第264話 サバトの迷子

 リニとエクヴァルも一緒にサバトへ向かっている。以前行ったことがある、森の中の会場だ。ベリアルはちやほやされたいので、とても期待しているようだ。

 今回は他に王の参加はないだろうし、望む展開になるだろうな。セビリノはお留守番。アイテム作製をしている。


 ワイバーンのキュイを会場に着地させるのは、危ないだろう。なので森の開けた場所でキュイから降りて、歩いている。木の葉の影が満月にくっきりと映し出されていても、夜はなお森を暗く染めている。

 他の参加者が私達のずっと先を歩いていた。

「お友達を紹介してね」

「うん」

 エクヴァルと手をつないで歩いているリニ。嬉しそうだ。妹が欲しいと叫ぶベリアルの配下の公爵エリゴールの気持ちが、ちょっと理解できてしまいそうだ。

 薄暗い足元に、木の枝を踏んで転びそうになるリニをエクヴァルが支える。

「わ、ありがとう……」

「足元に気を付けてね。猫になって肩に乗る?」

「自分で歩くよ」

 大丈夫だからと、リニはエクヴァルの手をしっかり握った。

 ベリアルがなんだかこちらを見ている。これはどういう意図があるのか。ロクなことじゃないに違いないな、無視してさっさと歩いた。


 サバトの会場には、もうたくさんの悪魔と人が集まっている。

 受付の人がベリアルを覚えていて、招待状を出すまでもなく貴賓席へと案内された。エクヴァルとリニとはいったんお別れだ。

 すぐに主催が挨拶に駆け付けた。今回は女性だね。

「王様、ようこそおいでくださいました。ワインがお好きと伺いましたので、用意させて頂いております。楽しんで行ってください」

「うむ。殊勝である」

「ははー!!!」

 偉そうだなあ、きちんと返事をすばいいのに。

 ……と、思うんだけど、相手は喜んで皆の元へ戻る。


 ベリアルの元へはすぐにワインが運ばれて、注いでくれている。本日の一杯目はルビー色の赤ワインです。私にも勧められたけれど、お酒は強くないので断った。

 広場の中央では火が煌々こうこうと燃えて、周りに人や小悪魔が集まっていた。コートの前を手で合わせていたり、寒そうだ。さすがに寒い季節の夜、息が白い。

 リニは火から離れた場所にいて、キョロキョロとお友達を探していた。まだ会えていないみたいね。エクヴァルがテーブルに並べらたお菓子を取りながら、見守っている。焼き菓子やミカン、剥いて薄く切り分けられたリンゴが用意されている。

「おい、リニじゃん」

 リニの後ろから、男の子の小悪魔が声を掛けた。この子がお友達?

「…………ぁ」

 振り向いて肩を縮めるリニ。言葉に詰まったのか、見詰めるだけだ。

「聞こえてんの? 弱虫リニが何しに来たんだよ」

「…………」

 いじめっ子だ! これは看過かんかできない。私は席を立ち、急いでリニのところへ向かった。地獄では意地悪されるから、森の家に一人でこっそり暮らしていると話していたもの。


「おい、何か言えよ」

「コラー! リニをイジメるんじゃないよっ!」

「ニナ……!」

 あれは私の家に招待状を届けてくれる小悪魔だ。あの子がリニのお友達だったのね! 私の家に来る時はもう少しすました感じだけど、ここでは元気だな。

 ニナは走ってリニの前へ行き、庇うようにいじめっ子小悪魔との間に入った。エクヴァルもリニを安心させるように、すぐ近くにそっと立つ。

「ニナ、まだこいつとつるんでるのかよ」

「リニはアンタと違っていい子だからねっ! シッシ、あっち行きな!」

 動物でも追い払うような仕草だ。気の強い子だったんだな。

 気弱なリニといいコンビみたいね。リニはオロオロして、エクヴァルの袖をキュッと握った。


「ニナ、ニナ。もういいよ、ケンカは良くないよ……」

「もう~! リニが大人しいから、アイツら調子に乗るんだよ。私がブッ倒してやるのに!」

「いやいや、サバトで王様の御前でしょ」

「「あ!」」

 ニナと絡んできた小悪魔が、同時に声を上げた。

 ベリアルがいるからね。揉めごと大好きだから、楽しく見学されちゃう可能性もあるな。当のベリアルは下位貴族からあいさつを受けていて、ご機嫌で何杯目かのワインを飲んでいる。

