二章 フェン公国からのご招待
第230話 エグドアルム御一行の道行き(ロゼッタ視点)
馬車が洗練された街並みを通り抜ける。
ここはルフォントス皇国。故郷である森林国家サンパニルを離れて、最北の魔法大国である、エグドアルム王国へ向かう。ルフォントスのアホ皇子に婚約破棄されたとはいえ、まさかそんな遠くまでお嫁入することになるとは、思わなかったわ。
お相手は向かい側に座っている、エグドアルムの皇太子殿下、トビアス様。
優しい笑顔だけど、わりと曲者な感じよ。
エグドアルム王国の印が入った馬車の上空には、ヒッポグリフが飛んでいる。お付きの女性を二人連れた、王妃様が乗っていらっしゃるわ。ちなみに皇太子が赴いたのは内緒だったので、王室の馬車ではないの。
「ガオケレナを購入できたし、ルフォントスでは約束の品を頂戴した。あとは薬を買って行く予定だよ。他国と比較したいからね」
「そのわりには寂しい場所を進みますのね」
「立派な方が住んでいらっしゃるんだ」
調査済みなのね。道中は計画通りの工程をこなしている感じだわ。草原の先には林があり、その手前に家が建っていた。
もしかして、アレ……?
小さいけれど新しい木の家の前に、立派な馬車が止まる。待ってましたとばかりに顔を出したのは、見知った人物だった。
「あの方……、確かマクシミリアンと仰いましたわ。まだ生きていましたの」
てっきり死罪だとばかり思っていたわ。皇帝陛下を害した毒の制作者ですもの。
「残念だけど生きているんだ。せっかくだし、使える者は使わないといけないよね」
「またおかしな企みを、するんじゃないかしら……」
随分な温情だわ。彼の後ろから現れたのも、また予想外の人物で。
「連絡を頂き、お待ちしておりました」
ヴァルデマル・シェーンベルク様。ルフォントスの皇室付き魔導師だったけれど、第二皇子シャーク殿下を叱り飛ばしたことが問題になって、職を追われてしまったという噂の方。何度かお話をさせて頂いたわ。直実で気骨のある方よ。
外から馬車の扉が開かれ、殿下が先に降りて私をエスコートしてくださる。
側近であるジュレマイア・レックス・バックス様と、数名のお供を連れ、家の中へと案内された。
「こちら、ご注文を頂いた品です。エグドアルム王国のもの比較しても、遜色がないつもりです」
「ありがとう、是非比べて研究させてもらうよ」
側近が受け取り、中身を確認している。
部屋を見回しても、華やかな経歴の魔導師の住み家とは思えない質素な暮らしぶりで、余分な調度品も置いていない。これが世捨て人という職業なのかしら。
「結果をお知らせくださる約束を、忘れんで頂きますよ」
「確か、婚約披露に来てくれるんだったね。その時にでも」
「もちろん。もう国とは無関係ですからな、好きに出掛けます!」
高位の魔導師が国を離れるのは、場合によっては下手な王族が国外に出るより面倒なのよ。知識の漏えいを防ぐとか、引き抜きされないようにとか、理由は色々あるみたい。
「あのさァ、おじょーさまは知らない国に嫁ぐんだろ?」
マクシミリアンが近くで耳打ちしてくる。護衛がこちらに神経を向けて、あからさまに警戒をした。
「そうですわよ?」
意図の掴めない質問だけれど、普通に答えればいいわね。
私の専属メイドであるロイネが、私に一歩、近付いた。守ってくれるつもりなのかしら。
「不安じゃない~? 証拠の残らない毒とか、神経をマヒさせる薬があるんだけどなあ? 役に立つよ。安くするし……」
せっかく死罪は免れたのに、全く懲りてないわね。
「いりません。気に入らないヤツはぶん殴れと、王妃様からお墨付きを頂いております」
「はあ? 殴るの?」
「まずは貴方で試しましょうかしら?」
拳を握ると、彼は壁際まで逃げた。その逃げ足の速いことったら!
