第233話 奴隷のご購入は計画的に

 用事を終えた私達は、朝日とともに都市国家バレンを経由して最初の目的地である、ニジェストニアの西側を目指している。

 来る途中、ニジェストニアの東側では大きな黒い煙が上がっていた。周囲にはプスプスと、小さな煙も幾つか筋を作って流れる。

「大きな衝突があったのかも知れない」

 ワイバーンのキュイに乗っているエクヴァルが呟いた。前に座って、キュイの背を撫ぜるリニ。

 奴隷解放運動と政府の衝突が、激しい地域なんだろう。エクヴァルは私の目に入れたくないみたい。それを避ける為に、ニジェストニア領は最低限しか通らない。



 昨日イヴェットから任された仕事は、意外なものだった。

 奴隷購入の付き添いなのだ。

 そんな仕事があるのかと不思議に思っていたら、カステイスがこう説明してくれた。

「いい奴隷は奥に隠してあるものなんだ。だから奴隷を購入する際は、高ランク冒険者を雇うとか富豪や貴族の伝手とか、自分が裕福だとアピールするんだよ。で、僕らは二回ほど護衛の仕事をしたことがある商人だから、指名してもらえた」

 つまり、二人でなくてもいい。

 受けられない場合でもむげに断るより、代理を推薦する方が印象がいいらしい。

 奴隷の購入なんて目にする機会がないものだし、興味がある。わざわざ縁をつなげたいのなら、相手は悪い人ではないんだろう。

 そんなわけで、実際に依頼人と会って決めると返事をした。



 都市国家バレンの上空から、ニジェストニアに入る。

 地上では国境警備がいるけれど、空からは特に止められることもない。南から北へ舗装された立派な街道が伸びていて、荷馬車が多く通る。

 こちらでは普通に人々の生活が繰り広げられていた。他の国と違うのは、農園で働いている人の多くが奴隷だということ。広大な農地や果樹園には必ずといっていいほど、奴隷の監督官が付いている。

 依頼してきた商人の家は、水色屋根の三階建て。高級住宅街の外れにある。中心部は占領後すぐに入った富裕層の邸宅が建ち並ぶ。

 もともとバレンやポートルド首長国だった土地を奪い、身代金を払えなかった人達を奴隷にしたのだ。でもそれももう、ずっと昔の話。

 そんな歴史があるのなら関係は悪いのかといえば、今では奴隷が作った食料品を両国に売ったりして、国交は普通にあるよ。奴隷にする為にさらうだけじゃなく、借金などで奴隷として売られてくることもある。多分、違法。


 白い壁に囲まれた立派な門の前に、まずは私達が下りた。キュイは許しがもらえたら、庭に着陸させてもらおう。

「ごめんくださーい」

「はい~、お客様ですか?」

「ばっか、大事な来客があるって聞いてるでしょ」

 庭を掃除していた若い男女が、すぐに門を開けてくれた。

「ご紹介頂きましたお仕事の件で……」

 言い掛けたところで、女の子が後ろを向いて男の子に怒鳴りつける。

「ちょっと、何でアンタまで来るのよ。執事さんに知らせてって言われてるでしょ!」

「そうだった、すぐ行くね」

 しっかり者の女の子と、要領の悪そうな男の子だ。


「すみません、すぐにご案内します」

「申し訳ありませんが、ワイバーンを庭に止めさせて頂けますか?」

「ワイバーン……!? ええ……と、とりあえず遊技場へどうぞ」

 示された場所は刈り込まれた芝が広がっていて、ボールが一つ転がっていた。球技などで遊ぶスペースなのね。エクヴァルに合図を送ると、キュイは旋回して高度を下げた。

「ありがとうございます。キュイ、大人しくしていてね」

「キュイイィン!」

 元気に返事をして、頷くように頭を動かす。

「ひ、人が乗ってた……かっこいい……!」

 

 女の子はキュイの背からヒョイと飛び降りるエクヴァルに、頬を染めていた。

「こんにちは、可憐なお嬢さん」

「か、か、こん、に、ちわ!」

「……こんにちは」

 エクヴァルに下ろしてもらって、リニも恐る恐る挨拶する。

「こんにちは! 小悪魔ちゃん、可愛い~!」

 表情がクルクルと変わって、忙しい子だな。

 皆が揃ったので玄関へ案内してもらう。ちょっと距離があった。広い家だ。

「お待ちしておりました、遠路はるばるお疲れ様です」

 扉を開くと、恰幅のいい執事が出迎えてくれる。男の子と女の子は庭掃除の続きがあるので、玄関で別れて外へ出た。


「可愛い子達ですね」

「今いる奴隷は、あの二人と成人女性が二人です。主に家事や家のことを担わせています」

 あ、奴隷だったのね!

 主人が待っている部屋を執事がノックすると、すぐに返事がある。

 部屋はそれほど広くもなくて、大きな窓にグリーンのカーテン、長椅子には四十過ぎの男性が腰掛けていた。壁に飾られた絵画には統一性はなく、ただ気に入った絵を集めただけのようだ。

「お待ちしてましたよ」

 立ち上がって迎えてくれた。

「カステイス様とイヴェット様のご紹介で参りました、イリヤと申します」

「私はゾルターン、よろしく」

 簡単に自己紹介をして、早速本題に入る。


「奴隷購入の付き添いとの内容でしたが、私どもで問題ないでしょうか? どのような奴隷を購入されるのでしょうか」

 二人の子供が元気に仕事をしていたし、労働環境は悪くないようだ。お茶を運んでくれた女性も、にこやかな笑顔。

「カステイスさんはこの国の出身で、奴隷商店については俺より詳しかったんですよ。貴族の方がいらっしゃれば、適当な扱いはされないと思うんですが」

 ゾルターンの視線はベリアルに向かっている。見た目は人間の金持ち貴族だ。

「この国では知らぬが、奴隷と接したことくらいはあるわ」

 自信満々だわ。今までの契約者に、奴隷を使役している人がいたんだろう。

「それは心強い! いやあ、実はちょっと騙されたりしましてね。今度こそは、いい奴隷を買いたいのです。美形で読み書きや計算が出来る奴隷に、店の帳簿管理などをやらせたくて。美形ならちょっとした接客も任せられる」

 騙されたというのは、以前奴隷を買った時の話だと教えてくれる。攫われてきた人間だったらしく、私は奴隷ではないの一点張りで仕事にならなかった。やむなく安く手放したそうだ。


「どのお店に行くかは、決まっているんですか?」

「この近くにありますよ。この後の予定もおありとか。早速行きませんか?」

「お役に立てるか解りませんが、お供させて頂きます」

 すぐに出発することになった。エクヴァルがこっそりDランクのランク章を服の下に仕舞っている。軽視されちゃうから。

 ゾルターンは奴隷にレザーコートを用意させて、その間に執事が大きなカバンを持ってきた。いつでも出掛けるられるようにしていたのね。ちょっとの距離だけど、馬車が玄関に回ってくる。

「勝負は見た目からですよ! さあ行きましょう」

 奴隷商人にしてやられたのが余程悔しかったのか、再戦は気合十分だわ。


 貴族の馬車かな、家紋らしき模様を金で大きく描いた大きな馬車が通り過ぎた。馬具も高価そう。前後には護衛や使用人が乗る馬車が、連なっている。

 馬車の行き来も多いんだな。足枷を付けて歩いているのは、確実に奴隷だね。

 大きなお店が並んだ繁華街の中心部に、奴隷商店はあった。

 店の中には台の上に立たされた奴隷が、商品のように並ぶ。ように、ではなく商品なんだ。客が品定めをしている。

「これはゾルターン様、いらっしゃいませ」

 客と奴隷の様子を観察していた店員が、こちらに気付いてすぐに挨拶をした。

「またいい奴隷を買いに来ましたよ。元公有奴隷が入荷されたとか」

 公的奴隷とは、役所の書類を整理したり、土木工事などの公共事業を手伝ったりする奴隷だ。教養が高いことが多い。


「これは早耳ですね。案内いたします」

 奥にある個室へと通される。商談をするには広すぎる部屋で、ソファーを薦められた。全員が座ってもまだソファーが余っている。

 私達を案内した支配人は、店主を呼んでくれていた。先に希望の奴隷を伝えておいたので、店主と話をしているうちに首輪をした数人の奴隷が連れて来られた。

「どうですかな、ゾルダーン殿。お眼鏡に適う奴隷はいますかね」

 物腰が穏やかで、一見すると誠実そうな店主。騙されたというんだし、これでかなり食わせ物みたいね。

 しかしこちらには食わせ物の第一人者、ベリアルとエクヴァルがいるのだ。さあ、どんな対決になるのか。


 ゾルターンは奴隷の首に掛けてある、出身地などが表記されたプレートを確認している。今度こそしっかり選ぼうと、奴隷本人にも質問して確かめていた。

 ちなみにこの国出身の奴隷は、好まれないらしい。やはり自国民を奴隷にするのは気が引けるようなの。奴隷解放運動が活発な地域は、自国民の奴隷が多いところなんだって。

「二人欲しいのですが、選びきれないですねえ」

「ご要望通り元公有奴隷の他にも、読み書き計算が出来るものを選んでますよ」


「で、二番目の男性は足が悪いと書いていないね」

 エクヴァルが指摘する。

「少々遠くから連れて来られたので、……しかしそのうち治るでしょう」

 やましいらしく、ちょっと笑いが崩れたぞ。歩き方で気付いたんだろう。

 指摘された男性は、肩をすぼめた。農園や鉱山に比べると楽な仕事なので、選ばれたいんだと思う。

「まあ、多少なら問題ないなあ」

 ゾルターンが男性のズボンの裾を捲ると、足には痛々しい擦れた傷痕が残っていた。

「その傷……、足枷を付けられて長く歩かされたね」

 薬を塗ってあげたいけど、勝手にしたらダメなんだろうなあ……。


「体の瑕疵かしは本来、売る側が申告せねばならぬ。それと、隣の男も精神が不安定であるな。そのような者は気鬱や自殺の恐れがある、あまり好ましくはなかろう」

 ベリアルがゾルターンに選ばないよう忠告する。

「異国の貴族の方の見る目は、厳しいですねえ……」

 言いくるめようにも、反論の余地がない。店主はもう一人、先程から黙っているセビリノに目をやった。今度は彼がどんな発言をするのか、警戒しているんだろう。


 しかしセビリノは奴隷売買など全く分からないので、ただ眺めている。

 はたから見ると厳しく監督しているような彼は、実は普通に見学しているだけ。寡黙で真面目な表情なので、よく誤解される。

「一人目は当初の目的でもあった、元公有奴隷の女性がよろしいのでは?」

 意見を求められていると感じた彼が発したのは、この一言だった。

 前向きな提案に、店主はホッとして胸を撫で下ろした。

「私もいいと思います」

 質問された時の受け答えも、しっかりしてたし。

「そうですな、同感です。あと一人!」

 ゾルターンが賛同したので、まずは決定!


 あとはあの足に怪我のある男性の奴隷を選んだ。ゾルターンが計算問題を出したら、すんなりと答えられたから。経理や事務仕事がメインになるので、怪我をしていてもいいと満足そうに頷いた。

「では、契約いたしましょう!」

 購入する二人の奴隷が決まり、値段交渉も無事に終了。

 奴隷二人分で家くらいの値段だった。奴隷はわりと高い買い物で、教養のない成人奴隷でも普通の人の年収くらいになる。

 そして特技があれば、天井知らずで高くなるのだ。ただし支払う人がいれば。


 ゾルターンがソファに座り、紙を受け取った。これが奴隷購入の契約書ね。細かい注意事項が色々書いてある。

「思ったよりもお金がかかるんですね。怪我とか持病が後から発覚したら、大変ですね」

 ゾルターンはまあねえと、苦笑いで答えた。ベリアルが急にゾルターンがサインしようとした契約書を奪って、隅までザッと眺める。

「ふむ」

「……何か不備がございましたでしょうか」

 表情を引きつらせて、店主がベリアルの顔色を窺う。


「この国には、高等按察あんさつ官告示のような、奴隷売買に関する規約はないのかね?」

「……名前は違いますが、法律で定められております」

「反した場合の違約金などが示されておらぬ。ずいぶんと、そなたに有利に作られておるな」

 こうやって奴隷売買に疎い人を煙に巻くから、付き添いを求めてたわけね。商人といっても人の良さそうなゾルターンは、下手するとカモになっちゃうのか。

 怪我や持病の告知義務は売主側にある。

 違反した場合のことを契約に盛り込まないと、知らぬ存ぜぬで通されてしまう。義務だから罰則はない。そもそも法律を知らなければ、怪我しているのを買ってしまった方が悪いとか、自分の落ち度だと思って諦めてしまうだろうな。


 イヴェットがベリアルがいれば大丈夫って言ってたのは、騙されないって意味だったのね。納得!

「くう……、隣国にいる地獄の公爵のお好みだからと、楽器を演奏する高価な美女奴隷を召し上げられたばかりなのに」

 奴隷商人がため息をつく。騙してはいないんだろうけど、してやられた感じがあるみたい。

 おや、地獄の公爵。奴隷を献上したの? これもしっかり確認しなきゃね!



★★★★★★★


(長くなりましたが、分けるほどのイベントじゃないので一気にアップしました。次回から地獄の公爵の話に入っていきます)


参考文献をば!


『奴隷のしつけ方』ちくま文庫より。

マルクス・シドニウス・ファルクス著、橘明美訳

異世界と言えば奴隷(そうか?)

とりあえず購入のところまで読めた!続きもたのしみ。

サイトの本の紹介がなんかすごい楽しい!ナニコレ!スパルタクス、スパルタクス!

http://www.webchikuma.jp/articles/-/2011

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