 エクヴァルの注意が効いたのか、小悪魔は皆がいる火の方へそそくさと消えて行った。リニはやっと会えたお友達の隣へ移動する。


「ありがとう、ニナ……。でも無理しちゃダメだよ」

「平気だよ。ところでこの人がリニの契約者? カッコイイじゃん」

 ニナがあごに手を当てて、エクヴァルを見上げた。エクヴァルが褒められて、嬉しそうにするリニ。

「ありがとう。私はエクヴァル」

「わお、この胡散臭い笑顔が最高! 絶対に腹黒だよね」

「……ん?」

 胡散臭い笑顔……? さすがにエクヴァルの笑顔が一瞬固まった。

「エ、エクヴァルは優しいよ?」

 慌ててリニがフォローする。

 そうだなあ、私は腹黒ならむしろトビアス殿下な気がする。エクヴァルは軍人モードが怖い感じで、なんて言うのかな、芯がオリハルコン製だと思う。


「剣だ、いいじゃん。強い?」

「うん! エクヴァルはすごく強いよ」

「あ、でも冒険者はDランク」

「その、それはね、冒険者になったばかりだから、仕方ないの……。本当は誰より強いの。この前、剣術大会で五人抜きしたんだよ……っ」

 二人の小悪魔はエクヴァルの話ばかりしている。リニはエクヴァルの良さを、ここぞとばかりに一生懸命アピール。

 これでエクヴァルにも、セビリノがやたら褒めて恥ずかしい私の気持ちが理解できたろう。放っておいても可哀想か。


「リニちゃん、お友達を紹介してくれる約束よ。こんばんは、いつも招待状を届けてくれてありがとう」

「王様の契約者様……! ニナです、お世話になってます!」

 ニナはピンと立って、尻尾までまっすぐにさせた。

「イリヤ……、私の友達のニナ。地獄でいつも助けてくれるし、お菓子を分けてくれるの。一番の仲良しだよ」

「こっちでも会えて良かったわね、リニちゃん。ニナちゃん、いつでもうちに遊びに来てね」

「うわわ、恐れ多い……」

 周囲もざわざわしている。うーん、地獄の王の契約者って注目度が高い。今だけ代われないかな。言ったら絶対、怒られる。

 

