第259話 イリヤとコカトリスと、その頃のエクヴァル君
目の前に迫るコカトリス。
セビリノがスーフル・ディフェンスを詠唱している。防御の壁の構築に合わせ、追加詠唱を私が唱えた。
「壁よ包み込むものとなれ、丸く丸く……柔らかき檻、怨敵を捕らえたまえ!」
吐き出された黒に近い色のブレスを、薄い防御の膜が全て防いで流す。それを徐々に円の形にしていき、徐々にコカトリスを包み込む。
自らの石化ブレスに満たされた円に閉じ込められ、コカトリスが悲鳴を上げた。
「クエェー!!! ゴッゴッゴ……ッ」
コカトリスは石化耐性があるものの、無効とまではいかないのだ。これで動きが鈍くなる。足は固まりつつあった。
しばらくは動けないだろう。ブレスの効果が色とともに薄れていくのを確認し、セビリノが防御魔法を解いた。サアッと石化ブレスが空気に流れて消えた。
「まさかスーフル・ディフェンスから、こんな追加詠唱が……!?」
「コカトリスのブレスはドラゴンよりも勢いがないので、成功しやすいですよ」
ドラゴンのブレスを円に閉じ込めるよりは、かなり楽にできるよ。効果もてきめん、コカトリスの石化ブレスを無効化できる。普通に防御すると、範囲外は石化されちゃうからね。
「全く、そなたは狩りの醍醐味を理解しておらぬ」
いつの間にか空中で剣を手にしていたベリアルが、その場で逃げられないコカトリスに正面から斬り下ろす。ベリアルが地面に着くと同時に、コカトリスは炎に包まれた。
アレクトリアの石、採れるかな……!?
「火、火が……! 山火事になりませんか!??」
管理官がアワアワと慌てて、ベリアルを止める。
「ならぬわ」
手のひらを上にして握ると、炎が儚く消えた。さすがに火の操作は得意だな。
コカトリスはミディアムレアの焼き上がりになった。後には暴れたコカトリスから散った羽根が、地面に散乱していた。
「さすが師匠、自身の魔法のように速やかに変化させましたな」
「セビリノとは研究も討伐も一緒にしていたし、やりやすいわ」
魔法はたくさん人が集まって、魔力を多く出せば強くなるわけじゃないのよね。属性や魔力のバランスを整えるのに、余計な意識を使うことになる。そうすると隙を突かれやすくなるから、軍なんかで大勢で唱える場合はかなり練習を重ねている。
「あの追加詠唱を教えてください! コカトリス討伐にとても役に立ちそうです」
私達に力を込めて頼んでくる管理官。これは別に秘密でもないだろう。
「もちろん……」
「師匠、私にお任せを。これは、一番弟子の! 仕事で! しょう!!」
始まったな。セビリノは堂々と胸を張る。
「……あの、アーレンス様は宮廷魔導師と伺っていますが……」
「いかにも」
「本当に、彼女の方が師匠なのですか……?」
管理官が恐る恐る確認する。セビリノはフッと笑い、私を手で示した。
「我が師イリヤ様は、世界で最も優れたる魔導師であらせられるっ!」
「その恥ずかしい紹介、やめようよ……」
管理官や兵がどよめく。目的の採取も終わったし、後は買い物をして引き揚げよう。素材屋さんを回らなくては。
「なんと、お気に召しませんか。確かにまだまだ、師の素晴らしさを表現できておりませんな」
逆ですよ! ダメだ、これ以上喋られる前に離れなければ。
「じゃあセビリノ、しっかりと魔法を教えてあげてね! 私は町で素材探しをするわ」
お世話になりました、と頭を下げて飛行魔法で宙に浮かぶ。セビリノを残して、逃げるようにその場を後にした。
ククッと声を殺して笑っているベリアル。私が困るのを楽しんでいるのでは。意地悪は治らない病気だよ、もう。
□□□□□□□□□□□□□□□(エクヴァル視点)
「ではエクヴァルさんでしたね、お願いします」
「この返答を、ビナール殿に渡すのですね」
都市国家バレンに属する、ドルゴの町。ここに冒険者の仕事として、単独で訪れている。書類を渡して、返事をもらう仕事だ。
「こんなに早くお着きになるとは、さすがビナール様が信頼できると太鼓判を押される方です。しかし妨害があるかも知れません、くれぐれも注意してください」
妨害をしているのは、同じ町に店を構える同業者らしい。
ここバレンは町が集まって国を形成している。もちろん統治機構も存在しているが、町には高度の自治が認められており、逆に国としてのまとまりは弱い。討伐隊なども国としてはあまり結成されないので、冒険者の仕事は多いね。
だからこそ、ポーション類や武器防具、旅装や携帯する食料など、冒険者が必要とする品が多く流通している。
ここは武器や防具を製作する工房で、ビナール殿の店と取引を始めるところだ。
それが気に喰わないとか、心が狭いね。他にも取引の邪魔をされたり、職人の引き抜きを謀られていた。彼らに客を取られたと、逆恨みをして妬んでの仕業だという。
確かに扱う品の中に、普通の町の鍛冶屋が作っているとは思えないような高い品質のものも含まれている。職人の技術が欲しいだろうな。
「お任せください。良い品がチェンカスラーで買えるようになるなら、私にも益のある話ですからね。横やりを入れられるのも迷惑ですよ」
ビナール殿の店はチェンカスラー王国の周辺でも名を上げていて、取引をしたい職人や店も多いようだ。ただし彼は厳しく品質をチェックするから、なかなかお眼鏡に適わない。
