第166話 殿下、御出立
明くる朝、殿下達とエンカルナはフェン公国に旅立った。
なぜか街道にお見送りの人が出ている。他国の使節って、珍しいんだろうか。南北と王都を繋ぐ場所にあるから、かなり色々通りそうだけどな。
私達は特に見送りもせず、帰って来るのを待つことにする。あと数日!
ロゼッタ達には家の中だけで過ごしてもらう事にして。私は午前中、セビリノとノルサーヌス帝国で行われる魔法会議の打ち合わせをする。魔法会議で、二人で新しく開発した魔法を発表する予定なの。
午後からはセビリノと一緒に、ベリアルも伴ってアレシア達の露店に出掛けることにした。
「見た? イリヤお姉ちゃん! エグドアルム王国の使節の馬車が朝、出てったの。すっごく遠い国だよね。かっこよかったよ!!」
「キアラ、イリヤさんはそのエグドアルムから来たのよ」
興奮気味なキアラに、姉のアレシアが落ち着きなよと声をかける。
「そうだったっけ。じゃあイリヤお姉ちゃんは、あの馬車見た事あるの?」
「あるわよ。もっと何台も連なって行くのも見たことがあるわ。セビリノは乗った事があるわよね?」
「はい。随行した事も、警備をした事もあります」
「乗った事があるの!? どんな感じ?」
驚いたキアラが、セビリノを見上げる。彼は背が高くてあまり表情が変わらないから、威圧感があって怖がられるけど大丈夫かな。
「ふむ、乗り心地は普通の馬車よりも良い」
「偉い人について行ったの?」
「宮廷魔導師長を補佐する方に伴って、隣国へ行った事がある」
「すごい、すごい!!」
いつもの端的な返事だけど、怖がられていない。良かった、むしろ仲良くなってる。
あれ? アレシアがなんか不思議そうにこっちを見てるぞ。
「どうしたの、アレシア」
「いえあの……、イリヤさんのお弟子さんですよね、セビリノさんって。すごくりっぱな魔導師様では……?」
気付いてしまったか。なんて答えようか。
「ええと、セビリノはすごく立派よ。なんで私の弟子になりたがるのかは、解らないんだけど……」
聞こえないように、こっそり囁いた。聞こえたら、おかしな熱弁を振るい始めちゃうから。ベリアルは私達のやり取りを、面白そうに眺めている。
「あの~、このお店でアイテムに魔力って補充できます?」
話をしていたら、冒険者のお客さんだ。
「すみません、私は出来なくて」
「差し支えありませんでしたら、私がやらせて頂きますが」
アレシアが断ったので、私が引き受けようとアイテムを見せてもらった。魔力を強める、普通のアミュレット。魔法使いでも、自分で魔力を補充できない人もけっこういる。これは職人としての能力だものね。
「師匠、私がやりましょう」
横からセビリノが手を出し、受け取って早速魔力を籠めている。アミュレットの石が柔らかく光って、魔力に満ち溢れた。
「ありがとうございます!」
アミュレットと引き換えに代金を受け取ると、相手は喜んですぐに待っている他の仲間に向かって行った。
「……」
視線を感じる。
「うん、さすがセビリノ。スムーズだったし、とても良かったわ!」
「恐縮です」
すごく嬉しそうにしている。褒められ待ちまでするようになってしまったぞ。
さて次は、セビリノが使うアイテム作製用の素材。足りなくなったので、一緒に買いに行く。人通りはそんなになくて、どこからともなく今朝の馬車を見たという噂話が聞こえてくる。目的のお店は、交差点を曲がってもうすぐ。
バタンと乱暴にドアを開ける音がして、そちらを見た。すぐ脇にあるお店から男性が飛び出してくる。
「師匠!」
セビリノが私の前にサッと出て庇ってくれて、突然現れた男性とぶつかった。
「大丈夫、セビリノ!」
「……失礼しました、問題ありません」
よろけて二、三歩下がったところを、両手で支える。
「危ないじゃないですか、気を付けて下さい!」
「うるせえ、邪魔だ!!」
乱暴な男性ね! ぶつかった拍子に落とした何かを、拾おうとしている。日差しにキラリと光る、宝石がついた指輪とブローチ。
「泥棒!! その男、泥棒よ!」
男性が出て来た店の入り口で、店員の女性が大きな声で叫ぶ。男性店員らしき人も出てきて、こちらに急いでやって来た。
「待て、返せ!!」
「チクショウ、もう来やがった!」
これ、もしかして盗品!? 取り押さえないと、と思ったんだけど。
バチンと大きな音がして、宝飾品を拾おうとしていた男性が、手を引っ込めて逆の手で押さえる。
「うわああッ、痛え!?」
「……邪魔はそなたである。我が契約者を害するとあらば、ただではおかぬ!」
そうだった、ベリアルも一緒だったんだ。時々沸点がとても低いのだ。今回はまだ、セビリノしか被害を受けていないよ!
