四章 今、再びのエグドアルムへ

第263話 エグドアルム御一行の道行き(メイドのロイネ視点)

 大陸の東西を分断する山脈に沿って、北へ北へと馬車は進みます。

 視界の先には天まで届くほど高い山があり、それこそが世界一高い山、シュミです。その頂上には一つの世界に一本しか生えない神聖系の聖木、世界樹ユグドラシルが堂々と根を生やしています。


「ロイネ、ずいぶん高い山ね。雲で上の方は全然見えないわ」

「そうですね、お嬢様」

 こちらは私がお仕えする、ロゼッタ・バルバート侯爵令嬢です。森林国家サンパニルから北の果ての魔法大国エグドアルムへ、お輿入れの道中です。もちろん私も従者として、どこまでもお供しますよ。

 シュミをようするのは、中立国ラシルドノール。ラシルはユグドラシルから取られています。天使のメッカとしても知られる、天使との契約者が多い国です。


 ユグドラシルは神様から使わされたケルビムという階級の天使が守っていました。頂上まで登りきった人のいない山だったので、建国された当初にはユグドラシルの存在すら誰も知りませんでした。

 事実が明らかになると、ユグドラシルの争奪戦が勃発しそうになったのです。

 ドノール国はユグドラシルを神聖不可侵の木としてまつることを誓い、ケルビムと契約を交わすに至りました。そこからラシルドノールと国名を変更。

 当初はユグドラシルの保護という面だけで協力し合っていた天使と人間でしたが、真摯な姿勢が認められて、天使は国ごとユグドラシルを守ると国の防衛にも力を貸すようになったそうです。


「私は国境を越える前にいったん離れる」

 地獄の侯爵フェネクス様が、私達から離れて別の道を行きました。さすがに天使が多いと分かっている国には近付きたくないようです。

 私はたくさんの天使を見られそうで、密かに楽しみです。悪魔みたいに怖くないはずですよね? 上空を翼を広げた天使が通り過ぎました。国境線の守備をになう天使なので、武装しています。

 国境は天使と兵が警備していて、他の国よりも検問が厳しいです。空もしっかりと警戒されています。地上を監視していても、空は自由に行き来できてしまうような国もあります。飛行魔法の使い手が足りていないんですね。

 天使が人間の国の国境を守っているのは、かなり珍しいと思います。彼らには国という意識は薄く、人間は全て神が似姿として作った特別な被造物、というくくりで考えるそうです。フェネクス様が教えてくださいました。

 

「大きな町だわ」

「今日泊まる予定の町だよ、レディ・ロゼッタ」

「まあ、早く馬車を降りたいですわ」

 お転婆なお嬢様と穏やかなトビアス殿下は、とても仲睦まじいです。

 常に柔和な殿下ですが、実は厳しいところのある方だと伺っております。どうもそうは感じませんが、国に戻れば触れることになるのでしょうか。為政者としての顏、という別の一面をお持ちでもおかしくないですね。


 ついに門をくぐりました。町外れには訓練場があり、柵に囲まれた広い場所で天使の一団が整列しています。

「守備の天使達ね。あれだけの数が、人間と契約しているのかしら」

「してなきゃ兵士はやってないでしょうな」

 殿下の側近の一人、ジュレマイア様。元が冒険者だけあって、ワイルドな男性です。貴族の家の長男と紹介されても、にわかには信じられません。

 キレイに並んだ天使に向かい合って、大きな翼の天使が一人立っています。指揮官天使ですね。

「良いかお前達。これもしゅなる神より与えられし、我らが崇高なる任務。世界樹ユグドラシルを守ると同時に、この国を守るのだ。いかなる害悪も、世界樹に近付けてはならない。主なる神をあがめ、偉大なる名の元にすべからく任務を遂行させよ」

