第169話 馬車で王都へ
エグドアルムの使節団は今日の夕方頃レナントに着いて、明日の朝には王都へ出発する。なんだかソワソワするなあ。とりあえずセビリノと一緒に、魔法会議用の資料を作成している。私にやれることって、こんなことくらいなのよね。楽しんでていいのかな。
内容が内容だけに、下手に印刷に回せないから二人で手書き。エグドアルムだったら信用できる業者に印刷してもらえるんだけど、チェンカスラーでは解らないから。
そしたら今になってエクヴァルが、
「いやね君達、公爵閣下に伺えば口の堅い業者の心当たりはあるでしょ」
って、教えてくれた。気付かなかった。
まあ書いているのは魔法の詠唱と簡単な注意事項だけで、たくさん文字を書くわけじゃないんだけどね。
エグドアルムの使節団の馬車は、何の問題もなくチェンカスラー王国入りし、レナントまで戻ってきた。やっぱりたくさんの人が見物に出ている。
夜になるとエクヴァルがこっそりと、殿下達が泊まっている宿屋へ打ち合わせと報告に向かった。
「ねえ、私達も王都へ行くんでしょ? ここから王都までは安全なの?」
夕飯の後、気が強いロゼッタが心配そうに尋ねてくる。ベルフェゴールは元気づけるように、彼女の肩を軽くポンと叩いた。
「問題ありません。私がついておりましてよ。それに人通りも多く、見通しの良い平野でしょう。襲撃にはふさわしくない場所です」
「ふははは、襲撃さえあれば我が皆殺しにしようと、文句はなかろうよ!」
うーん、一人だけ襲撃を待ってる人がいる。
ベリアルの望みが叶いませんように。
次の日の朝。王都へ移動するエグドアルムの馬車に乗り込む為、みんなで殿下達が宿泊している宿屋へ向かった。リニは様子を見つつ、後ろから猫の姿でついてくる。
馬車は宿の前にあって、ロゼッタとロイネとベルフェゴールは殿下と同じ馬車に乗る。私とベリアルと、後から合流したリニが一緒。エクヴァルとセビリノは、外で警護の役目。ロゼッタ達が馬車に乗ったのを、確認している人が確かにいたみたい。
警護の人達に守られつつ、馬車はつつがなく出発。今度は王都に行くから、違う門に向かう。ジークハルトまでお見送りで門の近くにいた。私に気付いたみたいなので、手を振る。近くにいた別の人が、喜んで大きく手を振り返してくれた。こういうのって、偉い人になった気分だよね。
王都への道のりは、拍子抜けするくらい順調そのもの。途中で何か弱い魔物が出たみたいだけど、騒ぐこともなくサラリと倒していて、さすが親衛隊がついてるだけあるなあ。ベリアルは何も起こらなすぎて、退屈そうなんだけどね。
「……つまらぬ。襲っても来ぬではないか」
「良かったじゃないですか」
やっぱり御不満のようだ。リニは喜んで乗ってるよ。だいぶベリアルにも慣れたみたいね。二人っきりには絶対にならないけど。
「そこらにドラゴンでもおらんかね」
「見通しがいい場所ですから、居たら解りますよ」
「ぬぬ……! わざわざ馬車になぞ乗るのではなかったわ」
本気で襲われる為に乗ってたの!? ベリアルは退屈そうに足を組んで、揺れながら流れる外の景色を眺めていた。
その日の内にあっさりと王都へ着いた。ここには先に来ていたエンカルナが、門の所で待っていてくれる。彼女は飛行が速い方。話がついているみたいで、門番達が並んでいる人を整理して、優先的に入れてくれる。道を歩く人が立派なエグドアルムの使節の馬車に道を譲り、手を振っていた。
宿泊は私を庇護してくれている公爵の邸宅。安全面を考えて、アウグスト公爵に泊めてもらう事にしたの。公爵邸は警備が堅固だから安心。
夜は豪華な食事が用意されていて、殿下をもてなしてくれた。皇太子殿下だと、こっそり教えてあったみたいね。殿下はお酒を召し上がってかなり気に入られていて、軽く酔ったみたい。子供の頃のエクヴァルは真面目すぎたとか、それでこんな失敗をしたんだとか、エクヴァルの過去の暴露大会をしている。エクヴァルは顔を覆って本当にやめてと呟いていた。
二人は学友として子供頃から親交があり、かなり仲がいいみたい。アナベルは暖かく見守っていて、エンカルナは手を叩いて喜んでいる。これは話の内容よりも、エクヴァルの反応が面白いのね。
ロゼッタはさすがに貴族なので、マナーはバッチリ。ベルフェゴールもいつもながらに姿勢が綺麗。メイドのロイネは普段こういう席で同じテーブルに着くことはないので、最初はかなり緊張していたけど、楽しそうなみんなの様子に安堵した微笑みを見せた。
「そういえばベリアル殿も、イリヤさんとは子供の頃から会ってるんでしたね。子供の頃の彼女は、どうでした?」
うわあ、まさか殿下からそんな事を聞かれるとは。
ベリアルはワインのグラスを傾けながら、こちらをチラリと見た。
「自由奔放な小娘であった。我をいばりんぼ、などと称しておったな」
「やめてくださいよ、子供の頃のことじゃないですか!」
「あっちに行きたい、アレがしたいと言い出す度に、我の肩に乗ってだね」
「わあああ!!」
子供の頃の話をされるのって、すごく恥ずかしい! エクヴァル、殿下を止めなくてごめん、やめさせて~!
「元気いっぱいな、可愛らしい子供だったんだね」
さっきまで困り切っていたエクヴァルが、にこにこしてる。裏切り者~! セビリノも全然止めてくれない。
公爵邸でお世話になっている魔導師ハンネスが契約している悪魔、キメジェスは信じられないものを見るような目を私に向けていた……。
次の日、殿下はチェンカスラー王国の国王陛下との非公式会談をする手はずになっていた。いつのまにか色々と連絡を取っているのね。まあせっかくエグドアルムからこんな遠い場所まで馬車で来たんだもんね、やれることはやっておかないとね。
さすがにロゼッタ達は公爵邸で待機。今日はエンカルナも付いているから、ベルフェゴールと二人で、ルシフェル様語り大会を開催する事だろう。明日でエンカルナもエグドアルムに帰っちゃうから、名残惜しいわね。
お城から戻ってきた殿下とエクヴァル、それとセビリノと一緒に、お昼ご飯を食べる約束をしている。待ち合わせのお店に向かってベリアルと歩いていると、セレスタンとパーヴァリが反対側からやって来た。
セレスタンが近づいて、小声で話しかけてくる。
「ちょうどいい。下のランクの奴が、ニジェストニアで怪しげな戦闘員の打診があったと教えてくれた。あの国はたまに奴隷狩りをするのに、仕事にあぶれたランクの低い冒険者をこっそり集める。だが、それにしては違和感があると言っていた。声を掛けてきたやつが奴隷商人というより、もっと命令慣れした軍人っぽいってな」
「……解りました、皆に伝えておきます」
「君達の様子を探るような男がいる。注意した方がいい」
パーヴァリの言葉に頷くと、セレスタンは今度は声を大きくした。
「そうか、じゃあ今は仕事はないな。また何かあったらヨロシクな」
あれ、そう言う話だっけ?
「残念であったな。しばらく用はないわ」
なんだかベリアルも合わせてるんだけど。どうやらその監視している男性に聞かせて、今回の事とは関係ない話ですよって、装う為だったみたい。
その後の昼食の個室でこの話をすると、殿下とエクヴァルは同じような笑顔でいい流れだと喜んでいた。
「あのね、襲撃の用意をしているなら、ここでは仕掛けてこないって事だよ」
「下手に何か画策されるより、迎え撃つ方が楽だね」
エクヴァルも殿下も、作戦を考えてあるのね。
「……殿下は無茶をなさらないで下さいよ」
「私が無茶なことをした事なんて、ないじゃないか」
「……御自覚がないですかね」
エクヴァルが苦言を呈しているけど、効果はなさそうね。私も殿下は、無茶をして振り回すタイプだと思うな。
食事を終えて昼過ぎに、エグドアルムの使節団がついにチェンカスラーを後にする。公爵邸から出る時、殿下がエクヴァルに声をかけた。
「エクヴァル、また楽しい報告を待ってるよ」
「楽しいですかね」
楽しい報告? どんな報告をしているのかしら。
「進展も期待してるから」
「それは……、あまりご期待に沿えそうもありませんね……」
何の進展なのかしら。ルフォントス皇国に関する事かな? ヘイルトっていう第一皇子付きの魔導師と連絡を取り合っているんだもんね、エクヴァルは。やっぱり忙しいのね。
フードで顔を隠した二人が、公爵邸からこそこそと出て来た。エクヴァルが辺りを警戒しつつ、姿を隠すように誘導して馬車へと乗りこませる。一人はロイネと同じメイドの衣装を着て、もう一人はロゼッタが持っているのに似た服を着用。
実はエンカルナとアナベルの部下の女性なんだけどね。これでうまく、ロゼッタとロイネが馬車に乗ったと思ってくれればいいんだけど。
少し後から、別の馬車に堂々と殿下が乗り込んだ。アナベルが傍でピッタリガードしている。
私とベリアルとセビリノは、外でお見送り。殿下にノルサーヌス帝国の会議でしっかり発表してきて欲しいと、お墨付きをもらった。
エクヴァルは少し先までついて行って、馬車の姿が遠くなるまで見送っていた。
「なんだか、慌ただしい展開だったわね」
「こんな事でもなければ、ゆっくりと観光もできただろうけど……、まあ殿下はしっかり楽しまれたようだったよ」
この後、私達は普通に王都を歩いてみる。まだ監視がついているのか、確認も込めて。
ベルフェゴールとロゼッタとロイネは、引き続きアウグスト公爵邸で待機。二人の姿がここで見られたら、作戦が失敗しちゃうから。上手く追手が向こうに行っちゃってたら、二人ももっと自由にできるわ!
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