、殿下達が入ったお店に顔を向けた。
「ギルド長、エグドアルム王国からの使節団の方々ですよ」
「昨日レナントに到着したとされる! それは是非、ご挨拶させて頂きたい」
大通りには護衛の男性が数人立っていて、殿下がお店から出てくるのを待っている。ギルド長も買い物が終わるのを待って挨拶しようと、一緒にここにいる事にした。
しばらく話をしていると、扉が開けられて殿下が姿を見せる。
「これはどうも挨拶が遅れました、このレナントの商業ギルド長を務めている者です。ようこそいらっしゃいました」
「始めまして。私はトビアス、使節団の団長です。わざわざどうも、ご丁寧に」
「エグドアルムからいらっしゃるなど、珍しいですからね。商品などご入用なものがありましたら、お気軽にお申し付けください」
握手をしながら、軽くお辞儀をするギルド長。フェン公国だけじゃなく、ぜひウチも宜しくという事らしい。挨拶を済ませたギルド長が、思い出したようにそうだ、と言いながらこちらを見た。
「イリヤさん、セビリノ様と一緒にノルサーヌス帝国との魔法会議に参加してほしいと、お誘いがあったんだけど……」
魔法会議。前魔導師長との事件の直前にもあったやつだ。あの時は軍事国家トランチネルが地獄の王を召喚しようとしているという話で持ちきりになってしまって、あまり会議は進まなかったのよね。
クローセル先生と、先生の契約者であるクリスティンもいる国。二番弟子になったアンニカとの出会いは、同じ会議のメンバーとして参加した時だ。
「へえ、魔法会議」
殿下が興味を示した。
「参加してもよろしいので?」
セビリノはそういうの、好きなんだよね。
「時期にもよるけど、いいよ。かわりにエグドアルムの代表として参加してね」
「今回はフェン公国の代表も参加されるので、四カ国になります!」
ギルド長は嬉しそうにして、日程などを書いた紙を渡して説明を始める。出発はもうすぐだったけど、私達は飛行魔法で別に行くことにした。馬車だと何日もかかるからね。セビリノがギルド長と打ち合わせする為に、ここで別れた。今回の私達は、エグドアルム代表だ。これなら目立っても問題ないぞ。なんと言っても、国名だけでも注目されるもの。
会議に参加するとして、その間ロゼッタ達はどうするのかな? ベルフェゴールがついているから、大丈夫なのかしら。
まあエクヴァル達の判断に任せておこう。
私達が話をしている間、ロゼッタはロイネと買い物を続けていたみたい。エンカルナとベルフェゴールは外で談笑、アナベルは殿下についている。
ロゼッタは何か買ったらしく、小さな袋をロイネが持って、少し離れた場所にあるお店から出て来た。そこで話しかけてきた男性に、何故かお付きのメイドのロイネと一緒に、ついていこうとしている!?
私が慌ててそちらに向かうと、ベリアルがすぐ前に出る。
「……アレは、悪魔であるな!」
「悪魔ですか!? 待って、ロゼッタ……」
パアッとロゼッタが持っている、私の護符が光った。彼女の腕を掴もうとしていた男性の手がバチンと弾かれる。
光に照らされた彼女は前を見て、今気付いたように後ずさった。
「……あ、貴方、何なの!?」
「インキュバスですのね!」
ベルフェゴールも気付いて、すぐに彼女へと向かう。
インキュバスとは、男性の姿で女性を誘惑する悪魔。一種の催眠状態にして、彼女を私達から引き離そうとしたのだろう。
「……ひい!??」
しかし地獄の王と、ルシフェルの秘書がついている状態。派遣されたインキュバスこそ不幸だ。
コウモリの姿になって、すぐに逃げようとするんだけど。
「私が護衛している者を誑かそうとは、ルシフェル様に顔向けできません!!」
ひゅっとベルフェゴールが飛ぶと、すぐにコウモリを追い抜いた。後ろにはベリアル。うわあ、やだコレ。
「君達、落ち着いて! 彼は帰してあげて、ロゼッタ嬢が我々と居る所を見せたいんだから!!」
エクヴァルも慌てて駆け寄る。ロゼッタにはエンカルナが寄り添い、後ろに下がらせた。
「……この者は放免すべき、という事でしょうか」
「そう。彼女の護符で退散した、という事にでもして。彼は第二皇子の手の者だよね? それだけ確認して、こっちも悪魔がついている事は、内緒にしてもらおう」
「当然である。我が居る事を、勝手に口にする事など許されぬ。この炎の王ベリアルと、敵対したいわけでないのならばな!」
