第232話 依頼代行、請け負います。

 フェン公国から国賓として招待されてしまった。

 玄関で立ち尽くしたまま封筒を眺めていたら、エクヴァルが戻って来た。

「ただいま……どしたの? 悪い知らせ?」

 扉を開けたエクヴァルの後ろからは、リニが不思議そうに顔を覗かせている。

「お帰りなさい、邪魔だったわね。これ、フェン公国から招待状なの」

 私が真ん中にいたら、二人が家に入れない。横に逸れながら、招待状はエクヴァルに渡した。彼は封筒を裏返して確かめている。

「祭りの話は噂になっていたよ。立派な招待状だね」

「国賓として招待したいって言われたの。困るよね」

「ああ成程、まあ順当じゃないかな」

 何でもないことのように、招待状を返された。

 エクヴァルにとっては、意外でもないらしい。相変わらずお見通しなのか。


「そうなの!?」

「当然であろうが! この我が同行するのであるぞ!」

 ベリアルはいつも通り威張っている。

「いやね、フェン公国とトランチネルの国境で、地獄の王パイモンを止めたじゃない。向こうからしたら、命を賭して守ってくれたと感じているよ」

「でもアレは、ベリアル殿関係だし」

 そもそもパイモンは、ベリアルと戦いたかっただけなんじゃ。

「その前にも、トランチネルの兵を撤退させたよね」

「あ~、ガオケレナを買いに行った時ね」

 撤退させた。あったなあ、そんなことも。

「もし君達がチェンカスラーから出なければ、フェン公国は今の形態を保っていないでしょ。国賓なら面倒な挨拶はあるだろうけど、宿は用意してもらえるし、護衛も付く。気軽に受ければいいよ」

 そうだわ、宿の手配は助かるな。ベリアルが喜んでいるし……。

 さすがにエクヴァルは慣れてるわね。


「師匠の素晴らしさに、皆が気付き始めたのです。国賓として乗り込み、さらに師の偉大さを周知させましょう! 民を正しい方向に導くのも貴族の役目っ!!」

 アイテム作製を終えたセビリノが話を聞いてしまい、一人で盛り上がっている。これは止められないぞ。参った……。

「とにかく! まずはルシフェル様から託された、地獄の公爵の案件を片付けましょう!」

 後回しにして遊んでいたら、怒られそう。さっさと済ませちゃって、心置きなく収穫祭に行くぞっ!


 そんなわけで、日が明けた。再びベリアルと一緒に商業ギルドへ。

 ギルド長を呼んでもらい、応接室でお待ちする。

 本日の議題は、家の増築と地獄の公爵についてです。

「増築ね。最初に住んだ職人が迷惑にならないようにと、周囲に家の少ない場所を選んだからね。後ろの土地はすぐ借りられるし、空き地になっている隣も使えるんじゃないかな」

 片側には生垣に囲まれた平屋の家があるが、後ろと反対側の隣は空いている。後ろ側は木が生えたりしているから、まずは整地が必要だな。

 貴人を持て成す為で、相手は今の家では部屋くらいの大きさしかないと認識していることを伝えた。

 ちなみに土地の正統な持ち主は領主で、平民は借りている状態だ。


「なるほど……、うん。まずはどのくらい使えそうか、確認しておく。後ろ側なら広く場所を取れると思うよ」

「木造の家が多いが、石工の手配を忘れぬようにな」

 石の家が好きなのかな。ベリアルは出された紅茶を飲んでから、赤い瞳でギルド長を捉える。

「レナントには多くないですからね……、早めに手配する必要がありますね」

 チェンカスラーは上質な木材が豊富に採れるから、木の家が主流だよ。

「そなたは当てにならぬからな。我に任せておくよう」

「あんまり豪華なものを建てないでくださいね。悪目立ちします」

「ははは、確かにね。でも城を建てられるような職人は、この町にはいないよ」

「おらんのかね!?」

 家の増築の相談だったのに、城を建てようって発想になってたの!? 