「ベリアル殿、守備兵に引き渡しましょう。泥棒みたいです」
「全くそなたは、ぬるい事を!」
「そう仰いましてもね、まだ私に攻撃が向けられたわけではないですよ」
「ぬぬっ……!」
契約があるから、私が同意するか、私を襲う人間じゃない限りベリアルは命までは取れないんだよね。
男性店員と警備の人がやって来て、泥棒を押さえた。商品は取り返せたけど、落ちたから傷ついたかも知れないな。それでも、とても喜ばれたよ。
ハプニングはあったけど、セビリノが必要としていた素材も買えたし、私もついでに薬草を購入した。さすがに無駄に歩かないで、すぐに帰る。相変わらずベリアルといると、女性の視線が集まるなあ。
用も済んだし、次の日は家で一日過ごすことにした。セビリノはまたアイテムを作っていて、エクヴァルは一階で待機、ロゼッタ達は二階で大人しく過ごしている。私は会議の資料の確認をしていた。もう一回実際に唱えてみたいけど、今はダメだよねえ。発表するのは、回復魔法なんだ。
お昼ご飯の時間になったから、みんなが台所に集まって来た。ちょうど黒い猫の姿のリニも外から帰って来て、家に入って角と尻尾が生えた、可愛い女の子の姿になった。そして何やら慌てた様子で、訴えかけてくる。
「あの、あのね! シルフィーちゃんが呼びに来たから、ジークハルトの所に行ってきたの。そこでね」
妖精のシルフィーと、いつの間にかお友達になったらしい。その後に続いた言葉は、全くの予想外の事だった。
「イリヤの所で、毒を作ってるって投書があったって。明日、役人さんが確認に来るんだって……!」
「毒!? 何で急にそんな! 作ってないし、疑われる心当たりもないわ」
「……その手で来たか!」
エクヴァルを振り返った。これも、敵の作戦なの!?
「どう聞いたか詳しく説明して、リニ」
「うん、エクヴァル。あの、娘さんが病気になって休んでた人が急に復帰して、ここを捜索するって言い出したんだって。ジークハルトもおかしいって思ったんだけど、偉い人だから止められないし、本当は情報を洩らしたらいけないって」
「やはり……」
「どういう事? 何があるの……?」
エクヴァルと視線が合わさった。
「敵の、第二皇子側の仕業だよ。病気の娘が居るという事は、薬と引き換えにここを捜索するよう持ちかけたんだろう。もちろん、毒なんて言うのは建前。目的は、ロゼッタ達だ」
「ロゼッタ! じゃあ毒を疑ってるわけじゃなくて……」
「狙いは彼女達だろう。もう、ここも見張られているはず。今更移動はできない」
「うん。周りに、こっちを見てる人が居たよ」
だからリニは黒猫の姿で入って来たのね。明日、捜索に来られたら二人が見つかって連れて行かれちゃう! どうしたらいいの!?
「……不快ですな。師匠にそのようなあらぬ嫌疑をかけ、罠に嵌めようとは」
「心配はいらぬ。我が人間共に礼儀を教えてやるわ」
「私も、師匠の為ならば広域攻撃魔法でこの町を沈めてでも、お守りいたします!」
「いやね君達、過激な真似はしないでくれるかな?」
セビリノまで一緒になって……! まさかのエクヴァルが止める側。私もやめてほしい。そんな事になったらせっかく買ったこの家に、住めなくなっちゃうよ……。
「やはりフェン公国から帰って来てから、使節と共にいる姿を見せるべきだったな。トビアス様は遊びたかっただけだろう……」
とにかく、ここに居る事はもう敵にバレてるのね。
まずは明日を乗り切らないと。殲滅以外の作戦で!
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