「べ、ベリアル様……!!!」
インキュバスは人間の姿に戻ったんだけど、もうかわいそうなほど小さくなって震えている。わざわざそんなに脅さなくていいのに。
不機嫌な表情のベルフェゴールが、インキュバスを睨みながら質問を始めた。
「契約者について答えなさい」
「わ、私の契約者は、タルレスという公爵の配下で、……第二皇子だとか、そのような話は存じません」
タルレス公爵。ロゼッタが注意すべき人物として挙げた、第二皇子派の公爵の名前だわ。第二皇子派の仕業に確定ね。
「そなたの契約者は、このレナントにおるのかね」
「いえ、ここには私だけです。別の者が来るとか、もう来ているとか、そんな話だったと思います。契約者は戦闘能力がないので、来ないのです」
ベリアルの問いかけに、丁寧に答えている。知ってることは包み隠さず話してくれるだろう。ここで人間を庇ったら、地獄で居場所がなくなっちゃうわ。
「では行きなさい。ただし、もう二度と私の前に姿を見せませんよう」
今回はベルフェゴールの方が怒っている。やっぱり契約者が相手だと、悪魔も態度が違うんだよね。
「申し訳ありませんでした……!」
インキュバスは一目散に逃げ去った。
「悪魔を寄越されるとは、思いませんでしたわ……。イリヤさんありがとう、この護符のおかげで事なきを得ました」
「いえ、皆が居る場所だったので良かったのです。インキュバスの誘惑の術を使ってくるとは、思い至りませんでした」
こんな白昼堂々、仕掛けてくるなんて。護符がきちんと作動してよかった。あとでまた魔力を供給して、毎日身に付けていてもらおう。
「話からして、既に連絡員がレナントに潜んでいると考えた方が良さそうだ。イリヤ嬢の家にいるのはもう知られているか、もしまだだとしても、突き止められるのは時間の問題だろう」
「そうね、エクヴァルの言う通りだと思う。ま、これで私達と行動を共にすると、向こうも確信したわね」
エンカルナが頷いて、殿下とアナベルに目配せする。
「私達がフェン公国から戻ってきたら、レディ・ロゼッタ達をエグドアルムへ連れて戻るフリをする。馬車で王都までは一緒に行こう、それまでしっかりと身を隠してね」
「……はい。それまでは出歩かない事といたします」
殿下の言葉に、ロゼッタとメイドのロイネがしっかり頷く。
エグドアルムの使節と一緒に居る姿を見せて、同行してエグドアルムに向かったフリをすれば、レナントで彼女たちを追う連中がそちらに付いていく、って事なのね! エクヴァルが手紙で一緒にエグドアルム王国へ帰るような表現をしたのも、この為だったのかな。
うん、私も解ったわ。それまで二人には窮屈だけど、あと数日。しっかり守らなきゃね!
「さあ、今日はもう来ないだろう。好きなものを買いなよ」
「トビアス様。羽目を外しませんように」
明るく語り掛けた殿下に、アナベルがにっこりと笑顔で釘を刺す。
「でもほらアナベル、怖い目に遭い掛けたんだから、彼女たちも気分転換をね……」
「トビアス様は怖い目に遭いかけておりませんもの、気分転換は必要ありませんね」
うーん、殿下の分が悪いわ。
このやり取りを見てロゼッタが笑っていたから、少しは気持ちがほぐれたみたい。悪魔と関わったりしなそうだもんね、ビックリするよね。
「でも、エクヴァルも一緒に町を歩きたいだろう?」
「トビアス様、私を巻き込まないで下さい。私は貴方がいらっしゃることすら、教えて頂いておりませんでしたよ」
「あ、冷たい。エクヴァルが冷たい。酷いよね、イリヤさん」
「私も、教えて頂いておりませんでしたから」
私がベリアルにそろそろ家へ戻ろう話すと、エクヴァルもセビリノもこっちに来ちゃった。
「今日は私も、もう失礼します。トビアス様はわがままですのね」
ロゼッタとロイネも、私達と一緒に来た。もちろんベルフェゴールも。
「お開きですね。ではトビアス様をヨロシクッ! 私も送りに行ってきまーす」
エンカルナまで。
「ええ~、みんな帰っちゃうの。夕飯を一緒に食べよう」
「トビアス様。警備の都合もあります。戻りますよ」
殿下はアナベルに促されて、諦めて戻って行った。ずっと馬車で移動してたから、退屈なのかしら。明日はまた、馬車でフェン公国に向かうんだもんね。
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