レナントは交通の要衝にある。トランチネル分裂でフェン公国の危機が去ったとなれば、これから更なる発展が期待できる。その証拠に、あの町を拠点とするビナール商会の売り上げは好調だ。
ライバル店は、どんな手を打ってくるか。多分このまま手をこまねいては、いないだろう。
私は職人が見本にと見せてくれた剣を眺めた。先ほど試し切りをさせてもらったが、楽に切れて驚いた。
「この切れ味……、どのような職人の作で? 秘密でしたら、独り言と聞き流してくださって結構です」
「他ならぬビナール様が信頼される方ですし、お教えしますね。内緒ですよ。この剣を打ったのは、ドワーフの職人です。エルフの森の……場所は詳しく話せませんが、とある場所に、人に召喚されて労働環境の悪さに逃げ出したドワーフが数名、住んでおりまして。彼らから仕入れる交渉に成功したのです」
「なるほど、立派な武具が並ぶわけですな」
エルフの森には本当に色々な種族が住んでいるね。探検したくなるな。
「道に迷って、偶然見つけたんですよ。あの森のエルフは人間に強い警戒心を持っていますからね、探そうとしない方がいいでしょう。襲撃事件など色々とありましたから、うっかり村に迷い込みでもしたら敵と勘違いされるかも……」
この町の上層部はエルフの村の位置を把握しているが、刺激しないように必要以上に関わらないと決めている、とのこと。
彼はドワーフ達が必要としていて、森では手に入らないものと、彼らの作品を交換してもらっている。そしてそれが目玉商品として売られるわけだ。注目が高まっていて、露見しないように仕入れるのも一苦労だと苦笑いしていた。
ドワーフが信用するだけあって、誠実そうな人物だな。
さて、レナントへの帰り道。冒険者が一人で行動するというのも腕に自信があるようなので、白虎を召喚して移動している。さすがに前回と同じように、親切に森の入り口で襲ってくれたりはしない。
仕掛けてくれるのを待たないとね。程よい場所で白虎から離れる必要がある。
今回はエルフの森を迂回し、木が途切れる南側のルートを通っている。馬車などが通る道だ。
乗り合い馬車がチェンカスラーから来て、通り過ぎて行った。乗り合い馬車の後ろには、護衛が乗る馬車も付いている。
チェンカスラーよりバレンの方が、治安は良くない。
周囲にはちょうど誰もいない。白虎を降りて、近くのティスティー川に水を飲みに行かせた。歩きながら人目がなくなるのを待つうちに、チェンカスラーとの国境付近まで来てしまったか。
今回の接触はないかもね。レナントへ向かうルートは限られていて、要所要所で視線は感じていた。
もっと思い切ってくれていいのに。残念に思いつつ座っていると、数人の足音がする。あれ、釣れたかな?
「よお兄ちゃん、依頼かい?」
一人が片手を上げて話し掛けてきた。冒険者のような
「レナントへ帰るついでに、配達を受けてね」
「俺達はこの森に来てたんだ。……レナントっていうと、ビナール商会ってのの本店がある?」
「ああ、あるね」
核心に迫るの、早くないか? 笑顔を崩さないのが精いっぱいだ。そもそも森に来ていたなら、森から私を見張っていたのは不自然だ。
男性は四人組。うちの一人が、酒を用意した。前回は力技で失敗したから、今度は搦め手のつもりか。慣れない人間がやっても、わざとらしいだけだね。
「せっかくだし、飲もうぜ」
「いやいや、悪いから」
「いいっていいって! ビナール商会には仕事で世話になったんだ」
「……そう? なら頂こうかな」
なんてあからさまなんだ……! 君達、正直過ぎない?
これに騙されたフリをするのか……。プライドとの戦いだな。
携帯用の水入れに瓶から酒を注いで、グッと
「やれるな、兄ちゃん。それで俺達もビナール商会にまた用事があるんだがよ、会頭と入れ違いになると困るだろ。出掛ける予定とか知ってたら、教えてくれよ」
「ん~、確かアイテム品評会が終わったら、このバレンに来るらしい。会頭が自ら商談に臨むとか」
今度は会頭を狙う? いやおかしいな、取引をしたいはずだ。
これは単なる襲撃計画ではないな。
私の返答に、四人は口元を歪ませて興奮を隠しきれない様子だ。狙っていたのはこの情報か。もっとポーカーフェイスを保てないのかな!?
「ひょ~、会頭が! もっと飲めよ、さあさあ」
「ありがとう、あまり強くないんだよ」
「護衛とか募集してっか?」
一応仕事を探している素振りを見せる。あの質問だけだと怪しいと考えたのかな、もう遅いのに。
「さあ。フェン公国での祭りの後だし、高ランク冒険者が戻るのを待っているかもね。専属護衛もいるしね」
「そりゃそーだ!」
全員の笑う声が揃う。あとはくだらない話をしているうちに、白虎がゆっくりと戻って来た。
「強そうだな……、兄ちゃんは召喚術が得意か?」
「全然。召喚術師の監修で契約してる」
「マジかよ、高くついたろ!」
「ははは、想像に任せるよ」
同僚のアナベルに協力してもらったから、無料だったんだけどね。
男性達は軽く手を振って、ドルゴの町の方角へと去った。行く場所くらい偽装すればいいのにな。
目的は果たせたね。さてと、急いで帰ろうか。
イリヤ嬢達はもう帰国したかな?
リニは一人で留守番がちゃんとできてるかな、不安になっていないかな。引っ込み思案なだけで、意外としっかりしているんだよね。ただ、気を遣い過ぎるから心配だ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます