第231話 フェン公国からのご招待

 さて、お土産を渡しに行こう!

 まずベリアルと一緒に、アレシアとキアラの露店へ向かう。

「ただいま、二人とも。ステキなお土産があるのよ」

「お帰りなさい。長かったですね」

 お土産の布の帯とお菓子、それから販売用に作ったポーションも渡す。

 アレシアもポーションを作れるようになっていた。マナポーションは、まだ商品にならないみたいね。

「ありがとうございます、売りもののポーションまで用意してくれて」

「ありがとう、イリヤお姉ちゃん。すごい、キレイな刺繍!」

 キアラも喜んでくれた。帯の中心にはピンクで花の模様が縫われていて、その両側に草や葉のデザイン。帯の先端には魔法文字が刺繍されている。

「それは魔法刺繍なの。魔力を安定させるから、アイテム作りにはもってこいよ」


「魔法刺繍なんて、初めて知りました。本当にありがとうございます!」

 やっぱり知らないよね。

 エグドアルムだと国から許可されたお店でしか、販売させてもらえない。

「こういうの、私にも出来ないかなあ」

 刺繍が得意なキアラが呟く。これなら競争相手も少ない。

「うーん、魔力を籠めて刺繍するらしいんだけど、私もやり方は把握していないのよね……」

「そっかあ」

 セビリノも詳しくないだろうし、これは教えられないな。

「そうだ、イリヤさん。新しく魔法治療院が開院したんです! 北門の方です、レナントも都会になっていきますね」

 微妙な空気を振り払うように、アレシアが明るく話題を変えてくれた。みんなにお土産を渡し終わったら、覗きに行こうかな。


 次にビナールの本店を訪ねて、それから商業ギルド長にも挨拶に伺った。

 商業ギルドは盛況で、ポーションの申請をしている職人がいる。だんだんとアイテム職人の仲間が増えているのね。私もウカウカしていられないわ!

「やあイリヤさん、ずいぶんと長かったね。次の目的は、フェン公国のお祭りかな?」

「お祭りですか?」

 サロンにいたギルド長が、私に気付いて声を掛けてくれた。テーブルには彼だけで、特に誰かと一緒にいるわけじゃない。

「そうか、初めてだったね。フェン公国で、ガオケレナの収穫祭があるんだ。普段より多く持ち帰れるから、この日に合わせて行く商人や職人は多い。音楽や踊りの催しもあるし、食べ物の屋台もたくさん出る」

 なんと、そんな楽しそうなイベントが!


「それは是非、参加したいですね。いつでしょうか」

「二週間後だよ。宿の予約をしないと、いっぱいになる。今週中ならこのギルドの受付で頼めるから、行くなら予約をした方がいい。期限前にいつも満了するから、早めにね」

「ありがとうございます。人数が確定しましたら、急いで予約に参ります」

 なるほど、ギルドが最初から宿の部屋をある程度は確保してくれているのね。人数が多くなりそうだし、間に合わない気もするなあ。まあ、全部の町でいっぱいというわけではないだろう。飛べると圧倒的に移動範囲が広いから、助かる。

 地獄の公爵のこともあるし、行かれるかがまず微妙なんだよね。

「ルシフェル殿の用は、そなたがおらねばならぬわけではない。そなたらだけで行くが良い」

「ベリアル殿はご用事が? ワインも振る舞われるので、喜ばれるかと思いましたが」

「フェン公国はワインも有名でしたね」

 ワインという単語を聞いて、途端にベリアルが興味を示した。

「祭りの日が、人気のワインの解禁日なんだ」 

「ぬ!? それは行かねばならぬ!」

 やっぱりベリアルも一緒だね。まずはルシフェルの用事を済ませちゃおう!

