第261話 トカゲ到着
アイテム品評会は無事終了。
その後の交流会では、セビリノのところに人が集まっていた。背が高いから、囲まれていても短い暗い紫の髪が見えて、すぐに居場所が分かる。いつまでレナントにいる予定ですかとか、国ではどんな仕事をしていましたかとか、尋ねられている。
人垣から離れた場所にいた私の隣に、エーディットがやって来た。
「明日の午前中に、軍の研究者を
「では明日、お待ちしております」
セビリノやエクヴァルも同席してくれる。エクヴァルは私の為というより、私の失言防止の為なのよね。
私はそのままエーディットと話をしていた。後からギルド長が顔を出すと、ベリアルが頼んでおいた大理石が手に入りそうか、尋ねている。さらには彫刻を置きたいとか
どんどん規模が大きくなりそう。大丈夫なのかな、あの場所で……。
「こんにちは、イリヤさん」
「こんにちは、いらっしゃいませ」
次の日、約束通りエーディットが護衛と研究者を連れて訪ねてきた。護衛は外でお待ち頂くと決まっていたようで、どうぞと促しても玄関にすら入らなかった。
「初めまして。軍で魔法研究をしている者です。この町が広域攻撃魔法による襲撃に
「固い挨拶は必要ありませんわよね? さっさと本題に入りましょう」
研究者はきっちりとした女性だ。薄い黄緑色のローブを着て、四角いカバンを抱えていた。
ソファーには私とベリアル、向かい側にエーディットと研究者が座った。エクヴァルとセビリノは両脇にそれぞれ立っている。
「あ、アーレンス様を立たせるのは忍びないのですが」
「お気遣いは無用。私は“一番弟子”なのだ」
椅子くらい台所からでも持ってくればいいのにな。
本人達が納得しているんだから、これでいいだろう。研究者は困惑しているけど、そのまま会話を続けた。
「使われたのは、デザストル・ティフォンで間違いありませんね?」
「はい、確かにその魔法でした」
「威力はどの程度でしたか? 被害が広範囲に及ぶ筈ですが、どうやって防ぎましたか?」
「威力は大したことがなく、使い慣れていなかったのでしょう。防いだのは……」
答えようとすると、エクヴァルが
「風属性を打ち消す魔法です。各国で独自に開発しているので、これ以上の回答は差し控えさせて頂きます。ご理解ください」
「っ、打ち消しの魔法でしたか。それならばごく少人数で防いだのに被害がほとんど発生しない理由も、納得できました。防御魔法だと、周囲に被害が強く出る場合もありますので」
どう防いだかの方が気になっていたのね。
町を襲撃した賊に魔法を教えたのは、特徴などから都市国家バレンの軍を退役した女性魔導師の可能性が高い。小悪魔と契約していて、居場所はまだ特定されていない。賊達も住み家などは知らなかった。
『うひょ~、
お金欲しさに悪党に加担するような人物だ。早く捕まってほしい。
ベリアルがククッと笑ったので、居場所をある程度は把握しているのかも。もちろん、教えてなんてくれない。ダメもとで質問してみる。
「小悪魔と一緒らしいですよね。心当たりがありますか、ベリアル殿」
「はて? 我はそのような小物のことなど、興味もないわ」
手振りまで加えてわざとらしい。これは予想がついているな。
「ところで、イリヤ様はアーレンス様のお師匠様なのですか?」
「ええと」
「うむ! 私が最も尊敬する師匠であらせられる!」
誤魔化そうとしたのに、堂々とセビリノが答えてしまう。
「アーレンス様のお師匠様……、尊いお方とお話しさせて頂きました」
「そうだろう、イリヤ様のお言葉をしかと胸に刻むように」
大した話はしていないよ。わざわざ聴取に来て、内容を忘れられても困るけど。
「この子、アーレンス様の大ファンなの」
呆れる私に、エーディットがこっそり教えてくれる。ですよね、この感じ。とはいえ私を師匠と紹介されて、こんなに疑いなく信じる人も珍しいな。
彼女は興奮気味に、セビリノが以前チェンカスラーの王城にて行った、彼の魔法指導に触れた感動を伝えている。
あれはエグドアルムの宮廷魔導師長が脱獄して、チェンカスラーまで逃走して来た時の話。
魔導師長が地獄の王を使役しようとして、根城にしていたチェンカスラーの外れにある古城を道連れに、盛大に自爆してしまった。
その賠償として魔法や魔法アイテム作りの指導に、一日セビリノがチェンカスラーの王城に出向いていたのだ。エクヴァルは騎士団長と試合をしたんだよね。
「覚えているんですねえ」
「もっちろんよ! 私と彼女は、アーレンス様ファン仲間なの!」
そうだ、こっちもセビリノファンだった。むしろ緊張し過ぎて喋れないと、私の方へ来るんだっけ。チェンカスラー王国にセビリノのファンクラブができつつあるぞ。私も会員にしてもらった方がいいだろうか。
ほとんど関係ない話ばかりをして、二人は帰った。セビリノファンの
終わったと思ったら、また玄関から呼ぶ声がする。今度は冒険者パーティー、イサシムの大樹のメンバーの二人。治癒師のレーニと魔法使いエスメが、依頼したアイテムを届けてくれたのだ!
