第265話 ハヌです

 一番鶏が鳴き、天使の紛れ込んだおかしなサバトが終わった。

 紺色の夜の裾が白くぼやけて、黄色い太陽が顔を出す。参加者達はどんどん会場を去り、天使ご一行も仲良くなった人達に案内されて帰って行った。ベリアルとは別なので、天使がホッとしている。

「またね、リニ」

「うん……。元気でね、ニナ」

 仲良しの小悪魔二人が別れを惜しんでいた。私達は空から帰るから、ここで別々になる。エクヴァルがワイバーンを呼ぶ笛を吹き、すぐにサッと影が通り過ぎた。


「キュイ、キュイ」

 リニが手を振ると、ワイバーンのキュイが彼女目掛けて降りてくる。

「キュイキュキュー!」

 キュイとリニはまるで会話をしているみたい。

「うおっ、ワイバーンに乗るの!? すごいじゃんリニ、いいなあ!」

「キュイはイリヤのワイバーンなの……、私も乗せてくれるよ」

 ニナも乗りたそう。さすがにこれ以上ワイバーンには乗れないんだよね。大人二人でも長時間の飛行はキュイの負担になっちゃう。

 飛び立つ私達に、ニナがずっと手を振っていた。



 家に戻ると、何故かパッハーヌトカゲを抱くセビリノの姿が。

「……ただいまセビリノ。トカゲ、どうかした?」

「師匠、お帰りなさいませ。生態調査をしておりました。走るのはあまり早くありませんな。大人しく、攻撃性も低い。餌はチモシーの干し草とサツマイモ、ホウレンソウを与えました。アルファルファも用意してございます」

 アイテムを作り終えた彼は、トカゲの調査をしていたようだ。トカゲに向ける笑顔、悪い予感がするぞ。

「……小屋に帰しましょう。世話ができなくなるから、エグドアルムへ行く前に薬にしないとね」

「……理解しているのですが、どうにも情が移りますな……」

「で、でも、薬にしちゃうんだよね。トカゲ……私も抱っこできるかな……?」

 セビリノの腕で大人しくしているトカゲを、リニがソワソワと大きな瞳で見ている。最初は怖がっていたけど、すぐに慣れて可愛がってくれている。

「うむ、できるだろう」

 

 リニがトカゲを受け取り、人形を抱き締めるように優しく抱えた。トカゲはしっぽをゆっくりと振り、リニの肩に顔を乗せる。

「わあ、わあ……、お腹、弾力があるよ。背中は硬いね……」

 大きなトカゲを幸せそうに抱き締める小悪魔。

「……イリヤ嬢」

「なに、エクヴァル」

「トカゲ、飼えないよねえ……」

「これから家を留守にするし」

 うう、私もこの姿をの当たりにしたら、リニからトカゲを取り上げるのが心苦しいわ……。

「代わりに人の血じゃだめかな? 盗賊退治の依頼を受けるから」

「人の血はいらないわよ」

 エクヴァルの代替え案がとんでもない。さすがに人の生き血はいらないわ、この魔物の血を使いたいのだ。


「エクヴァル、無理を言っちゃダメだよ。……でも、あの、この子、寒いの苦手みたいなの。夜はお部屋に、連れて行ったら、ダメ、かな……」

「いいわよ、この様子なら攻撃しないだろうし」

「ありがとう……っ! トカゲ、今晩は一緒だね」

 トカゲは理解できていないのでは。ずっとリニにくっついて、あまり動かない。

「シュー、シー……」

「エクヴァル、トカゲが返事したよ」

「リニと一緒で、トカゲも嬉しいんだよ」

 ううう。どうしよう、このパッハーヌトカゲ。薬の材料だと意気込んでいたのに、どんどん罪悪感が沸いてきた……。


 夜通しサバトに参加していたので、とりあえず寝てから考えよう。

 昼まで寝て、昼食を食べて冒険者ギルドへ向かった。

 非常事態なので、血抜きをしてくれると請け負ってくれたノルディンに相談しようと思う。あのつぶらな瞳の前で、彼はトカゲに手をかける精神力を持ち合わせているか。

 お昼過ぎの繁華街は人通りが多い。

 反して冒険者ギルドは人が少なく、ガラガラだった。考えてみれば、こんな時間に依頼を探しに来る人も、依頼を終わらせて報告する人も少ないのではないか。うっかしていた、完全にミスだ。