 

 ギルドを後にして、次は魔法治療院へ向かう。

「ところでそなた、大工などの当てはあるのであろうな」

「大工に用がありましたっけ?」

「増築であろうが! 忘れておるのかね……」

「忘れてました……」

 すっかりお祭りしか頭になかった。視線が痛い。これは明日も、ギルドへ来ないとな……。


 治療院もギルドの認定を受けている。教わった場所は、繁華街から東門へ向かった、大通りに面した場所だ。

 お店が途切れて民家がチラホラ並ぶ中に、その治療院はあった。

 住居を兼ねた小さな治療院で、姉弟二人で経営しているらしい。外にも人がいて、盛況なようだ。近付くと会話が聞き取れるようになった。

 どうも揉めているような。

「いや無理っしょ」

 経営しているらしい男女と、冒険者っぽい三人組。一人が足を怪我していて、両側から支えられている。腕も切れているのか、支える二人にも血が付いていた。

「頼むよ、治してくれ」

「この傷、中級ポーションの案件だよ。ポーションを買うか、今は魔力の関係で初歩のしか使えないから、明日また来てくれ。こっちも回復する」

 あ~、お客が多過ぎちゃったのね。治療院の方がポーションより安いから。マナポーションを持っているけど、どのくらい飲んだらいいかは、魔法を使う本人が体調と相談して管理しているだろうからなあ。


「中級ポーションは高いのよ、お願い!」

「こっちも今日は営業終了するしかないんだ。毎日開院する為には、魔力と体調の自己管理が大事なんだよ」

 まだ駆け出し冒険者なのかな。Dランクで依頼をこなす『イサシムの大樹』のみんなは、余分に買う程ではないにしても、中級ポーションを買い渋ったりはなかったな。冒険者のお仕事は危険と隣り合わせだものね。

 断っている男性とは別に、女性は周囲にいる人に今日の営業は終了ですと伝えて、閉院の準備を進めている。

「あの、宜しければ私が回復魔法を使いますが……」

 女性にこっそりと伝えると、すぐに破顔した。


「ホント!? 助かるわ~。治療院の前でごねられて、困ってたのよ!」

「ご迷惑でないのでしたら。中級の回復魔法ですよね」

「そうそう、迷惑なんてとんでもない! ここで揉める方が、開院したばかりなのに悪印象だもん」

 よりにもよって魔法治療院の真ん前で回復魔法を使うのはためらわれるが、営業の妨害にならないようだ。これなら安心して唱えられる。

 女性が駆けて行って、私が回復魔法を使うと紹介してくれた。すぐに治療院の中へ案内される。治療室を使わせてもらえた。仲間の二人が支えながら、奥へと足を進める。

  

「水がめに甘露は満たされる。年輪を重ね葉は繁り、幾重の枝に実りあれ。願わくばいみじく輝く一滴を分け与え給え。歓びは溢れる、汝の奇跡の内に。ソワン」


 得意な水属性の、中級の回復魔法を使った。怪我はすぐに癒えて、腕や他の場所の傷まで塞がった。バッチリだね。

「ありがとうございました!」

「無茶するなよ! 回復魔法は永遠に唱えられるわけじゃないぞ!」

 男性に諫められて、苦笑いを浮かべる三人。魔法治療の料金を精算して、パーティーは笑顔で治療院を後にした。

「騒々しい輩であった」

 ベリアルは待合室の椅子に足を組んで座っている。

 いったん男性が受け取った治療費を、改めて私がもらった。


「魔法の腕がいいなあ。君達は冒険者じゃないよね? まさか、同業者?」

「いえ、魔法アイテム職人を生業としています」

「アイテム職人! マナポーションは作れる? 中級のはどうしても足りなくなるんだ」 

「もちろん、作れますよ」

 これは長く付き合いが出来そうなお客ね!