 バッと手を横に振ると、整列している天使が繰り返します。

「主なる神を崇め、偉大なる神の名の元に!」


 それから規則を皆で復唱して、指揮官の指導や叱責に耳を傾けていました。

「……普通の軍隊の朝礼みたいね」

「わりと怖いんですねえ……」

「枝下ろししたユグドラシルのオークションが近々あるから、気合いが入ってるんじゃないかな」

 教えてくださったのは、トビアス殿下です。有名な年に一度のオークションの日が近いんですね。そういえば、豪華な馬車も見受けられます。

「どの国が落札するか楽しみですわ」

「すぐには公表されないよ。帰り道で襲撃されないようにね。後日、落札者の了解を得てから公表される。分からない年もあるね」

 高価で希少なものを入手するのも、守るのも大変ですね。続く天使の演説を遠目に、馬車は静かに通り過ぎました。


 町には天使も普通に歩いています。翼があるので、遠くからでも判別が可能です。ただし、位の高い天使になると翼を仕舞えるのだとか。そうしたら私には、人間との区別が付きません。

 繁華街では天使がお店で買い物をしていたり、人間と談笑をしていたり。お店の通路が広めになっているのは、翼がぶつからないようにでしょうか。普通の幅だと通れなくなりそう。

 繁華街を抜けた閑静な通りにある宿に着くと、お嬢様はすぐにでも町へ繰り出したいと訴えてきました。元気です。本当に元気です。私はベッドで横になりたいです。 

 お供をしなければなりません、今ばかりは辛いです……。


「やっと来たね、アンタ達! さあ出掛けるよ!」

 お嬢様に輪をかけて元気いっぱいな、王妃様の来襲です。時々この方が本当に北の魔法大国エグドアルムの王妃様なのか、疑う時があります。

「母上、ちょっとは休ませてくださいよ」

「まあ、馬車で座り疲れましたわ。殿下は休んでいてくださいな、妃殿下と出掛けますわ」

 お嬢様は動きたくて仕方がないのです。折れたのは殿下でした。

「はあ……。行くよ、ジュレマイア」

「ははは、殿下は結婚前から振り回されますな~」

 トビアス殿下は仕方なく同行することに決め、側近のジュレマイア様はそれをからかっておいでです。私も諦めて準備をしました。


 繁華街の飲食店には、天使食ありますという看板のある店も多いです。天使は肉類を食べないそうなので、肉を使わないということでしょう。魚も口にしない天使もいるそうです。

 工芸品のお店もたくさんあります。精巧な技巧の細工物や繊細な染め物、金箔を貼った木工細工。ユグドラシルのオークションや高位の天使を目当てに来た賓客が買い物をするのでしょう、高価で美麗な品がたくさん飾られています。

 皆で近くにあるお店に入りました。漆塗りに金で細工をした飾り棚や、華やかな牡丹の模様の文箱など、豪華絢爛さに圧倒されそうです。

「簡単に壊れてしまいそうですわ」

「こういう彫りの多いのはもろいからねえ」

 ……芸術をどういう視点で評価されているのでしょう。それにしても気の合うお二人です。殿下はすぐに蚊帳の外になります。

「二人とも温かみがあるとか、細かくて丁寧な細工とか、そういう感想はないんですか」

「やだねえトビアス、私はこんなのの良し悪しは分かんないよ」

「簡単ではないでしょうし、私には不可能だとは解りますわね」

 違いますお嬢様、情緒や感性の問題です……!


「痛いな!」

「そっちだろーが!」

 呆れつつも美しい細工を眺めていると、道で揉める声がしました。店内からそっと覗いたところ、往来で天使と小悪魔が揉めています。どちらも階級は低そうな。

「やめろよ、今は各国からの訪問者が多い時期だろう。くだらないことで揉めるな」

 天使は数人で歩いていて、同行者が落ち着けと止めています。しかし当の二人は全く収まる気配がありません。

「悪魔にバカにされたまま、いられないよ!」

「ケッ、つるまなきゃ強く出られない弱虫が」

 天使は数人、小悪魔は一人です。単独で相手ができる自信でもあるのでしょうか。

「なんだと! そもそもぶつかって来たのはそっちだろう」

「避けないお前が悪いんだ、謝れば許してやるってのに!」

 仲間の天使がなだめていて、不穏な空気に駆け付けた人間の兵は警戒しています。見物人がいつの間にか集まり、衆目を集めてしまっていました。


「仕方ないねえ、止めてやるか」

「母上は暴れるでしょう、大人しくなさってください」

「なら私が……」

「お嬢様も危険には首を突っ込まないでください!」

 王妃様とお嬢様、どちらも同じようで非常に困ります。トビアス殿下は本当にお嬢様でいいんでしょうか……? ステキなお嬢様だと心からお仕えしてはおりますが、さすがにこの組み合わせは如何いかがなものかと。


「おいおい」

 人垣を掻き分けて、ザクロ色のマントで銀色の鎧を身に着け、銀の冠を戴いた背の高い男性が出てきました。彼は諭すように続けます。

「こんなトコでケンカしてんるんじゃない、女の子が巻き込まれたら怪我をするだろ」

「……悪魔の貴族……!?」

 人数が多い天使の方がビクリと震えています。

 たとえ数でまさっていても、貴族悪魔なら下級の天使が束になっても相手にならないと言われています。階級の差は大きいようです。

「しかしあの、その小悪魔がぶつかって来たんです……」

「ぐっ、ぶつかって来たのはお前だろ」

 ぶつかっただけでケンカしないで欲しいです。お互いゴメンね、でいいじゃないですか。血の気の多い方々ですね。うっかり王妃様を見上げたら、目が合ってしまいました。笑って誤魔化します。


「オッケーオッケー、双方の言い分は解った。まあ話し合っても結論は出んだろ」

 仲裁に入った悪魔は数名の女性をともなっていて、彼女達は少し離れた場所に集まり見守っています。

「そうだけど……、じゃあどするんだ?」

 天使が恐る恐る尋ねました。戦えないと判断しているんでしょう。

「ふっふっふ。こういう時は勝負で決着を付ける」

「あの、勝負とは、戦うので……?」

 今度は小悪魔が控えめに質問しました。貴族悪魔はよくぞ聞いた、といわんばかりの笑みを浮かべます。


「ラブコメ勝負!!! 萌えるラブコメを話せた方が勝ちだ!!!!!」

「素敵ですわサロス様~!」

 連れの女性達が歓声とともに拍手喝采ですが、当の揉めていた人達はポカンとしています。

「らぶ……こめ???」

 意味を把握できていないようです。仕方ありません、この場面に相応しくない単語です。どうしてこういう発想になるんでしょう?


 結局うやむやになり、その場は解散となりました。もしかして、突拍子もない話を振って気勢をそぐ作戦だったのでしょうか?

「帰っちゃったぞ。つまらんヤツらだ」

「サロス様のステキさに圧倒されてしまったんですよ」

「ねー!」

「そっか、そっかあぁ???」

 ……デレデレしてますね。特に思惑があったようには思えません。ラブコメ……、何故。


「なあにアンタ、面白いねえ!」

「ん? なんだこの女」

 王妃様が貴族悪魔に普通に声を掛けてますよ。これは大丈夫なんですか!?

「ラブコメだろ。うちの息子、婚約者を決めたトコだよ。そういう話が聞きたいわけじゃないの?」

「おおお、採れたてホカホカの最新ラブコメ!!! これは一聞いちぶんの価値アリとみたっっっ!」

「は、母上……???」

 さすがの殿下も焦っておられます。王妃様は悪魔と飲食店に入って、ゆっくり膝を交えるそうです……。これにはさすがにお嬢様も付いて行かず、王妃様の専属の侍女二人と、護衛が二人お供をしました。


 とはいえ、これで図らずともお二人のデートができます。護衛やお供がいるのは仕方ありませんが、王妃様が別行動になったのは幸運でしょう。お二人は楽しく店を巡っておりました。

 夕方、王妃様は地獄の公爵サロス様に送られて宿へ戻られました。

「じゃあね、用が済んだらエグドアルムにおいでよ!」

「おお、オークションが終わったらな。いやあ、海賊退治の話も面白かった!」

 王妃様は海の女帝と呼ばれていた頃のお話もされたようです。馬が合ったのでしょう、お二方は十年来の親友のようです。

 サロス様はオークションの護衛として同行されていたのですね。


 明日にはまた馬車で旅をします。だいぶ進みましたが、さすがにまだ遠いです。

 エグドアルム。どんな国なのか、楽しみですね。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る