「皇太子妃って、こういうのだっけ? 僕のイメージと全然違うんだけどっっ!」
「貴方こそ、私が浮かべる重犯罪者の印象と違いますわ」
「重犯罪~!? 僕はただ薬を作るのが得意なだけの、研究好きの魔法使いだぜ? 運が悪かっただけさ」
大げさに驚くマクシミリアン。研究好きでも、人体実験を好む人はあまりいないと思うわよ。
「まだ自覚していないのか! ほとんど自分で直接手を下さないだけで、お前の犯罪歴はエリートだったぞ!」
ゴチン。
ヴァルデマル様の拳が頭にヒットした。私も逃がしてはいけなかったわね。
「いてええぇ~! 僕はこのおじょーさまを、心配しただけなのに。兄貴は横暴だ~!」
「まあ、私に心を砕いてくださっていたなんて、とてもありがたいわ。遠慮なく殴る練習をさせてもらいますわね」
「こっちもこういうのとか、ナシだ~!」
マクシミリアンは壁際を走って、素早く家の外まで逃走した。本当の殴られると思ったのかしら。殿下もジュレマイア様も、堪えきれずに笑っているわ。
「どぴゃ!」
逃げおうせた筈のマクシミリアンが、間抜けな叫び声を上げる。
「なんだい! 危ないじゃないか!」
「うるさい、邪魔だなあっ……!」
王妃様にぶつかってしまったのね。確かに運が悪いわ。
二人のお付きが、剣の柄を握ってすぐに臨戦態勢を取る。
「邪魔……? 妃殿下に対して、なんたる無礼!」
「ここはお任せください」
「へ? ひでんか……?」
ぶつけた場所を摩りながら、王妃様をマジマジと眺めるマクシミリアン。彼はよろめいたけど、王妃様はさすがに鍛えていらっしゃるわ。衝撃で半歩動いただけで、まっすぐに立っていた。
「成敗!!」
抜き放つと同時に振られたお付きの女性の剣を、叫びながら躱す。
「ひいいぃ、お助け~!」
「ははは、切り抜けられれば罰はナシでいいぞ!」
ヴァルデマル様は楽しそうに声援を送る。誰も助ける人はいないし、お付きのお二人も本気で殺すつもりはないんでしょう。当てない程度に振っているわ。
「じゃあ、荷物の積み込みと支払いを」
「はい、殿下」
こちらは商談が成立し、握手を交わしている。
「助けろよ、僕を無視するなああァ!」
「黙れ、王妃殿下を害する不埒者。滅する!」
すっかり遊ばれているのね、彼。私も加わっちゃおうかしら。
「……お嬢様は、走り回らないでくださいね」
ロイネに読まれたわ。釘を刺されたので、大人しく見物をしていた。
「殿下、次はどちらに参りますの?」
「すぐそこの都市に寄るよ。ルフォントスのアデルベルト皇太子殿下が、お忍びで待っていてくれるんだ。またとない機会だからね、昼食をご一緒させて頂く予定だよ」
「それは楽しみですわ!」
アデルベルト皇子……、今は正式な皇太子殿下ね。彼とは、私もほとんど会話を交わしたことはないわ。当時婚約者だった、シャーク殿下がいい顔をしなかったのもあるわね。
とても穏やな人柄なのよね、私もお話させて頂きたいわ。
逃げたマクシミリアンは王妃様達に任せて、私達は出発した。
馬車でお店の入口まで乗り付けて、まずは同乗している側近のジュレマイア様が降りる。周囲を確認してから、私達の番よ。
私達が歩道へ立ったのを確認してから、馬車は所定の止める場所へと向かった。広い道に響く車輪の音。山奥にひっそり眠る神秘的な泉のような青緑色の髪のトビアス殿下と、稲穂の金色をした髪の私。隣に立つとどう映るのかしら。
お店は貸し切りで、ルフォントス皇室に仕える兵が周囲まで警固していた。
「私も同席させて頂こう」
空から白いコートがふわりと舞った。長く淡い金の髪を三つ編みにした男装の女性、地獄の大公アスタロト様だわ。隣のモルノ王国に滞在中よ。
「席はいくらでもありますが、料理が別になってしまいますよ」
「構わない、ワインだけあればいい」
直前で特別なコース料理の追加は出来ないものね。
高位の悪魔はあまり食事を必要としないみたいで、ペオルもお昼はあまり食べなかった。代わりに三時のおやつがケーキをホールで、だったりしたわ。
店内では既にアデルベルト皇太子殿下が待っている。もちろん護衛や、魔導師のヘイルト・バイエンス様を含む近侍を連れて。
「あああ、アスタロト様……っ」
ガタンと立ち上がるヘイルト様。彼はこの方が苦手なようね。