 ……とはいえ、私は出掛けてばかりだからなあ。

「やったね。ちなみに、魔法を使うのはワタシなの。弟が接客と、魔法薬作り。ポーション類は専門外なんだ」

 おや、ずっと男性が話していたから、魔法を使うのは男性だとばかり。


「ワタシはマリッカ、弟はマウリ。ヨロシクね」

「イリヤと申します。こちらこそ、よろしくお願いします」

 姉のマリッカは黄緑の髪をポニーテールにしていて、弟は緑色の髪をしている。二人ともあんまり長くない。

「マナポーションとか、直接注文してもいい?」

「それが、私は留守にしてばかりなので……、お友達のアレシアという娘の露店で販売してもらっていますので、そちらを通して頂ければ確実です」

 アレシアの特徴と、露店を出す場所を伝えた。後でアレシアにも彼女達のことを伝えないと。ビナールの店では、相変わらず名を伏せて販売してもらっている。

「露店でマナポーションが買えるとは思わなかったわ! 盲点だった。あんまり質が良くないのを売ってる店もあるけど、あれだけ魔法が使えたら期待できるね」

「では失礼致します」

 魔法治療院にも寄ったし、帰ろうっと。

 治療院に本日閉院の札が掛けられているので、冒険者がガッカリして引き返した。魔力さえあれば、仕事はいくらでもやってくるね。


「おー、イリヤじゃん」

 反対側から歩いて来る、大柄な男性と尖った耳のキレイな男性。

「ノルディン、レンダール。久しぶり」

「久しぶり。忙しそうだね」

「ちょっと遠くまで行っていたから。また出掛けるけどね」

 彼らは相変わらず、チェンカスラー周辺で依頼を受けていた。二人はレナントで有名人だし、立ち話をしているとこちらを気にする人が少なからずいる。

 ベリアルに視線を送る女性もいるんだけど。彼は性格が悪いけどモテるのだ。

「行き先は一緒じゃねーの? 俺達はフェン公国の祭りへ行く、商人の護衛さ」

「それなら向こうで会いそうね」

 レナントはフェン公国に近いから、お祭りに行く人も多いのかな。向こうで知り合いに会えそうだね。

 ちょっと世間話をして、別れた。

 家ではセビリノがアイテム作製をしていて、エクヴァル達は冒険者ギルドから帰っていなかった。


 明日の予定を考えていたら、玄関をノックする音が。

「イリヤさん、戻ったらしいね。伝言があるんだ」

 この声は、町の守備隊長のジークハルトだな。

「はーい、すぐ開けます」

 私の後ろをベリアルもゆっくりと付いて来る。まだ彼は、ベリアルの信用を得られていないようだ。


「良かった、先方が返答を待っていてね。特使の方がいらして、数日は君の帰りを待ってくれていたんだけど、私が預かったんだ。フェン公国で何かした覚えはある?」

「ええ、フェン公国には行っておりますが……」

「実は、収穫祭があるからと、招待状が届いていて」

 特使? お祭りの招待状? しかもわざわざ、ジークハルトに参加を確かめてもらうなんて。フェン公国だと、騎士団の顧問魔術師をしている、アルベルティナかな。

 立派な招待状を受け取りながら、地獄の公爵のことがあったと思い至った。こちらを先に片付けないといけない。

 あと二週間……きっと問題ないよね。

「用事が済めば行かれます。大丈夫だとは思うんですが、まだ予定が立てられなくて」


「では迎えは断わっておくよ。参加するかだけなら、もっと近付いてからでもいいだろう。可否が確定したら、早めに連絡してほしい」

「はい、お心遣いありがとうございます」

 迎え? そんな予定まであったの? 飛べるのは知っているだろうに。

「国賓としてお迎えしたいとの意向だったから、フェン公国に着いてからは向こうの馬車になるよ」

 ……国賓? 今、聞き慣れない言葉を耳にした気がするんだけど……?

「国賓、ですか?」

「救国の英雄だと……、本当に、何をしてきたんだい……?」

 苦笑いのジークハルト。私もビックリしたよ! 大げさになってる!

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