第260話 アイテム品評会

 家に着くと、先に帰っていたエクヴァルがリニと一緒に迎えてくれた。

「お帰り」

「ただいま~」

「お帰りなさい、あ、あの。トカゲ、まだこないの。小屋を作った……よ」

「小屋?」

 リニの言葉に外を探すと、ウッドテーブルの脇に犬を入れるような木の小屋が置かれていた。リニが作ったの? 器用だなあ。

「じょ、上手じゃないけど……。地獄のお友達が来てね、小屋がないと、トカゲが届いても困るって……」

 怒られないか不安なのかな。語尾がだんだん小さくなっていく。安心させるように、なるべく明るい声色で答えた。


「確かにそうね、ありがとう。とっても上手よ! 買ったのかと思ったわ」

「本当……?」

 上目遣いのはにかんだ笑顔が、とても可愛い。紫の瞳が輝く。

「これでいつトカゲが届いてもいいわね。でもアイテムに使っちゃうから、小屋が勿体ないなあ」

「その、それならね、いらなくなったら、友達がもらってくれるって」

 親しい小悪魔なのかな。いい子みたいね、会ってみたいな。

「じゃあ無駄にならないわね」

「うん」

 はにかんだ笑顔で大きく頷くリニ。

 他には魔石を引き取りに来て、受け取りの控えを持って行けばお金がもらえること、ビナールを通してフェン公国で買った素材が届いたけれど、一部は集まらなくて後になってしまっていることの報告も受けた。素材は地下に運んでくれてあった。


 これでいない間のことは全部聞いたかなと思っていると、リニが真っ赤な封筒を差し出した。

「それと、これ、あのね。……サバトの招待状なの。王様にって」

「ありがとう、色々訪ねてきたのね。お留守番、大変だったでしょう」

「ほう、サバトかね」

 受け取ってベリアルに渡す。サバトかあ、都合がつけば行きたいな。

「イリヤは行く……?」

「考え中だけど……、返事を待ってたりする?」

「ううん、あの。わた……私も、行きたい……の……」

 絞り出すようにお願いを何とか口にできたリニの肩に、エクヴァルがねぎらうように手を置いた。


「イリヤ嬢が参加するなら、一緒に行こうかって話になったんだ。どう?」

 それは参加しないとならないわね! 他の小悪魔が集まる場所は遠ざけるリニが、自分から行きたいなんて!

「行きましょ。皆で行けば楽しいわ。ベリアル殿、参加なさいますよね?」

「当然であろう! 王たる我がおらねば、始まらぬわ」

 始まるよ。とはいえ、本当のことは言わないでおこう。

「良かったね、リニ」

「うん、エクヴァル。楽しみ……っ」

「じゃあ、サバト用に服を買おうか。お留守番のご褒美だよ」

「いいの? わ、私、靴が欲しい」

 二人はとても仲が良くて、楽しそう。私はベリアルを見上げた。


「そなたも衣装が欲しいのかね? それとも、アクセサリーであるかな?」

「あ、そういうのじゃないです」

「そのふてぶてしい態度はなんだね!」

 すぐに怒鳴るんだからなあ、もう。

 サバトは少し先の話。先にアイテムの品評会がある。まずは採取した素材の下処理をして、届いた素材や追加で買ってきた素材を確認して。

 どんどんアイテムを作っちゃうぞ。

 バラハからの注文と、アレシアの露店やビナールのお店に卸す分を作っておかねば。エグドアルムに帰る予定があるから、また長く不在してしまう。それまでに納品しないとね。


 ビナールのお店への納品は、エクヴァルが請け負ってくれる。品評会の後にビナールがドルゴ町へ向かう予定があって、できれば護衛にエクヴァルも加わって欲しいと懇願されているとか。

 前回ビナールへの書類を依頼としてエクヴァルが預かった時に、襲撃されている。今回も不安があるんだろう。私も力になった方がいいかしら。

 地下のアイテム工房で、完成したアイテムを預けるのにエクヴァルを呼んだ。

「ビナール様、襲撃されそうなの? 私も一緒に行こうか? 魔法なら防げるし」

 ついでに尋ねてみると、うーんと笑顔で悩んでいる。

「魔法を使われた場合、いてくれると本当に助かるんだよね。でも君がいると、些細な問題が大事おおごとになりかねないからなあ……」

「……私は火に注ぐ油じゃありません」

「火種を呼び寄せる油だね」

 ええっ、勝手に炎上するみたいな言い方はやめて頂きたい。私じゃなくて、ベリアルが過剰な反応を示すだけだよ。

 ビナールと相談してくると言って、エクヴァルはアイテムを抱えて階段を上った。


 さてさて。そんなこんなで、ついにアイテム品評会が開催される日になった。

 会場は以前使ったことのある、アイテム作製施設。地下で作製し、二階にある会議室で結果発表と懇談会が行われる。

 まずは二階で、審査する時の注意や投票の仕方などを教わる。待っていると、見知った顔が入室してきた。

「レナントで開催される品評会の審査は初めてだわ。久しぶり、イリヤさん」

「エーディット・ペイルマン様!」

 チェンカスラーの王宮魔導師で、水色の髪をした女性。

 魔法会議に出席したり、魔法関係の普及や、他国と親交を深める外交をこなしている。活発な女性なのでピッタリの役割だと思う。

「そうそう、ここにはいないけど、軍の魔法関係の研究者も同行してるわ。あとでイリヤさんに、レナントを襲撃した広域攻撃魔法について尋ねたいって」

「ああ、ありましたね、そんなこと」

 色々忙しくて記憶の彼方になっていたわ。

「……広域攻撃魔法よ? 普通忘れてる……??」

 信じられないものを見る目で見られてしまった。珍しい魔法でもないし、もっと早く来てくれないと記憶が薄れちゃうよ。


「久しいな」

「アーレンス様も審査員をされると伺って、楽しみにしていましたわ。本日は宜しくお願いします」

 エーディットはセビリノに憧れているので、声を掛けられて緊張した様子だ。セビリノを尊敬する魔法使いは多い。宮廷魔導師で、魔導書の執筆もしているから。新刊を待っている人が大勢いるよ。