「せっかくだし、お菓子を頂こうか」

 エクヴァルに連れられて、小悪魔二人がテーブルに並べられたお菓子を取りに向かう。エクヴァルのお皿はお菓子のテーブルに置きっぱなしだ。私ももらおっと。

「リニも立派になったねえ、ちゃんと喋れてるよ」

「そう……かな、そうだと嬉しいな……」

 二人は楽しそうにお喋り続けていた。


 サバトはなごやかに進み、満月が中天に腰を下ろした頃。闇に閉ざされた森の奥から、ガサガサと葉を踏む音がした。

「明るいし人の声もするよ。やっぱり誰かいる!」

「待てってば、本当にヤバイって」

 誰か来る、それも複数だ。皆が警戒して真っ暗な木陰に目を凝らす。主催が運営委員と戦える小悪魔を引き連れて、声がする方へ向かった。


「いたいた、助かった~! 遭難するかと怖かった……、ん? こんな森の奥で、何の集会?」

「うわあ、バカ! やっぱりこれ、サバトだぞ……っ!」

 人間の女性と天使の男性、その後ろにも二人の男女。偶然迷い込んだ冒険者みたい。天使はここから離れようと、契約者の女性の腕を引いた。

 天使からしたら、生きた心地はしないだろう。よりにもよって、魔王まで参加しているのだ。

「天使連れ? 道に迷ったのかしら?」

「そうなんですー! 採取の依頼の最中でして」

 女性が元気に答える。

「おい戻るぞ、サバトっていうのは悪魔と人間が交友を深めるトコなの。天使の契約者なんてお呼びじゃないぞ、お前」

 すぐにでも去ろうとする天使とは反対に、契約者は興味があるみたい。私達の様子を目を輝かせて眺めている。


「夜の森って怖いじゃん。混じっちゃダメかなあ」

「ダメに決まってる! 朝になったら空から道を探すから、それでいいだろ」

「そうですわねえ、天使はさすがに……」

 困った主催が、運営の仲間と無理よねと頷き合っている。悪魔なら飛び入り参加も歓迎だけど、天使だものね。

「かまわぬではないかね。しょせんプリンシパリティ程度であろう、この場で何もできはせぬ」

 ワインからに果実酒に移行していた、ベリアルが許可する。王がいいとのたまえば、誰も異を唱えられない。小悪魔達は顔を見合わせているが、主催もそれではと冒険者と天使の参加を許可した。特例として今回だけ。参加費も取っている。

 サバトに天使って、どういう状況。居心地が悪そうだ。ベリアルのことだ、新手の嫌がらせかも知れない。プリンシパリティは下位三体の一番上、序列で言えば第七位の天使。


「……ベリアル……」

 嫌な奴がいる、と天使の表情が雄弁に語っている。

「そなたは誰であったかな?」

「天使違いです」

 違うも何も、ベリアルは誰だか尋ねたのに。焦っているのかな。

 ベリアルは椅子に座って足を組んだまま、尊大に天使に視線を向ける。天使は支援型らしく、膝あてと胸当てはしているものの武器はない。

 そんな天使の緊張感はどこ吹く風で、契約者達は普通に溶け込んでいた。夜の森をさまよったのが恐ろしかったらしく、火の側で胸を撫で下ろしている。

「……まあ良いわ。そなたも堕天して地獄へ移ってはどうかね。我が軍団の末席に加えてやるわ」

「……うわあ、天でのサボり常習犯だったのに……」

 天使時代を知る人には、ベリアルって本当に評判が悪いんだよね。よっぽど怠けてたのね……。勤勉にした方がロクなことをしないかも。


「ベリアル殿、おかしな気まぐれはしないでくださいね」

 一応、釘を刺しておいた。天使も大人しくしているんだし、変にからかわないで平和に過ごせばいいのに。

「下位の天使の一人や二人、我には取るに足らぬ存在よ」

「ベリアルの契約者……女性かあ」

 くだんの天使は神妙な瞳で私を捉える。

「はあ」

「いい死に方はしないだろう」

「はあ?」

 何ソレ、呪い? 呪いは悪魔の仕事だよ。やっぱり堕天するのかな!?


「質問なんスけど」

「どうぞ」

 私達のやり取りをそれとなく聞いていたんだろう、天使の契約者とパーティーを組んでいる冒険者が、小さく片手を上げた。

「もし天使と契約中に堕天したら、契約ってどうなるんですか?」

「契約は個人の結び付きである、変わりはせぬ」

 私が答えるよりも先に、ベリアルが回答を口にした。しかも肝心な部分をぼやかしている。

「じゃあ安心スね!」

「堕天しない!!!」


「やだなあ、私も契約してるのがいきなり悪魔になったら、ビックリするよ~」

 即座に否定した天使に対し、契約者の女性はお菓子を食べながら笑っている。のん気だな。

「……ビックリどころじゃありませんよ。悪魔との契約には、自分や仲間を害さない条件を必ず入れなければなりません。余程の信頼関係があれば別ですが、最初からそんなに親しい方はいないでしょう。天使と違って、契約者をあざむくこともありますよ」

「危ないじゃない!? じゃあ堕天しないで!」

「しないと言ってるだろうがっっっ!!!」


 結局いいコンビみたいだ。

 天使は居心地が悪そうに、隅っこにずっといた。小悪魔が気を遣ってワインやお菓子を運んでいたよ。

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