第170話 魔法会議へ出立!

 せっかくだし、出発前に王都の魔法アイテムショップも覗いてみようかな。

 相変わらずメイン通りは、何時でも人が多い。武器や防具のお店、護符と魔法アイテムの専門店、それに黒い看板の魔導書店。どこに入ろうかなと、眺めながら散策した。どこからか、人の騒ぐ声が耳に届く。

 二軒先のお店を外にいる人が覗き込んだから、あそこが出所なんだろう。回復薬メインの魔法アイテムショップだわ。


「だから、効果がなかったんだ! 金を返せ」

「そんなはずはないですよ、ウチのはウチで作っている品です。効能のテストだって、定期的にやってるんです」

「アイツの怪我は治ってねえ!」

 効能に不満があるみたい。勢いよく怒鳴りつける男性に、レジの若い男性店員さんは困って、しどろもどろになっている。怪我にみあった薬を選んで、ちゃんと買ったのかしら?


「だからなんだ、効果のない薬なんざ扱ってねえ。いい加減にしろ!」

 奥から年配の男性が出てきた。文句を言っている男性よりも声が大きくて、お腹から声が出てるからビシッと通る。

 男性はたじろいだけど、まだ不満みたい。私が行こうとしたら、セビリノが先にお店に足を踏み入れた。入口近くで腕を押さえている怪我をした男性にチラリと視線を向け、ポーションを見せながらレジで揉める男性の方へ行く。


「買ったのはこの、初級のポーションか? ふむ、怪我人は骨に異常があるのではないか? これでは治らぬのも当然、せめて中級を買わねば」

「骨に!? それを初級のポーションで治そうなんざ、図々しい野郎だな!」

 何の為にポーションのランクが分かれてると思っているのかしら。怪我の程度に応じて使ってもらわないと。図星を突かれた男性は顔を真っ赤にして、結局また怒鳴って出て行った。


「悪いな兄ちゃん、助かったよ」

 後から出て来た年配の人が、セビリノに笑顔を見せる。

「いや。道理の解らぬ輩には困る」

「僕一人では、どうしようもありませんでした。ありがとうございます」

 レジにいた男性は、体が細めで気が弱そう。押し切られちゃいそうだったね。

 ベリアルは不快な輩は殺せばいいのに、とでも言いたげだ。

 

 問題も片付いたし、これでもう出発しようかな。

 ノルサーヌス帝国には、私とベリアルと、セビリノとエクヴァルが行く。ロゼッタとロイネは念のために帰ってくるまで公爵邸からは出ないでもらって、ベルフェゴールが護衛として残った。ウチと違って公爵邸はとても広いから、窮屈な思いをしないで済むだろう。リニもお留守番で、たまに外の様子を見る係り。お仕事があると張り切っている。


 別れを告げたら門の外まで歩いて、町を少し離れてから飛ぶ。

 先に出発しているチェンカスラー代表の人達の馬車は、明日到着予定。飛行魔法ならじゅうぶん間に合うね。でもあんまり飛ばし過ぎるとまたエクヴァルに怒られるから、気を付けなきゃ。

 もう出発して、途中で何処かに泊まる。一日でバッチリ着くんだけど、それを知られたくないみたい。

 リニはお見送りに門の外まで来てくれて、ワイバーンの頭を撫でていた。ワイバーンが自らリニに頭を出して、キュイイと嬉しそうにしている。いつの間にか、リニに一番懐いてしまった。

「キュイ、がんばってね」

「キュイイ~!!」

「キュイ?」

 鳴き声を真似してるんだと思ってたんだけど、呼びかけているような?


「こ、この子の名前、なかったから……。勝手に呼んじゃって、ごめんなさい」

 ハッとしてリニが謝る。名前を付けるのは頭になかった! ワイバーンは名前をもらって喜んで、リニに懐いているんだ。完全なる敗北……。

「キュイイ、キュイィ」

 リニが落ち込んだと思って、元気づけようとするワイバーン。

「ワイバーンも気に入ってるし、キュイって名前でいいと思うわ」

「そうだね、リニは乗る時にいつもキュイって呼びながら背を撫でているから、すっかり覚えたみたいだね」

 エクヴァルがワイバーンに跨った。ワイバーンはリニの体ほどもある大きな頭で頬ずりして、別れを惜しみつつ空に舞う。手を振るリニが遠くなるころ、キュイイとまた大きく鳴いた。


 ティスティー川までがチェンカスラー王国領。ここを越えると、他国になる。

 今日はノルサーヌス帝国内の町に泊まろうと思う。広大な平野が広がっている、ティスティー側の分流沿いに小さな町が見えた。

 赤い屋根の並ぶ可愛い町並みで、みんな庭で花や野菜を育てている。宿はすいていて、簡単に確保できた。

「この先にみんなで手入れしている大きな庭園があって、花の季節になると観光客がたくさん来るんですよ。種類を増やしたり見頃が長くなるようにはしているんですけど、ちょうど今は閑散期なんで」

 人通りのわりに宿やお店が多いなと思っていたら、宿の従業員が教えてくれた。なるほど、すいている時期だったのね。

 暇だったと、喜んで迎え入れてくれる。しかもベリアルは勝手に一番いい部屋を、とか希望してるからね。


 ここの宿は朝夕の二食、食事を出してくれる。朝だけとか、食事はないというところの方が多いかな。野菜中心メニューで、鹿肉のスープがあって美味しかった。ベリアルもセビリノもこういうの、わりと好きなんだよね。エクヴァルにはちょっと物足りないみたいだったけど。

 さて、お腹もいっぱいだしお休みなさい!

 明かりを消して布団に潜り込む。


 …………

 …………

 ……だね。やっぱり

 …………気に入ってたけどな、もう行くか

 ……忘れてるよね、仕方ない


 話し声がするんだけど……!

 こういうのは、姿を見ない方がいいんだろうな。寝たフリをしているうちに、なんとか眠れた。微妙に内容が聞き取れないところが、すごく気になる。大体見当はつくんだけどね、やっぱり気になる。


「おはよ~」

「あれ、イリヤ嬢。あまり眠れなかった? 眠そうだね」

「ちょっとね、気になることがあって」

 食堂に行くと、エクヴァルとセビリノが先に座っていた。ベリアルも後からやって来る。

「師匠、魔法会議の事で何か?」

「そうじゃないのよ」

「家憑きのブラウニーどもの事であろうよ。そなたの所に行っていたのかね」

 ベリアルはブラウニーが居ることに、気付いていたのね。ああいうのは普段は隠れてるし、魔力があんまりないから察知が難しいのよね。


 ブラウニーって言うのは、家事や家畜の世話を手伝ってくれる家憑き妖精。髪やひげを伸ばして、茶色い服でブラウンを基調にしているから、ブラウニーって呼ばれるようになったらしい。契約とかはする必要がなく、勝手に住み着いて勝手に家事をしてくれるので、こっそりと部屋の隅に食べ物を置いておけばいいの。あんまりあからさまに用意しても機嫌を損ねちゃう。この手の妖精は、ちょっと気難しいところがあるのよね。


「おはようございます、よく眠れましたか?」

 ちょうど宿の女将さんが来たので、話を聞いてみることにした。 

「おはようございます。夕べは声がずっとしていまして。このような経験は、ありませんか?」

「まあ、申し訳ありません。たまにあるんですけど、私達の所には現れないんです。冒険者に倒してもらおうにも何処にいるのか解りませんし、探しだせないからどうしようもないと言われてしまって」

 もしかして、迷惑に思ってるのかな? 妖精には家人かそうじゃないかなんて気にならないし、深夜でも気の向いた所でお話しちゃうものね。お客さんから苦情が来ちゃう?


「あの、ブラウニーが迷惑だったら、お洋服をあげると出て行きますよ。このまま出て行かれるのは、あまり良くない事です」

「ブラウニー? それが声の正体ですか?」

 どうやら知らないみたい。おかしいな、じゃあなんでここにずっといたみたいなんだろう? 話からして、以前は食事を貰っていたみたいだったけど。

「部屋の隅にパンやミルクをお供えしたり、してませんでした?」

「先日亡くなった母がしておりました。私も最近まではしていたんですけど、他の人達に聞いたらそんな風習はないよと笑われて」

「ふむ、それだ。それはブラウニーの食事。家事を手伝う報酬として与えていたものだ。師匠、ブラウニー達はこの家を出る相談をされていたのですか?」

 セビリノが部屋の四隅を見回した。ブラウニー達は姿を見せていない。


「家事を手伝ったのに食事を与えられずに出て行くとなると、腹いせに部屋を散らかされたりしますよ。出て行って欲しいのでしたら、お食事とお洋服を一緒に部屋の隅に置いて下さい」

「……母は、可愛いお手伝いさんが居ると言っていました。妖精さんの事だったんですね。教えて下さってありがとうございます。またきちんと食事をお供えして、母が好きだったブラウニーさん達とも、暮らしていきますね」

 この人は知らなかっただけなのね。あんまり人前に出てくる妖精じゃないし、家の中のどこにいるのか、解らないのよね。ちょいと出てきて、ひょいっと何処かへ隠れちゃうの。

「食器洗いを済ませずにシンクに置いたり、取り込んだ洗濯物をそのままにしたり、やりかけの簡単な家事の仕事を残しておくといいですよ」

「そういえば母も、水仕事をやりかけにしたりしてました。それなのに気が付くと終わっていて、ずいぶん手早だなと思ったのもです。ブラウニーさん達だったんですね」


 女将さんは亡くなった母との接点を見つけた気がすると、嬉しそうにはにかんだ。

 朝食を頂いてからブラウニーの食事を一緒に用意して、チェックアウト。お礼にお昼のお弁当を貰ったよ。特製サンドウィッチと庭で採れたミニトマト、それに柿。

 さて、次は魔法会議の行われる町、モルトバイシスへ!

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