第168話 平穏な一日
捜索を受けなくて済んだし、セレスタンとパーヴァリが心配して来てくれたのが嬉しかった。殿下が戻ってくるのは明日。今日一日を乗り切ったら、不安も減る。
欲しいものがあるから出掛けたいけど、出掛けない方がいいのよね。そう思って台所でぼーっとしてると、紺の髪が私の前を横切った。
「出掛けてくるね」
「エクヴァル、どこに行くの?」
「冒険者ギルドに、依頼ボードを見に。まあこの町で依頼を出すほどバカじゃないみたいだけど、噂とかも聞いてみたいし」
「私も出掛けていい?」
エクヴァルがいいなら、私もいいよね。
「……君はトラブルを呼ぶからなあ……」
「呼んでないわよ」
「呼ばなくても、突っ込んでいくでしょ」
この前もベルフェゴールに好奇心旺盛と、子供みたいに言われてしまった。エクヴァルなんて、戦うのが好きなのに。
「……だって、気になるから」
「気になることは確かめる。それが師匠の良いところです、だからこそ様々な魔法に関する問題を解決されていきます。波が幾度も押し寄せるように、疑問に対してただ前に進む。素晴らしい姿勢です」
セビリノが問題をすり替えて褒めてくれている。でも波?
「ほらエクヴァル。セビリノも、ああ言ってくれてるじゃない。一緒ならいいでしょ、出掛けましょうよ」
よくわからないけど乗っかってみた。
「一緒って、私が行くのは冒険者ギルドだよ?」
「うん。そのあと、紙を買いに行きたいの。ノルサーヌス帝国での、魔法会議の資料に使うの」
「それなら私が買ってくるよ」
どうもエクヴァルは、私を出掛けさせたくないみたい。トラブルなんて起こさないわよ。
「一緒に行くのもダメなの?」
「……解ったよ、私の負け! 一緒に行こう」
「やった!」
私が喜んでいると、どこから見ていたのか、ベリアルが皮肉な笑みを浮かべてこちらに来る。
「……そなた、その程度で小娘に押し負けてどうするのだね」
「そうなんですがねえ、どうも弱いですね……」
で、結局ベリアルもついて来た。まだ何もする事がないしね、暇なのね。素直に言えばいいのに。こうやって知らないフリしてついて行くのも、手なのかな。
冒険者ギルドでは、サロンの椅子に座って待っていることにした。
エクヴァルはボードに掛けられている依頼の札を、一通り眺めている。
「お、エクヴァルじゃん。今日はいい依頼ないだろう」
「やあ、久しぶり。本当だね、何かいい話はないかな?」
同じDランクのランク章を提げた若い男性が、エクヴァルに話しかけている。冒険者の仲間なのね。
「ぜーんぜん。でもトランチネルのヤバイ悪魔がいなくなって、また色々と活発になってきたからな。これからに期待だよ」
「そうだね、また改めて依頼を見に来ることにするよ」
「それはそうと、馬車が盗賊に襲撃されたのは知ってるか? 奴らは全員捕まったらしいけど、商人たちが護衛を増やす傾向にあるぜ。俺達も加えてもらえるようなのがあるから、こまめにチェックした方がいい。いい話はすぐに枠が埋まるからな」
こうやって情報を集めるのね。さすがエクヴァルだなあ、普通の冒険者の会話にしか聞こえないわ。ベリアルは腕を組んでゆったりと座ってる。
「情報ありがとう」
「いいって。いいのがあったら、俺も誘えよ」
「あったらね」
手を振りながら別れて、こちらにやって来た。
「収穫ゼロだよ。行こうか」
今度は私のお買い物。個人で経営している小さな文房具屋さんで、何回か行っただけでもう顔を覚えてくれている。
「いらっしゃいませ。おや、道具職人さん」
「こんにちは、紙を買いに参りました」
場所はだいたい覚えているからすぐ棚に向かい、紙やペンを選んで、背が細めのファイルを二冊買った。
「ありがとうございます。ずいぶん沢山、紙を買うね」
「会議で使う、資料を作成いたしますので」
そうなのだ、魔法会議にエグドアルム代表で参加することになったのだ。
ここは一発、研究成果を発表せねばと気合を入れているのだ。店内に入らず入口近くで待っているエクヴァルにも聞こえたみたいで、不安そうな視線を送って来るけれど、なんと言っても代表ですから。無様な真似は出来ませんよ。セビリノも気合が入ってるしね、彼も魔法の話は一晩中でも続けられるタイプ。
「みんな仕事熱心で、いいことだ。先日も他国の人が、エグドアルムの使節団が滞在してるのを見に来ていたよ」
「……わざわざ、ですか?」
エクヴァルが気になったみたいで、カウンターまで話を聞きにやって来た。
「そうなんだ。あんな一番北の国からこっちに来るなんて珍しいからね、他所の国でも噂になっているみたいだね。馬車でずっと南下してきたようだったし。フェン公国から戻って来たら王都に行く予定らしいから、彼も王都に行くみたいだったね」
「ありがとうございます、探るような依頼を受けた冒険者かも知れませんね」
「そんな感じかもな。茶色いマントで、擦り切れた服を着てたしなあ」
ちょっと話を聞いただけで出て来ちゃったけど、あれでもう良かったのかな? ベリアルは入り口から外を眺めていて、誰も見張ってはいなかったと教えてくれた。
用事が済んだし、今日は寄り道をしないで帰る。私達が帰宅してから少しして、リニも戻ってきた。二階にいるベルフェゴールと、ロゼッタとメイドのロイネも集めてみんなでリニの報告を聞く。
「あのね、町の外で人と会ってたよ。あの兵隊さん達がペコペコする人がいて、合流した後、茶色いマントの、冒険者みたいな人とも会ってたの。偉い人の知り合いみたいだった」
また茶色いマント。私達が文房具屋さんで聞いたのと同じ人なのかな?
「何を話していたか、解るかな?」
「うん、エクヴァル。兵隊さん達は、エグドアルムの魔導師がいるから、ここには入れないって言ったの。公爵様の庇護もあるから、大問題になっちゃうんだって。そしたら、それでいいって。それでね、茶色いマントの人は、とりあえず王都に行くから、王都での宿だけ手配してってお願いしてた」
ロゼッタとロイネは顔を合わせて不安そうにしているけど、エクヴァルは上手くいったとばかりに口角を上げた。
「……レナントにいる間は無理だと諦めたのだろう。王都での宿を他人に取らせるのは、居たという証拠をなるべく残さない為。思うに、例の通信を聞いて、そこからエグドアルムへ使節団と共に向かうと予想している。そして移動するならば、逃げようがない橋や、人通りが少なく見通しの悪い山道など、これから舞台に向いた場所はまだある、無理をする必要はないとの判断だ」
エクヴァルが説明してくれる。
「でも、二人はエグドアルムには行かないのよね……?」
「つまりだね、罠にかけるのはこちらなんだよ」
すっごい笑顔だ! なんだろう、私達が悪人側?
とりあえず、今晩は何も気にせずゆっくり休もう、という結論になった。明日の夕方になったら殿下達がフェン公国から戻って来て、ここでもう一泊して王都へ行く。それに私たちも同行する。ここからロゼッタ達が移動する姿を、まずは見せないといけない。確認に手下が残っていると思われるので。
「……私もロゼッタと、王都に参りますが。その輩を探し出して叩き潰すことは、しなくて宜しいのでございますね?」
「いつになく血気盛んであるな、ベルフェゴールは。小娘がうつったのではないかね」
「私がうつるって、どういうことですかね」
「言葉のままであるよ」
ベリアルが酷い事を言うと思ったんだけど、エクヴァルもセビリノも頷いてる。
私は薬の素材になるものは狩るし、人が襲われてたら助けるけど、ベリアルみたいにいつでも全滅とか目指してないのに!
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