「どうされました?」

 扉を開けて内部を見回すだけの私に、受付の人が声を掛けてくる。

「いえ、ノルディンに用がありまして」

「ノルディン様なら依頼を受けてくださっています。数日は戻られないですよ」

 ちょうど受注作業をした人だったので、すぐに教えてくれた。

「そうでしたか、失礼しました」

「指名依頼ですか?」

「いえ、相談があるだけなんです」

 言付けして呼び出してもらうのもアリなのかな。まだすぐエグドアルムに旅発つわけではないし。

 

「イリヤの相談って、何かしら」

「エスメ、レオン」

 入り口近くに立つ私の後ろから入って来たのは、冒険者パーティー、イサシムの大樹のメンバーの二人だ。今日もレオンの髪は元気にツンツン跳ねている。

「あのトカゲをね、リニちゃんが気に入っちゃって……」

「ああ、エスメが見たと話してました。大きなトカゲの魔物ですよね?」

「パッハーヌトカゲっていうの。薬の材料にする予定だったんだけど、なんだか可哀想になっちゃって。でも私はこれからいったんエグドアルムに帰るし、すぐ留守にするからウチでは飼えないでしょ……」

「確かにリニちゃんが気に入ってたら、薬にはしづらいですよね……」


 はあ。ため息をついていると、エスメがレオンの脇腹を肘で軽くつついた。

「……ねえリーダー、うちでトカゲを預かるのはどうかしら」

「トカゲを?」

 これは名案かも! リニも気軽に会いに行ける。

「そうできれば、ありがたいわ」

「多分大丈夫だと思います。一応、皆に確認してみます」

 しっかりと答えるレオン。レオンってもっと軽い感じの印象だったけど、ずいぶんしっかりしてきたみたい。

「私が責任を持って世話をするわ。トカゲ、名前はあるのかしら?」

 トカゲが好きなエスメは嬉しそう。名前、考えてないなあ。

「リニに聞いてみるわね」

 とにかく、これでトカゲの心配はなくなった。必要だったらまた買いに行こう。今度はすぐに薬にするぞ。


「おーい、チームイサシム。お前らに聞きたいんだけど~」

 冒険者のお友達だろうか。彼らと同じDランクのランク章をつけた同年代の男性が、外からギルドを覗き、いるのを確認して手を口に添えてこちらに叫んでいる。

「どうかした?」

「いやあのさ、お前らすっげえいい魔法付与したアイテム持ってたじゃん。露店で買ったってヤツ。どの露店だよ、教えろよ」

「それなら今から案内するわ。じゃあね、イリヤ」

 エスメが私にウィンクして、サッと彼らの方へ向かった。多分任せといてってことだろう。

「アレは人気があって、生産数が少ないから予約制だぞ」

「やっぱな。欲しいのが手に入ると限らない?」

「欲しいものを伝えておけば、しっかり職人さんに連絡してくれるわよ」

 レオンもエスメも、商品を仲間に薦めてくれているのね。本当にいいお客さんだ。三人は会話をしながら露店を目指す。

「回復魔法を仕込んだヤツ、あれ最高じゃん」


 ふむふむ。ではそれもまた作ろう。

 魔法を付与する石を用意しなければならない。帰りに石を買うかな。

 ギルドを出ようとしたら、ちょうど別の冒険者が入るところで、ぶつかりかけた。

「申し訳ありません、失礼しました」

「いえこっちこそ……、と。エクヴァルが護衛してる女性? えーと……、イリヤさんだ!」

「はい、イリヤでございます。……あ、エクヴァルの朝の稽古の時間に、たまにいらっしゃる方ですね」

 腰にはBランクのランク章。ランクアップを目指してる人だったかな。どうやらまだ叶えられていないようだ。


「一人? 送るよ」

「いえ……」

 ギルドに用事があって来たのでは。断ろうとすると、道に見慣れた赤い髪を発見した。付いて来ていたのか。