「指名依頼ありがとうっ! これ、量はあんまりないの」
レーニがリブワートとバベインを元気に渡してくれる。指名依頼は追加報酬があるし、冒険者には嬉しいのだ。
「助かるわ、今の時期は薬草が手に入りにくいのね」
「イリヤが必要になるのは解ってたから、乾燥しておいたわ」
生薬は少なく、乾燥しているものが多い。やはり採取しようにも、この時期にはあまりないようだ。乾燥して保存までしておいてくれたなんて、とても嬉しい。
「わざわざありがとう。欲しい時は、また指名依頼で出すわね」
「待ってるね、よろしくっ!」
「ところで君達、おかしな依頼があったり、打診されたなんて話は聞かない?」
用事が済むのを待って、エクヴァルが二人に質問した。後ろからリニが顔を覗かせている。
「ないよね?」
「襲撃事件なんてあった後だもの。怪しい依頼があったら、すぐに噂になるはずだわ」
レーニもエスメも、首を横に振る。
「そっか、ありがと」
「お、イリヤの友達だな!」
二人が帰ろうとすると、またもや玄関の扉が開いた。
「え、Aランクのノルディンさん、それにレンダールさん!」
「よっ。これ依頼のトカゲ! やっぱイリヤだったな」
「ノルディン、歓談中に割り込むな」
ノルディンは素手でトカゲのしっぽを掴んでいた。トカゲは空を掻いて逃げようとしている。寒いから、動きは緩慢だ。まさか、そのまま持ってきたの!? リニが小屋を作ってくれて本当に良かった……!
「トカゲ?」
レーニとエスメの二人は、空中でジタバタするトカゲをじっと眺めた。
「うん、薬の材料になるのよ。パッハーヌトカゲっていって、フェン公国で見つけたの。その時は持って帰れなくてね、冒険者ギルドに依頼してもらったんだ」
「入手してレナントまで運搬という依頼だったからね。きっとイリヤだと、引き受けたんだ。ただ、イヴェットは爬虫類が苦手だから、かなり嫌がっていたよ」
旅の間を思い出してか、苦笑いをするレンダール。それなのにトカゲと旅をさせてしまったのね。悪いことをしたな。
しかし念願のトカゲが手に入った、コレで実験ができる……!
「トカゲは小屋に入れてね。リニちゃんが用意してくれたの」
「は? この小屋が手作り!? 器用だな~!」
ノルディンがトカゲを手に、小屋の前に立った。脇にある扉から、トカゲを中に入れる。
「ホントだ、すごい。頑丈そうだし、逃げられる心配もないわね」
レーニも表に出て、小屋を確認していた。
二人に褒められて、はにかんだ笑顔を見せるリニ。
「でも薬にしちゃうのね。可愛いのに」
「エスメは爬虫類好きだもんねえ」
エスメだけがトカゲに同情している。しかし私の心は揺るがないぞ。
「せっかくの貴重なトカゲだもの、薬にするわよ。ただ、血を抜くやり方が分からなくて」
「おっし、やる時は任せてくれ。血抜きならできるぜ」
「ノルディン。調子に乗って、いつものクセで血を捨てるなよ」
そうか、冒険者は野営で獲物を取って
Aランクにもなると、指名なら何でも嬉しいわけではないらしい。
皆が帰ったら、アイテム作りだ。トカゲは使う日までリニが世話をしてくれる。情が移っちゃうと
ビナールが都市国家バレンへ、商談で出発する日。
結局ビナール本人にお願いされて、私達も馬車に乗っている。
実はここ数日、リニが黒猫姿で警戒してくれていた。そこでビナールの本店の付近をウロウロしながら様子を見る、不審な人物を目撃していた。
エクヴァルがわざと本店の入り口で「出発は五日後ですね」とビナールに確認してみせると、その人物はすぐに姿を消したそうだ。
今回の移動中に何かありそう。ただ、犯人の狙いはライバル店の妨害とか、とにかく出し抜きたい人なんだよね。取引をしたいだろうに襲撃するのもおかしい。
別口だったりするのかしら。警戒しつつ、相手の本当の狙いを探らないといけない。そんなわけで、魔法に詳しい私達も同行するのだ。
ちなみにベリアルは完全に魔力を遮断してる。隣にいるのにいつもの魔力をあまり感じないのは、不思議な感覚だ。リニはトカゲの世話で残ってくれている。
「助かるよ、イリヤさん」
馬車で前の席に座るビナールが、私達を振り向いた。
外にはビナール本人と契約している、気心の知れた護衛だけを帯同している。迂闊に集めると、相手の息のかかった者を
「荒事にならないといいんですが」
「そうだなあ、どういう手に出るんだか……。イマイチ予測がつかないな」
ビナールが窓の外に視線を移した。
ベリアルが魔力を隠ぺいするのは、ほとんどが罠か作戦の二択だ。なのできっと、問題が起きるんだろうなあ。
前を走る馬車が、北へ進路を変えた。向かう先は王都だろう。
大荷物の人が歩いて通り過ぎ、角の生えたオオカミがこちらを窺っている。しかし襲ってくる様子はなかった。
平和だ。広い場所で野営をして、朝にはまた走り出す。そして何事もないままお昼になろうとしていた。辺りを護衛が確認し、馬車を降りてお昼ご飯の準備。伸びをしてリラックスしていると、反対側から来た馬車が手前で止まった。
「これはビナール様! お久しぶりです。奇遇ですね、どちらへお出掛けで?」
降りてきた小太りの男性が、さも嬉しそうに挨拶をしてくる。対するビナールは、どこか冷めた笑顔だった。
「ドルゴの町です。確か、ドルゴの武器防具店の方では?」
「覚えて頂いていたんですか、光栄だなあ! 何かの縁です、ここで一緒に食事にしてもいいでしょうか」
「もちろんどうぞ。周辺の確認はしてあります、こちらの護衛も警戒していますからご安心を」
顔見知りなのね。しかし私を紹介しないし、言葉遣いも丁寧だ。親しい雰囲気じゃない。もしかして、これが例のエクヴァルを襲ったり、情報を集めたりしている相手本人なんだろうか。
だとしたら、ここで会ったのは偶然じゃないのでは!?
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます