第262話 バレンの軍の元魔導師
こんなところで不自然に、ドルゴにある武器防具のお店の人と行き合った。
向こうもしっかりと護衛を付けている。緊張の昼食はつつがなく進み、食事の間は特に何も起こらなかった。ただやはり、相手はどこか落ち着かない様子。
ちなみにベリアルは馬車で待機している。問題が起こるのを静かに待っているのだ。このまま出発になったら、肩透かしだとベリアルが暴れちゃうんじゃないだろうか。揉めごとになって頂きたい。
向こうからは、特別に働きかけもない。怠慢な悪人だ。それとも本当に無関係なのかな……?
空は晴れて、尾がたくさんついた鳥が雲の下を悠々と泳ぐ。
「会頭、空中より接近する人影があります!」
ビナールの護衛の一人が空を指さす。
急に道に、ぽつんと影ができた。ローブを着た人物がこちらを確認して、少し離れた場所に降り立った。道を走ってついて来た小型の黒ヒョウが、ササッと横に並ぶ。
「ちゃっきーん! アンタら全員、金出しなッ!」
小悪魔を連れた女性。フードの下からは短くて明るい、黄緑色の髪が揺れていた。
突然の強襲に、護衛達が依頼人を守ろうと前を固める。
「敵か? 単独とは限らない、周囲を警戒しろ」
「一人だよーん!」
愉快な悪人登場。もしかして、レナントを襲った賊に広域攻撃魔法を教えた犯人では!? 手配書と特徴が酷似している。今度は強盗をしているの?
犯人の名前は、確かテクラ。彼女は杖をこちらに向け、早くも詠唱を開始。
「巻き上がれ大気よ、烈風となりて我が敵を蹴散らせ! 汝の前に立ちはだかるものはなし! 一切を巻き込みし風の渦よ、連なりて戦場を駆けよ! クードゥ・ヴァン!」
暴風が
小太りの商人の護衛が魔法を唱えようとするが、それよりも素早くセビリノが防御魔法を展開させる。そういえば、あちらには魔法使いらしき人が三人も同行している。護衛は全部で十人もいないのに、少し多いんじゃないかな。
「荒野を彷徨う者を導く星よ、降り来たりませ。研ぎ澄まされた三日月の矛を持ち、我を脅かす悪意より、災いより、我を守り給え。プロテクション!」
セビリノのプロテクションが相手の攻撃魔法を完全に防ぎ、暴風は左右を流れてせせらぎのように掻き消えた。
あの風がこんな簡単に収まるわけがない。明らかに故意に弱めているわ。
「あの魔法使い、護衛にしては魔法が早いし強いような。ま、いっか! いっくよ~、防げるものなら防いでごらん!」
「ちょっと、慎重にしなさいよ!」
彼女は意外そうな顔をした後、気を取り直して再び詠唱に入った。黒ヒョウ姿だった小悪魔が、女の子になって注意している。
魔法に集中して無防備になったテクラにビナールの護衛が攻撃するが、小悪魔が守っていて近付けさせない。詠唱中に倒すのが一番手っ取り早いんだよね。
「天地を染める落日の
小さな竜巻が幾つか発生し、それを覆うように火が燃え上がる。
火と風の魔法だ。範囲は中域程度だけれど、威力がかなり強い。さすがに軍に所属していた魔導師。こんな魔法を披露しちゃっていいのかな。
防御魔法は商人の男性の護衛をしている魔法使いが唱えている。二人が補助として魔法付与した指輪の護符を使って魔力を高め、もう一人は文字と模様が彫られた四角いプレートの護符を掲げている。
唱えている魔法は普通のプロテクション。これであの魔法を防げるのだろうか。
セビリノも再びプロテクションの準備をしている。やっぱりセビリノが魔法を使うのは安心感があるね。
不意に濃くて強い魔力が流れた。
「うわっ、こ、壊れた!?」
「どういうこと、なんで詠唱を止めるの!??」
プレートの護符がパキンと縦に割れて、細い火と煙がたなびく。持っていた男性が驚いて詠唱を止めてしまい、襲ってきた女性まで目を丸くしている。
壊れた護符は魔力を浴びて役目を果たし、すっかり効果は失われていた。
「脆弱な護符よ。ふはは、さあ己が身を守ってみせよ!」
いつの間にか馬車から降りていた、ベリアルだ。味方を攻撃する趣味まで持っていたとは。こうなったら私も防御魔法を唱えねば。
「神秘なるアグラ、象徴たるタウ。偉大なる十字の力を開放したまえ。天の主権は揺るがぬものなり。全てを閉ざす、鍵をかけよ。我が身は御身と共に在り、害する全てを遠ざける。福音に耳を傾けよ」
「プロテクション!」
私の詠唱の途中で、セビリノのプロテクションが発動した。薄い防御の壁が全員を包み、炎を帯びた小さな竜巻による攻撃を防ぐ。三人の魔法使いはアワアワしているだけ。私の魔法が発動するまでは、セビリノに防いでもらうしかない。
強い攻撃魔法に、プロテクションの壁にはあっという間にヒビが入った。指輪の護符をした二人の魔法使いが、魔法を中断してしまった護衛仲間の男性の補助を諦め、セビリノに魔力を供給してしのいでいる。
「このままじゃ壊れますよ……、こんなはずじゃあ!」
こんなはず。どんな計画をしていたのかしら。
「師の魔法が完成されるまでの辛抱だ」
焦りで魔力が安定しない二人を、セビリノが厳しい表情で諭す。
「かくして奇跡はなされぬ。クロワ・チュテレール!」
ついに私の詠唱も完成した!
銀の光彩を放つ魔法の壁が、崩れゆくセビリノのプロテクションに代わり、熱も火も風も全てを防いでいる。
「ちょっとちょっと、アレは一つの国で数人しかマトモな使い手がいないような魔法じゃん! なんで普通に唱えてんの!?」
「ばか、テクラずらかるよ!!! ヤバい、ヤバ過ぎる!」
小悪魔が血相を変えて回れ右した。ベリアルが魔力を行使したので、存在に気付いたんだろう。
「……どこへ行くのだね?」
しかし回り込まれてしまった。逃げられない!
「ひゃあああああぁあぁぁ! ごめんなさいーーーーーー!!!!」
小悪魔の悲鳴が空へこだました。
振り向けば魔力を消した魔王が立っているのだ、これは完全なホラーだ。
襲撃事件は犯人を捕らえ終了。
二人はベリアルの前に正座をしている。ではこれでと去ろうとした商人も引き止め、ここで事情聴取だ。
「まさかお偉い方がいらっしゃるとは思わなかったんです……」
黒ヒョウに変身する小悪魔エッラは、ベリアルが地獄の高位貴族だと怯えている。すっかり大人しくなった。犯人はやはり、バレンで指名手配されていた元軍の魔導師テクラ。彼女はふてくされている。
「……儲けるつもりだったのに」
「まずは謝んなよ、テクラ!」
小悪魔に怒られて、仕方なくすみませーんと言葉だけの謝罪をしたテクラ。使ったのはバレンで開発していた攻撃魔法だよね。私は知らない魔法に触れてご機嫌なのでどうでもいいけど、許さない感じの人がいるぞ。
「……なかなか楽しいお嬢さんだね。これからもっと楽しい時間だよ」
エクヴァルの目が冷たく細められた。私は見学者として温かく見守ろう。
「あの、私は急ぎますので……」
「……雇い主が抜けるのは感心致しませんね」
慌てて出発しようとする商人を、笑顔で止めるエクヴァル。雇い主なの?
「雇い主!? 違います、思い違いでしょう」
「違いませんな。取引をしたい相手の出掛ける予定を執拗に調べようとしたり、おかしいと思ったんですよ。襲わせて助け、恩を売るつもりでしたな」
なるほど! 自作自演!
襲撃されるのを事前に知っていたからこそ魔法使いの護衛を余計に雇って、使われる魔法の威力や属性に合わせた護符を用意していたんだ。それなら防ぐのは簡単だ。
テクラが魔法を弱めた理由も納得できる。
「なんのことだか! 妄想です、わざわざ一緒に襲われたいわけがない!」
「……諦めたら~? 私だけ捕まるの、嫌なんだけど」
雇われた魔導師テクラは全て喋る気満々だ。本当に軍に所属していたんだろうか。秘密を守れるの、この人。
「黙れ! 知らんぞ、証拠もないだろう。私は関係ないからな!」
「ははは、証拠なんていらないよ、確信できればいい。この二人は我がエグドアルムの魔導師で、彼女はチェンカスラーのアウグスト公爵の庇護も頂いている。襲われた事実だけあれば、相手を殺すのに十分」
エクヴァルがスラリと剣を抜いた。
「ま、待ってくれ……」
「安心したまえ、首を落とせば苦しむ暇もない。全身を運ぶより軽いからね、持ち運びも便利なんだ」
「やめてくれ~~~~~~~~!!!!!」
今度は商人の泣き叫ぶ声が、遠くまで響く。彼の護衛達も手が出せない。なんせ仕掛けたのがあちらだと判明してしまったし、しかも他国の魔導師を魔法で襲うという、とんでもない問題行動を起こさせてしまったのだ。
「じゃあ話してもらえるかな? 首が繋がっているうちに」
首元に当てられた剣の輝きが、妙に眩しかった。
「仰る通り恩を売ろうと、自分で魔導師を雇って襲わせました……。使用魔法も事前に決めていて、確実に防げるよう綿密に打ち合わせをしました……」
正座している二人の横に、商人も加わった。
「……まあ確かに、あんな恐ろしい魔法から守ってもらったとなると、むげにはできなくなるが……。まさか本当に首は
ビナールがエクヴァルに尋ねる。エクヴァルは笑顔を崩さない。
「……敵将の首を落とせない者は、私の部下にもいませんね」
仕方ないというように、わざとらしく肩をすくめるエクヴァル。話の内容と仕草が合っていないような。商人の顔色は真っ青になった。
「彼らの処遇はどうする?」
ビナールが話題を逸らすように問い掛ける。まずは依頼した商人。
「そうですね、バレンで兵に引き渡してください。後の二人は」
視線が魔導師テクラと小悪魔エッラに注がれる。
都市国家バレンに引き渡すのか、チェンカスラー領内での事件だからチェンカスラー王国か。
「これ以上は面倒を掛けられないよねっ。チェンカスラーの王都で自首するわ!」
今になって謙虚なテクラに、エクヴァルが笑みを深めた。
「バレンの軍へ引き渡すに決定だね」
「それだけはいやあぁあ!」
うん、嫌がるからそうしたんだろうな。
「師匠、魔法については宜しいので?」
「大体解ったから、いいわ」
「一度で理解したの? 防御魔法を使いながら、全部聞こえてたの? やめてよーー!!!」
「いやあさすがだねえ、未完成でもいいからその詠唱を書き出してくれる? 誰も見ないようにして封筒に入れて、これも付けてバレンの軍に渡そう」
「ぎゃああ、そんなことされたら厳罰が待っているうぅ!!!」
国で開発していた攻撃魔法を漏えいさせちゃったんだもんね……。聞こえないように、もっと遠くから唱えれば良かったのに。威力や命中精度の問題だろうか。
とはいえ答え合わせはしてみたい。私は素直に紙を用意してペンを
「どのような計略を巡らせるかと期待しておったが、なかなか愉快であったわ」
ベリアルもあまり暴れられなかったわりには、満足したようだ。
これで全て解決かな。
ビナールに任せちゃっていいのかな。あちらの商人の護衛も多いし、逃がされちゃったら厄介だ。
相談していると、王都に帰る途中だったアイテム品評会の審査員をしたエーディットと、軍の研究者がちょうど通りかかった。事情を聴いた二人は、こちらの兵を動員にして、バレンまで犯人の護送を兼ねて送ってくれるようになった。
これなら逃走はしないだろう、安心してビナールと別れた。
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