「護衛がつくのであれば、我は帰るがね?」

「ベリアル殿。買い物もあるのでお願いします。では失礼致します、お心遣いありがとうございました」

「あ、そうだ。アイテム職人さんだよね」

 お辞儀をして去ろうとしたところで、呼び止められる。


「はい、そうですが?」

「防衛都市で中級以上のポーション、マナポーションの一般からの買い取りをしてるよ。作れるなら、今回に限りギルドに渡すと配送してくれるって」

 エクヴァルが仲良くしているだけあって、情報通だな。私に依頼しただけじゃなく、買い集めているのね。本当に不足しているんだ。

「そちらは直接、依頼を頂いておりますので」

「ひゅ~、さっすが。余剰分をニジェストニアに渡してるらしい。だから品質はあまり問わないんだ。あっちでは奴隷解放運動の連中が幾つかの町を占拠してて、そこにアイテムや食料を援助して焚き付けてるって話だよ」

 なるほど、戦略なのか。これから北へ移動するけど、ニジェストニアは近寄らないようにしよう。

 冒険者の男性はそれだけ教えてくれるとギルドの受付へ足を向け、依頼の終了を伝えていた。


 私は途中で天然石を買い、ベリアルはお酒とつまみを購入して家に戻った。

 作業をしておかないと。回復アイテムがそんなに作れない分、魔法付与したアイテムを増やしておく手もアリだ。

 家の庭では、セビリノとリニがトカゲに餌を与えていた。珍しい組み合わせだな。

「トカゲ、リンゴも食べたよ」

「うむ、食欲旺盛。身長も計っておこう」

 セビリノがメモしている。

「トカゲはお散歩しないかな……」

「しないだろう」

 仲良くトカゲの生態調査。リニはトカゲの前足を持って、握手している。


「セビリノ、リニちゃん。トカゲはイサシムの大樹の家で飼ってくれそうよ」

「え……、トカゲ、殺さないの?」

「ええ。せっかく仲良くなったから、どうしたらいいか相談して来たの」

「さすが我が師! なんと広域攻撃魔法よりも広いお心をお持ちなのでしょう!!」

 セビリノもかなりトカゲに肩入れしていたようだ。相変わらず表現が謎だけど。

 リニはトカゲをぎゅっと抱きしめて、背中を撫でた。ゴツゴツしているから手が痛くなるよ。

「ありがとう、ありがとう……っ! 良かったね、トカゲ」

「そうだリニちゃん、トカゲに名前を付けてあげてね」

「……わ、私が付けていいの? じゃあ、パッハーヌトカゲだから、……ハヌ!」

「シィーシ~」

 空気の抜けるような、ハヌの鳴き声。


「ハヌ、良い名だ。そうだ、寝床としてワラと干し草と布を用意し、どれを好むか確認しよう」

「わあ、楽しそう。ハヌ、ベッドを作ってあげるよ」

 セビリノとリニは、二人でハヌのベッド作りに取り掛かった。トカゲ小屋にはワラと枯れ葉を敷き詰めた簡易寝床しかない。

「ハヌは小屋で待っててね」

 いったん小屋に戻して、まずは材料を買いに行く。


 セビリノとアイテムを作る予定だったけど、これは邪魔しない方がいいわね。私は一人で地下工房へ向かい、魔法付与を開始した。

 途中でエクヴァルがやって来て、別のテーブルで自分のブーツに魔力を籠めていた。確か飛翔する魔法が付与されているのよね。

 魔力が切れると使えなくなるから、定期的に籠め直さないといけない。補充だけはできるそうだ。とはいえ、ちょっと心もとない感じだな。魔法が安定しなくなったら、私が付与をし直してあげよう。


 終わって一階に戻ると、リニと一緒にトカゲとたわむれていたセビリノが、師の作業を見逃したとやたら悔しそうにしていた。

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