 他には知らない男性が一人。この雰囲気の中で、居心地が悪そうにしている。

 私と目が合うと、困ったように片手を頭の後ろにした。

「審査員が貴族の方ばかりで、場違いでした……。貴女も貴族だったりしますか?」

「いえ、私はレナントに住む魔法アイテム職人です」

「そうなんですか、良かった……! 僕は以前この品評会で三回ほど優勝して、今は主に防衛都市の受注を受けています。ここで実績を残すと、いい依頼に困らないんですよ」

 なるほど、彼もバラハの被害者ね。唐突に大量依頼が舞い込んだりするわけか。困るけど、まとまった収入になる。軍からだから支払いをされないことがないし、素材も融通してもらえるそうだ。

 彼はやっとマトモに呼吸ができた、といわんばかりに肩を動かして息をした。


「防衛都市からなら仕事が多そうですね」

「これだけ受けていても、食べるのに困らないですね。国からの配給では足りないみたいで」

 断ると他に流れるんで、別の顧客には防衛都市を優先すると最初から断りを入れると笑っている。

「……ところで、私もそちらの方にご挨拶を……」

 彼の視線は私の脇で会話をしている、セビリノとエーディットに向けられた。しかし貴族の会話に割り入るのは無理だろう。

「私からご紹介致しましょうか」

「いえ、大丈夫です。あのお、初めまして。今日は宜しくお願いします」

 彼が最初に声を掛けたのは、無関係のベリアルだった。彼は興味がないだろうから誘っていないのに、付いて来ていた。誤解させてしまった。人間の貴族でも、今回の審査員でもないのだ。

「うむ」

 そしてこの紛れ込んでいると微塵も感じさせない、堂々とした態度。ギルド長にベリアルも来るって伝えておけば良かったかな。契約しているから、同行すると予測してくれていたかしら。


「皆さん揃いましたね。では本日の流れを説明させて頂きます」

 職員の言葉に、皆が注目する。まずは空いている席に適当に座った。

 この後は地下室に移動して、アイテム作製の作業をチェックする。できれば個々の職人の良い点と、技術向上の為の意見などが欲しいとのこと。


 アイテム作製は、もうすぐ始まる時間。使う素材の確認からしたいので、皆で地下の工房への階段を進んだ。ベリアルだけはここに残っている。本当に彼は、何しに来たんだろう。

 参加者は五人しかいない。女性は一人。

 用意された素材の中から使うものを選び、それぞれのテーブルに置いて開始を待っている。

 使用する素材はギルドが用意していて、持ち込みは禁止。ちなみに本当はポーションには使えない、フェイク素材が混ざっております。


 中級ポーションには、スクラオト、シャリュモー、オローヌ、カノコソウ、レモン草などのうち、三種から四種類を入れる。揃わない時は代替品を使うわけで、そういう薬草も置いてある。

 ちなみにフェイク素材を選んだ人はいなかった。

「審査員の方も見回りますが、各自心を静めて普段通りの作製をするよう」

 品評会の監督が参加者に注意をして、ついに開始だ。

 全員こちらを意識しないようにしつつ、素材の下準備を始める。乾燥した薬草を粉にしたり、火をつけて火加減を確かめたり。緊張からか、うっかり薬草を落として慌てていたり。


 とはいえさすがに皆、なかなか手際がいい。ただ、魔力の放出は不安定だったりする。こういうのをメモしておけばいいのね。メモ用に渡された、ボードに張り付けられた紙に、参加者の番号と作製についてを記していく。

 背の高いセビリノを見上げて、あの方がアーレンス様かなと呟いている人がいた。

 一通り眺めて他の審査員の様子を見る。一人一人の近くでしっかりと観察してメモし次の人へ移る、というのをくるくるとやっていた。

 私も楽しんでいないで、もっと真剣に審査せねば。


 作製が終了すると効果の試験をして、その結果が私達に届けられる。その間に参加者が実験室の後片付けをして、結果を聞きに二階に移動する。


 二階では優勝者を決める話し合いがされていた。

「私は二番の方か、三番の方がいいと思いましたわ」

「同感だ。どちらかといえば、二番か」

 エーディットに同意するセビリノ。セビリノは二番ね。もう一人の男性は、五番も良かったと口にした。

「私は三番の人がいいと感じました」

「……っ!! 私も三番がとても素晴らしいかと」

「セビリノはちゃんと自分の意見を言って」

 こういう時は意見を曲げないハズだったんだけどな。一番弟子ごっこが進行している。とはいえ、どちらも悪くなかったのよね。

「三番の方が余った素材をすぐに仕舞っていたのが、好感が持てました」

「確かに素材は大切だし、加点要素ね。二番の魔力操作が最も巧みでしたわ」

「うむ、まさしく」

 セビリノが同意したので、エーディットは得意気な表情を浮かべる。

「僕はそういうのは感知できなくて……、五番は火加減なども慎重に気を配っていて」


 総評姆考えつつ皆で相談していると、ポーション分析の結果が届いた。やはり二番の効果が一番高かったので、優勝は二番に決定した。

 特別審査員としてセビリノが感想を話して、皆から拍手喝采だった。それは良かったんだけど、終わった後に“どうでしょう? 皆から好評です!”と、褒めてとばかりにあからさまに私に顔を向けるのは、どうかと思う。

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