「ヘイルト・バイエンス。不満でも?」
「いえいえいえいえイ、お好きな席にどうぞ」
解りやすく挙動不審ね。
皆が席に着いて飲み物を注文する。届いてから乾杯して、会食を開始よ。
「エグドアルムの方々には、大変お世話になりました」
「こちらもしっかりと品物は頂きましたから。これからも末永いお付き合いをいたしましょう」
まずは殿下同士が挨拶して、これまでの経過を報告し合い、情報交換。
ルフォントスでは正式な立太子が布告され、立皇太子儀は来年、執り行われる。モルノの王女様は国へお帰りになられた。
こちらは私達の正式な婚約の話ね。
「おめでとうございます。アデルベルト殿下にも、意中の女性を射止める秘策を授けて頂きたいですよ。エルネスタ王女の前では、アホを通り越して頓珍漢なんですから」
「ヘイルト、余計なことは喋らなくてもっ!」
「余計しかないのは殿下です。このままじゃ後継ぎが作れません。アライグマだって、もっとマシです」
ヘイルト様は相変わらず口が悪いわね。自国の皇太子殿下とアライグマを比べるとか、不敬もここまでいくと潔い程よ。
あら、この酢の物美味しいわ。
「……ふふ」
白ワインのグラスを揺らして、アスタロト様が小さく笑う。美しい方で、何をしても絵になるわ。
「そういえば、アスタロト様はどういうご用件で?」
ジュレマイア様が尋ねた。彼は召喚は得意ではないらしく、悪魔については詳しくない。詳しい人なら、こんな気軽な質問の仕方はしないのでしょうね。ヘイルト様も気になっているものの、口に出すことが憚られるといった風だわ。
「ベルフェゴール殿が、契約した女性を気にしていたからね。君と、その婚約者の男性を確かめに」
彼女の目的は、私とトビアス殿下だったの。
「それで、どう映りましたの?」
「なかなかお似合いだね。ベルフェゴール殿には、現時点でこの男を殺す必要はないと伝えるよ」
「……お眼鏡に適わなければ、私は命の危機だったの?」
トビアス殿下は二、三度、瞬きをされた。さすがに自分を見定めに合流したとは考えなかったみたいよ。
「危なかったですな、殿下」
「笑いごとじゃないよ、ジュレマイア……」
「ところで君は、魔法を付与できそうな宝石を身に着けている?」
アスタロト様に問われて、サファイアが揺れるイヤリングを外した。
「これならどうでしょう」
「いい宝石だね」
彼女の手に白いバラのつぼみが現れ、サファイアに溶けるように消えた。
「魔力の溶けだす余波だけでもすごい……」
魔導師であるヘイルト様が、この行為のすごさを一番理解していらっしゃるでしょう。私は手品でも披露されたような気分よ。
「魔法攻撃なら一度、完全に防げるだろう」
仰ってから、立ち上がられた。カツカツと規則正しい踵の音を鳴らして、背中で金の三つ編みが揺れる。壁際に控えていた護衛が開ける前に、扉はひとりでに開かれた。
「ありがとうございます、大事に使わせて頂きますわ」
「また会おう」
お店を出て窓の向こうの道を歩くアスタロト様を、すれ違う女性が振り返って見ている。
「行ったあ……」
長く息を吐きながら、ヘイルト様がテーブルに両肘をついた。
「彼女が本当に苦手なんだね、ヘイルトは」
「殿下のように、まんじゅうの皮みたいに鈍い人には解らないでしょうけどね……、研ぎ澄まされた魔力が溢れ出るようでしたよ……」
まんじゅうの皮って鈍いのかしら。思いついた言葉を口にしているだけみたい。
玉ねぎのスープも美味しいわ。
地獄の大公が去った後は、緊張の糸が切れて話が盛り上がった。
堅苦しいのは苦手と、行動を別にしていた王妃様がいらっしゃったので、これでお開き。王妃様は貴族の男性が履く裾のタイトなキュロットと、金の刺繍をふんだんに入れた膝裏の長さのコートをお召しになっている。
大衆酒場で食事していらしたそうよ。昼間でもお酒を飲む冒険者や職人もいるから、安い居酒屋には昼食から営業しているお店もあるわ。
「私もそっちに行きたかった……」
私達を見送るヘイルト様は、ちょっと疲れた顔をしていたわ。
次はどこへ寄るのかしら。隠れなくていい旅は楽しいわね!
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