 ギルド長も軽い冗談のつもりで、まさか本気で考えているとは思っていなかったようだ。笑いが止まった。


「あー……うん、そう、アレ。地獄の公爵だったね。ワステント共和国の西側、ニジェストニアの北にある、ポートルド首長国にいるという話だよ」

「ありがとうございます! 何か噂が入ってきていますか?」

「それ……それね……。我が国の使節がそちらへ挨拶に向かっているから、公爵様の庇護にある魔導師と、契約している侯爵級の悪魔も同行してくれているんだ」

 ハンネスとキメジェスは、国の要請で出掛けていたんだ!

 まだ続きがありそうだけど、ギルド長はどう表現していいか困っている様子。

「まさか、破壊行為を?」

 急ぎじゃないみたいだったけど、事態が急変したの!?

「違うんだよ……、命の危機とか、そういうのじゃないんだ。挨拶に来いと要求がある。で、その時に貢ぎ物を欲しがるんだが」

「ふむ」

 ベリアルも真面目だ。とりあえず動向を探って、目的を掴まないと。

「タイプの女性を探しているらしい……。使者は美女でと、限定されてる」

 予想外にくだらなかった。え、恋人探し? 国を動かして……?

 ベリアルにとっても肩透かしだったようだ。


「それだけかね?」

「伝え聞いた限りでは、侵略をするわけではないし、金銭の要求も国が悪魔の威光を笠に着て勝手にやっているようだし、生贄を求めてもいないんだ」

 モテたい悪魔が他にもいた。

「……ふむほむ」

「……そなた、その目はなんであるかな。我はわざわざ求めずとも、女などいくらでも寄ってくるわ」

「誘蛾灯みたいですね」

「おかしな言い方をするでないわ!」

 お気に召さなかった。『死肉に群がる食人種カンニバル』よりも、いい表現だと思ったんだけどな。

 ふーむ。国を巻き込んだナンパを止めるのが、今回のお仕事ね。確かにベリアルに相応しい仕事だ。


「まあまあ、ところでフェン公国の祭りの宿はどうするんだい?」

「それならば、国賓として招かれておる。要らぬ」

「国賓!」

 黙っているつもりだったのに、簡単にバラされちゃったよ……!

 用事が済んだので、これでギルドを後にする。悪魔のことは公爵様に教えてもらう予定だったけど、行かずに済んだ。

 後は出掛ける前に、お店に卸すマナポーション類を作ればいいかな。となると、素材を用意しないとならない。一度戻ってから、出直そう。


 家では玄関で、セビリノが待っていた。地下の工房に行くよう促されて、彼に続いて階段を下りる。

 工房にある作業台には、採取したばかりの新鮮な薬草が、キレイに洗って下拵えを終えた状態で用意してあった。

「師匠、中級のマナポーションをお作りになるとのことでしたので、全てこの一番弟子が用意致しました!」

「ええッ!?」

 ずいぶん早くから出掛けていたのは、こういうこと!? 

 特にお願いしたわけではなく、魔法治療院で欲しがっているから、注文をもらえるという話をしただけ。

 この期待に溢れた視線。ウズウズしたような笑顔。

「助かるわ、セビリノ。ありがとう」

「師のお役に立てて、幸福にございます!」

 やっぱり褒められ待ちだ。エグドアルム時代は、他の人は構わないという印象でマイペースだったのに、何が彼を駆り立てるのか。


 ……とりあえずこれを使わせてもらおう。

 私は中級のマナポーションを作り、セビリノは普通のポーションとマナポーションの作製をした。彼の給料は実家の男爵家へ送ってもらっていて、こちらでの生活費は別に稼いでいる。仕事として、国に提出するエリクサーなんかも作ったりするよ。

 作り終わったら、露店へ持って行く。セビリノはビナールの店だ。卸す約束をしたらしい。私が作ったビナールのお店の分も、一緒に持って行ってくれた。


 露店には姉妹の他に、客として男女の冒険者がいた。

 ブルーグレイの髪を後ろでまとめ、白いロングベストを着たカステイスと、短い黒髪で軽装の魔法剣士の女性、イヴェットだ。

「イリヤさん。お久しぶり」

「カステイスさん、イヴェットさん」

「そうか、イリヤさんもお知り合いですね」

 お買い上げのポーションを渡しながら、アレシアが私に顔を向けた。

「ええ、ちょっとね」

「ノルディンがやたら勧めると思ったら、イリヤのポーションね」

 イヴェットは受け取ったポーションを、カステイスが持っている買い物袋に一本ずつ入れた。

 二人はAランク冒険者だわ。同じランクの、ノルディン達とも仲がいいのかな。


「ノルディン達のお友達ですか?」

 私が尋ねると、カステイスとイヴェット、アレシアとキアラの四人が顔を見合わせ、目を瞬かせる。

「知らないんだっけ? 僕達は四人で冒険者登録しているんだ」

「普段は二人ずつで行動しているのよ。フェン公国へは四人で行くわ」

 そういえば、四人で登録している話は以前教えてもらった。こういうメンバーだったんだ。かなり攻撃的なパーティーだなあ。

「ノルディンさんとレンダールさんが宣伝してくれて、お客さんが増えたんです。Aランクの人達が来てくれるから、嫌なお客さんも減りました」

「やっぱり嫌な人はいるのね」

「お姉ちゃんと二人だから、安くしろって脅す怖い人もいたんだよ」

 姉妹二人で露店を経営するのも、大変だよね。守備隊の見回りは決まった時間に行われるから、住んでいれば、いつ頃か大体覚えちゃう。隙間を縫って、やるんだろうな。そういう理由もあってか、時間外に巡回することもあるよ。


「僕らも、そういうヤツらは許せないからね。これからフェン公国のお祭りで人が離れるから、気を引き締めてね」

「ありがとう、カステイスさん」

 注意するカステイスに、アレシアがはにかんだ笑顔で答える。こうやって仲良くしている姿を見せるのも、防犯になるのね。

「私達のパーティー名は、『残月の秋霜しゅうそう』よ。ヨロシク」

 秋霜三尺というと研ぎ澄まされた刀剣の意味があるから、イメージを重ねているんだろうな。

「かぁっこい~!」

「ホントだよね、センスがいいなあ!」

 キアラとアレシアが感嘆する。私もカッコいいと思う。


「イリヤさんもお祭りに行くんですか?」

 二人に称えられて照れたカステイスが、私に話題を振った。

「そのつもりなんですけど、先にポートルド首長国へ行く用事がありまして」

「また面倒な時期に……ははーん、ベリアル殿関係ね」

 イヴェットがベリアルを見上げた。さすがにすぐに分かるね。

「まあ、そんなところよ。面倒を増やす輩が多くて困るわ」

「ベリアル殿が筆頭ですね」

「そなたであろうが!」

 反論が素早い。みんな笑っているよ。ほら、やっぱりベリアルだ。


「そうだ。ならついでに、ニジェストニアでの依頼を、私達の代わりにこなしてくれない?」

「イヴェット、無理を言わない」

 軽くされた提案に、カステイスが釘を刺す。

「出来ることなら請け負いますが、私達は冒険者じゃないですよ」

「いいのいいの。半日もあれば終わる仕事よ。せっかくの指名依頼だけど、私達じゃ祭りに出発するのに、間に合わないからさ」

 簡単な仕事なのかな? でも指名依頼?

 討伐や護衛ではないだろうな。お届け物でもない。


「飛行で移動しますから、時間的には問題ないと思いますが……。でも何故チェンカスラー王国にいるのに、指名が入ったんですか?」

「都市国家バレンにいた時に、二回ほど依頼を受けたんだ。相手はバレンにもやって来る商人なんだ。僕らがバレンにいると思ったんだろうね。危険はない依頼だよ。……失敗しても、責任は問わないから」

 カステイスは代わりを頼むのに、あまり乗り気じゃないみたい。

 ふーむ、ちょっと面白そう。ベリアルは……、また面倒に首を突っ込むのかと言いたげだ。無視して詳しい説明をしてもらおう。

 冒険者のお仕事も楽しかったものね。


「でも心配だな……」

 ボソリと呟くカステイス。

「ベリアル殿がいるじゃない、大丈夫よ」

 ……あれ? 私だと不安なの?

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