第266話 目の薬の依頼
パッハーヌトカゲのハヌは、エグドアルムへ帰る前にイサシムの大樹の家で預かってもらえることになった。依頼で数日家を空けるから、終わらせてからハヌを引き取りに行くと、エスメがとても張り切っている。
トカゲ小屋も一緒に譲って、使ってもらう。リニのお友達のニナにあげられなくなってしまった。リニは必要ならまた作るからと、張り切っている。頼りにされると喜ぶんだよね。
私は昨日作った魔法付与したアイテムを、アレシアの露店へ渡しに行く。
お昼近くは飲食店にお客が流れて、アイテムを売る露店の周囲で立ち止まる人は少なくなる。この時間なら受け渡しがしやすい。
あれ、先客だ。
「そういうのはないですね……」
「ええ~、腕のいい職人さんなら作れるだろ」
どうやらアイテム作製の依頼のようだ。使い古した鎧を着た男性で、腰にはDランクのランク章。
「どうしたの?」
「あ、イリヤさん。攻撃魔法を付与した宝石って、ありますか?」
はは~ん、回復魔法や防御魔法を付与できるから、攻撃もって考えたわけね。付与できないわけではないけれど、これには大きな問題があるのだ。
「販売は無理だと思うわ、多分チェンカスラーでも許可がいるんじゃないかしら」
「それって取れないのか? あるともしもの時に助かるし」
冒険者は可能なら作って欲しいと、食い下がってくる。
「危険なので、買う方にも許可や資格を求められると思います。方向性を持たせるのが難しいんです」
「「方向性?」」
二人が同時に聞き返した。
「つまりですね、回復や防御魔法は基本的にその場で発動します。これは魔力を解放するだけでできます。攻撃は敵に向かって使うものなので、そこに方向性を持たせなければなりません。他人が籠めた魔法ですから、自分で魔法を使う時以上の操作を必要と致します」
「えーと……」
冒険者の方はあまり理解できていないようだ。視線が上をさまよっている。
「その場で攻撃魔法も展開されちゃって、自爆しやすいってこと……ですか?」
「正解よ、アレシア。そうなったら大変でしょ、だから攻撃魔法は付与して売らないのよ。自分で作って持っている人なら、いるかも知れないけどね」
「なるほど……、分かりました。ありがとうございます」
男性は諦めて、すごすごと繁華街へ姿を消した。さすがにそれでも欲しいとは言われなかった。
「難しいお話は終わりだねっ!」
黙って座っていたキアラが、ひょこんと顔を出す。
「キアラには退屈だったわね」
「イリヤお姉ちゃん、商売だから。退屈なんて言ってられないよ」
かがんで顔を合わせる私に、キアラが人差し指を立てて振る。
「そうだったわね」
「キアラってば! そうだイリヤさん、目の薬はどうやって作るんですか? 目がかすんで、見えにくいって相談を受けたんです」
「目の薬ね。それなら今度作ってくるわね」
「お願いします。レシピごと買い取りますよ!」
そういえばレナントで手に入るのは、ポーション類などの怪我の薬や、解熱や腹痛などの薬が多い。目の薬はあまり売っていないな。専門の薬草医が少ないんだろう。
こちらは私よりセビリノが詳しいし、相談して一緒に作ろう。
完成したら持ってくると約束をして、二人と別れた。
家の裏の土地では、商業ギルドの人がいてベリアルと相談をしている。ルシフェルの別邸……もとい、この家の増築の件だろう。
全部が石だとレナントでは目立つので、外壁は木材、玄関とリビングルームの床や、テーブルなどを大理石にするようだ。それから彫刻。ベリアルとしては、彫刻は外せないらしい。
「ちょうど良い、イリヤ。召喚をせよ」
「はい、どなたをですか?」
「ドウェルグである」
これはまた本格的な。ドウェルグ族とは、魔法付与もこなすドワーフだ。繊細な細工を施したり、船の模型のような細かい手仕事を得意としている。ドウェルグ族の手による献上品は、神族からも喜ばれる。
確か岩穴や地中を好み、光が嫌いな種族だったかな。家の中の日の当たらない場所で召喚することにした。
厚手の紙に座標を描き、床に敷いて召喚の準備をする。ドウェルグ族は基本的に戦わないので、身を守る魔法円は必要ない。ベリアルがいればいらないんだよね。
「呼び声に
すぐには反応がない。もう一度同じ呼び掛けをして、しばらく待機。
「……我が招集に応じよ」
ベリアルが魔力を籠めて言葉を投げると、黒い煙がうっすらと座標からあふれた。そしてゆらゆらと空間が歪み、小さな人が現れる。
背は子供のようでわりと細く、年齢は五十前後といったところか。
「……こりゃ地獄の旦那。どういったご用で」
「我は地獄の王、ベリアル。ルシフェル殿の住居を飾る彫刻を用意せよ」
「おお、久々の大きな仕事だ。腕が鳴るねェ。報酬はどうなってるんですかい」
「我の所有する宝石から、望むものをとらせよう」
ベリアルと交渉しているから、私は必要ないね。
どうやらドウェルグは、人間はあまり相手にしない種族のようだ。様々な種族の元へ出掛けていて居場所が掴みにくいし、召喚の成功例が少ないわけだ。
部屋から出ようとしたら、セビリノが薄く開いた扉の隙間からこちらを覗いていた。
「ドウェルグとは珍しい種族ですな、師匠」
セビリノも興味があったのね。召喚する時に誘えば良かったな。
「ベリアル殿が、彫刻や意匠を頼んでいるの。ところでセビリノ、今は時間あるかしら? 目の薬について相談したいんだけど」
「!!! 師匠のご相談とあらば、魔法の途中でもお受けします!」
「それは完成させてからにしようよ」
攻撃魔法だったら暴発の可能性があるのを理解しているだろうに、そんな危険な真似はしないで頂きたい。セビリノが魔法を唱えている時は、注意をそらさないようにしないと。
二人で階段を下り、地下工房の保管庫を開いた。まずは使えるものがあるか、確認をしないと。
「そうですね……、チェンカスラーではキクカが入手しやすいのではないでしょうか。食料品店にて販売しておりましたので、乾燥させて保存しております」
「私もやったわ。薬というより、普通の食べものとして扱っているみたいね」
黄色い鮮やかな食用菊の花がカゴに盛って売られていたので、買って乾燥させておいた。これが目の薬にもなる。
「クコシ、シャゼン草の種のシャゼンシ、マンケイシ、ビャクシ、他には魚の魔物でもいれば魔核も使えるのですが」
「セッケツメイは?」
「貝殻ですから、入手は困難かと」
そうだ、アワビの貝殻だった。だからエグドアルムでも簡単に手に入る素材だったんだわ。チェンカスラーには海がなかった。
保管庫にある素材では、目の薬を作るには少し足りないかな。
その足でセビリノと素材屋へ向かった。私達が求めているものがあまり使う素材ではなかったようで、品が少ないこの時期にもそれなりに揃った。
効果を強める為に、魚の魔核も欲しいなあ。冒険者ギルドで手に入るか聞いてみようか。
考えながら歩いていると、ハーブも扱う茶葉のお店の前でセビリノが立ち止まる。
「師匠、ハーブティーも良いのでは」
「手軽に毎日飲んでもらえそうね」
私が頷くと、セビリノは資料を取り出した。最初から考えてくれていたんだろう。
ハイビスカス、アイブライト、ビルベリー、ローズマリー、ステビア。
欲しいハーブはしっかりと揃った。目の薬が欲しいと訴えたお客が買うかはともかく、アレシアにブレンドを教えておこう。欲しい人もいそうだし、知識はあって損しないものだからね。
さて昨日に引き続き、冒険者ギルドだ。
「あ、昨日もいらっしゃった方ですね」
受付には前日も顔を合わせた女性が座っていた。
「少々お尋ねしますが、魚の魔物の魔核はありませんか?」
「魚の魔核は、こちらにはあまり入りません。時間は掛かるでしょうが、依頼として出されますか? お急ぎでしたら王都で求める方が確実です。近くにティスティー川や大きな湖があるので、比較的入手しやすいんです」
王都。せっかくだしエグドアルムへ帰る前に、アンニカにあいさつして行こうかな。また長く家を空けてしまいそうだし。マナポーションの数を増やしたいから、素材屋も覗きたい。
「ありがとうございます、王都へ行ってみます」
「お気を付けて」
次の目的地は王都ね。家に戻って明日王都へ行く予定だと、皆に伝えた。セビリノも気合十分。
「わ、私はハヌとお留守番してるね……」
「我も残るかな」
「いえいえ、ベリアル殿は来てください。……ホラ、契約者ですから」
ルシフェルを迎える家の件もあるので、ベリアルが残ろうとする。
しかしこの家でリニと二人きりになったら、リニが怯えて可哀想だ。既に泣きそうな瞳になっている。
「……仕方のない小娘であるな。我も暇ではないのだがね、頼まれたとあらばやむを得ぬ。付き合ってやろうではないかね!」
やたらご機嫌になるベリアル。不満はあるけど、家に残られても困るから諦めよう。
「エグドアルムへ帰る予定を、忘れないでね」
「大丈夫よ。ロゼッタ様の婚約披露を見に行かなきゃ」
パレードの護衛があるから、エクヴァルは絶対に戻らないといけない。私もロゼッタの晴れ舞台を見たいので、帰らないと。
最近またあちらこちらへと動き回っているから、釘を刺されてしまった。心配性だなあ、大事な予定だし忘れないよ。
ちなみにドヴェルグはひとまず還して、作業に必要なものの手配をしている。大理石が家に届くのか……。仮の倉庫が必要かも。
★★★★★★★★
昔使われていた目の薬になる薬草を出そうと思ったら、現在では皮膚病や魚の目に使う薬草になってました……。まさかの目違い!
そんなわけで、保留にして今回のは漢方から。漢字にすると
枸杞子、車前子、蔓荊子、白芷、決明子
デス。
目にいいハーブティーは検索してたら出てきました
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